魔法世界の仮面舞踏会   作:マルク

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呪いと祝福

 

 

赤、赤、赤。

 

目の前一面を紅蓮の炎が埋め尽くす。

あらゆるものが燃えている。動物も、家も、人間も。

あらゆる存在を蹂躙しようと暴れ狂うそれには誰も抗う事ができない。その光景をどこか他人事のように見つめている事に気づく。

 

この世は無常也。

 

そんな事はとっくに分かっていた。分かっていたはずだった。なのに自分は願ってしまった。

 

時が永遠に止まってほしいと。

 

どうか彼ら(・・)の未来に幸いあれと。

 

それがどれほど愚かで身勝手な想いだとしても願わずにいられなかった。

何度同じ事を繰り返してきたのかもう数えていない。結末はいつも悲惨なもの。守るべきもの、倒すべきもの、全て滅びていった。

 

(私は何の為に生まれたのだろう)

 

自問自答しながら現在の主人に視線を向ける。まだ覚醒して間もない少女であるが故に、私の声が届かないのが口惜しい。

 

食卓に集まる少女の家族。

微笑ましいと感じるものの、それが氷の彫刻のように儚いものである事を自分は知っている。

いつかまたあの終焉がやってくる。

 

(誰か…誰か……助けてくれ)

 

戦乱の世を抜けて平和の世が訪れた。だというのに、それを理不尽に壊す自分という存在が嫌になる。

 

現在の幸せと未来への恐れを噛み締めながらまた1日ーー時が刻まれる。

 

 

◆



コンコンとノック音が室内に鳴り響き、部屋の主であるアーベントはドアに意識を向ける。ドアを開けるとそこにはクロノが立っていた。

 

「やっぱりここにいたか。まったく、食事の時間になっても姿を見せないから心配したぞ」

 

「…ん、もうこんな時間か。悪い悪い、デバイスを直しておかないとどうも落ち着かなくてな」

 

アーベントが時刻を確認するともうすぐ日が変わる。伸びをして凝り固まった身体をほぐす彼に、クロノは持参した携行食(レーション)と缶コーヒーを渡しながら作業台のデルタギアを見つめる。

 

「いつも思っていたんだが、そんなにそれは大切なのか? 怪我が治ってからでも遅くないだろ。君にとってそれは何なんだ?」

 

プレシアを虚数空間から助け出した瞬間、アーベントは電撃魔法の嵐に晒された。あまりの激しさにデルタギアは壊れ、彼は変身を解除させられてしまう。しかしその隙をクロノは見逃さず、ユーノとアルフの3人がかりの捕縛魔法(バインド)で彼女の捕縛に成功した。ひょっとしたらプレシアを必要以上に煽っていたのはこの為では、と考えたクロノはアーベントと話す機会を密かに窺っていたのだ。

しかし、そんな当人はリンディのお仕置きと怪我を理由に無理矢理休暇を貰い、デルタギアを修復していたという。まるで取り憑かれたかのような執着心にクロノは危うさを感じた。

 

「……サンキュ。まぁ、俺にも色々あるんだよ。『陸』のお偉いさんの期待を背負ってここに来たのに壊しちゃいました、なんて申し訳ないだろ」

 

「ゲイズ三佐だったか? 最後まで渋い顔されていたらしいな」

 

「優秀な奴はもちろん、使いものになったと思った奴も『海』への転属を希望してるからなぁ。人材不足で頭痛い三佐達からしたら、俺のデルタは有り難いだろうよ」

 

そう言いつつアーベントはデルタギアに手を沿える。傷が完全に修復された表面が白銀に輝いていた。

 

レジアス・ゲイズーー時空管理局地上本部、通称『陸』に所属している人物で、非魔導師でありながら人望と指揮能力で着々と実績を積んでいる出世頭である。そんな傑物が新人技術士官が開発した新型デバイスにご執心というのは、局内で一時期話題になった。クロノが耳にした噂では予備のデルタギアを使って装着候補生を育てているとか。海のアーベントが優秀な魔導師達のデータを収集し、陸の彼らにそのデータを反映させるという方針なのだろう。果たしてこれが管理局にとって吉と出るか凶と出るか、今のクロノには分からなかった。

 

「それに今回は良いデータも手に入ったし、結果オーライだ。三佐達への良い土産になったと思えば安いもんさ」

 

アーベントにとって最大の収穫はバルディッシュだ。フェイトは高ランクの電気変換資質者ーー意識せずに魔力を電気へと変換してしまう体質である。そんな彼女のデバイスにはやはり優れた耐電処理が施されていた。これをデルタギアに活かせば弱点を1つ克服した事になるとほくそ笑む。そしてコンソールを操作してクロノの前にあるデータを表示させた。

 

