海で出会った水の精霊の試練……というか、頼み事を受ける事にした俺達は、精霊が言っていたラグドリアン湖という湖を目指して飛んでいた。
サイフィスの話だと、ラグドリアン湖と言うのはトリステインとガリアと言う大国の国境に存在する湖らしく、トリステイン側の湖畔は観光地に、ガリア側の湖畔は王家直轄領になっているそうだ。
トリステイン側から湖に行くのは問題ないそうだが、ガリア側の湖畔は王家直轄と言う事で滅多に人が近づく事はないんだとか。
ま、俺は国境なんてもん気にしないし、今はガリアとか言う国に用は無いから如何でもいいんだけどな。
「しかし、湖を観光地にねぇ……。客が集るほどすげぇ湖なのか?」
《人間たちはハルケギニア随一の名所と謳うほどの場所よ。そこら辺の湖とは格が違うのでしょうけど、私には人間たちの美的センスが良く分からないのよね。湖は湖なのだし》
「サイフィスからすれば湖も海も大して変わらないか」
《水の精霊なら多少は理解出来るのでしょうけど、私は風の精霊だから大きな水溜りにしか思えないのよね》
はっきりと切り捨てる様に言うサイフィスの一言に、俺は思わず笑ってしまう。
確かに風の精霊であるサイフィスからしたらそんな物なのかもしれないが、水溜りと同じ位の認識なのかと思うと…ついな。
〝風〟と〝水〟の相性は悪い訳ではない筈なんだが、自分の属性とは関係のないモノだとその程度の価値しかないのか。
「ねぇレイジ、ラグドリアン湖の傍には町が在るんだよね?」
「サイフィスの話だとそうらしいな。湖を観光地をしてるんだから、それなりに大きい町だろう」
「それなら私のハープを直せるようなお店も存在するかな」
「それは……どうなんだろうか? 大きな町なら必ず楽器屋があるって訳でもないだろうし、土産物店のほうが多い様な気もするが、町で楽器屋を見つけたらハープを修理に出してもいいぞ。今回は急ぎの用って訳でもないしな」
「やった! これでやっとハープを直せる! ハープが直ったらレイジに聞かせてあげるね」
「あぁ。楽しみにしてる」
そんな事を話しながらラグドリアン湖に向かって飛んでいると、前方に町らしきものが見えてくる。
観光地の傍に出来ている町だから、さぞ賑わっている事だろうって思っていたら、何か様子がおかしい。
なんとなく気になった俺は、ヒルダに急ぎ町の上空まで飛ぶよう指示を出す。
俺の指示に従ってヒルダは速度を上げて町にまで飛ぶと、眼下には俺達の予想の斜め上の光景が広がっていた。
「……なんだこりゃ?」
「町が沈んでる?」
ヒルダの背に乗って飛んで来た町は、どう言う訳か水の中に沈んでいた。
町にある全ての建物が水に浸かり、一階の部分は完全に水の中に沈んでしまっている。
湖の傍に在るから増水して町が浸水したとも考えられるが、町一つ沈めてしまうほどの大雨が振ったなんて記憶はない。
湖に巨大な何かが沈んだ影響で水が溢れた……ってのも考えにくいか。湖がどの程度の大きさか知らないが、町一つ沈めてしまうほど水が溢れるなんてこと早々起こるわけがない。
だとすると、他に考えられるのは……ラグドリアン湖に住んでいるって言う水の精霊の仕業か?
