今日も沙耶の元へと足を運ぶ。
沙耶と会って話をして以来、夕方に沙耶の家に出向くのが日課となっていた。
この世界で唯一の人間。
俺を理解し、支えてくれる少女。
Dメールのことやタイムリープのことなども話した。
俺の弱音や愚痴なども嫌な顔をせず聞いてくれる。
宇宙から来た存在。
孤独な少女。
俺と話すときはとても楽しそうにしている。
逆に帰るときは寂しそうな眼をしている。
俺なんかが力になれることはたかが知れているが。
俺と話すことで寂しさが紛らわせるならいくらでも話そう。
そんなことをつらつらと考えていたら、沙耶のいる空き家へと着いた。
夕暮れの中、空き家に入る。
人気のないリビングを通り過ぎ、2階へ。
そのまま屋根裏部屋への階段を上がろうとする。
そのとき、携帯の着信音が鳴った。
誰からか確認してみると、知らないメールアドレス。
不審に思い、内容を見てみる。
―――
件名:沙耶だよ♪
おかえり、倫太郎!
―――
沙耶からだった。どうやら俺が付くと同時にメールを送ったらしい。
「ただいま沙耶、メール見たぞ」
そう声を掛けながら階段を上る。
「倫太郎、ちゃんと打ててた?」
「ああ、バッチリだ」
沙耶はニコニコしながら屋根裏部屋の地べたに座っていた。
この携帯電話は沙耶が自分で入手したものだ。
タイムリープのためにも自分の携帯がいるということになったが、俺が買うより沙耶が自分で手に入れるほうが早いといったのだ。
何かしら非合法の方法で手に入れたのだろうか。
まぁ手に入ったのならとやかくは言わない。
どうせそのうちタイムリープをすることになるのだし。
「しかし手に入れたばかりだというのに、もうしっかりメールを打てるのだな」
「えへへ、練習したからね」
花が咲いたような笑顔をこちらに向ける沙耶。
俺までなんとなく嬉しくなってくる。
「もうDメールでもタイムリープでもなんでも来いだよ」
サムズアップをして陽気に言う沙耶。
「Dメールを使ったら世界線が変わって今の沙耶の記憶が保てなくなる。タイムリープも俺の携帯電話を使えばいいだろう」
Dメールに関しては、使うつもりもない。
エシュロンに捕捉されたDメールを消去しても、その後にDメールがあったら同じことだ。
それに世界線が変われば、今の沙耶と別れることになる。
タイムリープの48時間制約を解放できたら世界線を移動するが……それまではせめて一緒にいたかった。
また、タイムリープに関しては俺の携帯電話を使うつもりだった。
「俺と沙耶が出会った日に俺がタイムリープをして、そのあと俺の携帯電話を沙耶に渡せばいい」
俺はタイムリープのために自分への電話は必ず自分で取る。
タイムリープした後は、その後に沙耶がタイムリープすることを知っているので携帯電話を沙耶に渡せばいい。
「む~。わかってるけど、自分の携帯が持てたことがうれしかったの!」
「そうだな。これで沙耶の声がいつでも聞けるわけだしな」
「いつでも電話でもメールでもしてきていいんだからね」
「ああ、わかった」
そういって、沙耶は俺の左手を握ってきた。
柔らかな感触がする。
守りたい。
一緒にいたい。
俺は沙耶に微笑みかける。
沙耶も俺に微笑んでくれる。
そうして俺と沙耶は、他愛無い話をしだすのだった。
「それで……タイムリープマシンの調子はどうなの?」
「ああ……芳しくないな……」
沙耶は俺の目的について心配してくれている。
だが、相変わらずタイムリープマシンの調査はうまくいかない。
まゆりを、紅莉栖を。2人を助けたい気持ちは今でも変わらない。
だがその気持ちだけでは現状は如何ともしがたかった。
一歩も前に進めない。
沙耶といない時の俺は、その焦燥感で自分の身を焦がされていたのだった。
「無理……しないほうがいいよ……。できないことは、できないって言ってもいいんだよ……」
心配そうな目でこちらを見上げてくる沙耶。
沙耶の右手がこちらを優しく握ってくる。
「心遣いはありがたい……。けど、それでも、俺はやらなきゃいけないんだ……」
救いたい。あの二人を。
その死を何度も見てきたまゆり。俺の大切な幼馴染。
俺を何度も助けてくれた紅莉栖。俺の愛しい人。
地獄の世界に放り込まれてもその気持ちは変わっていない。
それだけが今の俺の存在意義だからだ。
「沙耶には感謝している……。でも俺は、諦めるつもりはない……!!」
そうだ、諦めてはいけない。
今までどれだけの思い出を犠牲にしてきたのか。
どれだけ傲慢なふるまいをしてきたのか。
沙耶には救われた。
一時は生きている意味すら見失いかけた。
正気を失いかけた。
だが、俺は。
償わなければならない。
報いを受けなければならない。
そして……俺が背負ってきたものをなかったことにしてはいけないのだ。
「倫太郎……」
儚げな声。
沙耶はうつむき、なにがしかを考えているようだ。
「倫太郎に……聞きたいことがあるの……」
ポツリと、こぼれるように紡がれた言葉。
「なんだ? 何でも聞いていいぞ」
その様子が気になり、なるだけ優しい声を出す。
沙耶はうつむいたままだ。
口だけぼそぼそと動かしている。
どんなことを聞きたいのだろうか。
俺は急かすことなく静かに待った。
しばらくして、沙耶は何かを決意したかのような目でこちらを見上げた。
「倫太郎……倫太郎は……大切な人たちが……その……変な風に見えるのは、いやだよね……?」
「それは……」
俺が口を開くと、途端に沙耶は心配そうな顔で俺を見つめてくる。なんだろう。
沙耶の考える本当のところがわからないが、俺は俺の思うところを口にした。
「たしかに……今の、人が肉塊に見え、世界が地獄のように見えるのは……正直かなり堪える」
そこで俺は口を止める。
沙耶は続きを促すように俺を見ている。
少し、間をおいて俺は宙を見ながら続きを答えた。
「だが、ラボメンは……俺にとっての大切な人は……変わらず大切だ。どんな姿であっても、だ」
そう言って沙耶の方に向き直る。
「もちろん、沙耶も大切だからな」
そう言って左手で、沙耶の右手を優しく握る。
「……うん、ありがとう」
そういって顔を下に向ける。
沙耶が何を考えているかはわからない。
ただ、俺のことについて真剣に考えてくれているのはわかる。
それだけで、単純にうれしかった。
「じゃああたしは……うん……そうだね……やっぱり……」
ぶつぶつと小さく何かを漏らした後、俺に満面の笑みを向ける。
「うん、倫太郎!きっと大丈夫!そのうち解決するよ!」
「え?あ、ああ」
何とも漠然とした言いように少し呆気にとられる。
何が大丈夫なのだろうか。
沙耶は何かをする気なのだろうか。
ただ、考えてみてもよくわからない。
だが沙耶は俺を応援してくれている。それは間違いなくいえることだった。
根拠がなくとも、何とかなる。そう信じさせてくれる強い言葉だった。
「……そうだな、きっと大丈夫だ」
そういって微笑みかけると沙耶も嬉しそうに微笑んだ。
そうだ、きっと何とかなる。
根拠も何もないが、沙耶といるだけで俺は何でもできる気がした。
きっと、まゆりも紅莉栖も救うことができる。
そうして、すべてが解決したら、沙耶をラボメンに迎えよう。
きっとどうにかなる。何とかなるさ。
俺は呑気にそんなことを考えていた。