アンドバリの指輪を奪還して一夜が明けたが、俺達は未だにアルビオン国内に潜伏している。
必要な物を取った以上、この国に長居する必要はないんだが、国外に逃亡しようとした際にあの黒い飛竜が接近していると、サイフィスが教えてくれた。
夜の暗さのお陰で向こうに発見させる事はなかったが、ヒルダの体色は鮮やかな緋色。夜でもその緋色は目立つだろうと考え、奴に見つからない内に森の中に隠れ、一夜を明かす事に。
夜遅くまで起きていた所為か、目が覚めたときには日はすっかり昇ってしまっていた。
時間が経てば経つだけ、俺への捜索網が徹底されていくのは容易に想像が出来る。出来るだけ早くこの国から脱出したいところだが、ティファニアとヒルダはまだ眠っていて起きる気配もない。
一応俺達追われている身なんだが、慣れない徹夜をしてくれたからまだ眠っていたいんだろう。
無理に付き合わせちまったから起こすのは忍びないが、あまりゆっくりとしていられないからな。此処はなんとしても起きてもらおう。
『レイジ、こっちに数名の人間が向かってきているわ。恐らく反乱軍ね』
「人数は」
『五名よ。全員杖を持っている様だけど、貴方の敵ではなさそう。……それでどうする?』
「……出来るだけ荒事は避けておきたいな。サイフィス、ヒルダの身体の色を変える事って出来るか」
『可能よ。ティファニアはどうするの』
「いつもの様に耳だけ隠しておいてくれ」
『分かったわ』
サイフィスに指示を出すと、彼女はすぐにティファニアの尖がった耳を普通の耳に変化させ、ヒルダの鮮やかな緋色を鋼のような色へと変化させる。
そして俺は自分の中に眠る竜の力を軽く解放し、髪の色を黒から白へと変化させた。
そうしていると、茂みを突き破って魔法使いと思われる五人の男達が姿を現す。
五人の男達は俺達の事をジロジロと見た後、リーダー格と思われる男が怪訝そうな顔をしながら口を開く。
「……お前達、こんな所で何をしている」
「何って見ての通り野宿ですよ。直ぐ近くに川が流れていますから、野宿をするにはいい場所なので」
「その竜を使えば最寄の町に行く事はできると思うが?」
「確かにあの子の翼なら行くことは可能でしょう。ですが、宿に泊まるためのお金がないものですから」
「金がない? …なるほど、お前達は爵位を奪われて落ちぶれたメイジとその護衛と言う訳か。金を払えないような者を守るとは、物好きな奴め」
「たかが金の為に命を賭けて彼女を守っている訳ではありませんよ。ま、王家を裏切った貴方方には分からないでしょうがね」
俺が皮肉を口にすると、魔法使い達は眉を顰めて不機嫌そうな顔をする。
この場で杖を抜くのならこっちも対応の仕方を変えるが、流石にそこまで頭に血が昇ってはいないようで、誰一人として杖を抜く事はしなかった。
「随分と口の利き方がなっていない平民だな」
「元々ろくな育ち方をしていませんので、その辺りはご容赦を」
「ふん、まぁいい。そんな事よりもこの辺で貴様の様な長剣を背負った黒髪の男を見なかったか」
「黒髪の男ですか? いえ、その様な男は見ておりませんが……その男がどうかしましたので?」
「貴様には関係のない事だ。もし、行く先で緋色の竜と共に居る黒髪の男を見かけたら、直ぐに我等レコン・キスタに連絡しろ。良いな」
男達は言いたい事だけいうと、この場を後にして森の奥へと突き進んで行った。
少しの間、森の中に男達の足音が響き渡るがやがてその音も聞こえなくなり、辺りには静寂が戻ってくる。
男達が居なくなるのとは入れ替わるように、眠っていたティファニアをヒルダが目を覚ました。
「……行ったみたいだね。良かった」
「なんだ、起きてたのか」
「レイジと男の人の話し声に起こされたの。流石に起きれそうな雰囲気じゃなかったから、いなくなるまで眠ったフリをしてたけど」