「町が水に沈むなんて光景初めてみた。……町の人たちは大丈夫かな?」
「流石にこの状況なら町を捨てて逃げると思うが、ティファニアのハープの修理はまた別に機会だな」
「う、やっぱり?」
「この状況で人が居るわけないし、もし居たとしても機材が全部水に使って駄目になってるだろ」
「そう…だよね。うぅ……今回こそ直せるって思ってたのに」
「ま、巡り会わせが悪かったって事で諦めるんだな。ヒルダ、ラグドリアン湖に向かってくれ」
「分かった」
意気消沈しているティファニアを他所に、俺はヒルダに指示を出してラグドリアン湖へと向かう。
………
……
…
水没した町からラグドリアン湖まで大した距離もなく、すぐ辿り着く事ができた。
俺の中で湖というと故郷にある霧の湖で、ここもあの湖と同じ様に年中霧に覆われているんだろうって思っていたが、辿り着いた湖は俺の予想を遥かに超えていた。
俺達が辿り着いた湖畔は周囲を木々に囲まれているが、故郷の湖の様に霧に覆われていることもなく、視界はとても良好。湖の水はとても綺麗で、今日は風も吹いていないからか、湖面は水鏡の様に周囲の景色を映しだしている。
人の気配のない湖畔はとても静かで、この綺麗な景色を見ていると心が和む様な気がする。
さながら一枚の絵の様な景観に、ハルケギニア随一の名所と言うのも納得してしまう。
「……綺麗な湖。海の青さも良かったけど、周囲の景色を映し出す湖も凄く綺麗」
「本当にな。湖なんて故郷のと大差ないと思ってたが、これは驚いた」
《私には只の水溜りにしか見えないのだけど……。やっぱり人間の美的センスはよく分からないわ》
「兄様、ここの水は飲んでも大丈夫だよね? わたし、喉が渇いた」
サイフィスとヒルダの発言に大分感動が薄れてしまったが、そのお陰で此処に来た目的を思い出すことが出来た。
俺達は此処に観光しに来たのではなく、海で出会った精霊の頼まれ事をこなしに来たんだ。暢気に湖を眺めに着たわけじゃない。
「……サイフィス、早速で悪いが湖の精霊を呼んでくれ。あとヒルダ、此処は海じゃないから飲んでも大丈夫だと思うぞ」
《そうね。町を水没させて理由も聞かないといけないし》
そう言うとサイフィスは湖の方へと飛んでいき、湖面の上で何かをする訳でもなく佇む。
精霊への呼びかけは彼女に任せるとして、俺達は湖畔に腰を下ろして湖の精霊が来るのを待つ事にした。
ヒルダは湖の水を飲んで喉を潤し、ティファニアは自分の鞄から本を取り出して読み始める。
俺も時間が出来たから剣の状態を確かめようと鞘から抜くと、剣は俺の思っていた以上に危ない状態になっていた。
買ってまだ一ヶ月も経っていないのに、この剣を構成している骨の部分に細かな傷や皹が出来てしまっている。
刀身の鉄部分はまだ大丈夫そうだが峰や柄、それに鍔なんかにはかなり負担を掛けてしまっていた様だ。
竜の骨から出来た剣って聞いてたから、多少は俺の力を受け止められるかと思っていたんだが……所詮骨は骨か。
この剣の材料に竜の骨が使われていないって可能性もあるが、こんな状態じゃ技どころか、三段階まで竜の力を纏わせるのは無理だろうな。
こんな簡単に剣を壊していたら、また羽々斬の奴に怒られちまうな。あ~やだやだ。
二人に気付かれないようにこっそりと溜息を吐くと、ラグドリアン湖の湖面が風もないのに波打ち始める。
その波は次第に大きくなっていき、水の中からせり上がって来るかの様に霊的な何かが湖から姿を現す。
湖から現れたそれは、海で出会った精霊の様に人の形になる事はなく、スライムの様に不定形のまま。
得体の知れない者の出現に、ティファニアは慌てた様子で俺の後ろに隠れ、ヒルダも牙を剥き出しにして威嚇を始める。
最初見たとき敵かと思ってしまったが、湖に佇むサイフィスが特に警戒していないのを見て、俺も敵ではないと判断し、剣を鞘に納めた。
「れ、レイジ?」
「大丈夫だティファニア。どうやらアレは敵じゃない」
「そ、そうなの?」
「ヒルダも落ち着け。とりあえず成り行きを見守ろう」
「……兄様がそう言うなら」
俺の言葉を聞いてティファニアは若干落ち着きを取り戻すが、俺の背中から出ようとはしない。
ヒルダも威嚇を止めて俺の傍に近寄ってくるが、警戒を解く事だけはしなかった。
