「悪魔とモルモットの等価性について」の蛇足です。
(あらゆる矛盾を含みます。お楽しみください)

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消去法の条件

「タキオン……愛して、います!!」

「犯罪だねぇ!!」

 

即撃沈した。

 

彼女を呼び出したトレーナー室の景色が歪み、ぐるぐると遠ざかっていく。

3年間彼女と過ごし、あと数日で巣立つ場所。もうすぐ空になる場所だ。

 

この日のために場所を整え、それとなく意図を匂わせムードを整え、満を持しての実行。

柄にもなく不安と期待に胸を高鳴らせ、最大圧縮の言葉を紡いだ結果がこのザマ。

 

よろめいた自身の身体が、目の前のタキオンに支えられる。

その淀んだ瞳には、眼鏡越しに同じく淀んだ自身のそれが反射。

そのまま丁寧に直立不動に整えられ、彼女はうって変わって優しく言葉を紡ぎ出した。

 

「いい反応だがね、モルモット君。君も軽重の罪を犯してきた身だろう?

このアグネスタキオンのトレーナーだ。それぐらいの覚悟はあったはずだ」

 

聞いて身の震えが取れる。確かにそうだ。

彼女の目的のため、非合法な実験の数々に協力してきた。

果ては学園内外からデータやら薬品素材を拝借する始末。多少の犯罪がどうしたことか。

 

「だから、より具体的に意見を交換しよう。

愛の後に、なにを囁くつもりだったんだい?」

 

詰められて腹が据わる。これは彼女の未来にも関わる重大な発言だ。

息を吸い、整える。

 

「結婚を前提とした……お付き合いをっ……!!」

「ロリコンだねぇ!!」

 

即爆散した。

 

膝から力が抜け、地面が自分を殴りつける感覚がある。

彼女が研究、自分が実践。時に入れ替わる役割分担と未来図。

確固たる道標だったはずのそれが、おぼろげに崩れ去っていく。

 

「ギリギリ法的には問題ないとはいえ、自分の半分の年齢の一応高校生相手だぞ?

2~3年耐える理性や根性はないのかねぇ」

 

その声で平衡感覚が戻ってくる。

しかし当の精神力は揺らいだままで、単純な事実確認が口から飛び出した。

 

「2~3年で……何をされるつもりですか……?」

「そりゃ君、加齢と研究と実家対策だよ。私は難しい立場にいるからねぇ」

 

聞いて心臓に灯がともる。彼女もこの先について考えてくれていたのだ。

むしろ協力的とすら言っていい。ならきっと、彼女の次の問いにも答えられるだろう。

 

「さて。この期に及んで、そんなありきたりの言葉を私に向けた理由を示したまえ」

 

それはもちろん、

 

「タキオン、あなたが再び追い求める可能性の介添え人となり──」

「私の限界を見届けるのが半分。私の脚を奪った責任感からが半分、だろう」

 

一息。

 

「嫌だよ?そんなの」

 

予想された言葉。

ゆえに視界も感覚も精神も揺らがず、現実がはっきりと頭に入ってきた。

 

アグネスタキオンは、車椅子に座っている。

 

 

「君と私の協同研究の果て、お互い心身ともにダメージを負っている。

社会的にはなおさらだ。ウマ娘競技のバランスは、我々の発見で大きくねじれた」

 

ふう、と彼女は軽やかに背を向ける。

上肢だけでも車椅子を回すのに苦労しないあたり、さすがはウマ娘か。

しかし、その足は砕け、萎え、かつての超光速を感じさせない。

 

「まっとうでない同士、契約を更新すべきではない、と?」

「そこまで言ってないねぇ」

 

彼女はため息をつく。

「冷静に、現実的に……必要条件を満たすパートナーを選ぶべきだと言っているのさ。

“君じゃないとダメなんだ”なんて、甘ったるい台詞を吐くつもりはない」

「男の夢を壊してくれますねぇ」

「先に美少女の夢を粉砕したのはそっちだろ?」

 

さておき、

「本質的には誰でもいい。候補に挙がる。

だからまぁ、犯罪で、ロリコンで、嫌だが……君でも……良いんじゃないかなぁ……?」

「なんですかその疑問符は」

 

こちらも深いため息。酸素が回って多少落ち着く。

「大の男が物理的に倒れるまで純情を弄んだ報いです。

その“条件”とやらについて、キリキリ吐いてください。細密に」

 

すると、いつの間にかこちらに身を向けなおしたタキオンが猜疑の眼を向けてきた。

「なんです急に」

「君、あらいざらい聞き出したうえで、人格から肉体からそれに合わせるつもりだろう?」

「いやまぁはい」

「とんでもない無茶を吹っ掛けられると思っていないのかい?」

「何を今更」

 

言ってやると空気が和らいだ。腕組みタキオンは薄く笑う。

「だろうな、試しただけだ。

……では、長くなるが、必要最低条件に絞る。聞いてくれたまえ」

 

傾聴する。

 

「まず、健康体で薬品に明敏に反応を示す、良い実験体であることだ。

私の危険性と有用性は世界に轟いているからねぇ。次の成果は確実に出したい」

 

