漁師のオッサンに案内されて歩き続ける事一時間弱、ようやくオッサンの漁村が見えてきた。
村と言うだけあって敷地はそれほど広いわけでもなく、広場を中心に道が六方向に分かれている。
海に面している二つの道は桟橋となっていて、何隻かの船を停泊させており、残りの四つの道には村人の家となる木造の住宅が並び立っている。
トリステインの王都に比べれば何もない様な村だが、幻想郷で生まれ育った俺にはこういう村の方が落ち着ける。……ただ、村に入って気に為ったのは、住人たちの活気が全くないってところだ。
漁師のオッサンも「干乾びるのを待つだけの魚」だと自分で言っていたが、恐らくアレはこの村の住人全員に言えることだったんだろう。
この村は漁村だからな、村人全員が魚を獲って生計を立てているのに、化け物の所為で海に出られずに困り果てている。
このままの状態が続けば、村を捨てて他所に移るか、村と共に干乾びて行くしか道は残されていないか。
この国の軍隊が動くのなら話は変わって来るが、一度化け物に負かされてるらしいし、それも何時に為るか分からないのが現状か。
村がこんな状態だからオッサンは俺達に村の行く末を託そうとしている訳だが、思ったとおり説得は難航していた。
「駄目だ、許可できん」
「何故だ村長! このままでは村が滅びるのはアンタも分かってるだろ!」
漁師のオッサンは村に着いて直ぐに人を集め、俺達の事を紹介した後に件の化け物退治を提案したが、村長の一言でアッサリと却下された。
オッサンは村長の爺さんに食って掛かって説得しようとするが、村長の判断も当然と言えば当然か。
「……なんだか怪しい雲行きだね」
「そうか? 俺はこうなると思ってたけどな」
「え、そうなの?」
「ああ。……考えても見ろ。軍の一部隊を倒すような怪物退治を、いきなり来た若者に任せられると思うか? 有名な傭兵とかならまだしも、俺達は只の旅人だ。そんな奴等に村の命運を任せるなんて判断、普通は出来ねぇよ」
「そちらの若者の方が分かっているではないか。まさにその通りだ」
ティファニアと二人話していたところを、村長の爺さんが口を挟んでくる。
老人だから耳が遠くなっていると思ったが、案外そうでも無さそうだな。
「なんだ聞こえてたのか。聞こえないように話していたつもりだったんだがな」
「その距離で聞えないほど耳が遠くなったわけではない。……今お前さんが言った通り、お主の様な若者に村の命運を任せられる筈もない。それが分かっていながら何故この村に来た」
「あんた等に協力を得たほうが楽できると思ったから。この広い海の何処にいるかも分からない相手を闇雲に探すより、海に詳しい人に協力してもらったほうが手間が省ける」
「たったそれだけの理由でこの村に着たのか。とんだ無駄足ではないか」
「俺には俺の事情があるんだ。あんた等の協力を得られなくても勝手に調査してたんだ、あまり変わらないさ」
「成る程。……ま、なんと言おうともお前達に任せることは出来ん。メイジならまだしも、只の剣士では命を落とすだけだ」
村長の爺さんはそう言って強引に話を切り上げようとする。
この村の長として間違った判断はしていないと思うが、この世界の魔法使いってのはそんなに強いんだろうか?
魔法学院の連中はそこまで強い様には見えなかったし、この世界の魔法が余程強力なのか?
