鳳凰院凶真と沙耶の唄   作:folland

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※06

昼間のじっとりとした熱気に包まれたラボの中。

俺はいつものようにタイムリープマシンをいじっていた。

 

周りにラボメンはいない。

今、ラボメンは皆コミケに行っているのだった。

 

ダルやまゆりだけでなく、紅莉栖も二人についていく形でコミケに行っている。

 

 

しばらくタイムリープマシンを弄った後、ふと時間を確認する。

 

もうすぐ夕方に差し掛かろうかという時間。

 

「もうこんな時間か……」

 

最近は時計を見ると沙耶と会う時間のことを気にしてしまう。

やはり楽しい時間のことについてはよく考えてしまうのだった。

 

夕方になれば沙耶も家に帰ってくる。

少し時間が前後するようなら沙耶がメールを入れることになっている。

まぁ大体は俺が屋根裏部屋に上がる直前にお帰りメールを送ってくるだけなのだが。

 

すぐに支度をし、駅へと向かった。

 

 

電車は地獄だが、沙耶のためなら耐えられる。

吐き気を我慢しながら電車に揺られた。

 

 

「沙耶……?」

 

空き家につき屋根裏部屋へと足を進めるが、いつもと違って気配がない。

隠れているのだろうか。

 

「おーい沙耶ー?」

 

そのまま屋根裏部屋への階段を上る。

階段から顔をだし、屋根裏部屋を見渡す。

 

どこにもいない。

 

「……沙耶?」

 

いやな想像が頭を駆け巡る。

 

まさか誰かにここがばれた?

いや、それならそいつの死体が残っているだけだ。沙耶がいない理由にはならない。

沙耶がどこかに行った?

いったいなぜ?そしてどこに?

メールもないのはなぜだろう?

 

混乱する頭でそこいらを見渡していると、紙が落ちているのを見つけた。

これは?

 

拾って見てみる。

ノートの切れ端のようで丁寧に破ってある。

 

そこにはこう書かれていた。

 

 

――――――

 

倫太郎へ

 

あたしは今外へ出かけています。

驚かせちゃってごめんね?

 

実は倫太郎にプレゼントをしようと思ったの。

焦らなくていいから、ラボに来て。

あたしはそこにいます。

 

倫太郎の喜ぶ顔が見れるといいな。

 

沙耶より

 

――――――

 

 

読んだ後、ひとまず安堵した。

さらわれたわけでも、愛想をつかれたわけでもなかった。

沙耶のやつめ。驚かせるな。

 

しかし、ラボとは。

外にでて人に会うのもダメだしラボメンとも接触するのはまずいのではないだろうか。

そもそも、プレゼントとはなんだろうか。

ラボで沙耶が見繕えるものなどそうないと思うのだが。

そもそもメールではなくわざわざ置手紙なのも謎だ。

プレゼントをラボで用意するために時間でも稼いでいたのだろうか。

 

不思議に思うが、行ってみないことにはわからない。

焦らずにラボに来いと書いてあるので、ゆっくりラボに戻るとするか。

ここですることも特にない。

 

トンボ帰りとなるが、沙耶がプレゼントを用意し待ってることを思えば別段苦でもない。

 

 

沙耶が何を用意しているかを楽しみにしながら、帰りの電車へと乗った。

 

 

 

ちょうど日が暮れてしまった時間帯。

俺はラボの階下へとついた。

窓からは部屋の電気がこもれ出ている。

どうやら中に誰かいるようだ。

ラボメンがいなければいいが。

 

不安に思いながらラボへと繋がる階段を上る。

暗く狭く、腐臭がするような階段は死刑台への段差のようだ。

 

ドアまでついた。ドアも臓器が潰れたようなおぞましいデザインをしている。

少し緊張しながらドアをノックし声を掛けた。

 

「俺だ」

 

「あ、倫太郎?入ってきて」

 

中から沙耶の声が聞こえた。

遠慮なく入ることにする。

 

「沙耶、ただいま」

 

「ふふっ、おかえり倫太郎」

 

中では沙耶が白いワンピースの上に白衣を着ながら佇んでいた。

 

「どう?似合う?」

 

