魔法世界の仮面舞踏会   作:マルク

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あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
話数が10話を超えたので『短編』から『連載中』に変更しました。


独りぼっち

 

 

 

医務室のドアから来客を知らせるノック音が鳴り、出迎えた女医は目を丸くする。

 

「あら珍しい。仕事中毒者(ワーカーホリック)が自分からここに来るなんて、明日は次元震かしら?」

 

「お仕事中にすみません。今、お時間大丈夫ですか?」

 

「どうぞどうぞ、こっちもサボる口実ができるから助かるわ。あ、艦長には内緒よ」

 

申し訳なさそうに来客ーークロノ・ハラオウンが入室し、用意された椅子に腰掛けて本題を話す。

 

「実は…先生に相談と言いますか、ちょっと知恵を貸してほしくて…」

 

歯切れの悪いクロノの様子に何かを察したのか、女医はニヤリと笑みを深くする。

 

「当ててあげましょうか? ズバリ…恋の悩みね」

 

女医の発言にクロノは顔を真っ赤にして否定した。

 

「違います!? フェイトの事です!!」

 

息を整え、ポツポツとクロノは事情を語り始める。

 

 

レイジングハートにカートリッジシステムが搭載され、なのはは再びヴィータと戦った。

本来ならやってはならない無茶な改造。戦闘は疎か、正常に稼動できるかすら怪しい代物だ。しかし大人達の不安を払拭するかのように、なのはは新型デバイスを使いこなしてヴィータを撤退させる事に成功する。

そんな親友に負けまいとフェイトもシグナムと再戦。フレーム強化のおかげで鍔迫り合いにも負けず、勝負は拮抗していた。互いに長丁場を覚悟していたが、事態は思わぬ方向へ一変する。

 

それは1人の魔導師だった。

人相は白い仮面に覆われて分からないが、体格から見て恐らく男性だと思われる。

 

意識を眼前の敵に集中していたフェイトは彼の不意打ちを躱せずに戦闘不能となり、そのままシグナムによる魔力の蒐集を許してしまう。

仕方ない結果だと周りが慰めるものの、責任感が強い彼女は敗戦続きの自分を許す事ができず、自室に閉じ籠ってしまった。

 

「いくら呼び掛けても応答が無いんです。アルフが言うには生きてはいるそうですが、何日も姿が見えないというのはやはり心配で…。何か良い方法はないでしょうか?」

 

アースラNo.2という要職に就く以上、多忙なクロノはフェイト1人に付きっきりになる事ができない。なので民間協力者で比較的に手が空いているなのはとユーノに任せているが、いつまでもそのままという訳にはいかない。

優秀な魔導師だと言っても、なのは達はまだ10歳の子ども。メンタルケアを任せるには人生経験が足りなさ過ぎる。

年齢面を考慮すればフェイトも同じく大切に扱うべきだろうが、彼女は嘱託とはいえ管理局に籍を置く人間。社会人として、私情を捨てて公務に徹しなければならない義務がある。

 

フェイトの年齢と社会的立場。その板挟みにクロノ達は強行突破を試みる事ができず、困り果てていた。そんな年若い執務官の悩みを女医は静かに受け止める。

 

「頑張っても、それが報われるとは限らない。もし努力が必ず報われるものだとしたら、みんなしてるわ。報われないかもしれない。そんな恐怖心を抱いて続けるからこそ、してる人は尊敬されるの。あなたもフェイトちゃんも良くやってるわ」

 

「でも、このままにして良い筈がありません。僕の…僕達のできる事は何か無いですか? 僕には彼女にかける言葉が……思いつきません」

 

「リンディ艦長は? あの人は何て言ってるのかしら?」

 

女医は最高責任者であるリンディのこの事態に対する姿勢(スタンス)を確認する。

 

「……艦長は、ただ今は信じてあげましょうとしか…」

 

(逃げたわね…)

 

周囲が何と言おうが、自分を許せないのならば意味がない。己の失態に折り合いをつけられるのは自分だけだ。ならば彼女に構わず、それぞれの仕事に徹するべきと考えたのだろう。

 

それは正しい。残酷なほど正しい判断だ。

 

大切な戦力とは言え、子ども1人に構っていられるほどこの仕事は甘くない。なにせ失敗すれば数多の世界が滅びるのだ。その一つ一つの世界には億を超える人間が今日も変わらない日常を過ごしており、明日が普通に訪れる事を信じている。そんな彼らを人知れずに守る、それが時空管理局の本分なのだ。

 

