虚無のエルフと神殺しの竜   作:ベヘモス

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前回でテファの家が壊れたことで、漸く旅が始められる。しかし、誰も二人旅とは言っていない。


第五話 吹き抜ける風

「……で、見つかったかティファニア」

「ごめん。もうちょっとだけ探させて」

「やれやれ、仕方が無いな」

 

黒い飛竜の所為で倒壊した家の中で俺達はティファニアの荷物を探していた。

旅に必要な荷物は大体は見つけているんだが、ティファニアがどうしてもこれは持って行きたいという物が有るらしく、今はソレを探して瓦礫を撤去している。

小さなものなら撤去するのは楽なんだが、大きな物となると動かすだけでもかなりの手間だ。

ティファニアの細い腕じゃ大きな瓦礫は動かす事も出来ないから、もっぱら俺が退かしているんだが……正直いってかなりめんどい。

まったく、あの飛竜め。どうせ壊すならもっと細かく壊せよな。その方が楽だったってのに……。

 

「あ~……しんど」

「ごめんね、レイジ。どうしてもアレは持っていきたいの」

「別にいいけどよ、いい加減なにを探してるのか教えてくれてもいいだろ」

「別に隠してるつもりはないんだけど……あ、あった!」

 

瓦礫の中からティファニアが見つけ出したのは、壊れている小さな竪琴だった。

竪琴の枠は多少傷付いている程度で済んでいるが、音を出すのに重要な弦が全て切れてしまっている。

飛竜の攻撃を直撃したのなら、琴は形を留めていないだろうし、恐らくは降り注いだ木片が弦に当たって切れたのだろう。

碌に楽器に触った事の無い俺から見ても、こんな状態じゃ使い物にはならないだろうってのが分かる。

 

「そんな……。せっかく見つけたのに弦が全部切れてるなんて……」

「そう落ち込むなって、原型を留めてるだけまだマシだろ」

「だけど……」

「弦が切れてるだけなら楽器屋にでも持っていって張り直せばいい。多少お金は掛かるだろうが、弦が直ればまた弾ける様になるって」

「あ、そっか。そうだよね! ならさっそくコレを持って楽器屋さんに行こう!」

「旅をしていれば大きな街に行く事もあるだろうし、楽器屋に行くのは構わないが……金は有るのか?」

「……弦を張り替えるのって幾ら位するのかな?」

「いや、俺に聞くな。俺に」

 

瓦礫の撤去中にマチルダからの仕送りを見つけたが、コレからの旅を考えると余り無駄遣いは出来ない。

アルビオンが他の国と陸続きなら多少の余裕は出るが、この国は浮遊大陸の国だ。徒歩で他の国に渡ることは出来ない。

マチルダが他の国と行き来している事を考えれば、何らかの手段で他の国に行くことは出来るだろうが、移動するのにお金が掛からないとも限らないからな。食費なんかも考えると出来るだけ節約をしていきたいところだ。

とりあえずティファニアには何時か連れて行くと約束をし、今は我慢してもらう事にした。

ティファニアは仕方が無いと納得をしながら、壊れた竪琴をトランクケースに押し込んで漸く荷造りが終わる。

日はまだ高い場所にあるし、太陽が傾きだす前に森を突破して街道に出た方がいいだろう。

 

「それじゃ出発するぞ、ティファニア」

「うん。……それじゃ行ってくるね、お母さん」

 

ティファニアは耳を隠すように帽子を被り、姿の見えない母親に別れを告げ、荷物を持って俺と一緒に森の中へと入る。

以前に街道の場所を把握しておいたお陰で、迷う事無く森を抜けることが出来たが森の前の草原ではちょっとした騒動が起こっていた。

森の手前にある村の住人たちが村を出て、心配そうに森の方を見ている。

恐らく黒い飛竜との戦いの影響がこんな形で現れたんだろう。森の中で派手に暴れてたからな、アイツ。

 

