魔法世界の仮面舞踏会   作:マルク

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とある使い魔の休日

 

 

 

1人の女性が鏡台を前に身支度を整えている。口紅を塗り、髪を丁寧にとかしていく。誰が見てもこれから男と逢瀬だと分かるがその表情は暗い。

 

(ああ、なんでこんな事になっちゃったんだろ)

 

頭部の猫耳はしなり、腰の尻尾も力無く垂れ下がっている。通常の人間にはあり得ない身体的特徴を持つ彼女は文字通り〝人間ではない”。その正体はとある高名な魔導師の使い魔だ。10代後半の見た目だが実年齢は20歳を優に超えている。

その人生、いや猫生において全く男と縁の無かった彼女ではない。しかし主人の名声やら身分のせいか、どれも長続しなかった。

 

どうせ人間じゃないし、父と妹がいてくれるだけでいい。

 

そう開き直って過ごしていたのだが状況に変化が訪れる。なんと恋愛に関して高嶺の花扱いされる彼女に声をかけてくる男が再び現れたのだ。今までの男性経験から断ろうとも思ったが、今回はできない理由が女性ーーリーゼアリアにはあった。

 

(ほんと、どうしよう…。やっぱりロッテに代わってもらえば良かったかなぁ。でもあの子じゃ、何やらかすか分からないし…)

 

魔法運用が得意で真面目でしっかり者のアリアとは違い、格闘戦を得意とする双子の妹は活発でおおらかな性格をしている。もし男が粗相をすればどんな報復に出るか想像できない。そして大切な妹にそんな真似をした男を当然アリアも許す気はない。ダブルで苦しめるぐらいなら、まだ感情をセーブしやすい自分が行くべきとアリアは考えた。

それでも、せっかくの休日を赤の他人に費やさなければならない事に溜息が漏れる。憂鬱な気分を化粧で隠し、アリアは重い足取りで待ち合わせ場所に向かうのだった。

 

 

 

「おはようございます。本日はお付き合い頂き有り難うございます」

 

「敬語はいいですよ。せっかくのデートなんだし、堅苦しくなっちゃいます。だから今から敬語は禁止。私もせっかくの休日だから今日は楽しみましょ」

 

律儀に待ち合わせ時間の30分前から待っていた男を、1時間前に到着していたアリアは遠目から彼の身だしなみをチェックしていた。

 

(身長は私より少し高いくらいかしら。やや猫背。服や時計はブランド物じゃなくて大衆向けの物。一応、アイロン掛けはしてあるわね。靴は汚れ具合からして普段から履いてるやつか…)

 

身なりに金を使わないタイプと判断したアリアは会話を整える。こういうタイプはフランクな関係を好む者が多い。とりあえず相手の話しやすい環境を作って〝聞き役”に徹すれば会話も楽になるし、下手にこちらの情報を与えずにすむ。数々の男を手玉に取ったアリアの常套手段だった。

 

「そいつは有り難い。じゃあ、アリア……でいいか? どこか行きたい場所とかある? 無いなら俺の行きたい場所になるんだけど…」

 

「う〜ん、じゃあ買い物がいいかしら。父様のプレゼントを買いたいんだけど、男の人の好みが分からなくて困ってたんだ」

 

さりげなく父親というキーワードを会話に入れてガードを固める。こうする事で大抵の男は女の背後に控える父親を意識せざるを得なくなり、大胆な行動が取れなくなるのだ。

 

「オーケー、任された。参考までに、今までどんな物を贈ってきたか教えてくれる?」

 

そんなアリアの作戦に気づいているのかいないのか、男はあくまで自然体で返す。そして聞き出すと男は歩き始めた。

 

「アンティークを扱う雑貨屋なら良いところを知ってるよ。ちょっと行ってみるか」

 

「ええ、楽しみだわ」

 

 

 

店内で2時間ほど物色して漸くプレゼントが決まった。金色の懐中時計で蓋の裏に写真を収納できるものだ。ここに家族全員の写真を飾った姿を思い浮かべると、アリアは尻尾がブンブンと左右に揺れるのを抑えられない。

