「ーー報告は以上になります」
「はい、クロノご苦労様」
アースラの艦橋で艦長リンディ・ハラオウンは現場で起きた一部始終の説明を受ける。色々と不測の事態はあったものの、プレシアの逮捕、次元震の阻止、
「彼にも困ったものねぇ…」
「アーベントの事ですか? 気持ちは分かりますが…」
彼の本来の仕事はデバイスマイスター。裏方業務だ。そんな人物が前線に出て主犯を捕まえましたと報告書に記述しなくてはならない事にクロノは頭を痛めていた。
「それもあるけど、先見の目っていうのかしら。戦場を見てからの自分の立ち回りをよく考えているところが変わってるのよ」
戦場に出れば誰もが目の前の事に夢中になる。敵を倒す者、サポートする者、逃げる者ーー自分の命がかかっているのだから当たり前だ。若い魔導師は特にそれが顕著に現れる。しかし彼は違った。
最悪の事態に備えて
彼が開発したベルト型デバイスーーライダーズギア。魔導師の天敵と言っていい虚数空間に飛び込んで人命救助(しかも犯人)したなんてこれ以上ない宣伝効果になるだろう。それを作った者が普段から
「彼がいなければこの結末には至れなかったでしょう。勿論、良い意味ですが…」
不貞腐れるクロノを見てリンディは苦笑する。力あるものは相応の責任を持つべきと考えるクロノにとって、アーベントという男はかなり異質な存在だ。これ見よがしに力を振るう戦士でもなく、権力を求める野心家でもない。強いて言えば自分のデバイスの完成に向かって邁進する職人だろうか。
それにしては今回のように不測の事態に柔軟に対応できてしまうのが不思議だった。そんな得体の知れない男に現場指揮官として遅れをとったと感じているのだろう。
「そう悲観する事ないわ。他人は他人、自分は自分。あなたらしいやり方で日々精進していけば良いのよ。結果は大切だけど、そんなあなただからこそついて行きたいという部下がいるんだし…ね?」
子どもをあやすかのように諭されて益々クロノは不貞腐れる。その不器用な姿に亡き夫を重ねてクスクスとリンディは笑みをこぼす。
「それに……その問題児も今は海より深く反省しているでしょうからね」
◇
「へいへい、どうした! そんなペースじゃまた追い越しちゃうぞ!!」
「体力バカのお前らと、一緒に、するな! こちとらデバイスマイスター、
アースラの訓練区画にてフェイト脅迫事件に関わった全局員がランニングを行っていた。彼らに課された罰則は1時間以内に20km走破する事。1人でも時間オーバーすれば全員やり直しという鬼畜なものだった。
既に2回オーバーしている。時間が長引くほど体力的に不利になるが、どうしてもアーベントが足を引っ張っていた。そんな彼を嘲笑うかのように後方からフィエロが急かしてくる。
「だっらしい無いなぁ。女の子に負けて悔しくないの〜? そ・れ・と・も、ぼくの可愛いお尻よりおっぱいがお好みなのかなぁ? 前を走られたら見えないもんね〜」
ケラケラと意地悪くフィエロが笑う。ランニングの為に薄着になった彼女のシャツがユサユサと揺れる。じっとりと汗ばんで体に張り付き、その豊かな双丘がより強調されていた。
「確かに巨乳は好きだが、お前のような可愛げのない奴を女とは思わん! あそこにいる奴から女らしさというのを学んでこい!!」
蠱惑的な色気を醸し出すそれをものともせず、アーベントは顎でこのランニングとは無関係のなのは達を指す。
「はあっ、10歳児じゃん!? 子どもじゃん! 年齢差を考えなよ! ぼくは20歳だぞ!!」
「まさかの同い歳かよ!? アースラ配属されてから1番驚いたわ!