沙耶はくるりと一回りしてから俺の表情をうかがう。

 

「ああ、すごく似合っている」

 

思った通りのことを口にした。

 

「えへへ、こうしてるとあたしもラボメンになったみたいだね」

 

「その恰好を見せるのがプレゼントなのか?」

 

「違うよ。プレゼントはまた別」

 

そういって沙耶は少し暗い表情をする。

とたんになぜだが不安が掻き立てられる。

 

「プレゼント…だよな?」

 

「そう、プレゼント。あたしが倫太郎にプレゼントするの」

 

そういって足を開発室へと向ける。

俺もついていく。

 

「ここに座って。今からプレゼントするから」

 

そういって開発室のパイプ椅子を俺に向ける。

 

「……よくわからんが、わかった」

 

とりあえず促されるままパイプ椅子に身を預ける。

ギショリ、と特有の気色の悪い音を立てて椅子がきしむ。

 

「はい、じゃあ目を瞑って。今から説明するから」

 

「……わかった」

 

言うことを聞かなければ話も進まないだろう。

沙耶の言う通りに目を閉じた。

 

目を閉じれば視界は黒に染まる。

気色の悪いラボの光景も感じずに済む。

屋根裏部屋の時も、もっぱら目を閉じ沙耶の声だけ聴くようにしていた。

俺たちが話をするときはいつもそうではあったのだが。

 

「……なんだか緊張するぞ」

 

いつもとは違い、ラボで沙耶と二人っきりだ。

沙耶が何をプレゼントするかもよくわからないし、自然と体がこわばる。

 

「緊張しなくてもいいよ。ん~でも何から説明しようかな」

 

沙耶の透明感のある声が俺の耳を通る。

プレゼントに説明というのがわからないが。

 

しばらく待って、再び沙耶の声が聞こえた。

 

「よく聞いてね……。あたし、今の倫太郎の頭を元に戻せるの」

 

「ほ、本当か?!」

 

「うん、本当だよ。昼間に色んな人で試したから、たぶん治せる」

 

衝撃だった。

この頭が直せる。

この地獄だった様相も、肉塊になったラボメンも、耳障りだったノイズがかった声も。

全て治る。治せる。

 

「そ、それじゃあ……」

 

「そう、倫太郎が見てる地獄みたいな世界も、人が肉塊に見えるのも全部治せる」

 

なんということだ。

今まで苦しんできた。この汚濁にまみれた世界から、元の世界に戻せる。

 

「す、すごいぞ沙耶!!」

 

「でもね、そうしたらあたしの正体、ばれちゃうの」

 

「あ……」

 

沙耶は震える声で言う。

 

人が肉塊に見えること、声が歪んだ不快なものに聞こえること。

普通の人がそう見える俺がなぜ沙耶だけ人に見えるのか。

俺が元に戻った時、沙耶はどう見えるのか。

 

人に『化け物』と呼ばれる容姿。

人を避けて生きてきた沙耶。

肉塊を、いや人を捕食する沙耶。

 

いったいどんな生物だというのか。

元に戻った時、俺はどんな目で沙耶を見るのだろうか。

 

 

 

……いや。

 

 

「……そんなことはどうでもいい!!沙耶は沙耶だ!!」

 

「……ありがとう、倫太郎。倫太郎ならそういってくれるって信じてた」

 

「沙耶……」

 

「でも、その前に話しておきたいことがあるの」

 

沙耶は真剣な声で俺に話す。

 

「話しておきたいこと?」

 

「うん……」

 

沙耶は、言いよどんでいるようだった。

 

「どんなことでも受け止める。沙耶は俺の大切な人だ。何があろうと」

 

「……うん、ありがとう」

 

そういうと決心したのか、沙耶は話し始めた。

 

「倫太郎はね、この先絶対に幸せになれない」

 

ん?

 

「どういうことだ?」

 

「椎名まゆりはね、この世界線でも絶対死ぬの。アトラクタフィールドの収束によって」

 

「そして倫太郎はその死に耐えられず鳳凰院凶真としてSERNや300人委員会を支配する」

 

「そうやって、世界をディストピアに陥れる」

 

 

沙耶はとつとつと話す。

いや、待て。

なぜそんなことが言える。

俺がSERNや300人委員会を牛耳る?

