【フェイト、私は昔からあなたの事が……大嫌いだったのよ】
時空管理局の誇る次元航行艦『アースラ』のブリッジに投影されたモニター内で、魔女が積年の怨念を吐露する。
それを聞いた瞬間、魔女の娘である幼い少女――フェイトは瞳から光を失い、手から滑り落ちた金色のデバイスがか細い金属音を鳴らして亀裂が奔る。まるで持ち主の心を表しているかのように。
魔女『プレシア・テスタロッサ』の目的は血肉を分けた愛娘『アリシア』の蘇生にある。それを実行する手段というのが、次元震を引き起こして始まりの地『アルハザード』への道を拓く事。
話しだけ聞けば麗しい親子愛とも言えるかもしれないが、次元震は次元断層という大災害を引き起こす。その被害は世界の一つや二つ軽く滅ぼすレベルだ。それを黙って看過する管理局ではない。特にここ第27管理外世界『地球』の住人にとっては。
だからこそ、度々フェイトと戦った少女『高町なのは』は故郷を守る為に立ち上がった。そんな彼女に魔法の存在を教えてしまった少年『ユーノ・スクライア』、事件解決の為に出動した管理局執務官『クロノ・ハラオウン』、そして彼らを助ける為にフェイトの使い魔『アルフ』も。
それに比べて自分は何をしているのだろう。
闇の中で1人フェイトは自問自答していた。今まで母プレシアから愛情というものを受けた記憶はない。あるにはあるが、それは後から植え付けられたアリシアのものだという事を知ってしまった。人工的に生命を作り出す事を目的に発足された『
まともな生まれ方をしていない自分がまともな生を謳歌できるはずがない。そうして更なる深い闇へ意識が埋没するところを一条の光が灯る。
『お話しを聞かせて』
光が語りかける。闇の中でまるで星のように輝くそれはフェイトには眩しく、無視できるものではなかった。瞼を閉じようが光が発するエネルギーが熱となって少女の心にまで伝わってくる。
(私は…このままで良いの?……)
フェイトは今までの自分の生涯を振り返る。母の愛を求めて努力していた。優しい師に鍛えられ、自身の半身とも言える使い魔を得た。そして、言いつけに従って遠い異世界に赴いてとある少女と出会った。
自分は一体何者なのか。
失敗作、出来損ない、代替品。
数多の単語が脳内を反芻するも、どれもしっくりこない。この問いに対する答えはきっとフェイト自身にしか見つけられないだろう。このまま我関せずと内に閉じこもっていれば見つけられるのか?
(そんな事……絶対ない)
自分は一体何者なのか。
それはこれからの自身の行動によってのみ証明できる。そう結論づけた時、急に視界が開けた。
見知らぬ天井。
おそらくアースラの一室なのだろう。どうやらフェイトは気を失ってベッドに寝かされていたらしい。一時的にとはいえ敵対していた自身への温情に感謝の念を感じると同時に、すぐに意識を現実に引き戻す。
求めるのは魔導師の
もう武力衝突は避けられないと考え、愛機を探すのだがーー何故か見つからない。
「え…どこ…? バルディッシュ、返事をして!?」
くるっと枕を持ち上げ、むんずと毛布を引っぺがし、もしやとベッドの下に潜り込んでも見つからない。ようやく自身の意思で行動しようとしたところでこの展開、フェイトは涙目である。
ひょっとして犯罪者に武器は持たせられないと取り上げられてしまったのかと思い視線をドアに顔を向けた瞬間、その扉が開いて白衣を着た1人の青年が現れる。
「あ、起きてた? まだ寝てて良かったんだが…」
気怠げな口調でそう話す彼の手にはフェイトのよく知るものが握られていた。
「バルディッシュ!? 返してください! それ、私の大切なものなんです! 返してください!!」
自分の腰ほどの背丈しかないフェイトの懇願に顔をしかめさせ、青年はあっさりとバルディッシュを返却した。
「別に盗ったりしねーよ。完全