「周りとは違うぼくってカッコいいって思ってた」
「メンタル強っ!?」
そんな醜い大人のやり取りを眺めながら、なのはとユーノは今回の事件を振り返っていた。
フェイトとアルフはどうしているだろうか。重要参考人の彼女達は別室に隔離されている。クロノによれば実行犯ではあるものの真実を知らなかった身なので情状酌量の余地はあるらしいとの事だが、姿が見えないとやはり不安だった。
なのは達は確かにプレシアを逮捕できた。しかし彼女の体は病魔に侵されて余命が幾許もないらしい。せっかく親子の絆を取り戻せると思っていたのに時間が圧倒的に足りない。この結末はなのは達の心に暗い影を落としていた。
「私…何もできなかったね……」
なのはからふと言葉が漏れる。
初めて魔法を行使した時、彼女は今まで感じた事のない充実感を得た。けれども事件の果てに得たのはそれとは真逆の無力感だった。
「なのは、誤解しないでほしいけど魔法は万能じゃない。魔法という単語で勘違いしやすいけど、あくまでこの世界でいう科学が発展した技術体系でしかないんだ。分かりやすく言えば
悪魔とか神様とかの力を借りたオカルトなものじゃなく、人間の手によって生み出された技術なんだ。当然できない事だって沢山ある。だから、そこまでなのはが気に病む事はないよ」
ユーノが精一杯諭そうとするも、なのははどこか心在らずだ。どうしたものかと悩んでいたところへ、罰則を終えたフィエロが話しかけてくる。
「やあやあ少年少女諸君、しけた
アーベントに子ども扱いされた事を気にしているのか、急にお姉さんぶるフィエロ。しかし当のアーベントからすれば『そういうところがガキっぽい』と評価されるだろう。急に話しかけられて慌てふためくなのはだが、少なくとも悪い人ではないと感じて悩みを打ち明けてみた。聞いたフィエロはウンウン暫く唸って解答する。
「う〜ん、ぼく達の仕事は何か起きてからでないと出動できない。言っちゃ悪いけど、毎回必ず被害者が生まれる
その言葉になのはは頭を横に振る。別に神になりたいなんて大それた事は考えてはいない。ただし、目の前に苦しんでいる人がいたら助けてあげたいという思いはこれからも続いていくだろう。
「じゃあ、ユーノんが言うように気にしない事かなぁ。タイムマシンでもないと過去なんて変えられないし、考えるだけ無駄無駄。未来に向けて今何ができるかを考えよーぜい。嫌な事ばかり考えてると落ち込みやすいし、楽しい事も素直に楽しめなくなるからね」
なのは達のベンチに腰掛けてグデッと寛ぐフィエロ。どう見ても歳上には見えないその姿になのはは苦笑する。
(こういう人もいるんだなぁ)
なのはの周りにはしっかり者が多いので、フィエロのようなタイプは新鮮だった。これぐらい適当に生きていければ楽でいいなとかなり失礼な事を考えているところへ通信が入る。相手はアースラ通信主任兼クロノの補佐官エイミィ・リミエッタからである。
内容は魔法戦能力のデータを記録したいからフェイトと模擬戦をしてほしいというものだった。
◇
「艦長も随分と思い切った事をしたものね。2人を会わせる口実に模擬戦だなんて。あなたもそう思いませんか、プレシアさん?」
医務室で女医とプレシアが語らっている。正確には一方的に女医が話しかけているだけだが。
アリシアを失ってからというものプレシアは廃人と化していた。リンディを始めとしたあらゆる人物の呼びかけにも応えない。処遇を決めかねているところ病人として女医が医務室へと引き取ったのだ。彼女には安全の為に魔力封じの拘束具がつけられている。
「2人を仲良くさせる手段が互いを戦わせる事だなんて変な話ですよね? これで余計に拗れたらどうするつもりかしら」
「消して…」
か細い声が室内に響く。事件後初めてプレシアが口を開いたのだ。
「お願い……消して…ちょうだい……」
「……それはできません。あなたはフェイトちゃんの戦いを見守る義務があります。あなたに残された時間を考慮すれば、これがあの子の勇姿を見られる最後の機会かもしれませんから…」
そして始まる模擬戦。
桜色と黄色の魔力光が飛び交い、その光が2転3転とモニター越しに室内を染め上げる。
「凄い光景ですよね。私が同年代の頃なんて、これの半分も動けなかったのに…。本局の魔導師でもそうはいないんじゃないかしら」
女医の言葉にプレシアは応えない。ただ眼前の戦いをボゥっと眺めている。
「プレシアさん、あなたは怖かったんじゃないですか? 幸せになる事が…」
ビクッとプレシアの体が一瞬強張る。それを横目で確認しながら女医は己の考察を語っていく。
「こんな話を知ってますか? 薬は適量なら人を癒すんですが、量が多すぎると毒となって人を害するんです。あなたがフェイトちゃんを遠ざけてる理由は、ひょっとしてアリシアちゃんの為じゃないですか?」
プレシアは無言でモニターを見つめている。今のところフェイトが優勢だがなのはも引き剥がされないよう粘っている。まだ魔法を学んで1年すら経っていないというのが信じられない話だ。勝敗が決まるまで見てる側も気が抜けない。
「アリシアちゃんを失った悲しみをフェイトちゃんが癒してしまえば、確かにあなたは幸せになれるかもしれない。だけど、それは心の中のアリシアちゃんの居場所をフェイトちゃんが奪ったとも言える。娘の
命とは本来かけがえのないもの。
しかし、もしその前提が覆ってしまったら?
代わりになるようなものが、失ったものと同等のものができてしまったら?
「そうなったらアリシアちゃんは本当に独りぼっちになってしまう。自身の存在意義を疑ってしまう。自分の命って何だったんだろう。お母さんにとって代わりがきくような、そんな軽いものだったんだろうかって…」
だからこそプレシアはアリシア本人の蘇生に拘ったのではないか。娘への愛を守る為にも、真実だと証明する為にも
「蘇生できなかった事をあなたは悔やんでいるのかもしれません。けれど……私はそれで良かったと思います。だって、あなたは
死者蘇生ーーいつの時代でも求められてきた夢の技術。しかし、実現できた者は未だかつて1人もいない。きっと皆心のどこかで気づいていたのだろう。
それは『人間』を『人形』へと堕とす所業なのだと。
「……買い被りすぎよ。私にはそんな資格ないわ…」
プレシアの頬を一筋の涙が流れる。
何に対しての涙なのかは女医には分からない。ただ、プレシアの中で何かが終わったという事は感じた。
それが良きものだと信じて女医は2人の少女の戦いを見守るのだった。