 

「そんな馬鹿な……」

 

「信じられない?」

 

「いや、しかし……」

 

あまりに唐突すぎた。

まゆりは死ぬ。それは以前からわかっていたこと。

しかしなぜそれ以降の俺の様子がわかるのだ?

 

「実はね……未来のあたしがDメールで色々なことを教えてくれたの」

 

「Dメール……だと……?」

 

「もちろん36文字以上の長文のDメールだよ。未来のあたしが改造したみたい。すごいよね」

 

まるで他人事のように話す沙耶。

そして未来の沙耶が教えてくれたことについて語り始めた。

 

まゆりが死に、岡部倫太郎は鳳凰院凶真としてディストピアを構成する。

これは確定事項らしい。

 

逆に沙耶に関しては不確定らしい。

沙耶は世界線のぶれにより生きていたり死んでいたりすると。

 

そして未来の沙耶曰く『倫太郎が本当に幸せになれる世界線がある』という。

 

この世界線では岡部倫太郎は幸せになれない。

たとえ頭を治してもまゆりの死に苦しみ、世界を支配しディストピアを構築するという。

 

だから別の世界線へと行く必要があると。

 

「しかし……β世界線でも紅莉栖は死ぬぞ」

 

「うん。でもね……そこから『倫太郎が本当に幸せになれる世界線』へと行けるみたいなの」

 

「そんなことができるのか?!いったいどうやって!!」

 

「それは……話しても意味がないの」

 

意味がない?

話せないでもなく意味がないとはどういうことなのだろう?

 

「それは……どういうことだ?」

 

「倫太郎にはね……これまでのことを忘れてもらうから。タイムリープマシンの作り方を学ぶまでのこと。頭がこうなってからの記憶。……それから、あたしのこと」

 

「わ……忘れる?」

 

沙耶の言っている意味が分からない。

どういうことだ。

これまでのことを忘れる?沙耶のことを忘れる?

いったいどういう意味で言っているかが、まるで理解できない。

 

「……なんで忘れる必要がある?」

 

「余計な知識が蓄積されているから、それが世界線へと影響を及ぼしてる。『幸せになれる世界線』に行くルートが阻害されるの」

 

「な……なぜそんなことがわかる!!」

 

「……未来のあたしを、信じられない?」

 

「そんなことは……」

 

ない、と言い切れない自分がいる。

 

頭が治るという。『幸せになれる世界線』へといけるという。

 

それが、今までのことを忘れる?沙耶のことも全部?

何かの陰謀のような気がしてならない。

 

「……沙耶は、信じるのか」

 

問いかける。

 

「あたしは、信じるよ。未来のあたしも、あたしだったから。倫太郎に幸せになって欲しいって思ってたから」

 

沙耶は静かに答えた。

真っ直ぐな声。

何者にも揺らがせないような芯の通った声。

沙耶は未来からのメールに信じさせられるようななにがしかを見たのだろうか?

 

「本当に信頼できるメールなんだな?SERNの罠などではなく」

 

「SERNだったら、そもそもこんな遠回りなことしないと思うよ。それに、あたししか知らないことも書いてあったし……」

 

やはり沙耶は、沙耶からのメールであることを信頼する根拠はあるらしい。

だが、これまでのことを忘れるんだぞ?

俺が頭を治し、尚且つ沙耶のことを忘れてしまったら、これから沙耶と会うことなんてなくなってしまう。

今後、運よく俺が沙耶と出会っても、沙耶のことを化け物呼ばわりしてしまうかもしれない。

いや、きっとしてしまうのだろう。

そんなこと……考えたくもない。

 

「沙耶は……忘れられていいのか?!今までのことも、全部なかったことになるんだぞ!!」

 

「……あたしは、それでもいいよ」

 

「俺は沙耶のことを全部忘れて、次に会った時には沙耶のことを化け物扱いするかもしれないんだぞ!!」

 

「……倫太郎が幸せにならないほうが、嫌」

 

 

胸を突かれた。

あまりに真っ直ぐな言葉に。

 

沙耶はひたすら俺の幸せを願ってくれている。

だが、俺はそんな沙耶に何もしてやれない。

 

