蒼海の鉢巻と鋼鉄の艤装を風に乗せて   作:擬態人形P

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第15話 ~歓迎会~

北方棲姫との戦いを終えて戻って来た初霜は、平然としていた。

だが………全身に黒い血を浴びており、制服も肌も右腕の義腕も、半分以上が真っ黒になっている。

特に義腕に関しては、何をしたのか、指先から腕の根元まで闇夜よりも暗い漆黒に包まれており、血をポタポタと垂らしている。

その異様な姿を見て、アイオワは思わず聞いてしまった。

 

「ね、ねえ………初霜………、北方棲姫は………?」

「沈めました。」

 

ゾワリ。

 

通信から返って来たのは、氷のように冷たい絶対零度の声。

さらりと言ってのけた初霜の声と衝撃的な姿を前にして、アイオワは思わず歯をカチカチと鳴らす。

どう見ても、出撃前までの初霜とは姿が違っていた。

だが………。

 

「なーにが、沈めました、だ!バカ!!」

「痛っ!?」

 

そこに、続いて現れた陽炎が、彼女の後頭部に拳骨を叩き込む。

思った以上に威力があったのか、初霜は思わずバランスを崩しそうになる。

陽炎は、アイオワが見ている事を察知したのか、明るい声で言ってくる。

 

「ゴメンね、アイオワさん。初霜、ちょっとほっぽちゃんの可愛らしさに、妬いちゃったみたいです。」

「何で妬いて………。」

「いいから、風呂!曙、お願い!悪いけど、船渠(ドック)入りさせて!初霜に付いた血を落とさないと!」

 

初霜の言葉を遮るように、陽炎が叫んで曙に大袈裟に手を振る。

そうしている内に、暗い顔をした沖波と、考え込む様子の大潮と敷波も現れる。

深雪の言った通り、轟沈した者はいないらしい。

只、深海棲艦の血はあまり身体に宜しくないので、陽炎の言う通り、出来ればすぐに洗い流した方が良かった。

しかし、アイオワの脳裏には、どうしても初霜のあの姿が目に焼き付いてしまっていた。

遠目でも分かる程の凄惨さと、通信越しでも分かる程の冷徹さ。

 

(一体、北方棲姫は………どんな最期を迎えてしまったの?)

 

普通の沈め方では、あそこまで全身に血を浴びる事は無い。

まるで、心臓を鷲掴みにして抉り取ったような………。

 

(っ!?何を考えているのかしら………!?)

 

怖い想像に走りそうになったアイオワは、首を横にぶんぶんと振って追い払おうとする。

初霜が残虐な艦娘だと考えるのは、助けて貰っている以上は失礼だ。

それこそ、仲間を信頼していないという事に直結しかねない。

隣で明石に手配を頼んでいる曙に、思わず聞きたくなったが、それもギリギリで我慢出来た。

でも………やはり、一度抱いてしまった不信感は、消える事が無かった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

翌日の夕方。

貨物船らいちょうは、ブイン基地を経由し、ショートランド泊地へと戻って来た。

ブインの工藤提督に会いに行った、息子の肇の話だと、相変わらず岬から釣り竿を垂らして、現実逃避をしているとの事だった。

その一方で、ショートランドの藤原提督は、秘書艦の由良と共に、アイオワ達の帰投を喜んでくれた。

 

「どうやら、深海棲艦と一戦交えたみたいだな。傷は大丈夫だったか?」

「幸いにも、負傷者はいません。兵装は一部消耗しましたが、それだけです。」

 

初霜の報告を受けて、藤原提督は頷くと、真顔であったが初霜の頭を撫でる。

これには、彼女も予想外だったのか、思わずたじろぐ。

 

「て、提督!?」

「いつもすまないな。初霜達、第零駆逐隊には迷惑を掛けている。」

「そ、そんな事無いですよ!………でも、ありがとうございます。」

 

言葉とは裏腹に、子供扱いされるのを不満そうにしている初霜。

その姿を察知したのか、藤原提督は撫でるのを止めると、他の者を見る。

 

「他に撫でられたい者はいるか?」

「はーい!陽炎、褒められたいでーす!」

 

真っ先に陽炎が手を上げるが、他の者は巻き込まれるのは御免だと言わんばかりに、足早に寮へと走っていく。

結局、藤原提督に撫でられたいと思った者は、陽炎だけであった。

ところが………。

 

(ん?)

