蒼海の鉢巻と鋼鉄の艤装を風に乗せて   作:擬態人形P

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第10話 ~堕ちた鬼神~

療養施設は、執務室や秘書艦室がある庁舎の横に設置されていた。

ラバウルの喜多見提督は、1階の渡り廊下を歩き施設へと入っていく。

すると、何かしらかんしゃくを起こしているような怒声と、何とか押さえ込もうとする声が響き渡っている。

問題の現場に近づいて行くに連れ、その声がハッキリしてきた。

 

「落ち着いて、綾波!暴れても何も変わらないわよ!?」

「もう放っておいて下さい!私は終わったんです!邪魔ならば、さっさと処分すればいいじゃないですか!?」

 

かなり投げやりな事を言う艦娘の声に、もしやと思ったアイオワは敷波を見る。

彼女は、はあ………とかなり深い溜息を付きながら早歩きをしていた。

やがて部屋の前に来ると、その扉の前では1人の艦娘が立っていて、腕を組んで中を見ている。

おかっぱに近いショートヘアーに白鉢巻を頭に巻いているのが特徴で、ブインの神通と同じように帯刀している艦娘であった。

 

「日向、大丈夫か?」

「私は心配ない。サラトガもそうだが、タフなのが自慢だからな。」

 

低音で喋っている所をみると、彼女がスピーカーで話しかけて来た日向………改伊勢型の航空戦艦である艦娘であろう。

彼女の目線の先を見て部屋を覗き込むと、大人しそうな顔立ちに、茶色の髪をポニーテールにまとめている艦娘が、必死に説得をしていた。

頭には煙突を模した帽子を被っているのが特徴で、全体的に黒い軍服を纏っていた。

アイオワは彼女の事を知っている。

何故ならば、本土でずっと手紙でやり取りをしていた装甲空母である、サラトガだからだ。

そして、彼女の説得に耳を貸さず、椅子に押さえつけられて、只々身体を振り払うように暴れる事しか出来ないのは、栗毛の長髪を黒く細いリボンでサイドテールに結い上げた駆逐艦娘。

そう、彼女がソロモンの鬼神と呼ばれていた綾波である。

実は、綾波に関する噂に付いては、アイオワも本国で聞いており、鬼神の活躍を見せる割には、平時は非常に温厚な艦娘だと知らされていた。

だが、今の彼女はその温厚さからは程遠い姿を見せている。

 

「やはり昨日、現地の高官が「堕ちた鬼神」だと吐き捨てていったのが、癪に触っただろうか?」

「………かもしれんな。仕方ない、サラトガ。離してやれ。」

「はい………。」

「ああっ!?」

 

喜多見提督の命令で、サラトガは暴れている綾波を離す。

すると、当然ながら椅子から前に飛び出してしまい、うつ伏せに倒れ込む。

綾波は左腕と右足を怪我している為、こうなると誰かに助けて貰わなければ、起き上がれない。

それでも必死にもがこうとするが、やがて少しだけ頭が冷えたのか、自身の不甲斐なさに涙を流し始める。

敷波が、静かに前に出て元相棒である彼女に語り始めた。

 

「綾波………苛立つ気持ちは分かるけど、周りに迷惑を掛けちゃいけないよ。日向さんもサラトガさんも、心配してくれているんだからさ。」

「敷波には、分からないですよ………。私の気持ちなんて!」

「そうだね………アタシは綾波の気持ちを理解できなかった。綾波が傷つく最後まで………。」

 

座り込んだ敷波の顔を見る事も出来ず、綾波は右手の爪を床に食い込ませる勢いで、精一杯力を入れる。

うつ伏せになっている彼女が、どんな顔をしているかは分からなかったが、少なくとも温厚さとは掛け離れているのは、間違いないだろう。

やがて、彼女は呻くように叫んだ。

 

「いっそ、中途半端に使い物にならなくなるのならば、無くなれば良かった!そしたら、私も義腕と義足を手に入れられたのに!」

「それは、初霜に対する侮辱だよ。艤装の神経接続………滅茶苦茶痛いって聞くからさ。」

「それでも………それでもぉ………!」

 

爪を食い込ませる事も出来ない綾波は、床をどんどんと拳で叩く。

アイオワは、黙って横にいた初霜の顔を見る。

彼女は、コクリと頷いた。

綾波の錯乱とも言える症状は、今に始まった事では無いのだ。

だとしたら、龍田達を含め、ラバウル基地の艦娘達が苦労をしているのも分かる気がした。

だが………身体が使い物にならなくなった事を想像すると、綾波の気持ちも分かってしまうのが、辛い所である。

やがて、泣く事しか出来なくなった彼女を敷波が起こしながら、荒れ果てた部屋の後ろの椅子に、ずっと俯いて座っている2人の艦娘を見る。

 