「しかしだな村長、このままでは村が滅びるぞ。何時来るかわからない軍に期待しろと言うのか」
「ワシとて軍に肩入れする気はない。だが、相手はあの海竜らしき生物だ、剣士では勝ち目もない。……若者には悪いが、この村に来てくれたのがメイジだったらワシも考えたのだがな」
「……あの、メイジだったら協力してくれるんですか?」
「む? ……まぁメイジだったら勝ち目も出てくるであろうし、あやつに腹を立てているのはワシもだ。メイジが戦ってくれるのなら、ワシも協力を惜しむ気はない」
「だったら私が戦います! だから私達に手を貸してください!」
「ティファニア?!」
ティファニアの思い掛けない一言に話し合いに集った者達がざわめき出す。
俺もティファニアがこんな事を言い出すとは思ってもいなかったから、他の者達と同様に驚きを隠す事ができない。
「お、お前さんメイジだって言うのか? 確かに飛竜を連れてはいたが……」
「えっと…その、私はちょっと訳アリでして、魔法は使えますが貴族ではないんです」
「成る程。しかし、幾らお嬢さんがメイジだといっても、簡単に承諾する事は出来ん」
「なら、どうしたら私達に力を貸してくれるんですか?」
「そうだな…………まずはお前さん達の力が知りたい。この辺りにガノトトスがいるのは知っているか」
「はい。この村に来る前に襲われましたから」
「知っているなら話は早い。お前さん達にあやつを倒してもらいたい。海竜ほどではないが、あやつもワシ等の生活を脅かす存在なのでな」
「……倒す事ができたのなら、私達に力を貸してくれるんですね」
「うむ、約束しよう」
「分かりました。では、早速―――」
「待て待て。ガノトトスは陸上で活動する事も出来るが、普段は水中で生活している。船を使って水上から探すのもかなり手間が掛かる。だから奴をおびき寄せる餌を使うといい」
「……餌?」
不思議そうな顔をするティファニアを他所に、村長は席を立ち、何処かへと行ってしまった。
この間にティファニアに文句の一つでも言おうかと思ったが、彼女のお陰で説得出来そうなのも事実だ。
それに前みたいに自分の正体を明かしている訳でもないし、嘘を付いているわけでも無いから、あまりティファニアを責めるのも酷か。
魔法だけでガノトトスを倒せと言っている訳でもないし、何時もの様にティファニアにはヒルダに乗って退避してもらって、あの魚は俺が倒せば問題ないだろう。
そんな事を考えながら待っていると、村長が話し合いの場に戻ってきたが……爺さんが持って来たのは、一本の釣竿と何故か蛙だった。
「あの……村長さん、その釣竿と蛙は一体……」
「さっき言った餌だ。この蛙を餌に釣りをすればガノトトスを釣り上げられる。お嬢さんには……ちと厳しいかもしれないが、そっちの若者なら出来るだろう」
「まぁ……多少は釣りの心得はあるが、蛙だぞ? 本当に釣れるのか?」
「問題ない。その昔ワシの親父が蛙を餌に釣りをしていて奴を釣り上げたそうだからな」
「……あの二足歩行の魚、蛙なんかで釣れるのかよ」
俄かには信じがたい話だが、ガノトトスの生態について詳しいわけじゃないんだ。ここは嘘だと思って爺さんの言う通りにしてみるか。
「……そこまで言うなら使わせてもらう。ガノトトスはさっきの浜辺に行けば釣れるか?」
「アイツがまだ移動してなければな。でも気をつけろよ、魚みたいな見た目の割りにつえぇから」
「忠告感謝するよ。……それじゃ行くぞ、ティファニア」
「あ、うん」
貰うものを貰った俺達は席を立ち、村長の爺さんを説得するためにガノトトスを狩りに行く。
来た道を戻り、村の外で待たせていたヒルダの背に乗って、さっきの浜辺へと向かって飛んでいく。
徒歩で一時間だったから、ヒルダの翼なら物の数分で辿り着けるだろうが、アイツがまだあそこにいる保障は無いか。
ガノトトスの姿が見えなかったら、サイフィスに頼んで探してきた貰う事にしよう。
「……思いつきで言っちゃったけど、なんだか物凄く大変な事を言った気がする」
「まぁ嘘は付いていないが、軽はずみで言って良い事じゃないな。お前、戦闘経験なんてないんだし」
「協力して貰うためとは言え、今は凄く後悔してるよ……」
「今から戻って戦えないって言う訳にもいかないし、なんとかするしかないだろ。ま、何時ものように俺が戦うから、ティファニアはヒルダの背で大人しくしていてくれ」
「うん、分かった」
「お? なんだか今日はやけに素直だな。普段なら不満そうにしてるのに」
「今までの私なら見てる事しか出来なかったけど、今は姉さんから貰った魔法の教本があるし、これと杖があればレイジを援護できるよ。魔法なら空にいても攻撃出来るしね」
「……俺、大人しくしててくれって言わなかったか?」
俺の話を聞いていない……と言うよりも、俺の話を聞いた上で無視しているんだろう。
確かに魔法なら空にいても攻撃出来るやつが有るだろうが、ただ魔法を放てば良いって訳じゃない事を理解しているんだろうか?