 

アイオワは気付く。

頭を撫でられていた陽炎が、こっそりと何かメモのような物を藤原提督に渡すのを。

彼女が初霜達を追いかけるように走り去って行った後で、藤原提督はそのメモを開き、少しだけ顔をしかめる。

 

「アドミラル、そのメモは………?」

「只の意見書だ。陽炎はそこら辺、五月蠅いからな。いつもの事だ。」

 

そう流す藤原提督であったが、アイオワの頭には、初霜に拳骨を喰らわせて、「わざと明るく振る舞って」、あの場の空気を和ませようとした彼女の姿が思い起こされる。

まさか、その手紙に書いてあるのは………。

 

「あの………。」

「人の内部に触れるには、覚悟が無ければならない。」

「え?」

「アイオワ、お前はこの泊地に着任してまだ日が浅い。全てを呑み込むには、時期尚早と言えるだろう。」

「……………。」

 

この男は鋭い。

だから、アイオワの考えを悟ったのだろう。

そして、嘘を付こうともしない。

だから、アイオワに敢えてこのような言葉を投げかけたのだ。

彼女はその場で固まってしまう。

あの初霜に触れる覚悟は、何故か持てなかったから………。

藤原提督は、俯き狩りになったアイオワを見ると、徐に告げる。

 

「ところでだ。ここにいるという事は、お前も撫でられたいのか?」

「い、いえ………それは流石に!?」

「では、由良に案内して貰って、風呂と着替えを済ませるといいだろう。物資が届いたという事で、そろそろ歓迎会の時間だ。」

「え………?」

 

何を言ったか理解できなかったアイオワに対し、藤原提督は再度告げる。

 

「歓迎会だ。このショートランド泊地に来てくれた事に対する、感謝のな。」

 

彼は、少しだけ笑みを見せた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

その夜に開かれた食堂での歓迎会は、らいちょうの面々も巻き込み、大いに盛り上がった。

まず、酒を飲んだ事でレンジャーが豹変。

様々な艦娘達を巻き込み、飲み比べに至る事になってしまう。

特に、ビスマルクやローマは、国の威信を賭けて限界を超えるまで飲んでしまった為、ダウンをしてしまった。

慌てて、由良やプリンツ、イタリアに介抱される中、尚も暴れるレンジャーに対して2人共、悔しい表情。

遂には、彼女はバケツに酒を入れて飲もうとした為、同郷のヒューストンが、パースやデ・ロイテルと共に、3人掛かりで止めに入る羽目に。

提督である曙も、今夜ばかりは飲んでいるのか、瑞鶴や秋津洲に対し、亡き夫の愚痴を言いまくっている状態だ。

らいちょうにいる子供達は大騒ぎをしており、春風も含めた第零駆逐隊と一緒に、各国の美味しい料理を食べて遊んでいる。

その中で、主役であるはずのアイオワは、色々な艦娘と酒を飲みながらも、酔えないでいた。

横目で初霜を見てみるが、彼女は珍しく楽しそうに子供達と戯れている。

その彼女の姿が、あの冷徹で冷酷な姿と一致はしなかった。

 

(何だったのかしら………あれ………。)

 

アイオワは酒を飲み、あの初霜の姿を何度も忘れようとした。

しかし、それは最後まで叶わなかった。

結局の所、アイオワの歓迎会は、皆が疲れ果てるか酔いつぶれるかして終了し、夜更けを迎える形になった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「……………。」

 

アイオワは、ふと目覚める。

どうやら自分は、考え込む内にいつの間にか眠っていたらしい。

食堂の壁際に眠らされる形で、毛布を被っている彼女は、周りを見る。

子供達と駆逐艦等の小型艦は、もう寝室へと移動したのか、それとも運ばれたのか、その場にはいない。

いるのは酔いつぶれた、大型艦だけであった。

 

(もう0時を回っている………。かなり寝たわね………。)

 

時計の針を見た後、頭が響くような痛みに襲われ、思わず手で押さえるアイオワ。

何だかんだ言っても、酒の力は侮れないらしい。

そこに、水を持った春風がやって来ていた。

 

「大丈夫ですか?」

「春風………。ごめんなさい、私が主役だったのに………。」

 