「あの人たち如何したんだろ? なんか森の方をジッと見てるけど……」

「恐らく飛竜の所為だろう。アイツが地震を起こしたり、蒼と紅の竜巻を発生させたから怖くなって逃げ出したんだろ。ここの大地は空に浮んでるから地震なんて経験した事ないだろうしな」

「あ、確かに私も地面が揺れたのは初めての経験した。他の国だと良くある事なの?」

「流石に地震が頻発するなんて事は滅多に無いが、地上では時々起こる現象だよ。……さて、あの連中に見つからないように少し迂回していくか」

「え、どうして? そんな事しなくてもただ通り過ぎればいいんじゃ……」

「見つかって変に騒動になっても嫌だからな。ほら、行くぞ」

「う、うん」

 

面倒事を避けるために俺達は真っ直ぐ森を突っ切らずに、村の住人に見つからないように少し迂回して森を抜けた。

森を抜けて草原を突っ切り、街道に出た後は街道に沿って道なりに真っ直ぐ向かう。

この道の先が何処へ通じているのか分からないが、まずは街に着くことが重要だ。

今はこの国に様は無いし、街にでも着けばこの国を出て行く方法も分かるだろう。

 

「ところでレイジ。まずは何処へ向かうの?」

「ん~……そうだな。まずはマチルダに会いに行くとするか。俺の目的は何処に居るのかも分からないし、彼女にあって森であった出来事を説明しておかないと」

「確かマチルダ姉さんが働いているのは、トリステインの魔法学院よね。いきなり行って会わせてくれるかな?」

「会わせてくれなかったら忍び込むだけだ」

「さ、流石にそれは如何かと……。ちゃんと会わせてくれる様にお願いしないと」

「流石にいきなり忍び込んだりはしないっての。……ま、俺は別のそれでも構わないと思ってるが」

「だから駄目だってば~……」

「忍び込むかどうかは置いておくとして、まずはトリステインって国を目指すとするか」

《ならロサイスを目指しなさい。街道を道なりに進めば数日で着ける筈よ》

 

突如として聞こえてきた聞き覚えの無い声に、俺は反射的に太刀に手を掛けて後ろを振り返る。

だが後ろを振り返ってみても人の姿はなく、街道には俺とティファニアの姿しかない。

この間の天翔龍でも現れたのかと思い、空を見上げてみるが青い空が広がっているばかりで銀色の龍の姿は見えなかった。

只の気のせいかとも思ったのだが、声が聞こえてから何者かに見られているような視線を感じる。

姿なきモノからの視線。この街道付近で力なく死んだ誰かの幽霊とも考えたが、幽霊なら姿を捉えることが出来る筈だ。

俺の目でも捉えることが出来ないって事は、俺の死角にして隠れているのか、意図的に姿を隠しているかのどっちかだな。

四角に隠れられ続けたらどうしようもないが、意図的に姿を隠しているのなら見つけられると思うんだが……何処に隠れているのやら。

 

「ど、どうかしたのレイジ。突然後ろを振り返るなんて……」

「……いや、知らない奴に声を掛けられてな。誰かにつけられてるのか」

「え、声? 私は何も聞こえなかったけど、レイジの勘違いじゃない?」

「勘違いで片付けるには声ははっきりとしてたし、今も誰かの視線を感じる。只の勘違いですませれない位にな」

「視線とか言われても、私には全然分からないんだけど……」

「それは長い事森の中で暮らしていて、他人の視線を感じる機会が少なかったからだろ。大きな街や村にでも行けば嫌でも分かると思うぞ」

「あんまり分かりたくないなぁ~……。それにしてもレイジって視線とかに敏感なんだね。少し驚いた」

「あ~……いや、俺にも色々とあってな。敏感に為らざる負えなかったというか……」

「…? 一体何があったの?」

 

俺の過去に興味でも有るのか、ティファニアは聞きたそうな顔で尋ねてくる。

正直、話して聞かせるほど大層な内容でもないんだが、黙ったまま街道を歩くのも退屈と言えば退屈か。

 

