そろそろ物語を動かしていきたいと思っている第三話です。
ティファニア宅で一晩泊めて貰った俺は、借りた毛布に包まって壁にもたれ掛かって寝ていた。
異世界で過ごす初めての夜だからと、一応の警戒をしながら床に着いたが、コレと言ったハプニングも無く一夜を明かすことが出来た。
何が起こるか分からないからと警戒していたんだが、これなら過度に警戒する必要は無さそうだな。
俺の体内時計が正確ならそろそろ故郷では日が昇る時刻になるだろう。睡眠もそれなりに取れたし、そろそろ起きようかと考えていると、寝室のドアが開く音が聞こえた。
寝ている者を起こさないようにと配慮しているのだろう。ドアを開く速度は遅く、余り音を立てないように気を遣っている。
普通の輩ならまず気付かないだろうが、殆ど起きているような状態の俺には無意味な配慮だ。
「……もう行くのか、マチルダ」
「ッ?! あ、アンタ起きてたのかい?」
「あぁ。あまり寝付けなかったみたいでな」
「そうかい。…ま、そんな所で寝ていれば当然か」
「ベットが無いんだ、仕方がねぇよ」
そう言いながら眼を開けてマチルダの方を見やると、彼女の手には大きな鞄が握られていた。
この家から勤め先までは結構な距離があると言っていたが、鞄の大きさを見る限りだ遠出の旅行にでも行くような雰囲気だ。
他国の魔法学院に勤めているという話だし、片道だけでも相当な日数が掛かるんだろう。
「随分と大荷物だな。行き帰りに時間が掛かるならもっと近場の学院に就職すればいいのに」
「それが出来れば苦労はしないんだけどね。アタシみたいな落ちぶれ貴族を雇ってくれるのはあそこ位しかないだろうよ」
「落ちぶれ貴族? 学院に就職するのに貴族である事が必要なのか?」
「あぁ。というか、メイジと呼ばれる奴の大半が貴族だからね。アタシみたいに家を取り潰されたメイジもいるが、そう言う奴は中々職に就けなくて苦労するのさ」
「……アンタもその中に一人で、他国の学院で働いている理由って訳か」
「そう言う事さ。……ま、あの学院で働いている理由はそれだけじゃないんだけどね」
マチルダは伏目がちにそういって話を濁す。
俺には言えない何かがあるのか、それともティファニアに伝わってしまう事を恐れているのか、どちらにせよマチルダは口を閉ざし、これ以上は聞くなと態度で示してくる。
なにか疚しい事でも有るのかもしれないが、本人が口を開こうとしない以上詮索するだけ無駄だろう。
「そうかい。ところでティファニアに挨拶していかなくていいのか? この時間ならまだ寝てるだろ」
「気遣いありがとうよ。でもご心配なく、言いたい事は昨日の内に言っておいたからね」
「そうか、なら余計なお世話だったかな」
「そんな事は無いさ。……あぁでも、一つだけ頼みがあった」
「あ、なんだよ?」
「大した頼みじゃない。ただ、テファの事を宜しく頼むよ。アタシじゃあの子を匿う事しかできないから、アンタがあの子を外に連れ出しておくれ」
「外に連れ出してくれって……まさか、昨日の話し聞いてたのか」
「聞いてたんじゃなくて聞こえてきたんだよ。人の妹を口説こうなんじゃ軟派な奴だと思ったが、外に連れ出そうとしてくれたのは嬉しかった。だから、もしあの子が一緒に行くと言い出したときは、あの子を守ってやっておくれ」
マチルダはさっきとは打って変わって、真摯な態度でティファニアの事を頼んでくる
その様子は妹思いの姉と言うよりかは、娘を送り出す母親に近いものがある。
自分に出来なかった事を俺に託すなんて勝手だとは思うが、頼まれちまったもんは仕方がないか。
「……アイツが自分でついて来るって言った時はちゃんと守るさ。旅の連れを目の前で死なせるような真似はしない。でも、如何するかはアイツ自身が決める事だ。俺達が如何こう言う事じゃない」
「ま、確かにそのとおりだね。……それじゃアタシはもう行くよ。あの子に宜しく伝えておいてくれ」
「あぁ分かった。道中気をつけてな、マチルダ」
「旅には慣れてるから心配無用だよ。でも、気遣いには感謝しとく。…それじゃあね」
マチルダはそう言って俺に別れを告げ、そのまま振り返る事無く家を出て行く。
窓の外を見てみると、まだ日は開け切っておらず窓の外は朝靄が辺りを包んでいる。