どうやら彼女は、こうなった時の為に、飲酒量をセーブしていたらしい。

介抱してくれる彼女の優しさに感謝しながら、アイオワは起き上がって壁にもたれかかるように座り直すと、水を含んだ。

少しだけ頭がスッキリしたのを感じると、コップの水を眺める。

そこには、頭の奥に刻まれている、初霜の冷徹な姿が浮かんでいた。

 

「………何か、悩みがあるようですね。」

「………ええ。」

 

春風が、同じく水を持って来て、同じように壁に腰かける。

彼女にしてみれば、はしたない姿だったかもしれないが、アイオワに合わせてくれた形だ。

その事にも感謝しつつも、彼女は中々言いだせなかった。

 

「……………。」

「洗いざらい話すのも、罪では無いですよ。むしろ、言いたいことを言えず、後悔をしてしまうよりも余程………。」

 

春風自身も、何か重い過去を背負っていそうな雰囲気を、この泊地の工廠に初めて行った時に見せていた。

何処か深い彼女の言葉を聞いて、アイオワは俯きがちに言う。

 

「私、最低な艦娘なの………仲間を信用できなくて………。」

「初霜さんですね。」

「え!?」

 

アイオワは思わず驚き、皆が周りで眠っているのを思い出して、慌てて口を塞ぐ。

春風は、アイオワが抱いた不信感を即座に当てた。

その理由を問う前に、彼女は説明をしてくれた。

 

「ここに戻る前に、海戦があったと司令官様から聞きました。第零駆逐隊が出撃したという事も。」

「待って何………!?じゃあ、初霜のあの姿は………!?」

「護衛対象がいない状態での海戦中の初霜さんは、アレが普通です。わたくしも、恐らくアイオワさんが目撃したような姿を、何度も見ています。」

「で、でも………。」

「そうでなければ、即座に陽炎さんが隠そうとはしないでしょう?」

「確かに………。」

 

春風の的確な言葉を受けて、アイオワは考えさせられる。

同時に何故、彼女がここまで話してくれるのか分からなかった。

 

「春風、貴女は一体………。」

「アイオワさん。もしも貴女の中で、覚悟が決まったのならば………彼女に1対1の演習を申し込んでみて下さい。」

「え、演習………?戦艦と駆逐艦で?」

 

何というハンデマッチなのだろうか、と思わずアイオワは思ってしまった。

だが、その心情を察したのか、春風が少し笑みを浮かべながら問いかけてくる。

 

「あら?アメリカの決戦艦娘であるアイオワさんとはいえ、慢心は感心しませんよ?初霜さんは、ある意味日本の決戦艦娘に近い存在になっているんですから。」

「た、確かに蒼海の英雄って呼ばれているものね………。でも………。」

「踏み出すのが怖いのならば、おススメはしません。でも、踏み出す勇気を持ったのならば、騙されたと思って、ぶつかってみるのもいいかもしれませんよ?」

「……………。」

 

春風の言葉を受けて、アイオワは考えさせられる。

確かに蒼海の英雄と呼ばれている初霜の実力は、純粋な意味で気になった。

しかし、脳裏にあの冷酷な姿が浮かんだ途端、その覚悟がどうしても揺らいでしまう。

 

「私………。」

「すぐに結論を出さなくても、大丈夫です。時間はあるのですから、ゆっくりと彼女を………いえ、私達を知っていくのも有りですよ。」

「そうね………確かに、そうよね………。」

 

アイオワは思う。

ここにいる艦娘の中には、重い物を持った者もいる。

特に、第零駆逐隊は、その傾向が強いように思えた。

いずれは彼女達の内面にも、触れていく事になるのかもしれない。

 

「ありがとう、春風。少しだけ楽になったわ。」

「では、気分直しに少しだけ余っているお酒を飲んじゃいましょうか。」

 

少しだけ舌を出して茶目っ気を見せた春風に感謝をしながら、アイオワはグラスを持ち、彼女と乾杯をした。

アイオワのショートランド泊地での任務は始まったばかり。

まずは、仲間との交流を深め、知る所からである。




これで、主にアイオワ視点で繰り広げられた、序章である導入編は終わりになります。
次からは、第1章の初霜編へと移っていきます。
1章ずつ完成する度に、順次予約投稿をしていきますので、皆様、完成するまでお待ちください。
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