第1管理世界『ミッドチルダ』
この世界において一際目立つ建造物がある。それは数本のタワーに囲まれた形で空に向かって聳え立つ一本の超高層タワー。時空管理局の地上部隊『陸』を統括する本部である。その廊下を1人の男が歩いていた。
男の名はゼスト・グランガイツ。
時空管理局首都防衛隊に所属しており、その勇猛果敢な戦いぶりから一級のストライカーとして認められている人物だ。そして地上の守護者『レジアス・ゲイズ』の親友であり、その右腕としても知られている。
そんな彼が本部に来た理由は、つい先程発生した事件についての事後報告を行う為だった。
数年前から親友が運用を検討していたライダーズギア『デルタ』の初任務でもある。今頃、親友は結果が聞きたくてヤキモキしている事だろう。
「レジアス、入るぞ」
ゼストが入室すると、目の前には部屋の中央で小躍りしている中年男性の姿があった。
目と目があい、気まずい空気が漂う。
無言で扉を閉めて、1分ほど時間を空けてから再び入室する。そこにはいつもどうり窓際の席に腰掛ける親友がいた。
「おお、 戻ったかゼスト! 任務遂行ご苦労! そして……首尾はどうだった?」
先程の醜態を誤魔化すかのように普段より大きな声量でレジアスは親友の無事を確認する。そしてすぐさま念を押すようにデルタの活躍を確認してきた。思ったとおりの反応にゼストは苦笑しながら答える。
「ああ、色々と課題を残したが上手くいった方だと思う。特に俺に代わって指揮官をしてくれたのは助かったな」
ゼストは先の戦闘を思い返す。
今回、彼は敵の罠に嵌って部隊を2つに分断されるという事態に陥いった。已む無く分断されたもの同士でチームを組むのだが、ここで問題が発生する。
ゼストの次に指揮能力が優れているメガーヌ・アルピーノが彼と同じ組にいた事だ。分断された側には戦闘能力に優れたクイント・ナカジマがいたが、彼女の戦闘スタイルは高い機動力を生かした近接格闘。高速で戦いながら細かい指示を出すなんて、まず不可能だ。
ならばどうするというところで白羽の矢が立ったのがデルタだった。デルタの武装は銃のみ。装着者の性格も温厚で、隊員同士で諍いが起きれば仲裁に入るような立ち回りをしている。なので彼にクイント組の指揮官になってもらったのだが、これが思いの外上手くいった。初めての事で危うい一面もあったがそこはクイントの突破力でカバーされ、見事にゼスト組との合流まで耐え抜いてみせたのだ。
「そうかそうか、後でその問題点を挙げて書類にまとめてくれ。実はこちらにも良い報せがある」
レジアスの言葉にゼストは訝しむ。
「以前からデルタには武装が少ないと問題視されていただろう?」
その言葉にゼストは頷く。装着した隊員達から接近戦が素手だけなのが不安という報告が度々あがっていた。開発者によれば、その分他の機能へ魔力を回しているらしい。しかし、手札は多いに越した事はないと彼自身も感じていた。
「実はあれには事情があるんだ。デルタの装着者は魔法が満足に使えない事で不遇な扱いを受けてきた者が多い。では、そんな彼らが『力』を手にしたら何を考えると思う?」
その言葉に暫し考えて、ゼストは返答する。
「復讐……はさすがに無いだろうが、今まで蔑んできた者達を見返そうとはするだろうな」
下手に武装を増やせば前衛に出たがるだろう。自分達は無能ではないと力を誇示しようとするのは目に見えている。評価されるのは簡単だ。敵を多く倒すなどして目立てば良い。
「ゼスト、俺はな…別に魔導師が嫌いなわけじゃない。実際にこの世界を守っているのは、お前を含めた魔導師達だからな。ただ、レアスキルや高ランクの者を過度に擁護するシステムには思うところがある。魔導師の中ですら上下関係が生まれ、それに苦しむ者を何人も見てきた」
あれは非魔導師である俺から見ても不憫に感じているんだと語るレジアスに対してゼストも沈痛な面持ちで応じる。