「とりあえずデルタはこれで良いとして問題はこっちだ。お前が来てくれたのは丁度良い。ぜひ、忌憚ない意見を聞かせてくれ」

 

モニターに表示されたのは3台のマシン。その規格外のスペックを見てクロノは顔を引き攣らせる。

 

「……とりあえず言いたい事は山ほどあるが、なんでこれを僕に見せた。僕にどうして欲しいんだ?」

 

「デルタの為に開発したいんだが、法に引っかかっていないかが気がかりでな。執務官としてこいつらがどう見えるかが知りたいんだ。アウト? セーフ?」

 

つまりはまだ設計案だけで、着手はしていないらしい。自分の発言に細心の注意を払いながら、クロノは素直に感想を述べた。

 

「正直言って…アウトだ。君も局員なら質量兵器の扱いが難しい事は知っているだろ。許可が下りるはずがない。残念だけど諦めた方が賢明だ」

 

かつて次元世界全体を滅ぼしかねない戦争があった。中でも質量兵器が齎した被害は甚大で、敵味方無関係に苦しめたという。それを管理局は法の力で規制した。それ故に、こんな質量兵器の塊みたいなモンスターマシンの開発を許すとは思えない。

 

「だろうな。俺もすんなりいくとは思ってないよ。まあ、それはそれでやりようはある」

 

ニヤリと笑うアーベントに嫌な予感がするクロノは思わず聞いてしまう。

 

「何を企んでいる?」

 

「段階を少しずつ踏んでいって、上層部の感覚を麻痺させてみるさ。ほら、こいつなら武装を弄ればいけそうだろ?」

 

前面に押し出されたマシンは3台の中で最もシンプルな形状をしていた。

 

「オートバジン。人工知能を搭載した人型にも変形可能なバイク、か…。確かにこれならいけるかもしれないが」

 

『オートバジン』ーーそれは仮面ライダー555において主人公の乗機という事もあり、見た目がほぼ一般的なバイクである。外装だけなら作るのも難しくない。最大の難関は人工知能と変形機構だ。作中では自己判断で主人公の窮地に駆けつけて援護するという活躍を見せている。

 

「一応聞くけどこれは必要なのか? 納得できる理由がないと話すら聞いてくれないぞ」

 

「デルタの稼動時間を少しでも長くする為と装着者の体力温存の為かな。変身中はずっと魔力を消費し続けるだろ。あとぶっちゃけた話、身体強化って意外と難しいんだ」

 

あらゆる動きが強化されるので、まともに可動するのも一苦労だ。物を持ち上げようとすれば空高く投げ飛ばし、走ろうとすれば壁に激突したりする。力加減に意識を削がれてかなり気疲れしてしまうのだ。装着者にベストコンディションで戦闘に挑んでもらう為にも移動手段は必須だった。

 

「一般局員が使う輸送車やヘリがあるだろ」

 

「ライダーズギアの専用マシンが欲しい」

 

仮面ライダーを象徴するものとして決して欠かせないものがある。それがバイクーー要は乗り物だ。デルタはいずれ『陸』の平和の象徴として扱われるだろう。カッコいいのを用意してやりたいというのがアーベントの親心だ。それに仮面ライダー(・・・)である以上、バイクは譲れなかった。今のままではただの仮面戦士である。

 

「まぁ、現時点では設備も資金も何もないし、許可が出る日を気長に待つさ」

 

「僕はそうならない事を切に願うよ。ミサイルやバルカンを内装した高速マシンが走り回る世界なんて想像したくない」

 

そりゃそうだと笑うアーベントと、呆れるクロノ。未来の管理局を担う2人は時間が経つのも忘れて話し込んでいった。

 

 

 

時空管理局本部、通称『海』に犯罪者を引き渡す為に帰港したアースラ。

その廊下をプレシア、フェイト、アルフの3人は護送されていた。逃走防止の為にと複数の武装局員が彼女達を囲い、先頭にはリンディ、最後尾にクロノと一部の隙が無い。

しかし、フェイトは周りの事などには一切気にとめず、ただ1人ーープレシアの事が気になっていた。

 

(どうしよう、何を話せば良いか分からない…)

 

もうすぐこの時間が終わってしまう。せっかくまた話せる機会ができたのに、『時の庭園』で想いを出し尽くしたせいかフェイトは言葉が出てこない。プレシアをチラ見しては俯くという行動を繰り返していた。アルフはというと静かにしてはいるが、今まで主人(フェイト)を虐待していたプレシアを睨みつけている。

そして、いよいよ終着点を目前にして沈黙が突然破られた。

 

「フェイト、あなたとあの白い魔導師の子との戦い…見させてもらったわ」

 

「…え!? は、はい!」

 

まさかプレシアから話しかけられるとは思っていなかったフェイトは驚愕する。プレシアはそんな反応を気にもとめずに語りかけてくる。

 