そんな中サイフィスは湖から現れた何かに近付いて行く。
《……お久し振り、で良いのかしら。私が誰なのか分かるわよね》
《お前は風の精霊。何故お前が此処に》
《海に住む精霊より貴女を助けるように言われた者達が居る。私はその付き添い》
《他の地に住む精霊が私を助けに?》
サイフィスの言葉に疑問を持ったのか、湖から現れたソレは顔を湖畔にいる俺達の方を向けてきた。
顔は無いのに顔を向けるってのはおかしな表現だが、アイツから視線の様なモノを感じ取る事が出来る。
俺達の事を品定めしているのか、少しの間俺達のほうをジッと見ていたが、定め終えたのか再び視線をサイフィスの方へと向けた。
《……何やらおかしな者が混ざっているが、本当に彼等は私を助けになると?》
《レイジは人と竜の混血ではあるけれど、信じるに足る存在。そして彼の後ろに隠れている少女は虚無の担い手。……それだけ言えば分かるでしょ?》
《………………》
サイフィスの言葉に納得したのか、湖に現れた不定形のソレはゆっくりとこちらへと近付いてきた。
《人でも竜でもない者よ。お前は本当に私の助けに為ってくれるというのか?》
「あぁ。俺も俺でやらなくちゃならない事があるんだが、アンタを助ければ俺の欲しい情報が貰えるんでな。コッチとしては何が何でもアンタを助けなくちゃならないんだ」
《自らの願いの為に私を助けるというのか》
「情けは人の為ならず。……初めて会った得体の知れない奴にアンタを助けたいんだって言われるよりは、信用できると思うぜ」
我ながら言っている事に無茶があるとは思うが、変に腹の探り合いをするよりも、はっきりと言ってしまった方が良いだろう。
元々そう言う探り合いってのは得意じゃないから、下手なこと言って話が拗れるよりも幾分かマシだろ。
《…………分かった、お前の言葉を信じよう》
「そりゃ良かった。……んで、一体何が遭ったんだ? 町一つ水没させたみたいだが」
《長年私と共にあった指輪が人の子によって盗まれた》
「指輪が盗まれた? そんな理由で町一つ水没させたのか?」
《あぁ、その通りだ。私にとってアレは何よりも大切な物なのだ、指輪を取り戻すためなら世界を水に沈めても構わない》
そう言ってくる湖の精霊の言葉に俺は思わず絶句してしまう。
指輪一つ盗まれてそこまでやるのかと思ってしまうが、実際に町一つ沈めたところを見るに、本当に世界を水で沈めてしまいそうだ。
もしそんな事に為ったら他の精霊や生き物が黙ってはいないだろうが、当の本人はそんな事気にもせずに水の量を増やしてしまいそうだな。
……もしかして、海で出会った精霊はそれを止める為に俺達を此処に行かせたのか? いや、流石にそれは考えすぎか。
《湖の精霊。貴女が盗まれた指輪と言うのはもしかして―――》
《察しのとおり、アンドバリの指輪だ》
《……やはりそうなの。アレが盗まれるなんて大変な事に為りそうね》
サイフィスは湖から盗まれた物が何であるか知っているのか、指輪の名前を聞いて珍しく面倒臭そうに溜息を吐いた。
「おい、サイフィス。そのあんどばりの指輪って一体なんだ?」
《水の秘宝よ。死者に偽りの命を与え、生者の心を惑わす力を持つ指輪。人間の手に渡れば碌な事にならないからこの地に長年隠していたのだけど……》
「それが見つかっちまって精霊の手から盗み出されたって訳か」
《どうもそうらしいわ。アレを盗み出すなて一体何処の馬鹿かしら》
湖から盗み出されたものは余程のお宝なのか、珍しくサイフィスの口調が荒れている。
死んでいる者に偽りの命を与え、生きている者の心を惑わす事の出来る指輪。確かにそれだけ聞けば凄い力を秘めているように聞こえるが、サイフィスが慌てるほどのヤバイ品物には思えないな。
《指輪を盗んだのは人間の男女だった。女の方は布で顔を隠していて名前も分からぬが、男の方は女にクロムウェルと呼ばれていた》
「クロムウェル? ……その名前、どっかで聞いたな」
「……もしかしてアレじゃない? ほら、ヒルダちゃんを捕まえてた商人が話してた―――」
「あ~……アルビオン反乱軍の総司令官がそんな名前だったか」
「確かレコン・キスタとか言う組織の総司令だった思うんだけど……」