 

(長時間の買い物には付き合ってくれる、と…)

 

所詮は他人。半端な男なら根を上げて嫌な顔の一つでもするところ、隣を歩く男にその様子は見られない。

 

「私の買い物はすんだから、次はあなたの番ね。どこかお目当ての場所とかあるのかしら?」

 

「ああ、丁度今向かっているところだ。ほらあそこ。見えるだろ?」

 

言われるままにアリアが見やると、店の前に掲げられた看板には大きく『中古ショップ』とある。

 

「中古車販売?」

 

「そう。バイクを作りたいんだけど新車を改造するのは勿体なくてな。中古車を改造した方が金銭的にも、精神的にも楽だろ」

 

店内に入ると、すぐに男が店員を見つけて話し込む。男に負けじと会話を聞き取ろうとするも、専門用語のオンパレードでアリアには理解できなかった。手持ち無沙汰になってしまったアリアは不貞腐れながら陳列されたバイクを一台一台見て時間を潰す。どれも中古車とは思えないほど状態が良い。持ち主に愛されていた事が素人目にもよく分かる。中には改造車と呼ばれる奇抜なデザインの物もあって見る者を飽きさせない。

そうして一通り見回ると、作業台に置かれた一台のバイクに目が止まった。

 

銀色を基調とした流線型のボディ。数ある商品の中でこれだけが異様な凄味を醸し出していた。

 

「おやおや、お嬢さん。こいつが気になりますかい?」

 

「い、いえ。ちょっと綺麗だなって思っただけです」

 

アリアの様子に客を見つけたと言わんばかりに年配の店員ーー店長らしき男が説明してくれる。

 

「どこぞの好きものが作った品でしてね。バイクにデバイス機能を搭載して、現代の騎馬にしようとしたものでございます」

 

「それがほんとなら確かに凄いバイクですけど、なんで中古車に? 普通のお店に売れば良かったんじゃ…」

 

管理局でもデバイス機能を搭載した乗り物の研究は行われている。しかしまだ実用化には至っておらず、それもヘリのような大型だ。そんな代物をバイクというコンパクトサイズに搭載したなんて俄かには信じ難い話だった。

 

「実は…あまりに高性能すぎて誰も乗りたがらなかったそうで…。最高時速450km、魔法を発動させれば更に速くなりますよ。なんでも開発者はエゴで作った事を悔やみ、出家してしまったとか」

 

フォ、フォ、フォと怪しく笑う店主を不気味に感じながらもアリアは納得した。そんなとんでもスペックなら無理もない。公道ではまず走れないだろう。使い道が無ければ解体するしかない。

 

「へぇ、そいつは面白い。もっと詳しく聞かせてくれないか?」

 

店員との話を終えた男がアリア達の会話に割り込む。技術者のサガが疼くのか目が爛々に輝いていた。それから店長と値段交渉に移り、そのモンスターバイクは晴れて男の物となった。

 

「良かったの? あなたに乗りこなせるとは思えないんだけど…」

 

「フルスロットルにしなければ問題ないだろ。それに新作の参考にもなるから2度美味しい」

 

アリアはこんなマシンを更に強化するつもりかというツッコミを必死で堪える。玩具(オモチャ)を手に入れた少年のように喜ぶ男に水を差すような真似はしない。内心呆れてはいるが。

 

(かなり良い値段したのにポンと出したわね。さすがに分割してたけど。趣味には金を出し惜しみしない感じか…)

 

バイクは後で男の住居に送ってもらう事になった。

 

その後は食事に映画と楽しんで時がすぎ、夕暮れとなった。いよいよ今回の目玉ーーアリアが待ち望んでいた時間である。

 

場所は公園。

 

子ども達がそれぞれの親に手を引かれて帰宅する中、2人はベンチに腰掛けていた。そして人が居なくなった事を確認すると、男はアリアの前に跪き小さな箱を捧げる。

 