まぁ最悪の場合、俺がティファニアの魔法に合わせて立ち回りを工夫すれば良いだけなんだが、それはそれで面倒臭いから嫌なんだよなぁ……。
………
……
…
ガノトトスと遭遇した浜辺に戻ってきたが、思ったとおりガノトトスの姿は何処にも見当たらなかった。
爺さんが言っていた方法が信じられず、予定通りサイフィスに頼んでガノトトスを探して貰っているが、中々見つからず困っている。
この間にティファニアは鞄から取り出した本を読み込んでいるが、付け焼刃の魔法で如何にかなるとはとても思えない。
本に目を通しただけで魔法が使えるのなら苦労はしないし、その程度で使える魔法なら威力も大した事はないだろうからな。
やる気になっているティファニアには悪いが、魔法は当てにしないでおこう。
「……それでどうだサイフィス。ガノトトスは見つかったか?」
《駄目ね。私は風の精霊だから、風のない場所の事は詳しくないの。だからこの海にいる水の精霊に協力を頼んだのだけど……》
「どうかしたのか?」
《あの子、私の話を聞いてすらくれなかったわ。なんであろうと貴方達に協力は出来ないって》
「俺達に協力できないってなんでまた? 俺が異邦人だからか?」
《それは関係ないわ。恐らく人間を信用できなくなっているのよ。レイジは竜だけど、人間の血も流れているから》
「そんな理由かよ。……あの村の住人、精霊に何かしたのか」
《あの村の住人だけが何かした訳ではないわ。……きっとあの子も、この六千年の間に人間を信じられなくなったのね》
嘆くようにサイフィスはそう呟くが、俺はその言い方が何か引っ掛かった。
人間は哺乳類の中でも異端な存在だし、精霊達が人間を信用しないもの分からなくはないが、サイフィスの言い方だと六千年前は人間を信用していたように聞える。
この星の元素そのものである精霊からすれば六千年なんて、比較的最近の事だと思うが……その時に何かあったのか?
《あの子との対話は続けてみるけど、今すぐ協力してもらうのは無理ね。あの人間が言っていた様にガノトトスを釣るしかないわよ》
「それしかないか。故郷じゃ職漁師だったし、釣り自体は問題ないが……本当に釣れるのか?」
《貴方の腕なら大丈夫よ。頑張って》
「応援ありがとうよ。……ティファニア! そろそろ釣りを始めるから、ヒルダに乗って退避してくれ!」
「え、もう始めちゃうの!? まだ読み込んでないからもう少し待って!」
「直ぐに釣れる訳じゃないから、ヒルダの背で読んでろ」
「わ、分かった!」
慌てた様子でヒルダに跨るティファニアを見て、本当に大丈夫なのかと心配してしまう。
最初から当てにはしていないが、変に刺激してガノトトスの攻撃が行かなければいいが……。
「……はぁ、面倒な事に為りそうだ」
《そんなに気負いしなくても大丈夫よ、レイジ。彼女はあの本に載っている魔法を使えないから》
「ん? そりゃどういう意味だ?」
《戦いが始まれば直ぐに分かるわ。それよりも早く始めましょう》
「あ、あぁ……」
サイフィスの言葉が少し引っ掛かるが、とりあえず今は頭の片隅に置いておくことにしよう。
村長の爺さんから貰った釣竿の餌に蛙をつけ、波打ち際にまで近付いて出来るだけ遠くに放り投げる。
後は蛙が生きているかのように見せるために竿を動かして誘うが、淡水に生息する筈の蛙が海を泳いでいるなんて、普通に考えたらおかしな話だよな。
幾らなんでもこんなのに引っ掛かりはしないだろうと思っていたら、海面にガノトトスの背びれが浮んできた。