ティファニアはまだ起きて来ないだろうし、もう少しだけ眠らせてもらおう。
俺はずれていた毛布を掛けなおし、壁にもたれ掛かって瞼を閉じた。
………
……
…
「―――それじゃマチルダ姉さんはもう行っちゃったんだ」
「あぁ、ティファニアに宜しくって言ってたぞ」
「そっか。いつもの事だけど、もう少しゆっくりしていけば良いのに……」
ティファニアも目を覚まし、二人で朝食を食べていた最中にマチルダが夜明け前に家を出たことを彼女に告げた。
ティファニアはいつもの事だと呆れていたが、やはり何処となく寂しさを感じているのか、表情は浮かないものだった。
「そんなに浮かない顔をするな。今生の別れでもないんだ、またその内会えるさ」
「え、もしかして私、暗い顔をしてた?」
「あぁ、この世の終わりが来るんじゃないかって位に酷い顔だった」
「そ、そこまで酷い顔をしていたの?」
「いや、今のはかなり大げさにふざけて言ってみただけだ。流石にそこまで酷くはない」
「……レイジ?」
からかわれたのが面白くないのか、ティファニアが半目でこちらを睨んでくる。
「そう怒るなって。今ので少しは元気が出ただろ?」
「元気は出たけど……なんか腑に落ちないな」
「ふふっ。……さてっと、俺もちょっくら出かけてくるかな」
「え、何処に行くの? もしかして、もう旅に出ちゃうとか!?」
「そんなんじゃねぇから安心しろ。ただちょっとこの辺りを散策してくるだけだ。もし良かったらティファニアも一緒に来るか?」
「あ、なんだ散策か。それだったら遠慮しておこうかな。洗い物とかしないといけないし」
「そうか。なら俺一人で行って来るかな。昼までには戻る」
「うん、分かった。いってらっしゃい」
俺は席を立ち上がり、壁に掛けておいた大太刀を手に取り玄関のドアに手を掛け、外に出る。
家を出たその足で真っ直ぐ森の中へと入っていき、異世界の森の散策を始める。
朝靄が立ち込めていたからか、森の草木は若干湿っていて、湿度が高い様な気がする。
魔法の森と比べれば呼吸が楽な分、この森の方がはるかにマシな環境だが、生えている木々は幻想郷にはないものばかりだ。
葉っぱの形状が似たものも見つかるが、生っている果実は故郷の山では見た事の無いものがある。
ビワの様な大きさの青リンゴとでも言えば良いのだろうか。何処となく違和感を覚える見た目だ。
興味本位に一つ取ってみて食べてみるが……思っていた以上に不味い。
実が物凄く硬い上に味も全くしないとか、ここまで酷い食い物ははじめて食った。
単純にまだ熟していないだけなんだと思うが、興味本位で食べてみるものじゃないな。好奇心は猫をも殺すってのは本当だった様だ。
「……ちゃんと食べられる様になるまでもう暫く掛かりそうだな」
そんな事をぼやきながら、食べかけの実を気力だけで全部食べきり、散策を再開した。
湿度の高い森の中を当てもなく歩いていると、木々の隙間から鹿に似た四足の動物を見かける。
鹿に近い骨格の生き物だが、毛皮の色が薄緑と青っぽい灰色をしていて、角も上向きに伸びている。
幻想郷ではまず見る事の無い生き物だが、昔人里の貸本屋で読んだ動物図鑑にアレに似たような生物を見た様な気がする。
アレはなんて名前の動物だっただろうか。随分と昔に読んだ本だし、英語で書いてあったから内容を殆ど読めなかったんだよな。……まぁ、内容が分かった所でちゃんと覚えていられるかどうかは別問題なんだけどな。
そう言って割り切る自分に呆れて溜息を吐くと、鹿に似た動物たちも俺の事に気付いたのか、一斉にこちらを振り向いたかと思ったら、直ぐにその場から逃げていってしまう。
狩りの時なら落胆する場面だが、今回はただの散策。アイツ等に逃げられた所で何も困ることは無い。
俺は逃げていった動物達とは反対の方向に向かってまた歩き出す。
何の目的も無い散策。何かを見るために歩いている訳でもなく、何かを探すために歩いている訳でもない。しいて言うなら、幻想郷にはない物を見たくて歩いているんだが、コレと言って珍しいモノも無いな。
この規模の森なら妖精がいても良さそうなものだが、歩いている限りだとアイツ等が居る痕跡も見つからなかった。