「……それは、俺も感じていた。ノブレス・オブリージュ…とはよく言ったものの、それを実践できる者は少ない。いや、できているからこそ力を振るいたがるのかもしれん。しかし犯罪者ですら減刑を条件に雇用するほどこの世界の均衡は危うい」
それ故にデルタギアという不遇な者に日を当てるようなデバイスの登場にはゼストも喜んだ。しかも開発者は自分と同じく魔導師というのだから2度驚かされた。
何故ならこれは魔導師側の既得権益を失わせるような危うい所業である。デルタギアを参考に魔力を一切用いないパワードスーツが開発されるのも時間の問題だろう。そういう意味でもデルタを開発したアーベント・ターナーという男は魔導師にとって〝異端児”であった。
「俺とターナーは考えた。どうやったら局員達に軋轢を生む事なく、デルタを受け入れてもらえるのかをな。それが武器を最低限にする事だった。高ランクの魔導師ほど強力な戦力として前線に立つ。ならば低ランクでもできて、部隊に無くてはならない、そういう存在を目指そうとな」
「…ッ!? そうか、つまり今回まさにそれが実証された訳か! 前線指揮官としての地位を確立しようという事だな!」
組織として動くという事は必ず団体行動になる。そしてそこには指示を出す者が必要になる。目まぐるしく状況が変わる戦場において、遥か後方にいる司令部からの指揮では間に合わない場合が多い。よって、前線で指揮する者の存在は必須だ。たとえ戦闘力が劣っていたとしても、そこは能力が高い仲間に任せれば良い。
「そういう事だ。ただしデルタは見た目が目立つ。近接武器が無い事に目を付けて集中的に狙われるだろう。ターナーに相談していたんだが、先ほど漸く一つの目処がたった」
そう言いつつ、レジアスはあるデータを見せる。そこには胸と額に回路のような
「『デモンズスレート』と言って装着者の闘争心を刺激する『デモンズ・イデア』を発生させる装置だ。武装を増やさずに戦闘力を底上げしようとするところが奴らしい」
「確かにこれなら戦力アップになるだろうが、さすがに危険すぎないか?」
一説によると、人間ほど狩りの標的に適した生き物はいないと言われている。腹が減れば金で買えば良いし、雨風を凌げる家がある。滅多に暴力を振るわないし、極力殺しを避けたがる。常に命のやり取りで生きる獣とは違い、文明という檻の中で生きる人間は隙だらけの生き物だ。しかし、この装置はその人間の有り様を根本的に変えてしまう。
闘争心を刺激して本能ーーつまりは野性の部分を大きく引き上げて人を獣へと変化させる。例えるなら人間を人狼にするようなものだ。
しかもデータによれば『レシーバースレート』から伸びる毛細ケーブルで、直接これを
「お前の懸念も当然だな。ターナーもその点は承知済みで、奴の持つ『零式』とこちらに残した『壱式』への搭載は見送られていた。だが、最近それに対する打開策を思いついたらしい。直接そのまま流し込むのではなく、フィルターをかけて弱めようとな。その為の制御チップの開発に成功したそうだ。制御チップは奴自ら
その言葉を聞いてゼストは感心する。どうやら自分が思っていた以上に優秀な人物らしい。そして先程のレジアスの浮かれ具合の原因だとも察しがついた。
「そこまで考えていたか。その制御チップの出来が気がかりだが、問題無ければもう俺から言う事は無い。しかし、お前がそこまで買う男に俺も会ってみたくなったぞ。そのターナーとやらは『陸』に来る気は無いのか?」
「一応、今回の事件を最後に転属する手筈になっている。ただどうもロストロギア『闇の書』が事件に関わっているらしい。無事に帰還してくれると良いが…」
その名は噂だけならゼストも聞いた事がある。なんでも不死の魔導書とも呼ばれ、たとえ破壊されても別の場所へ転移してしまい再び猛威を奮うという代物だ。
海の英雄『ギル・グレアム』が愛弟子を失ったという事件はあまりにも有名で、それは陸にまで届いた。