しかしクロノからしてみれば、なんとも薄情な母だと感じた事だろう。彼も優秀とは言え、まだ15歳という若輩者。そんな身でこの事態を割り切れてしまえば、冷血漢と陰口を囁かれるのは想像に難くない。だからこそ女医は一つお節介を焼く。それがリンディの思惑に反するかも知れないとしても、やるべきだという己の感性に従った。

 

「ねぇ、クロノ執務官。確かあなたって、執務官試験を一発(ストレート)で合格した訳じゃないでしょ?」

 

女医の問いに訝しみながらも、クロノは苦々しく答える。

 

「はい、お恥ずかしいですが2回落ちました。3回目でようやく合格できたんです。それが何か?」

 

「ようやく、ねぇ…。あの超難関試験をたった3回で合格した事は誇るべきところだと思うけど。まぁ、そこは一端置いといて…。でも、あなたは諦めなかった。それはどうしてかしら?」

 

「それは…夢があったからです。父みたいな立派な大人になりたいという夢が…。たった…それだけの事でした」

 

「立派な大人っていうけど、別に執務官(・・・)に拘る必要は無かったんじゃないかしら? あなたにとって執務官以外の局員は尊敬に値しないの?」

 

「そんな事ありません!? 事件は執務官だけで解決できるものじゃ無い! それこそ様々な局員が連携して、初めて第一歩を踏み出せるんです!」

 

クロノの解答に女医は首肯する。非戦闘員の女医も現場の苦労を知らない訳では無い。

先のPT事件が良い例だ。

なのは、ユーノ、アルフ、そしてフェイト。

彼らのようなイレギュラーがいなければ、少なからず犠牲者が出ていただろう。

 

「でも、あなたは執務官に拘った。どうして?」

 

そこまで言われてクロノは違和感に気づく。女医の言う通り、両親の影響で職業を選ぶのならば艦長職を目指しているはずだ。

 

なのに目指したのは執務官。

 

何故? 

 

父を失った母の涙を知っている。

 

父を救えなかったと頭を下げる恩師の姿を知っている。

 

なのに殉職率の高い前線を選んだのは何故?

 

沈黙するクロノに向かって女医は語る。

 

「どんなに辛い事があっても、誰かを悲しませてしまう事になっても、成し遂げたい事がある。人はそんな感情を『自我』と呼ぶわ。自覚無いみたいだけど、あなたは自分が思ってる以上に我儘な性格よ。フェイトちゃんも、あなたのそういう一面を知ってもらえば何かしら変化があるかもしれないわね」

 

大切なのは己と向き合う事。

 

「有り難うございます。僕に何ができるのか、少し分かったような気がします」

 

そう応えるクロノの表情から先程まであった迷いが消えていた。背筋が伸び、眼には力が篭っている。いつもの頼りになる小さな上官の姿に満足気に微笑んだ。

 

「どういたしまして。アースラのエースにお礼を言われて光栄よ。また何かあったら来なさい。コーヒーぐらいならご馳走してあげるわ」

 

 

 

クロノが帰った後、女医は端末を操作してあるメッセージを送信する。それはリンディも知らない秘密の回線で飛ばされ、以下このように書かれていた。

 

 

各員に通達。

黒の杯争奪戦に新手の強者F現る。

勝利の栄光を手にするのは果たして誰なのか。

皆様、奮って予想してください。

 

 

「この前の模擬戦は盛り上がったなぁ。まさかのフィエロ君の一人勝ちで阿鼻叫喚だったっけ。今回はどうなるのかしら?」

 

次元世界を航行するアースラにおいて、数少ない娯楽の一つに賭博(ギャンブル)がある。女医はその職務上、局員の悩み相談を受けやすい。故に、公平な立場である元締めを務めていた。金銭に興味が無い彼女にとって、安全地帯から観戦できる絶好のポジションある。

今後の展開をあれこれ妄想しながら、女医はニヤニヤと仕事に勤しむのであった。

 

 

 

(制御チップに問題無し。思ったより使えるな…)

 

戦闘職ではないアーベントがフェイト達と渡り合えていたのはデモンズスレートの効果が大きい。

 

生物はなぜ闘うのか。

それは一個体の生命と尊厳を守る為だ。

他者を認められず、否定し、破壊という形で自己を確立する。

 

闘争本能は生存本能と言い換えてもいい

 

デモンズスレートによって感覚が鋭敏化され、アーベントは殺気により敵の位置を把握できるようになっていた。気分はまるで某ロボットアニメに出てくる◯ュー◯イプである。どんなに速くても動きを先読みできれば対処は容易い。

 