暫くの間森の中を歩いていたが、特に代わり映えも無くいい加減に飽きてきた俺は、手頃な大きさの木に登り、木の天辺から周囲を見渡す事にした。
樹齢数十年は経っているであろう木を一気に駆け上り、湿度の高かった森の中を一気に抜けたと同時に一陣の風が吹きぬけ、木々を揺らす。
吹き抜ける風の心地よさはどの世界でも変わらないのだなと、頬を撫でる風を感じながら思う。
風の心地よさに一息ついた後、俺は周囲を見渡し、この森の近隣の状況を把握する。
森の規模は思ったよりも広大で、木々の緑が結構な事広がっていたが、森の手前に村と街道と思われる道を確認する事が出来た。
街道の先が何処へ通じているのかは分からないが、あの道に沿って進めば迷う事無く次の街か村へと行く事ができるだろう。
今この国は内乱中だと聞いていたが、見える範囲では戦火の後を確認する事は出来ない。
よほどこの村が国の外れに位置しているのか、既に内乱がほぼ終結してしまっているのか、或いはその両方なのか分からないが、これなら戦争に巻き込まれずに済みそうだな。
「これがハルケギニアか……。思っていた以上に広そうだな」
森の上から周囲を確認した俺が懐いた感想はただそれだけだった。
昨日マチルダからアルビオンは浮遊大陸の国で、周囲の国からは〝白の国〟と呼ばれていると聞いたが、異邦人の俺からすればそんな事は如何でも良い事だ。
八雲紫から頼まれた仕事は、この世界の何処かで厄介そうな奴が目覚めようとしているからその調査、或いは討伐。
あのババァは、調査の対象物がこの国にいるなんて一言も言ってないからな。調査範囲はこの世界全域って事になる。
幻想郷みたいに箱庭の世界だったらまだ楽だったんだが、この世界はそうじゃない。行こうと思えば何処までだって行く事の出来る世界だ。
何処に居るのかも、何処まで行けば良いのかも分からない相手の捜索か。今更だけど、本当にとんでもない依頼を引き受けちまったもんだ。
姉貴やお袋だったら持ち前の勘で解決できるんだろうけど、俺にはそんなもんは無いからな。普段は別に欲しいと思ってなかったが、今回ばかりはあの二人並みの勘が欲しくなるよ。
「……自分にないモノばかり見つけるな。自分にあるモノを見つけてソレを伸ばせ。親父の奴はそう言ってくれたけど、やっぱ有ったら有ったで便利なんだよな。無いモノ強請りだってのは分かってるけどさ」
姉気の様に才能を持って生まれなかった事に溜息を吐いた時、何者かの視線を感じ取ってしまう。
ここは十数メートルはあろうかと言う木の上。普通の人間や地を駆ける動物にはまず見つからない高さ。
鳥に見られているとも違う感覚に、視線を感じるほうを見てみるが、俺の視線の先にあるのは白い雲だけだった。
鳥が飛ぶには高すぎるし、霊体がこっちを見ているのなら俺の目で捉えられるはずだ。
でも、俺の目には何も捉えられず、ただ白い雲の先を睨み続けるしかなかった。
俺の気のせいかと思い始めたそのとき、僅かに空いた雲の隙間から見えた空に銀色の物体が浮んでいるのも見つける。
遠すぎてはっきりとした姿は捉えられないが、銀と翡翠色の龍の様な生物……だと思う。
眼はいい方だと自負しているが、アイツがいる場所は明らかに普通の生物ではいけないような高度だ。
あんな高さで生息できる生き物が他にも居るとは思いたくないが、さっきから俺の事を見てきているのはアイツで間違い無さそうだ。
「……襲ってくる気配も無い。本当にただ俺の事を見ているだけなのか」
この距離からでも視線に気付けたって事は、向こうも隠すつもりは無いんだろう。
一体何のつもりで俺の事を監察しているのか分からないが、あまりいい気はしないな。
視線を逸らす事が出来ず、お互いに睨み合っているだけの不毛な時間が続いていると―――
「レイジ~。レイジ、何処~」
―――森の中からティファニアの声が聞こえ、俺の方が先に視線を逸らしてしまう。
すると向こうも警戒を解いたのか、俺に向けられていた視線が消え、銀色の龍は空の彼方へとその姿を消してしまった。
一体何が目的だったのかまるで分からないが、少なくとも敵意は無かったように感じられた。
俺みたいな存在が珍しいから観察していただけなのかもしれないが、あの距離から俺の正体に気付けるものなのか?