深く頷く。

彼女は今後も研究を続けるつもりだ。その生業は、成果を出し続けることが前提のもの。

であれば、材料はきちんとしたものを揃えるべきだ。第一としてふさわしい。

 

「次いで、炊事洗濯掃除……家事全般を担当できること。

なんせ数十年間の話だ。快適に生活できるに越したことはない」

 

確かにそうだ。

彼女にも最低限の技術は仕込んだが、車椅子では上手くいかないことも多いだろう。

生活レベルの確保は最低ラインだ。

 

「また、ウマ娘に関する知識と技術も必要。

これは言うまでもないね。研究のためだ」

 

当然だ。

彼女のパートナーとなる以上、すべてはウマ娘に帰着する。

彼女と同等となるとかなり厳しい条件だが、これも必須。

 

「さて、そのうえで──」

 

うんうん。

 

「犯罪者で」

 

うん……うん?

 

「ロリコンで」

 

はい?

 

「とんでもない嫌な奴である必要があるねぇ!!」

 

「ストップ」

 

僕の声に、彼女はン?と首をかしげる。可愛い。

しかし、

「健康で生活力と技術力のある社会不適合者じゃないですか……!!」

「健康で生活力と技術力のある社会不適合者が何か言ってるねぇ……!!」

 

ここ数十分で一番涙腺が緩んだ。

「り、理由を聞いても?」

 

「私の研究は基本倫理観綱渡りだねぇ!!」

「ハイそうですね!!」

 

「私を年上好きにしたのは誰だろうねぇ!!」

「ハイそうですね!!」

 

「私は誰かさんに壊されてしまったねぇ!!」

「ハイそうですね!!」

 

「ついでに二度と言う気はないから、今この部屋にいる者に限られるねぇ!!」

「もう許してください!!」

 

ぜぇぜぇと息をつく。その間に距離を詰めてくるタキオン。

「君は瞬間的に私より狂い、時にそれを持続させられる。

しかし、一般的に言う“正気”をたまに取り戻してもしまうのだ。

長所でもあり短所でもあるところだねぇ」

 

肩と首に腕を回される。

「愛やら約束やらを語るのは気分のいいもの。

しかし常にそれが通じるほど、我々は純な関係でもないだろう。

腹が立ったのでね。すこし遊ばせてもらった」

 

「面目ない」

「それ以上謝ったら、力加減を間違えてやるぞ?」

 

はははと笑ってこちらも腕を絡める。

……ふと、報復の言葉が思いついた。ここで死ぬなら悪くない。

 

「ねぇ、タキオン」

「なんだい?」

 

「さっきの条件、ロリコン以外はあなた一人でなんとかなりませんか?」

 

 

みり、と音をたて、か細い死の気配が首に食い込んでくる。

「確かに、私は健康で生活力と技術力のある社会不適合者だねぇ」

「でしょう?不足はあるでしょうが……パートナーを立てるほどでもない」

 

だから、

「教えてくださいよ。どうして独りをやめたのか」

「試してくれるねぇ……」

 

吐息が首筋をくすぐるが、締め上げる力は緩まない。

「マ、単純な話さ。我々の関係は間違っている」

「そりゃまぁ。害意で始まったものですし」

 

「それだけではない。

一般的に言う、お互い焦がれ合う恋の段階も、甘やかな愛の段階も、

許し合う生活の段階も半ばすっ飛ばしてしまった」

「順当とは言い難いですよね」

 

片方が車椅子に座る都合上、心音は自身のものしか聞こえない。

相手の鼓動は予想がつくので問題ない。

「では、その後に残るのは?」

「死だよ」

その予想が、わずかに静まった。

 

「段階飛ばしてないですかねぇ」

「しやわせな家庭を築く可能性も、またあるだろう。

しかし、実りなき時間を過ごすことも、またあるだろう。

それでも、別離はかならずやってくる」

 

彼女は悲しみを楽しげに語る。

「いいんですかそれで」

「だから楽しみなのさ。

君が先に失われるのなら、不確定要素はいくらでもある」

頸動脈をなぞられる。

「どんな気持ちかな?誰が隣にいるかな?

君の病んだ内臓はどんな色で、どんな味がするかな?」

 

一息。

「君はどうだい?」

「死に際のあなたの顔を想像するだけで心が躍りますね」

「さすがの変態だな。いい回答だ」

 

腕絡みを解かれ、顔面をホールドされる。握力は緩まず骨が軋みをあげた。

「愛しちゃいないよ。恋しちゃいないさ。

けれどもう生きていて、死ぬのを楽しみにしている。

……そのためには、君の眼が必要なのだよ」

 

「ロマンティックですねぇ。勉強されましたか?」

「デジタルくんが詳しかったよ。君のような特化型のクズをどう口説くか、相談に乗ってくれた」

「菓子折りと今回の事の顛末、どちらを届けるべきでしょうかね」

 

しかし、

「もしも、もしもですよ?

……この条件をみんな満たした、だれかが現れたら、どうするんですか?」

 

「二度言わせる気かい?」

「よろしくお願いします」

 

言うと顔面が解放された。彼女はいつもの調子でたっぷり溜めて。

 

「君、私を選んだろ?」


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