「……何年か前に、親父の奴が急に山登りして来いって言ってきてな。妖怪の山の麓からそこにある神社まで駆け抜けて来いって」

「山からジンジャまで走るだけ? それと視線に敏感なのと如何関係が……」

「普通だと確かに結びつかないよな。でも、その山ってのは妖怪や神や仙人が住んでる危険な場所で、普通の奴はまず寄り付かないような場所だ。……まぁ俺は昔から親父の奴に連れて行って貰ってたし、麓から神社までなら半日も掛からずに行けるだろうって高を括ってたんだが、それが間違いだった」

「間違い?」

「親父の奴、山に住んでる天狗たちに俺の山登りの邪魔をするように頼んでたんだよ。少し山に入った途端、いきなり天狗が目の前に現れて入り口まで吹き飛ばされたからな。アレには驚愕したよ。ま、それでも諦めずに山に登るんだが、何度挑戦しても入り口に戻される。入る場所を変えて挑戦しても結果は同じ。これは幾らなんでもおかしいと思い、何が原因なのかと立ち止まって考えていたら、ふと誰かに見られているような感覚を覚えたんだよ」

 

今に為って思うが、あの視線に気がつけなかったら未だに山に登ることが出来なかった様な気がする。

ホント親父の奴、平気な顔で無茶な課題を押し付けてくるからなぁ~。

 

「それが視線に敏感な理由なんだ」

「いやいや、それはまだ切欠に過ぎない。視線に気付いたのはいいが、一体誰に見られているのかまでは分からない。山の入り口にも天狗達が見張っていたからな。最初はそいつ等の視線かと思って、見つからない様に入山しても結果は変わらなかったからな。……で、何度か挑戦していると俺の事を監視している奴が山の方に居ると気付けるようになる」

「山からレイジを監視するなんて……そんな事が本当に出来るの?」

「天狗達の中に千里眼って言ってかなり遠くまで見る事の出来る眼を持った奴が居てな。その千里眼を使えば可能だ。元々天狗たちは縄張り意識の高い妖怪だからな、山に侵入者が居ないか常に監視してるんだと」

「で、レイジはずっとその監視に引っ掛かっていたと」

「そう言う事だ。……犬走の奴の視線に気付いた後が大変だった。あの野郎、俺が何処に移動しても見つけてきやがるから、気が付けば山登りがかくれんぼに変わってた。天狗達に見つからないようにあの手この手を尽くして身を隠し、決死の思いで神社に辿り着いたのは……親父に山登りをして来いと言われてから五日後の事だった」

「………………」

 

俺の話を聞いて、ティファニアの奴が申し訳無さそうな顔をしながら絶句している。

きっと何て声を掛ければ良いのか分からず、絶句してしまっているんだろうな。

別にティファニアが気にする事は無いんだが、笑ったりしないだけマシか。故郷の連中はこの話を聞いて爆笑してやがったからな。……金髪白黒はマジで許さん。

 

「く、黒い竜を追い払ったレイジが五日も掛かるなんて、相当大変だったんだね」

「確かに大変だったけど、その二つは比較対象に為らないぞ。実力はどう考えてもあの飛竜の方が上だろうからな」

「え、それじゃなんで五日も掛かったの? テングさん達が強くて苦戦したとかじゃないの?」

「一口に天狗って言っても種類があるからな。強さ自体はピンきりだ。問題だったのはアイツ等の速度とまともに戦わせてくれなかったことだ。監視自体は白狼天狗ってのがやってたんだが、俺を吹き飛ばしてきたのは烏天狗っていう別の天狗なんだよ。やって来たのが白狼天狗だけなら一日で終わらせられたけど、烏天狗は速度が恐ろしく速くて、一度見つかると戦う事も出来ずに吹き飛ばされるんだ。その結果、戦わずに隠れる方法を取ったって訳だ。まともに戦えてたらもう少しまともな結果に為っただろうに」

「戦えるか戦えないかってだけでそんなに変わるものなの?」

「大分違ってくると思うぞ。相手を一撃で倒し続けることが出来れば、問題なく駆け抜けることが出来るからな。実際に姉貴はそうやって半日で辿り着いたらしい」

「……レイジが五日も掛かったのに半日で終わらせるなんて、とんでもないお姉さんだね」

「ま、姉貴は親父とお袋の力をちゃんと受け継いだ天災だからな。俺とは違うって事だ」

 