今は力を解放していない普通の状態だし、よほど勘のいい奴でも簡単には気付けないと思っていたんだが……俺の認識が甘いのか。
「レ~イ~ジ~」
「っと、ティファニアの奴を放っておいたままだったの忘れてた」
思考のループに嵌まりそうになっていた所を、ティファニアの声を聞いて我に帰る。
銀色の龍の真意は分からず仕舞いだが、分からないものを考えていても仕方が無いと一先ず割り切る事にした。
俺はもう一度だけ龍が飛んでいった空の向こうに目を向け、奴が居なくなった事を確認してから木から飛び降り、ティファニアの元へと降り立った。
「きゃあッ!? い、いったい何事なの!?」
「落ち着けティファニア。俺だ、零児だ」
「れ、レイジ!? び、びっくりした~。もう、驚かさないでよ!」
「悪い悪い。で、一体何の用だティファニア。俺を探しているようだったが」
「何の用って、そろそろお昼時なのにレイジが帰って来ないから探しに来たの。全然帰って来ないから心配したんだよ?」
「そうだったのか、そりゃ心配を掛けたな。ちょっとばかり変な奴と出会っちまってな」
「変な奴?」
「あぁ」
ティファニアの家までの道を二人で歩きながら、ついさっき出逢った銀色の龍の話を彼女に聞かせる。
簡単に言ってしまえば、遥か上空にいた銀色の龍に睨まれていただけの事なんだが、思い返してみても本当に訳の分からん話だな。
この世界に来たのは昨日だし、あの龍のご機嫌を損ねる様な事は何もしていない筈だ。
それなのに銀色の龍に睨まれたと笑い話にするが、ティファニアの反応は俺の思っていたものとは違う反応だった。
「遥か上空にいる銀色の龍……。もしかしてそれって天翔龍じゃないかな?」
「天翔龍? なんだそりゃ?」
「私のお母さんが昔お話してくれた物語に出てくる龍の事だよ。悪しきモノを倒す為に立ち上がった四人と四体の龍のお話。その中に出てくる風の龍王が天翔龍なの。銀の鱗に翡翠の甲殻を持つ龍の王、その者は全天を統べ、悪しきモノを薙ぎ払う。……エルフの里では昔から伝わるお話なんだって」
「龍の王か……。この世界にもそう呼ばれるだけの力を持つ龍がいるのか」
「うん。お母さんの話だと、土・水・火・風の四つの属性に対応した龍の王がいるって言ってた」
「なら他にも居るって訳か。俺、異邦人だけど一応挨拶に行っておくべきか?」
「それは無理だと思う。龍の王達が人前に姿を現さなくなって何千年も経つそうだから、今は何処に居るのかも分からないんだって」
「じゃあ、アイツが俺の前に現われたのは只の偶然ってことか?」
「多分そうなんじゃないかな? でも、見かけられただけでも凄く幸運な事なんだよ!」
「そういうもんかねぇ~……」
「そうだよ! きっと何か良い事が起こる前触れだよ!」
必至になって俺を励まそうとティファニアを他所に、俺は天翔龍との出会いが本当に偶然なのかと考えていた。
空を飛んでいたところを偶然にも見かけたで片付けるには何か腑に落ちないし、奴は間違いなく俺の事を見ていた。只の偶然なら奴が俺を見ている理由は無いはずだ。
何らかの理由があって俺の事を見ていたんだろうが、その理由がさっぱり分からん。
何で見ていたのか問い質すためにも一度会っておきたいが、他に捜さないと行けない奴も居るし、もし会えたらって程度に留めておくか。
……それにしても悪しきモノを倒す為に立ち上がった四人と四体の龍の話か。少し興味が有るな。
モンハン4Gで龍刀の復活を熱望している俺が居る。ギルクエの発掘武器でいいからマジで復活してくれないかなぁ~……。