「そんな細かい事は如何でも良いんだよ。どっちにしろ只の盗人だ」
思わぬところで犯人の手掛かりを得ていた様だが、その〝クロムウェル〟ってのが指輪を盗んだ犯人と同一人物とは限らない。
世の中には自分と同姓同名な奴ってのが必ず居るし、名前が同じだからってだけで決め付けるのは早計だろう。……ま、犯人かどうかは直接会って確かめれば良いだけだけどな。
《……そういえばあの商人、そんな話もしていたわね。虚無の力を使うなんて有り得ない話をしていたから聞き流していたけど、指輪の力を使っているのなら納得出来るわ》
「あ、もしかしてマジで犯人なのか?」
《可能性としては十分ありえるわ》
《……お前達は指輪が何処にあるのか知っているのか》
「どうやらそうらしい。……ティファニアにとっては思い掛けない帰郷になっちまうな」
「そうだね。旅に出て一ヶ月も経たない内に里帰りする事になるなんて、考えてもなかったよ」
「ま、普通はそうだろうな。でも、指輪がアルビオンにあるんなら返して貰いに行くしかないだろ」
「……レイジの事だから絶対に一悶着起こしそう」
「そんな事は気にするな。最初から穏便に片付けられるような問題じゃねぇんだから」
「最初から力押しで片付けようとするのも如何かと思うよ……」
強引な方法を盗るつもりでいる俺に呆れたのか、それとも諦めたのかは分からないが、ティファニアは肩を落として溜息を吐く。
一々説明しなくても俺のやり方が分かる様になって来たのはいい傾向だが、そう露骨に溜息を吐くのは中々に失礼なんじゃないかと俺は思う。……まぁ普段から溜息を吐いている俺が言うのもどうかって話ではあるが。
《お前達の話から察するに、指輪は今浮遊大陸に有るのだな》
「クロムウェルがアルビオンから移動していなければな」
《それならば頼む。あの指輪をなんとしてでも取り戻してくれ。私だけで指輪を取り戻そうにも、浮遊大陸では何千年掛かる分からない》
「何千年も待たせやしねぇよ。ちゃっちゃと取り戻してくるから、大人しくここで待ってろ」
《おぉ…なんと頼もしい言葉。ならば私もお前の言葉を信じさせてもらうぞ、混血の》
「その〝混血の〟って呼び方やめて欲しいんだが……まぁいいか」
湖の精霊との話が纏まり、次に何処へ行って何をすべきかが決まった。
まさかこんなにも早くアルビオンへ戻る事に為るとは思わなかったが、指輪泥棒があの地に居るって言うなら向かうしかないだろう。
下手すると反乱軍の全てを敵に回す事に為りそうだが、そうならない様に上手く立ち回れば大丈夫だろ。
これ以上此処に居る意味もないし、早々にアルビオンへ向かおうかと考え出した時、近くの森の中から何かが草木を掻き分ける音が聞こえてきた。
森の中に住む獣が水を飲みに来た……って感じでもないし、森から音が聞こえてきた途端ヒルダが音の方を睨みつけて威嚇し始めた。
俺も剣の柄に手を伸ばし、いつでも剣を抜けるように身構えながら音のした方に目を向ける。
野生の獣ならこの時点で勘付き始めて、痛い目を見ないうちに引き返したりするもんだが、音を出している奴はよほど鈍い奴なのか、引き返すどころかこっちへと更に近付いてくる。
その時点で野生の獣ではないと判断したが、一体誰がこんな所にやって来るんだか。
柄に手を伸ばしたまま音のしたを方を見ていると、音を出していた奴が俺達の前に姿を現した。
「ふぅ……。やっと森を抜けれたってレイジ? アンタ、こんな所で何してんだ?」
「……それはコッチの台詞だ、黒髪」
「いや、黒髪ってレイジだって黒髪だからな。あと、俺の名前は平賀才人だ」
「名乗ってもらった所悪いが、俺はアンタの名前を覚える気はねぇ」
「久し振りに会ったってのに相変わらずだな、アンタ!」
森を抜けてやってきたのは、魔法学院で見かけた黒髪の少年だった。
黒髪の後ろに見た事のない金髪の男女と、桃髪の少女も一緒に居るが……桃髪の様子がなんだかおかしい様な気がする。
なんだか前に会った時を雰囲気が違う様な気もするが、俺には関係のない事か。
コイツ等が一体なんの用で此処に来たのか知らないけど、面倒な事に巻き込まれないうちにさっさと退散しよう。
最近更新速度が落ちてきてるな。次回の更新はもうちょい早くしたいものだ。