懸念事項は戦闘中にチップが破損する事だったが、今回の件を見る限り耐久性も問題ないだろう。そもそも、破損する程のダメージを受ければデモンズスレート自体が壊れているはずだから副作用(暴走)の心配は無い。レジアス三佐へのレポート内容を考えながら、アーベントはなのはの故郷である海鳴町の図書館へと足を運んだ。

 

図書館に足を踏み入れると、本が醸し出す紙とインクの匂いが彼の鼻孔をくすぐる。平日の昼間という事もあって館内に人気は殆ど無い。貸出カウンターを横切り、目的のものを物色する。そして見つけると近くのテーブルにそれらを広げて内容を調べていった。

 

(……該当無し。覚悟していたけど、こうして目にするとやっぱりキツいな…)

 

アーベントが読んでいるのは、この世界(地球)の歴史や地理に関する書物だ。

 

ミッドチルダに生まれてはや20年。異世界での生活は彼にとって違和感だらけだった。

見知らぬ他人を親と呼ばねばならず、価値観の相違で周囲と衝突する。まるで知らない他人を演じているようで気分が悪い。

 

第二の人生なんて碌なもんじゃない。

 

少しずつ心が鈍麻していくのは、馴染んだからだと認めたく無かった。認めれば自分の何かが終わってしまう。自堕落に日々を過ごしていたところへ、ふと『地球』という単語を耳にした時、自分の心が強く鼓動するのを感じた。

 

 

帰れるかもしれない。

 

家族や友人に会えるかもしれない。

 

前世の自分がどうなったのか分かるかもしれない。

 

 

だからこそ、あれこれ理由をつけて地上探索に出たのだがーー成果は芳しく無い。

 

確かに前世の歴史と大まかな流れは同じみたいだが、肝心の故郷が見つからない。町名も思い出せない朧気な記憶だが観光名所が複数あったのは覚えていた。なのに頭に引っかかるものは見つからない。これはこの世界の『地球』は前世の『地球』とは別物とみていいだろう。

 

多次元世界(パラレルワールド)……管理局が定める次元世界じゃなく、完全別世界って事か。ほんと嫌な予感だけはよく当たる)

 

暗鬱な気持ちで散らかした書物を片付けていると、ふと1人の人間が目につく。その人物はなのはやフェイトと同年代ぐらいの少女だった。本来ならこの時間は学校にいなければならない立場である。そんな少女が車椅子に乗っているのだから尚目立つ。

図書館の職員が注意しないところから、少女は常連で病気か何かで休学中なのだろうと察した。邪魔するのも悪いので、少女を横目に館外に出る。そして屋外のベンチに腰掛けてタバコをふかし始めた。

 

吸って、吐く。吸って、吐く。

その度に紫煙が冬の寒空に消えていく。ついでに自分の悩みも消えてほしいと思いながら、アーベントは街並みをボーっと眺めていた。

 

「あ、あの! ちょっといいですか?」

 

「ん?」

 

突然声をかけられ、アーベントはその方向へ視線を移す。そこには先程の車椅子の少女が申し訳なさそうな表情でこちらを見ていた。

 

「見知らぬ人からこんな事言われて嫌やとは思います。でもどうかお願いします。もうすぐウチの迎えの人が来るんで、それまでタバコ控えてもらってもええですか?」

 

アーベントは手元のタバコを見ると、その煙が風に乗って少女のいる方へ流されていた事に気づく。

 

「ああ悪い。煙たかったか?」

 

そう言いつつ、タバコの火を携帯灰皿で消す。そして改めて少女の容姿をはっきりと見た。

 

若干大人しめではあるが、子ども特有の明るい表情。遊びたい盛りの歳頃なのに不自由な体に対する鬱屈とした雰囲気は感じられない。

ファッションセンスが良い事、迎えという単語から裕福な家庭なのかなとアーベントは推察した。

 

「良かった〜。外人さんだから言葉が通じなかったらどうしよう思うてました。日本語お上手なんですね」

 

「……昔取った杵柄(きねづか)でな。体が覚えているんだ」

 

まさか前世の記憶があるんですと答える訳にもいかず、アーベントは軽く流す。しかしそれが少女の琴線に引っかかたようで、彼女はますます目を丸くする。

 

「しかも難しいことわざまで使いこなしとる!? 誰か知り合いに日本の人が居ったんですか?」

 

「まあ、そんなところだ。そういうそっちこそ、変わったイントネーションしてるな。それが日本のカンサイベンってやつか? この国に来て実際に使ってる奴は初めて見たぞ」

 