「海風も文月も、止めに入ってよ。」

「止めたわ。もう………散々。」

「無理なんだ………。私達じゃ………。」

 

投げやりな言葉で返して来るのは、銀色の髪を足首まで届きそうな長さの1本の三つ編みにしている駆逐艦娘と、膝くらいまである長い茶髪をポニーテール状に纏めた駆逐艦娘。

前者が改白露型の海風、後者が睦月型の文月である。

しかし、その瞳には生気が感じられなかった。

 

「2人共、そんな艦娘じゃなかったじゃん………。」

「私なんかが、ソロモン海で戦っていくには、やっぱり力不足だったのよ。今度こそ撃沈を狙ったのがおこがましかったの………。」

「私も………。結局最後まで、「必死に怯える子羊」でしかなかったんだよ………。」

「それは、艦の記憶じゃん………。艦娘としての日々を思い出そうよ………。」

 

艦娘になった時の弊害とも言うべきか………実は、艦娘には、その名前の艦の記憶が刻まれる。

勿論、所詮艦と艦娘は違う物だから………と割り切る事が出来る者もいるが、逆に縛られてしまう者もいる。

それ故に、トラウマを抱える艦娘も出てくるのだ。

ここにいる海風は、ソロモン海での撃墜数0の記憶が影を落としている。

また、文月は、最後に必死に逃げていた記憶が尾を引いている。

いずれも、綾波が再起不能の怪我を負った際に、彼女を助けられなかった後悔から、精神的に狂ってしまったのだ。

 

(ここまで酷い物なのね………。)

 

アイオワは、悲しそうに呟く敷波を見て、いけないとは思いつつも心の中で同情してしまう。

もしも、自分の仲間である艦娘達が………例えば、ここにいるサラトガや、ブインのガンビーとかが狂ってしまったら、耐えられるだろうか?と考えてしまう。

そんな中、敷波は只、静かに泣き続ける綾波を椅子に座らせると、日向やサラトガ達に頭を下げていた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「綾波は………疲れていたんだ。ソロモンの鬼神と呼ばれてチヤホヤされるのにプレッシャーを感じていて………それで、精神的に耐えられなくなって、隙が出来た所を被弾してしまったんだよ。」

 

日も暮れた頃、アイオワと敷波は、庁舎の地下に設置された簡易のバーに、足を踏み入れていた。

初霜達は、喜多見提督や龍田達の仕事の手伝いに回って、敢えて2人だけにしてくれていた。

ノンアルコールのカクテルを飲んでいた敷波は、虚ろな目でアイオワに語る。

 

「その綾波の葛藤に………アタシも海風も文月も気付けなかった。だから………みんな、こんな感じで後悔ばかり背負っているんだ。」

 

アイオワも、同じようにカクテルを飲みながら、敷波の話を黙って聞く。

自分が聞く事で、楽になればいいと考えていた。

カクテルはかなり美味しかったが、素直に味を楽しめる気分ではなかった。

 

「ゴメン………何か暗い話になって。」

「いえ、いいわよ。私を話し相手に選んでくれて嬉しいわ。」

「早霜も………その、ありがとう。」

「気にする事は無いわ。その為のバーだもの。」

 

このバーにはもう1人駆逐艦娘が居た。

経営者であり、夕雲型の早霜。

先を切りそろえた腰まであるダークグレーの髪と、オレンジがかった瞳が特徴で、右目が前髪で隠れてしまっていた。

何を隠そう、ブインのガンビーの師匠と言っていたのがこの駆逐艦娘だ。

沖波が驚くかもしれない………と含みのある言葉を使っていたのは、自身と同じ艦種である事と、軽空母が駆逐艦の弟子入りをしている事を表していたからなのだ。

 

「ここには、みんな悩みを言いに来るの?」

「ええ………。司令官と龍田さんが、仕事の後に綾波達の事を語りながら飲み明かす事がありますね。後、日向さんが瑞雲の良さをサラトガさんに永遠と語り続ける事もあります。」

「何か………今更だけれど、ここにいる艦娘達は、癖が強いわね。」

「フフ………艦娘なんて、そんな物ですよ。」

 

早霜は、そう言いながら、次々とカクテルを作っていく。

ノンアルコールなのは、一応ショートランド泊地に帰る事に備えてらしい。

酔っぱらって痛手を喰らったなんて事態になったら、一生の恥だからだ。

………とはいえノンアルコールでも、これだけの味を提供できるのならば、もっと大々的に展開してもいいのでは?とアイオワは思い、聞いてみる。

すると、早霜はカクテルを注ぎながら答えてくれた。

 