偶々浮んできただけだろうと自分に言い聞かせるが、ガノトトスはそのまま蛙へと近付いていき、何も疑う事無く餌の蛙に喰らい付く。
「ヒットッ!」
「え、もう?!」
ガノトトスが喰らい付いたのに合わせて素早く竿を立てるが、ティファニアと同じ様に俺も驚いてる。
まさか本当に蛙に喰らいつくなんて思ってなかったし、こんな簡単にヒットするとは思いもしなかった。
警戒心がなさ過ぎるのか、単純に蛙が好物なのかは知らないが、見た目通り変わった奴だ。
餌に喰らい付いたガノトトスを海から釣り上げ、無理やり浜辺に打ち上げると本物の魚の様に跳ねる。
予想だにしない事態に驚いているのか、直ぐに立ち上がる事もなく、絶好のチャンスが生まれる。
俺は素早く釣竿を手放し、背中に背負った長剣を抜いてガノトトスに斬りかかっていく。
「……はっ!? わ、私も援護しなくちゃ。えっと、えっと……」
ヒルダの背で慌てているティファニアを他所に、俺は見るからに軟らかそうなガノトトスの腹を斬り付ける。
立ち上がるまでの間に二度、三度とガノトトスの腹を斬り裂くが、流石にこの程度で絶命はしない。
体勢を立て直そうと起き上がるガノトトスを見て、俺は後ろに下がりながらも斬り込み、一回転する要領で踏み込んでガノトトスの足首らへんを斬り払う。
このまま更に斬り付けようとするが、ガノトトスが急に走りだした所為で間合いを離されてしまう。
もう一度間合いを詰めて斬り込もうとするが、ガノトトスが頭を上げて何かを吐き出そうとするのが見えた。
咄嗟の判断でその場から退避すると、ガノトトスの口から勢いよく水が吐き出され、俺がさっきまでいた場所の砂が抉られる。
高圧の水ブレスと言ったところだろうか。とんでもない物を持っている事だけは確かだ。
柔らかな砂地だから抉れたのかもしれないが、流石の俺もあんなのをまともに受けたら痛いじゃ済まないだろうな。
「ファイアー・ボール!」
上空から俺を援護しようとティファニアが魔法を唱えるが―――
―ボンッ!―
「キャアッ!?」
「な、なんだ?」
―――何故か杖の先で魔法が爆発し、ガノトトスに向かって魔法が繰り出されることはなかった。
思い掛けない事態に俺も思わずガノトトスから視線を逸らし、ティファニアの方を向いてしまう。
戦闘中に相手から眼を逸らすなんて、本当ならするべきじゃないのは分かっているが、唱えた魔法が爆発するなんて考えてもいなかった。
《レイジ、前》
サイフィスの言葉に視線を戻すと、ガノトトスの奴が俺の方に向かって走ってくるのが見える。
直ぐにその場から離れて突撃を回避するが、奴も直ぐに立ち止まって反転するように尻尾で薙ぎ払ってきた。
俺は尻尾に薙ぎ飛ばされ、砂地を転がるが直ぐに体勢を立て直して起き上がろうとするが、ガノトトスは尻尾で薙ぎ払っただけでなく、俺に向かって水のブレスを放ってくる。
俺は直ぐにその場から逃げて水のブレスを回避するが、近くに有った岩が水のブレスを受けて粉砕されるのが見えた。
岩を粉砕するほどの水のブレス。あんなの受けたら腕の一本くらい吹き飛んでしまいそうだな。
「今度こそ成功して……。アース・ハンド!」
ティファニアがもう一度魔法を唱えて、杖をガノトトスの足元の砂地に向けるが、さっきの魔法と同じく杖を向けた砂地が爆発するだけ。
爆発の衝撃で砂が巻き上げられ、ガノトトスの姿が見えなくなるが……よく分からない魔法だな。