手強い相手だが信じて待つしかない。共に地上を守る日が来る事を夢見ながら、ゼストはまだ見ぬ同胞に向かって武運を祈るのだった。
◇
「こんの、鬱陶しいな!」
フィエロの鉄球が唸りを上げてなのはのシューターを粉砕していく。しかしその数は一向に減る様子を見せない。理由はなのはが破壊される度に補充しているからだ。
「まだまだ! シュート!!」
先の敗北を経たなのはが真っ先にした事、それは父への相談だった。なのはの父ーー高町士郎は古流剣術の師範という裏の顔を持つ。現役時代はその剣腕を活かし、親友である議員のボディガードとして世界を飛び回っていたほどだ。
そんな父に彼女は尋ねた。
『今までお父さんが戦ってきた人で、強い人ってどんな人だったの?」
それはヴィータとの再戦の参考になればと思っての質問だった。実際のところ近接戦闘に関して父に勝てる者はいないと信じていたので、ひょっとしたら愚問だったのかもしれないが。愛娘の眼に宿る真剣な思いを感じ取ったのか、士郎は茶化す事なく答えてくれた。
『強い奴か……沢山いてちょっと絞れないな。みんな命を賭けて襲ってくるんだ。お互いに必死で、半端な思いじゃ勝てなかったよ』
そう言いつつ士郎は傷だらけの腕を摩る。
優れた剣士である彼に真っ向勝負では敵わないとテロリストが判断するのに時間は掛からなかった。彼らは爆弾を用いて関係者を皆殺しにしようと画策したのだ。幸い護衛には成功したものの、その時の負傷で士郎は剣士生命を絶たれ、知らずに爆弾を運ばされた親友の娘は心に深い傷を負ってしまった。
『でも、倒しちゃったんでしょ? だったら凄いよ。どうやって勝ったの?』
『んー、気力で勝った…と言えばいいのかな? 運が良かったとも言えるし…』
ああでもない、こうでもないと悩み抜いて士郎は一つの答えを出す。
『結局最後は皆の力で護ったよ。父さん1人じゃ、どうしようもない事が沢山あったし、何度助けられたか分からない。剣術一つで何でもかんでも護り抜いてやるって日本を飛び出した自分が恥ずかしかったな。
いいかい、なのは。人間たった1人ができる事なんてたかが知れてる。だから、本当に困った時は周りを頼るんだ。問題を解決できるような人が仲間にいれば、こんなに心強い事はないだろ』
勿論その時は父さんも力になるぞと締めくくって話は終わる。そうしてなのはは考えた。
たった1人では敵わない敵なら多数で攻めれば良い。
対応できない程の数の暴力で押せば良い。
そう思い至ったなのはは『ディバインシューター』の数を操れるギリギリの範囲で維持していた。自身は無理に移動せず、
(狙うなら今!)
なのはの
初めは小さな光のそれは時間をかけるにつれて大きくなり、なのはの背丈を超えて巨大な球体となる。戦場を桜色の光で染め上げる姿はまさに恒星の如し。そしてなのははレイジングハートを振り翳し、力一杯に敵目掛けて下ろした。
「スターライト・ブレイカー!!!」
掛け声と共に解き放たれるのは極太の砲撃。
洪水と見間違えるような魔力の奔流にフィエロは文字通り飲み込まれていった。
「や…やった……」
撃ち終わり、フィエロの姿が無い事実になのはは勝利を確信する。強敵だったが、
【Master.】
そんななのはへレイジングハートから警告の声が上がった。何の事か分からず、彼女は尋ねる。
「どうしたの、レイジングハート?」
【
言われるがまま下を向くと、確かに横たわっているはずのフィエロの姿が無い。もしやと思い、周囲を見渡すも彼女は見つからない。
そこへーー
「ヘル!」
フィエロの声だ。
聞こえた瞬間、なのはは視線を上に向ける。
雲一つ無い青空から眩い陽光が直に降り注ぐ。そしてその陽光を発する太陽の中に彼女がいた。
「ダイバー!!」
ジェットボンバーを鉄拳のような形状に変形させて真っ直ぐに突っ込んでくる。有り得ない事態になのはは回避しようとするが、スターライト・ブレイカーを撃った反動で満足に動けない。
(防がないと!)