青年の弁明を聞いてフェイトが愛機を見ると、意識を失う直前にあったはずの傷が見事に修復されていた。あれからどれだけ時間が経ったのか不明だが、恐らく半日は経過していないはずである。なのに、その短時間でフェイトの師が彼女の為だけに作った特注品を構造を解析して修復したという。まるで手品を見ている気分ようだった。
「あ、ありがとうございます!」
フェイトの感謝の言葉を青年は手をヒラヒラさせて流す。
「俺はアーベント・ターナー。一応、この艦のデバイスマイスターをやってる。以後、どーぞよろしく」
「わ、私はフェイト・テスタロッサです。じゃなくて、早く退いてください! 私、みんなを助けに行かないと!!」
思わず自己紹介してしまったが、フェイトはすぐにそんな状況ではないと思い直す。急いでアルフ達に合流しようと飛び出そうとするもアーベントが出口を塞いでしまっていた。
「あのね、自分が事件の重要参考人って立場を忘れてない? 助けたいのはほんとにクロ助……もとい、うちの子達なんだろな? いざプレシアと向き合って心変わりしないとも限らん以上、こっちはお前さんを頼る事ができんのよ」
それを聞いてフェイトは押し黙る。
窮地に追いやられたプレシアが『なのは達を倒せば娘として扱ってやる』と言った場合の事を想像したのだ。それはまさにフェイトにとって悪魔の囁きである。今までどんな理不尽な要求にも従ったのに愛情をくれる事は決してなかった。しかし、それを手に入れられる可能性が僅かでもできたら…。
助けに行ったつもりが、邪魔になっては元も子もない。
「分かったか? ならここで大人しくしてろ。たぶんもう一眠りしてる間に
そう言いつつアーベントが背を向けた瞬間、フェイトは
アーベントが語るのは正論だ。
彼の言葉を否定する為の信用というものがフェイトには無い。でもそれがなんなのだろう。プレシアの様子はは明らかに普通じゃない。思い返せばプレシアはいつも顔色が悪かった。ひょっとしたら何か悪い病気にかかっているのではないか。
あの強引さは己の時間が残されていない事からくる焦りも関与しているとしたら、そこまで考えるとフェイトの体は自然と動いていた。
「ごめんなさい……キャッ!?」
昏倒させたはずのアーベントがフェイトのマントを掴んで行く手を阻む。非殺傷設定とはいえ完璧な奇襲を耐え抜かれた事に驚きながら、再度その脳天目掛けてバルディッシュを振りかざす。
「よせ、やめろ! 取引しよう。お前にとっても悪い話じゃないはずだ。とにかくまずは話を聞け!!」
慌てて暴挙を止めるアーベントの様子に訝しみながらもフェイトは
「今のお前はあの高町って子との戦闘、更にその後喰らったプレシアの魔法によってかなりボロボロだ。数時間寝た程度じゃ回復量もたかが知れてる。ここまではいいな?」
アーベントの残酷なまでに正しい説明に弱々しくフェイトは頷く。よく考えれば助けにいくにはそれ相応の力が要る。今の自分にそれがあるのかと問われれば答えはNOだ。
「だから、こいつらに協力してもらう」
そう言いつつ2人はとある部屋に辿り着く。
「あ、無能だ」
「なんだよ負け犬」
入室したアーベント達の姿を見て、横になってる局員の1人が悪態をつく。それに負けじとアーベントも悪態で返す。
「なにをー! ぼくは頑張ったんだぞ! 命懸けて戦ったんだ! 少しは労われよ!!」
「大人数で乗り込んでおきながら、たった1人の犯罪者を相手に瞬殺された分際でよくそこまで言えたもんだな。その厚かましさには素直に感心するよ」
悪態の応酬にフェイトはオロオロするばかりである。見かねた女医らしき人物がアーベント達の口喧嘩の仲裁に入った。
「ほら、フィエロ君、ターナー君、いい加減になさい! ここは病室! 静かにできないなら叩き出すわよ。見なさい、この子が怯えてるじゃないの」
さすがに子どもの前で醜態を晒した事にバツが悪いと感じたのか両者は押し黙る。そして今のうちにとアーベントが本題に入った。
「時間が惜しいから単刀直入に言うぞ。今からこの子、フェイトが『時の庭園』に突入する。魔力が心許ないからお前らの魔力を分けてやれ」