「そういうのは、ガンビーさんに任せておけばいいですよ。私は、こうして艦娘達の悩みを聞いているのが好きなだけ………。」

「こう言ったらなんだけれど、貴女も癖が強いわね………。」

「フフフフフ………言われちゃいましたね。」

 

クスクスと笑う早霜は、カウンターに頬杖を突きながらアイオワ達を見る。

駆逐艦なのに、妙な色気を感じるのは、バーという雰囲気と彼女の独特な気質故だろうか。

そして、徐に敷波の方を向いて聞いてきた。

 

「そういえば………春風はどうしてる?」

「ん………?そうだね、秘書艦補佐として元気にしてるよ。聞きそびれちゃったけど、夕暮と峯雲は会いたがっていた?」

「ええ、旧知の仲だもの。」

「彼女、そうだったの………?」

 

少し驚くアイオワに、初霜はまたクスクスと笑いながら話し出す。

3人は昔、本土で同じ駆逐隊を担っていた仲であるらしい。

意外な関係だと思いつつも、早霜はアイオワに更に驚きの事を言う。

 

「意外とこの泊地や基地には、知り合いとかがいますね。私も、艦娘になり立ての頃は、大潮に基礎を教わりましたから。」

「大潮………本当に何者なの?」

 

恐らく、20年位前から艦娘をやっているのが、初期艦である大潮である。

しかし、その大潮の元で艦娘の基礎を習ったという事は、この早霜も………。

 

「貴女も実は、初期艦だとか………?」

「残念ながら、夕雲型は最初には作られませんでした。………でも、私は初めて「夕雲型17番艦早霜」という艦娘が作られた際の適合者………「初代艦娘」ではありますね。」

 

轟沈や退役と言った要素がある以上、初期艦も初代艦娘も、実は結構レアな存在だ。

特に改二艦でも無いのに、こんな最前線近くの辺境でバーの経営をしている所をみると、彼女も色々とあったのではないか?と勘ぐってしまう。

それを察したのであろう。

早霜がアイオワに少し笑みを見せながら喋る。

 

「気になる気持ちは分かります。でも………これも艦娘として生きていれば、心の闇の1つや2つ、抱えていてもおかしくないんですよ。」

「それは、療養施設内外に限らず………例えば、第零駆逐隊であっても?」

「勿論………。私からは、詳しい事は言えませんけれどね。」

 

どうやら、大潮の元で修業を積んだというだけあって、彼女もまたそれなりに情報通であるらしい。

見た目もそうだが、中身もミステリアスな艦娘だとアイオワは思った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「すっかり夜になっちゃったわね………。どうやって帰るつもりなの?」

 

夜も更けて星も出る中、アイオワは早霜に連れられて、敷波と共に基地の外に出る。

外には第零駆逐隊や喜多見提督、龍田達を始めとした面々が、ずっと波止場で沖合を見ていた。

その様子に違和感を覚えながらも、彼女もまた、同じ方向を見てみる。

隣にサラトガと日向が並んだ。

 

「これも機密レベルが高かったから手紙には書けなかったけれど………アイオワ、今から貴女は仰天するわ。」

「え、サラトガ?何が来るっていうの?」

「見れば分かる。………こういう最前線の基地に物資を派遣する時、どうすれば安全に且つ、大量の物資を一度に送れると思う?」

「それは………。」

「その答えがこれです。」

 

いつの間にか前に進み出ていた沖波が、義眼である左目の探照灯で前を照らす。

すると、その光に乗って、前から何か巨大な轟音と共に、左右に赤と緑の光を点滅させながら、ゆっくりと影が近づいてくる。

その影からスピーカーで、幼い元気そうな声が響いて来た。

 

「おお!沖波のあねごぉ!ここで出会えるなんて奇遇ですねー!」

「よつちゃーん!みんなー!元気にしてたー!!」

 

「な、何!?本当に何!?」

 

沖波が大声で返した尋常でない大きさの物は、やがて船の形を成し………ゆっくりと面舵を切って、座礁しない位置取りをしながら、基地の波止場へと正確に着船する。

茫然としたアイオワに振り返り、沖波は笑顔で紹介をした。

 

「紹介します、アイオワさん!これが日本の自慢の………補給物資運搬用大型貨物船「らいちょう」です!!」

「サンダーバードォォォォォッ!?」

 

思わぬ船の登場に、アイオワは素っ頓狂な叫びをあげた。




ラバウル基地の日本艦娘の本名

龍田…「椿(つばき)」
夕暮…「樹(いつき)」
峯雲…「渚(なぎさ)」
日向…「真奈美(まなみ)」
綾波…「芳乃(よしの)」
海風…「歌鈴(かりん)」
文月…「愛海(あつみ)」
早霜…「志保(しほ)」

早霜のBAR設定は、半公式設定からです。
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