「あなたが最後に撃った魔法、考案者はリニスね?」

 

「はい…今の私ができる最大魔法だって、リニスが…」

 

フェイトはおずおずと肯定する。魔法の師リニスが教えてくれた『フォトンランサー・ファランクスシフト』。

38基のフォトンスフィアより繰り出される毎秒7発の高圧縮弾を一斉射撃。フェイトの力量では4秒間しか維持できないが、それでも合計1064発の魔力弾を放つ大技である。

 

「あなたの敗因は判断ミス。あの魔導師の防御が固い事は分かっていたはずよ。最大の攻撃が最適の攻撃とは限らない。相手の戦闘スタイルに合わせず、一撃離脱で地道に削っていった方が良かった。

ああいう敵は自滅させなさい。平然とした顔で躱していれば、焦った敵は必ず魔法を乱発もしくは一か八かの大技を仕掛けてくるわ。戦闘経験の少なさ、砲撃魔導師特有の燃費の悪さという弱点。そこを上手く突けば結果は違っていたでしょうね」

 

もっと駆け引きを学びなさい、と締めくくるプレシアにアルフが吠える。

 

「何さ、口を開いたと思ったらそんな事!? もっと優しい言葉をかけたって良いじゃないか!」

 

「手塩にかけて育てた子ども(・・・)が、にわか仕込みの魔導師に負けた。腹立たしいと感じるのは当然でしょ?」

 

「……っ! か、母さん…今なんて!?」

 

プレシアの発言にフェイトは我が耳を疑う。

 

「……勘違いしないで。どんなに痛めつけても、言葉で拒絶しても、あなたの心を折れなかった。今の私はもう魔法さえ振るえない。否定する手段が無くなった、ただそれだけよ…」

 

「はいっ!」

 

それでもフェイトは喜びを隠せない。妥協とはいえ、自分を我が子として扱ってくれたという事実に笑みを溢す。

 

「あと…もう一つ、私はあなたに言わなければいけない事があるわ。気分の良い話じゃないけれど、最後まで聞いてくれるかしら?」

 

プレシアの言葉にフェイトは強く頷く。今まで受けた〝命令″とは違う、母からの〝お願い″。彼女に断るという選択肢は無かった。

 

「フェイト。いい加減、私にこだわるのは止めなさい」

 

「…………え?」

 

一瞬、フェイトは何を言っているか分からなかった。情報が頭に入ってくるのだが、脳が上手く処理できない。茫然とした少女に更に追撃がくる。

 

「私はアリシアという1人の人間にこだわった。まだ取り戻せると自分に言い聞かせてね。その結果が…これよ」

 

そう言いつつプレシアは手錠を見せつける。痛々しい姿に目を背けたくなるのを堪えてフェイトは話を聞き続けた。

 

「私の血を受け継いでいるのなら、あなたもこうならないとも限らない。今の私の姿を未来の自分だと思って目に焼き付けなさい」

 

それはプレシアなりの不器用な親心だった。自分と同じ轍を踏まないように彼女の話は続く。

 

「あなたはこれから1人で生きていく事になってしまった。誰かに依存したりしないで強く生きていくのよ」

 

アルフがいるとはいえ、彼女は使い魔にすぎない。

主従関係上、あらゆる判断は主人(フェイト)に委ねられる。だから、フェイトを護る事はできても導く事はーー『保護者』には成り得ない。

 

「寿命を考えれば大人の方が先に死ぬ。子はいつか親から離れ、自分の意思で行動して生きていかなければならない。そんな日が必ずやってくる。あなたはそれが他の子より少し早まっただけ…」

 

そういう意味では私は子離れに失敗したのかもね、とプレシアは自嘲する。どう返したらいいか分からないフェイトとアルフだったが、そんな彼女達にも終わりの時がやって来た。

 

「残念ですけどお話しはそこまでです。さあ、プレシアさんはこちらへ。フェイトさんとアルフさんはそちらの部屋に入ってください」

 

今までやり取りを黙認していたリンディが促す。ここから更なる取り調べの為に離れ離れにならなくてはならない。

 

「ま、待ってください!? 母さん、私は!!」

 

プレシアを止めようとフェイトが思わず声を上げる。

すると願いが届いたかのようにプレシアの足が止まった。そして背中を向けたままで最後の言葉を口にした。

 

「ああ、あともう一つだけ。もし、その生き方に疲れて…投げ出してしまっても、別に怒ったりしないわ。だって私はあなたの事がーー大嫌いだもの」

 

そしてドアは重く閉じられ、親子は再び分たれた。

 

残されたフェイトは膝から崩れて涙を流す。

自身の出生を知った時よりも、プレシアが次元断層へ落ちた時よりも、遥かに厚い隔たりが彼女の心を打ちのめしていた。

 

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