「……どうなってるんだ、アイツの魔法。もしかしてあの爆発を引き起こす魔法なのか?」
《いいえ、違うわ。ファイアー・ボールは火球を生み出す魔法で、アース・ハンドは地面から触手のような大きな土の手を伸ばし、対象の足を掴む魔法。どちらも爆発とは関係がいない》
「だったらなんでティファニアの魔法は爆発するんだ? 魔法薬の調合に失敗した訳でもないだろ」
《あの子は自分がどの系統に属しているのか分かっていないのよ。先天的に持っている系統以外の魔法を使えば必ず失敗する。あの子はそう言う子なの》
「それならアイツに自分がどの系統を使えるのか教えてやれば良いのか」
《簡単に言えばそうなんだけど、あの教本には彼女が使える魔法は載っていない。それに今はその事を教えている時間がないわ》
「……確かにそのとおりだな」
爆発で巻き上げられた砂でガノトトスがこっちを見失っている間に、俺は剣に竜の力を纏わせる。
剣の限界点を見極めるために、刀身に纏わせる力を普段よりも多くしていく。
一段階目、二段階目までは難なく纏わせることができたが、三段階目まで力を纏わせたところで剣に異音が発せられる。
俺の力に刀身が耐えられなくなって来たのか、刀身が軋むような音が聞こえてきた。
竜の骨で出来たって触れ込みだったから、もう少し持ってくれるかと思っていたんだが、三段階目を長時間維持するのは止めた方が良さそうだ。
「うぅ……。どうして失敗するの? ちゃんと本の通りに呪文を唱えてるのに……」
「ティファニアが下手なだけでしょ。兄様の邪魔に為るからもう唱えないで」
「でも、ただ見ているだけなんて―――」
ティファニアとヒルダが話している途中で、巻き上がった砂を貫いて水のブレスが二人へと放たれる。
ヒルダはそれに気が付き、水のブレスを難なく回避してみせるが、空に向かって何度も水のブレスが放たれ続けた。
ティファニアが魔法で下手にちょっかいを出すから、ガノトトスが切れたらしく、俺には目もくれずに空にいる二人を撃ち落とそうとしている。
俺を無視するなんていい度胸だが、空にばかり攻撃しているお陰でガノトトスは隙だらけだ。
剣に纏わせた力を薄く鋭い刃へと変え、二人が撃ち落とされる前にケリを着けようと駆け出す。
水のブレスを放とうと、頭を上げて二人に狙いを定めている所に剣を振り上げ、喉元に斬り掛かる。
振り上げた刃はそのまま喉に食い込み、ガノトトスの鱗を易々と斬り裂いて、奴の首を撥ね飛ばした。
撥ね飛ばした首は重力に従って砂の地面に転がり、首がなくなった身体は血を噴出してその場で崩れ落ちる。
ガノトトスが完全に絶命した事を確認した俺は、剣に付いた血を振り払い、纏わせていた力を霧散させて鞘に納めた。
三段階目を長時間維持できないのは難点だが、切れ味そのものに問題はないし、使いどころさえ間違えなければかなり強力な武器になるだろう。
とりあえずこれで爺さんの課題はクリアした訳だが、この亡骸はどうしよう? このまま放置してれば血を嗅ぎつけてきた動物達が食うだろうが、流石にこのままって訳にもいかないよな。
爺さんに討伐してきた証を見せないといけないし、せめて頭だけでも持ち帰るとしよう。胴体の方は大きすぎて無理だ。
一人で勝手にそんな事を決めていると、何時の間にかヒルダたちが近くに降りてきていた。
二人とも怪我はしていないみたいだが、ティファニアの表情は浮かないものだった。
「お疲れ様、兄様。それとありがとう、お陰で助かった」
「二人に怪我が無いみたいで安心したが、ティファニアは何落ち込んでるんだ」