少女に指摘され、アーベントは自分の迂闊さを呪う。この身はもう日本人ではない。己はミッドチルダ人として、この世界では異物として行動しなくてはならないのだ。改めてそう心に言い聞かせ、来日して間も無い外国人を装う。

 

「あはは、ウチも使こうてる人と会うた事ないです。標準語で話そう思うたけど、学校でキャラ立ちそうだったんでこのままにしてます」

 

「その口振りだと、やっぱり今は学校には通っていないのか?」

 

「こんな足ですから…。無理に通うても周りに迷惑かけるだけですし、ウチも少し困ります。お互いに嫌な思いしかせんのやったら、ウチは我慢する方を選びます」

 

「若いのにご立派。その心掛けに免じて、タバコの煙には我慢できなかった事はノーカウントにしてやろう」

 

「ありがとうございます。実はウチも自分で言ってしまってからアチャーって思ってたんです。流してくれると助かります」

 

その後、2人は様々な事を話した。勿論、次元世界関係の事は伏せた上でだ。

『八神はやて』と名乗るその少女はやはりなのは達と同い歳だった。普段はバスなどを利用して通院している事。担当医が親切で何かと気にかけてくれる事。両親が他界してしまったが、最近新しい家族ができた事。ひと通り話してから、ふとある事に気づく。

 

「随分と詳しく話してくれたが、まずくないか? 一応、俺は身元不明の不審者だぞ。個人情報は簡単に教えん方が良い」

 

「よくよく考えたらアカン事してますね。でもお兄さんはお金に困ってるようには見えへんし、外国の人やから土地勘も無いでしょ? なのに犯罪なんて大それた事やらかすとは思えんのです」

 

スラム街ならまだしも、日本で犯罪を行う事はかなりの危険性(リスク)を伴う。

はやては図書館の常連で今日も来館しているし、アーベントの姿も防犯カメラに撮られただろう。しかも少ないとはいえ通行人には2人が会話しているところを見られている。

ここまで不利な条件が揃っている中で犯罪行為をする者は相当な間抜けか、薬物中毒者(ジャンキー)か、逮捕されても構わない世捨人だ。

 

「……意外と人を良く見てるようだが、程々にしろよ。理屈が通用しない馬鹿はいる。たとえどんなに割に合わない状況でも、自分の感情を優先する奴がな。そういう連中には言葉も、法律も通用しない」

 

「はい、ウチの学んだ事は全部本の受け入りです。本当に怖い人に……ウチは無力です」

 

アーベントの忠告にはやては俯く。

友達と喧嘩する、先生から褒められる。

自分以外の誰かと過ごす事でしか得られない”何か”がはやてには無かった。

 

「分かっているなら良いさ。悪かったな。責める気は無か……」

 

「はやてちゃん!?」

 

言い過ぎたと思い、謝罪しようとしたアーベントの言葉を何者かが遮る。

 

現れたのは大人の女性だった。

肩まで伸ばした金髪と買い物袋を揺らしながら、息を切らせて駆け寄ってくる。そして2人の間に入り込んで、はやてを守るかのように立ち塞がった。

 

「だ…誰ですか!? こんな小さな女の子に話しかけたりして! 警察を呼びますよ!!」

 

「し、シャマル!? 違うんよ。話しかけたのはウチの方なんよ」

 

「……ええっ!?」

 

はやての発言に女性は一瞬呆けた後、一気に表情が青くなり、今度は羞恥で赤くなった。慌ててペコペコと頭を下げて謝罪する姿からは、先程の勇敢な姿を微塵も感じさせない。

 

しかし、対峙するアーベントの脳は全く違う事が占められていた。何故ならその女性の事を彼はよく知っていたからだ。

 

現在アーベント達が戦っている『闇の書事件』のヴォルケンリッター。その構成メンバーは4名。

 

『剣の騎士 シグナム』

 

『鉄槌の騎士 ヴィータ』

 

『盾の守護獣 ザフィーラ』

 

そして最後の一人の名がーー

 

 

「……『湖の騎士 シャマル』?」

 

アーベントの口から自然と漏れる単語に金髪の女性は体を硬直させる。そしてたった一瞬、僅かに殺気が漏れた。顔は伏せている為に表情が分からないが、悲壮感に満ちている事が窺い知れる。

外套(コート)のポケットに隠されたデルタフォン。それを握りしめる己の手がじっとりと汗ばむのを感じていた。

 




はやての言葉づかいが難しく、今回は難産でした。本場の人から見ればおかしなエセ関西弁ですが大目に見ていただけると助かります。
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