俺も二人の力をちゃんと引き継げていたら良かったんだがな。そうすれば周りの連中に出来損ないとかおちこぼれとか言われずに済んだのに……。

駄々を捏ねたところで変わるはずが無いと分かっているが、俺は肩を落とし盛大な溜息を吐いた。

 

「で、でも、レイジだってあの黒い竜を追い払えたじゃない。私は凄いことだと思う」

「そう言ってくれるのはありがたいが、あのまま戦っていても勝てたとは思えない。向こうも本気じゃなさそうだったし、最悪の場合ティファニアを守れずに殺されてただろうな」

「………………」

 

ありえたかもしれない最悪の結末。その事を思うと、あの時黒い竜が引いてくれたのは本当に運が良かった。

奴からティファニアを守る為には今以上に強くなるしかないが、強くなるって言っても一朝一夕で強く為れる筈も無い。

鍛練はこれからも続けるとして、丁度いい機会だから武器を新調することにしよう。

武器を選ばずに勝てるほどの達人でもないし、姉貴の様に親父達の力を受け継いでいる訳でもないんだ。出来る事は何でもやっていかねぇと、ティファニア一人を守ることも出来やしない。

 

《貴方は自分の事を過小評価しているのかしら。普通の竜にあんな真似できっこないわ》

「過小評価も何も俺はただ事実を言っているだけだ。あの時は只、運が良かっただけだ」

「そんな事無いよ。……レイジは自分に力が無いみたいに言うけど、レイジが私の事を守ってくれて、あの黒い竜を追い払ったのは事実じゃない。レイジに力が無いなんてこと絶対に無いよ」

「ティファニア……」

「レイジが強いって事、私は知っているから。だから、もっと自分に自信を持って」

「自分に自信を…か。励ましてくれるのは嬉しいけどな、別に俺は落ち込んでいたわけじゃないぞ」

「え、そうなの?! 肩を落としたから、落ち込んでいるものだとばかり……」

「確かに姉貴の力を才能は羨ましいけど、無いモノ強請りしても仕方が無いからな。俺は俺なりのやり方でお前の事を守っていくさ。これからもずっとな」

「レイジ……。うん、分かった。レイジの事信じてるからね」

「あぁ、任せろ」

 

ティファニアを守っていく方法がはっきりと見つかった訳じゃないが、この思いさえ消えなければ方法なんてその内見つかるだろうさ。

親父の無茶な鍛練も我武者羅に乗り越えていったんだ、今回だってきっと何とか為るだろ。

自分でも楽観的だなとは思うが、俺の事を信じてくれている奴が居るんだ。多少は楽観的に為ってもいいだろう。

 

《……この調子なら特に問題は無さそうね。もう少しの間、貴方達の事を見させてもらうわよ》

 

謎の声がそう呟くと、俺達の間を一陣の風が吹き抜ける。

風は草原の草花を揺らし、留まる事無く何処まで吹き抜けていく。

声の通り、謎の視線は消える事無く見られ続けてはいるが、特に悪意は感じられないし、当分の間は放置していてもいいだろう。

声の主は一体何を考えているのか分からないが、この感じなら気にしなくても大丈夫そうだ。……もっとも、幻想郷の妖精みたいな性格だったら真面目に対処を考えるけどな。

 

「やれやれ、本当に良く分からん奴だ」

「…? よく分からないってさっき言ってた謎の声の事?」

「あぁ。少しの間、俺達のことを見てるってよ」

「そうなんだ。本当に何者なんだろうね、その声の主って」

「さぁな。ま、害意は無いみたいだから放っておいても問題は無いだろ」

「レイジがそういうなら。……あ、そうだレイジ」

「あ? なんだよ」

「竜から守ってくれてありがとう。私、凄く嬉しかった」

「……どういたしまして」




……あれ? こんな風にするつもりじゃなかったのに、何故か二人がイチャついてるぞ?
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