魔力残量はほぼゼロ。
「ッ!!」
次にくる衝撃に備えてなのはは身構える。だが、いつまで経ってもその時が来ない。不審に思い閉じていた目を恐る恐る開くと、フィエロの鉄拳が目の前で止まっていた。
「ふぃー、『勝負あり』だね」
【Winner,Drossel Fierro】
そう言いながらフィエロは武装を解除する。それに応えるかのようにリンディ側からも勝ち名乗りが上がった。
「フィエロさん! なんで攻撃を止めるんです? ちゃんと最後まで戦ってください!!」
フィエロの気遣いになのはは憤慨する。頭ではこれ以上戦っても無駄だとは分かっている。けれども真剣勝負に手心を加えて欲しくない。戦うなら全力全開で応えるのが最大限の礼儀とするなのはにとって、これは屈辱以外の何物でもなかった。
「……なのちゃん、ちょっとこれ持ってみ?」
少女の訴えに言葉では応えず、フィエロはジェットボンバーを鉄球に戻して持たせてきた。頬を膨らませながらも、なのはは差し出されたそれを受け取る。そして次の瞬間、すぐさま顔を歪めた。
あまりの重量に腕がプルプル震えだし、とても飛んでいられない。ゆっくりと地上に降りてジェットボンバーから手を離す。ドカリと下ろされたそれは大地へ深々と突き刺さった。その光景に戦慄したなのはの頬を冷たい汗が流れる。
「非殺傷設定があるとはいえ、絶対安全って訳じゃないから頼りたくないんだ。それにこんなのを魔力が空っぽの子どもにぶつける程、ぼくは
埋まったジェットボンバーを鷲掴みし、軽々と片手で持ち上げながらフィエロは語る。
「ぼくはね、カッコいい大人になりたいんだ。なのちゃんの本気で戦ってほしいって気持ちは解る。だけど、それはなのちゃんの理屈だ。なのちゃんがそうなように、ぼくにだって譲れない理屈はあるんだよ? ぼくだけじゃない、きっと人の数だけそれはある。そこら辺を解ってほしいな」
その言葉になのはは気づく。自分の理屈を押し通すという事、それは他人の理屈を押し除ける事だ。少なくともフェイト、ヴィータとの戦いはまさにそれだった。今回のフィエロもそう。ただ立場が逆転したにすぎない。にも関わらず、なのはが自身の理屈を押し通すというのはあってはならない。
「そっか……私、負けたんだ…」
敗者にできる事は受け入れる事だけ。どんなに喚こうとも負け犬の遠吠えだ。その無慈悲な現実に押し潰されそうになる。
(負けるって、こんなに辛い事なんだ…。嫌だなぁ)
こんな思いをしたくないなら、いっそ戦わないか、絶対に勝つしかない。改めて『戦う』という選択をしたヴィータ達の覚悟を知り、彼女達とそれを教えてくれたフィエロに尊敬の念を抱く。
「そっれにさぁ、これ喰らってたらエラい事になってたよー。5日間もご飯食べれなくなったって奴がいたしね。まぁ、皆ぼくを舐めていたから同情する気無い……ゲフォッ!?」
笑っていたと思ったら急に吐いて蹲るフィエロ。何が何だか分からず呆然とするなのはに一部始終見ていたオペレーターのエイミィが解説した。
「気にしなくて良いよ。ドロシーはね、
「あは、あはははは…」
それを聞いてなのはは思わず腹部に手を添えた。
フィエロの苦悶の声となのはの苦笑いが木霊する。それは救護班が来るまで続いていた。