「あなたの為に用意しました。どうかお受け取りください」

 

今までとは違った紳士然とした物腰で差し出されたそれを、アリアは喜んで受け取る。

 

「ありがとう。とっても嬉しいです」

 

満面の笑みで箱を開ける。そこには一枚のカードが入っていた。雪のように純白色で中央に宝石が埋め込まれている。

 

「Set up」

 

アリアが起動キーを呟くとカードは本来の姿である(デバイス)へと変形する。動作に問題がない事を確認すると、遠方に用意していた的に目掛けてデバイスをかざす。

 

「スティンガー!」

 

掛け声と共に撃ち出される氷柱。的に刺さったそれを見てアリアが満足そうに感想を述べる。

 

「うん、ちゃんと氷結能力を持ってるわね。ねえ、最大出力も試しておきたいんだけど良いかしら?」

 

男が首肯したのを確認し、アリアはデバイスに魔力を込めながら詠唱を始める。

 

「悠久なる凍土 凍てつく棺の内にて 永遠の眠りを与えよ 凍てつけ!」

 

【Eternal coffin】

 

魔法が発動され、的を周囲一帯の空間ごと凍結させた。言葉どおり氷塊の中に閉じ込まれた姿を見て、アリアは男に礼を言う。

 

「上出来よ、ありがとう。これが欲しかったのよ。あなたに頼んで正解だった」

 

「お気に召したようで何よりだ。あと…悪かったな。こんな茶番に付き合ってもらって」

 

「報酬がデートって言うのは驚いたけど、悪い気はしなかったわよ。こういうの久しぶりだったしね」

 

アリアが欲しかったもの、それは強力な凍結魔法を使用可能とするデバイスだった。最初は父のコネで手に入れようとしたが、管理局に万が一自分達の計画に勘付かれては困る。ならばと外部の人間に頼んだら今度は金を持ち逃げされてしまった(血眼になって見つけ出して報復したが) 仕方なく局内で口が堅く、詮索しない、目立たない、優秀なデバイスマイスターを探したら辿り着いたのが眼前の男である。

 

「で、どうだった。俺の男としての評価は…」

 

「100点満点中60点ってとこかしら。悪くはないけど良くもないって感じ。あなた…私の事そんなに好きじゃないでしょ?」

 

閉口する男を見てアリアは話を続ける。

 

「女の子はね、そういうのに敏感なの。自分に興味があるかないかだけじゃない。体だけの関係になりたいとか、金づるとしか見てないかとかもね。よっぽど好きな男じゃないと、上っ面の好意なんてすぐバレるわよ」

 

恋は盲目。

 

このデート中、男はアリアの体に指1本触れようともせず、更に媚びるような事もしなかった。ある意味誠実とも言える対応だが、アリアには見えない『壁』みたいなものを感じずにはいられなかった。そしてそれが消える事がないだろうという事も…。

 

「あなたが何に悩んでるのかは知らないし、知りたくもない。でも、将来を一緒になりたいと思う人がいるなら今のままだと間違いなく破綻するわ。もっと心を開いてあげる事ね」

 

「耳が痛い。思い当たるところがあるから言い返せないな」

 

そう言って男は頭を下げる。

 

「改めて、本日は有り難うございました。大変勉強になる一日でした。これを糧にもっと精進していきます」

 

そういう姿勢が壁なんだけどなと思いながらアリアも礼で返す。

 

「こちらこそ、ありがとうございました。お互い明るい未来に向けて頑張りましょう」

 

声に出して思わずアリアは笑ってしまいそうになる。自分達がこれから行う事は違法行為に等しい。幼い命を代価にする鬼畜の所業だ。そして眼前の男にその片棒を担がせてしまった。そんな自分がどの口が言うのだろうか。

しかし、大局的に見れば善行のはずだ。長年世界を苦しめてきた危険物に終止符を打てる。大勢の命が、未来が守られる。そう心に言い聞かせてアリアは笑顔の仮面で心を隠すのだった。

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