アーベントの提案に医務室の誰もがポカンと口を開ける。どこの世界に犯罪者に力を与える局員がいるというのか。彼の
「そ、そんな事できる訳ないだろ! ぼく達にも立場ってものがある! 犯罪者に魔力渡した事で艦長から叱られたらどーすんだよ!」
断固拒否の姿勢を取るフィエロ達だが、女医はある事に気づきアーベントの狙いを解説する。
「ああ、なるほど。立場上、私達は表向き協力できない。だからあくまでこの子に無理やり協力させられましたって形にしたいわけね?」
どういうことか分からないフェイト達に女医は更にかみ砕いて説明する。
「要は、フェイトちゃんがターナー君を人質にしてあなた達に魔力を渡せって脅迫してきた事にしたいわけよ。それなら緊急避難であって犯罪幇助にはならないし、ハラオウン艦長も悪くは言えないんじゃないかしら?」
「えー、こいつに人質の価値ってあるの? 普段のぼく達を見てたら、絶対信じてくれないと思うけど…」
ようやくアーベントのやろうとしてる事を理解したがこれは望み薄だろう。今までの僅かなやり取りを見ても分かるようにアーベントはかなり嫌われているらしい。嫌いな人の為に誰が尽くすというのか。
「そこは皆の演技力しだいよ。ターナー君の為にというより、フェイトちゃんの為にと思ってやってみない?」
そう言われてフィエロ達の視線はフェイトに集中する。それに緊張しながらも、フェイトは精一杯自分の思いを訴える。
「あ、あの私は母さんと話がしたいです。私の気持ちを伝えに行きたいんです。これが母さんと話せる最後のチャンスかもしれないから。だから、お願いします! 皆さんの魔力を私に分けてください!!」
頭を下げて懇願する少女。医務室の床に水滴がポタポタと落ちる。その姿に局員一同は溜息をつき、顔を見合わせて笑みを浮かべながら首を僅かに肯く。
「ほらよ、もってけドロボー。この借りは高くつくからなー」
【Magic energy.】
各員の所持するデバイスから魔力光が浮かび上がり、フェイトのバルディッシュへと流し込まれていく。
【Charging complete.】
バルディッシュに補充された魔力はかなりの量で10%を切っていた残存魔力は80%程度にまで回復していた。
「言っとくけど、ぼく達もやられっ放しは悔しいんだ。それが間接的とはいえ、あのババ…ゲフンゲフン! 女に一泡吹かせられるっていうんなら悪くはないって思っただけさ。あとは頼むぜい」
これはあくまで犯人確保に必要な行為なのだとフィエロは訴える。ウィンクとピースサインをしている事から、それが方便だとフェイトには感じられた。
「ありがとうございます。皆さんから頂いた魔力、絶対に無駄にしません」
そう言いながらフェイトは
「さてあの子にはああ言ったけど、実際のところどうなの?」
緊急事態であっさりと事が進んだ事は喜ばしいが、いつもの皆と比べれば物分かりが良すぎる気がした。不審に思った女医はそこを問い詰めるとーー。
「フェイトちゃん可愛い! 結婚したい!!」
「俺の生成した魔力が美少女の体に流し込まれるのってなんか興奮するよな」
「フェイトちゃんの涙ペロペロ」
フィエロ達の口から飛び出る聞くに耐えない欲望の数々。肝心の当人がいないのがせめてもの救いだろう。
「う〜ん皆、正直者でよろしい。そういえば脅迫された割にはあなた達は元気過ぎるわね。バレない為にももうちょっと工夫しておきましょうか…」
言うや否や女医の体から威圧感が湧き上がる。そしてそれが一気に解放された瞬間、上腕二頭筋、僧帽筋、大腿直筋等、あらゆる筋肉が膨張していった。体格が3割増しとなり、身長も2mを超えている。
パンパンに膨らんだ白衣の袖を煩わしそうに破き、ゴキゴキと指の骨を鳴らす姿はどこぞの世紀末覇者である。
「「「「「ゆあっしゃあ!?」」」」」
「さ~て白衣の女神の愛撫、たっぷり堪能させて上げるわ」
その後、断末魔の叫びが扉を超えて廊下まで響き渡るのであった。