「俺が忘れたら、『幸せになれる世界線』へいっても、沙耶に会えないではないか……!!」

 

「あたしは、それでもいい。倫太郎は?」

 

「俺は……俺は……」

 

なぜ突然そんなことを言い出す。

俺は沙耶と二人で話すだけで、幸せなのに。

 

頭を治す。まゆりと紅莉栖を救う。

それだって大切だ。

だが、沙耶だって大切な存在なのだ。

それなのに……なぜ。

 

「沙耶!!」

 

堪らず目を開け立ち上がろうとする。

 

だが、動かない。

 

「な……沙耶!!お前!!」

 

体が椅子に固定されている。

立ち上がることも振り向くこともできない。

 

「ごめんね……あたしはもう決めたから……」

 

悲しそうな顔でこちら側に姿を現す沙耶。

 

「……俺はお前に、そんな悲しそうな顔をさせたくない……」

 

わずかにも体を動かすこともできず、ただ沙耶の顔を見つめ続けることしかできない。

 

「それでも……あたしは……」

 

そう言って俺の背後へと体を移す。

頭に手が添えられる。

 

「今から倫太郎の頭を治して、記憶も消すね?体を固定したのは、何かの拍子で元のあたしの姿を見られたら嫌っていうのもあるの」

 

照れを隠すような言葉に、自然と頬が緩む。

 

「俺は沙耶のどんな姿も気にしないと言っているだろうが」

 

「あたしが気にするの。乙女心なの」

 

「ずいぶんと強引な乙女だ」

 

皮肉気に話すと、沙耶もつられて笑う。

 

この時間も、なかったことになるのか。

そう思って、自分が今までしてきた行為を思い出す。

 

今までのラボメン達も、きっと今の俺のような思いをしてきたのだ。

沙耶を責める権利など、どこにもない。

 

「倫太郎、そろそろ本格的に始めるから、眠らせるね。出来たらあたしがタイムリープさせる。起きたらβ世界線へ行ってね」

 

「その記憶は忘れないのか?」

 

「『β世界線へ行く』って思いを無意識に植えつけておくから大丈夫だよ」

 

「なんでもできるんだな、沙耶は」

 

「すごいでしょ?」

 

「ああ、すごいな沙耶は……」

 

話していると、だんだんと体の感覚が無くなり、意識がぼんやりとしてきた。

もうすぐ沙耶のことを忘れるのだろう。

『幸せになれる世界線』に行くのだ。

 

今までの苦しみも忘れて、頭がおかしくなったことも忘れて。

沙耶の出会いも、笑顔も、話声も、柔らかな体躯も。

 

全部忘れて。

 

「なんで……忘れなきゃならない……!!俺は……!!」

 

涙声で叫ぶように喋る。

きっと俺の顔はくしゃくしゃになっているだろう。

 

なぜ俺は大切なものをいつも失うのか。

なぜ沙耶のことだけ忘れなければいけないのか。

 

みんなの思い出を犠牲に進んできたことの報いなのか。

これが世界の選択なのか。

 

なんで世界はこんなに残酷なんだ…!!!

 

「ごめんね、倫太郎……」

 

「……謝るな……お前のおかげで…俺は幸せになれるんだろう……?」

 

「うん……あたしが保証する……」

 

「なら……俺は……絶対に幸せになる!!沙耶が正しいことを証明してみせる!!」

 

「うん……うん……」

 

沙耶も涙声になっている。

 

俺は『幸せになれる世界線』へと行くという。

ならば幸せにならなければ嘘だ。

まゆりを救い、紅莉栖を救い。

ラボメン達とただ日常を過ごすのだ。

 

沙耶とのことを忘れてしまっても。

俺は…沙耶が信じたことを、証明しなければならない。

 

沙耶が自分を犠牲にしてまで示すものを、俺はなんとしても手に入れる。

 

だんだんと意識が遠ざかっていく。

体の感覚が消えていく。

 

沙耶が遠くなっていく。

この世界が遠くなっていく。

 

白い光に包まれるように。

深い水底へ落ちていくように。

 

頭が霞がかっていき。

 

 

 

俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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