「気が利いてるな」
「だってレイジならなんとかしてくれるって信じていたもの。……でも、相手に皮肉を言ったりするのは止めた方がいいと思うよ」
「こういう性格だからな。無意識の内に出ちまうんだよ」
「それ、絶対に直したほうがいいと思う」
「無意識だから無理だろ」
俺の言葉に呆れるティファニアを他所に、俺は解放していた竜の力を抑え込み始める。
溢れんばかりの力をゆっくりと抑え込んでいくと、白かった髪が次第に何時もの黒髪へと戻っていく。
力を完全に抑え込んだのと同時に何時もの疲労感と、心臓の鼓動が急速に早まる。
力の解放の反動。何度も味わってきたものだけど、こればかりは幾つになっても慣れそうに無いな。
俺は一つ大きく深呼吸をして体の力を抜き、疲労感と心臓の鼓動が収まるのを待つ。
「どうかしたの、レイジ? なんだかダルそうに見えるけど……」
「あ~気にするな。ただの力を解放した反動だから」
「力を解放した反動……。そういえば船の上でそんな事を話してくれたっけ」
「兄様だいじょうぶ? 動ける?」
「ああ、大丈夫だ」
心臓の鼓動が落ち着いたのを見計らって立ち上がろうとするが、どう言う訳か足がもつれて倒れしまいそうになる。
「あ、レイジ!」
ティファニアの悲鳴にも似た声を出し、俺も慌ててその場に踏み止まろうとしたが、倒れそうになる身体を風が受け止めてくれる。
『しっかりしなさい、レイジ』
「悪いな、サイフィス。足がもつれちまったみたいだ」
『らしくないわね。……身体が付いていけないほどに貴方の力は強大と言う事なのかしら』
「さぁな。力の大きさは親父の方が圧倒的に上だから、よく分からねぇや」
そう言って風から離れ、自分の足でしっかりと立つ。
早まっていた心臓の鼓動も元に戻り、全身の疲労感も大分抜けた。この調子なら戦闘でも支障は出ないだろう。
そう判断した俺は大きく背伸びをして、凝り固まっていた身体を解した。
「……さって、そろそろ出発するぞ。何時までも此処にいたらさっきみたいな連中にまた会うからな」
「うん、分かった」
「えぇ~。兄様、朝ごはんは?」
「悪いが今から動物を狩りに行く時間はない。如何しても腹が減ってるなら、そこの川で魚でも捕まえてくれ」
「……わたし魚って小骨が多いから嫌いなのよね」
「いや、美味いだろ魚。確かに小骨が多いが美味いだろ」
「あ、レイジって魚が好きなんだね。覚えておくよ」
「俺の好物なんて如何でもいいだろ……。なんか話が脱線してるし、さっさと行くぞ」
「「は~い」」
………
……
…
ボケ倒してくる二人を急かし、森を出た俺達は人目を避けるように空高く飛んで移動していた。
下では俺達の事を捜している連中がうろついている……そう思っていたが、上空から見る限りでは血眼になって俺達の事を捜索している様には見えない。
反乱軍の頭が腕を切り落とされるという大事件。これだけの事が起こればもっと真剣に探すものだと思ったが、案外そうでもない様だ。
「……兵隊さん、全然いないね」
「きっとアレね。兄様の力に恐れをなして逃げたんだわ」
「それはないな。この世界の魔法使いは剣士を侮っている傾向にあるし、あの時は力を一切解放しちゃいない。俺を恐れる理由が何も無いはずだ」
「それじゃ如何してだろ? レイジが怖くないならもっと大規模な捜索をしてるはずだよね」
「……考えられるのは今回の騒動を王国軍に悟られたくないから。大規模な捜索となるとそれだけ人員を割かなくちゃいけなくなるし、アルビオン国内全域となれば各地の要所にいる兵士も動かす必要が出てくる。そうなると要所の警備が手薄になり、王国軍に攻められるリスクを避けたのか」
『もしくは周辺各国に今回の事件を知られたくないからね』
俺達の会話にサイフィスが口を挟んでくる。ティファニアに聞こえる様に配慮してか、珍しい事に自分から実体化をしている。
