電車は端的に言うなら、地獄だった。
不快な臭い、不快な声、不快な肉塊ども。
しかしそんな苦痛もあの少女に会えるかもしれないということが俺を奮い立たせていた。
電車に揺られ、乗り換え、また揺られ…。
付いた駅からしばらく歩くと件の事件現場である家へと着いた。
警察が張ったのであろう立ち入り禁止の黄色いテープが張り巡らされている家。
外側からでは緑色が少しも見えない。
周りも人がおらず、閑散としている。
警察が情報規制をしているせいだろうか。
周りをぐるりとまわってみたが、流石に少女の姿のかけらもない。
中に入ってみたいが、さすがに警察に見咎められるだろう。
仕方がないので他の事件現場の家へとまわることにした。
「収穫なし……か……」
臓器のような赤黒いもので覆われたベンチへと腰を下ろす。
結局どの家も立ち入り禁止のテープが張り巡らされていた。
事件発生の順に回ったが、少女の姿はどこにもない。
その痕跡を探そうにも方法がない。
聞き込みでもしようと思ったが、そもそもこの少女が『少女』であるかも怪しいのだ。
グロテスクな写真を見せながら謎の存在について聞いてまわりなどしたら、そのまま黄色い車に連れて行かれそうである。
そのまま公園であろう場所でボーっと考え事をしていると。
チラリと、白い何かが目の端に映った。
ガバリと体を起こして、その白を目で追う。
その白は公園の奥へと姿を消した。
まさか。
「おい!待ってくれ!」
あわてて立ち上がり、公園の奥へと走る。
あれは、例の少女ではないか?
そもそも俺は白いものなどほとんど目にしたことはない。
この地獄の世界で、綺麗なものなど目にかかれないのだ。
そうだ。
間違いない。
あの少女だ。
奇妙な形をした遊具であろうものや腐肉がまとわりついた木々を横目に、ひたすら走る。
チラチラと白い布が見え隠れする。
あの少女だ。人だ。
「頼む!!待ってくれ!!」
ゼイゼイと息が切れる。
貧弱な体が苛立たしい。
彼女はかなりの身体能力を持っているようで、白い服がどんどん遠くへと離れていってしまう。
「はぁ……はぁ……くそっ……」
結局、公園の出口についた時には彼女を完全に見失ってしまった。
彼女はなぜ逃げたのだろうか。
未だに上がっている息を整えつつ、ゆっくり公園内へと戻る。
いや、逃げるのも当然か。
彼女はおそらく『捕食事件』の犯人だ。
警察などから追われる立場にあるのだろう。
そもそも、人の形をしていないかもしれない。
普通の人間から驚かれ、避けるようにしているのかもしれない。
しかし、それならお手上げだ。
彼女が俺に会ってくれる理由などないだろう。
そもそも接触することができない。
彼女は人を避けるだろう。
あの『捕食事件』が風化しない限り。
まてよ。
『捕食事件』はいつに起こった?
あることに気付き、俺は携帯を操作し『捕食事件』の発生日時を調べた。
事件確認:8月12日 早朝
死亡推定時刻:8月11日 夜
これだ。
俺は天に感謝した。
タイムリープでの跳躍最大日時は8月11日の14時ごろ。
タイムリープで最大跳躍し、事件の家に来れば彼女と直接会うことができる。
自然と動悸が早くなる。
彼女に会える。
人に会える。
俺はラボへの帰路を急いだ。
「
ラボを開けると肉塊が不快な声で俺を出迎えた。
まゆりだ。
「……ああ」
そっけない返答になってしまうが、しょうがいない。
まゆりはまゆりだが、不快でグロテスクな肉塊なのだ。
椅子に座っておそらく編み物をしているまゆりの前を通り過ぎ、開発室へと入る。
タイムリープの準備をするのだ。
「……
少し心配げな声でまゆりが俺に呼びかける。
「……なんだまゆり。俺は今忙しいのだが」
正確にはタイムリープをするので急ごうがゆっくりしようが時間はあまり関係ないのだが。
単純に、煩わしかった。
「……
ふと、手が止まる。
「
「……俺は大丈夫だ。何も、問題などない」
そう、たかだか周りの景色が変わって見えるだけだ。
俺自身は何も変わってはいない。
「
「……ああ」
準備を終え、ヘッドセットを準備する。
もう何回目になるかわからない8月11日へと跳ぶため電話レンジ(仮)を作動させる。
携帯電話で電話レンジ(仮)への電話をする。
バチバチと紫電の放電現象が起きる。
ふと、まゆりの顔を盗み見た。
グロテスクなただの肉塊だった。