「……私、なんの役にも立てなかった。マチルダ姉さんみたいに凄い魔法は出来なくても、レイジの援護なら出来るって思ってたのに。結局邪魔しか出来なかった……」
「そんなの当然じゃない。兄様は混血とは言え龍。ティファニアに援護なんて出来る訳ないわ」
「追い討ちを掛けないでよ、ヒルダちゃん。立ち直れなくなりそうだよ……」
今回何も出来なかった事を相当気にしているのか、ヒルダに追い討ちを掛けられて、ティファニアは涙目になりながら肩を落とす。
確かに今回は何も出来なかったのは事実だが、ヒルダの追い討ちは流石にやりすぎだ。
俺だって最初からこんな風に戦えた訳じゃない。ガキの頃から鍛練を重ねて漸く此処まで来れたんだ。
ヒルダたちがそんな事を知る訳もないんだが、とりあえず言いすぎたヒルダを一発殴っておく。
「あいたッ!? 何するの兄様!」
「お前は少し言いすぎだ、ちったぁ反省しろ」
「むぅ……。無茶しても反省しない兄様に反省しろとか言われたくない」
「いいから少し黙ってろって。……ティファニア、今回は確かに何も出来なかったが気にするな。俺は最初から当てにしてなかったから」
「……ねぇ、レイジは私を慰めたいの? それとも泣かせたいの?」
「あ~……一応慰めたいんだが、一言余計だったな。すまん」
「………………」
「それで話の続きだが、今回の事は気にするな。初めてなのに完璧にこなせる奴なんてそうはいない。俺も鍛練を重ねて漸く今の実力を身に着けたんだ。魔法が失敗したくらい気にするな」
「でも、このまま魔法が使えなかったらレイジにばかり負担がかかる。また無茶をしてレイジが怪我をするところなんて見たくないよ」
「だったら勉強すればいい。俺が無茶をしないように魔法で援護したいって言うなら、今回の事を反省して、如何してそうなったのか考えて、次同じ失敗をしないように研鑽を積めば良い。俺はそうやって強くなったし、今まで魔法の勉強をしてこなかったんだろ? なら、漸くスタートラインに立ったばかりじゃねぇか。この位の失敗でくよくよするな。次の機会の時は期待させてもらうから、それまで頑張れ」
「レイジ……。うん、私頑張るね!」
俺の言葉を聞いて元気が出たのか、ティファニアは笑顔を見せてくれる。
やっぱり泣いている顔よりも笑っている顔の方が似合うなって、思わず言いそうに為ってしまったが口には出さずに胸の中にしまっておく。
あんな事言った後にこんな事を言うのは恥かしいからな。親父の奴じゃないんだし、俺にそんな事を言う度胸は無い。
「……さって、爺さんとの約束も果たしたことだし、ガノトトスの頭を持って村に帰るか」
「え。兄様、あいつの頭を持って帰るの? わたし、そんなの乗せたくない」
「ああ。手ぶらで帰ったら疑われるからな、証拠になるモノを持ってかねぇと」
「それでも嫌なものはいや」
「うだうだ言うな。そんなに遠くないんだから少しくらい我慢しろ」
「……私もちょっと遠慮したいなぁ~なんて」
「ティファニア、お前もか」
結局二人に反対され、帰りは徒歩で行く事に為った。
釣竿の先端にガノトトスの頭を括りつけて道を歩いていくが、ティファニアとヒルダは俺から距離をとりながら先を歩く。
既に死んでいるんだし、別に襲い掛かってくることも無いんだが……女ってのは良く分からんな。
プロローグ含めて二十話くらいになるけど、零児がちゃんと討伐したのって今回が初めてだ。ミ・ルの時はマチルダが決めたし。