「周りの国に知られると何か問題でもあるの?」
『問題大有りね。一応彼等は王政を廃し、優秀な貴族による共和制の実施を掲げているのよ。そんな者達の盟主が剣士に斬られた…なんて知られたら、王都で守備についていた貴族達の信用はがた落ちね』
「斬られた程度で落ちる信用ってなんだよ。そんな事で落ちるもんかねぇ?」
『貴方達は知らないでしょうけど、メイジである貴族にとって不名誉な死と言うのは、武器が原因での死よ。死んでいないとは言え、城に侵入された挙句、剣士に斬られたなんて話を広めたくはないでしょ』
「なるほど。城に侵入されただけでも大問題なのに、頭を守れずに斬られたなんて話、口が裂けてもいえないか。でも、俺を捕らえようとした魔法使いは、杖に光を纏わせて切りかかってきたぞ」
『それは相手が慢心していたのでしょ。普通、剣士と対峙する場合、相手から距離をとって近付かれないように戦うもの。あの男は自分は剣でも平民より勝っていると思っていたのでしょね』
「そりゃ確かに慢心しているな。この世界の魔法使いってのはそう言う奴ばっかか」
『大体はね。湖であったあの青髪の子みたいなのが少数派なんじゃないかしら』
「それは酷い話だな」
サイフィスの話を聞いて思わず呆れてしまった。
世界が変われば価値観も違うのは理解出来るが、幻想郷にいる魔法使いとここまで違うと為ると、呆れる以外ないな。
離れて魔法で戦うほうが安全で確実なのに、態々剣士と同じ土俵で勝負しようだなんて、慢心以外の何物でもないが、それでも勝ててしまうのがこの世界なんだろう。
そんな中で魔法使いを斬った俺は、この世界の住人からすると相当な異端児ってわけか。……あんまり嬉しくないな。こっちとしては目立ちたくないってのに。
『……それにしても変ね。あの黒い飛竜の姿が見当たらないわ』
「そういや、見える範囲にはいないな」
「いないのは良い事だよ。正直なところ、わたしはあの竜とは戦いたくない」
「戦いたくないってのは同感だが、姿が見えないってのも不気味だな。夜中ずっと俺達の事を探し回っていたのに……」
「もしかしてご飯でも食べているんじゃないかな? あの黒い竜もお腹は空くと思うし」
「お腹が空いているのはわたしだよ……」
ヒルダが嘆くようにそう言うと、タイミングが良いのか悪いのか、ヒルダの腹の虫が為った。
腹の虫は大きな音を立てて為り、ヒルダは恥ずかしそうにしながら下に俯く。
起きてから何も食べずに飛んでもらっているから、流石に空腹も限界に近いんだろう。
正直なところ俺も腹が減ってきているから食事にしても良いんだが、あの黒い竜の事を考えるとあまりのんびりとはしていたくないな。
「……下に降りたら食事にするからそれまで我慢してくれ」
「絶対だよ、兄様! 約束だからね!」
「ああ。サイフィスは引き続き周辺の警戒を頼む。また飛んでいる時に襲われたくないからな」
『えぇ、分かっているわ』
サイフィスに引き続き警戒を頼み、俺達は真っ直ぐに地上を目指して飛んでいく。
下に着いたら食事にすると聞いて元気が出たのか、ヒルダは逸るように速度を上げていく。
腹が減ったと嘆いていたくせに、一体何処にそんな元気を隠していたのかと、速度を上げていくヒルダを見て思わず苦笑いが零れる。
この調子で飛んでいけば反乱軍に見つからずに済みそうだと思っていると、砲撃の様な音が下の方から聞こえてきた。
反乱軍に見つかったのかと思い下を見てみるが、俺達に向かって砲弾が飛んできている訳では無いようだ。
では、一体何処から聞こえているのかと、周囲を見渡して探してみるが戦場を発見する事は出来なかった。
首を傾げながら地上へと向かって飛んでいると、音が段々と近付いてきる様な気がした。
周囲を警戒しながら雲の中を突き進んでいくと、白い雲を蹴散らして赤黒い火炎弾が俺達の方に飛んで来た。
飛んで来た火炎弾は、サイフィスが風で吹き飛ばしてくれたお陰で全員無事で済んだ。
俺は直ぐに火炎弾が飛んで来たほうに目を向けると、あの黒い飛竜が空を浮ぶ船を襲撃している光景が眼に入った。
どうしてあの黒い飛竜が船を襲っているのかは分からないが、さっきの火炎弾は俺達に向けて攻撃したものではなく、ただの流れ弾のようだ。
こっちにまだ気が付いていないのなら、気づかれない内にこの場から去ろう。
その考えはヒルダも同じなのか、ヒルダは俺が何も言わなくてもこの場から去ろうとするが、そうは問屋が卸さないらしい。
雲の中にいる俺達の存在に気が付いた飛竜は、ボロボロになっている船から離れ、俺達の方に向かって飛んで来た。
「逃げ切れるか、ヒルダ」
「…ごめんなさい。お腹が空いて力が」
「だろうな」
アイツから逃げるために食事も取らずに急いでいたが、まさかこんな事になるなんて考えてもいなかった。
今のヒルダに俺達を乗せて飛び回るだけの力も無く、向こうも俺達を見逃す気など無いだろう。
奴との対峙はこれが三度目。今回も見逃してもらえるなんて甘い考えは捨てたほうがいい。
人の姿での空中戦は出来ない。ヒルダに飛び回るだけの力が無いとなると、ここは完全に竜の姿になってアイツを迎え撃つしかない。
そう覚悟を決めた俺は、自分の中に眠る竜の力を完全解放しようとしたそのとき、上空から黒い飛竜に向かって雷撃が放たれた。
威嚇のつもりではなったのか、雷撃が黒い飛竜に当たる事は無かったが、黒い飛竜の動きを止めるのに十分過ぎるものだった。
「■■■■■■■■ーーーッ!!」
黒い飛竜は空に向かって耳を劈くような大きな雄叫びを挙げる。
その余りの声量に、俺達は耳を抑えて動きを止めてしまう。
戦闘において致命的とも言える隙。この間に奴に攻撃されてしまうのではと考えるが、黒い飛竜は俺達から視線を逸らし、空を見上げていた。
アイツの視線の先に何がいるのか分からないが、上空から黒い飛竜に向かってまた雷撃が放たれる。
雷撃は一度だけではなく二度、三度と放たれ、黒い飛竜に襲い掛かる。
攻撃の主がいるところは黒い飛竜の射程範囲外なのか、攻撃は一方的で黒い飛竜は反撃しようとしない。
黒い飛竜は上空にいる相手を諦め、再びこっちに狙いを定めて襲い掛かってこようとするが、四度目に放たれた雷撃が見事に黒い飛竜に命中した。
雷撃は直撃したが、それでもまだアイツを仕留めきる事は出来ないのか、直撃してもまだその黒い翼を羽ばたかせている。
しかし、あの雷撃がしっかりと効いているのか、手傷を負った黒い飛竜は翼を羽ばたかせてこの場を後にする。
黒い飛竜はこっちを振り返る事無く飛んでいき、雲の中に飛び込んでこの場から姿を消した。
「助かった……のかな」
「そうみたいだな」
確かめるように、皆の無事を確認するようにティファニアに生返事を返し、俺は空を見上げて雷撃を放った相手を探す。
黒い飛竜を一撃で撃退させた雷撃。そんな物を連続で放てるような奴が近くにいるとなると、コッチとしても気が気ではない。
雷撃の主が敵でない事を祈りつつ空を見上げるが、上空に人の姿はなかった。その代わりに遥か上空に微かにだが銀色の甲殻の龍の姿が見えた。
あの龍は確か、この世界に来た翌日に俺の事を観察していた龍だ。……まさかアイツが助けてくれたのか?
俺はそう感じたが、肝心の龍は俺達の前に降りてくることもせず、そのまま何処かへと飛んでいってしまった。
「……礼を言わせてもくれないのか。一体何なんだ、アイツ」
『彼には彼なりの考えがあるのよ。でも、私たちを助けてくれたのは事実だわ』
「確かにそうなんだが、アイツなりの考えねぇ……。だったら教えてもらいたいもんだよ、まったく」
……そろそろ黒レイアともお別れかな。