蒼海の鉢巻と鋼鉄の艤装を風に乗せて   作:擬態人形P

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第16話 ~悪夢~

初霜は、海の上に浮かんでいた。

蒼い、蒼い………海の上。

彼女が巻いている鉢巻と、同じ色の綺麗な海であった。

 

(ここは………。)

 

そこで初霜は気付く。

自分の右腕が………義腕でなく生身の腕が存在しているという事に。

そして、彼女は艤装を背負っていた。

艦娘として海戦に臨む姿は、他の同型艦の初霜と変わらない。

だが………。

 

(!?)

 

泰葉という本名を持つ、初霜は見る。

目の前で1人の艦娘が、海戦を繰り広げている姿を。

立ちはだかるのは、パーカーを羽織った姿と、巨大な武装が付いたヘビのような深海棲艦独特の尻尾の艤装が印象的な、航空戦艦レ級。

ところが、その頭には他のレ級と違い、巨大な一本角が付いていた。

一方で、その角付きのレ級に対し苦戦しているのは、ハネた茶髪のショートヘアを持つ艦娘。

黒のブレザーと赤いネクタイを着用しているのが特徴的だ。

その男装の麗人にも見える艦娘は、やがて主機を破壊されて沈んでいく。

 

(ダメ………!)

 

初霜は、咄嗟に右腕を伸ばしてその手を掴む。

相手は何かを叫んでいるが、初霜は離さない。

離したら沈んでしまう。

 

(守るから………私が守るから!)

 

初霜は小柄ではあったが、艤装の補助による怪力を活かし、必死に引き上げようとする。

しかし………そんな2人に角付きのレ級はトドメの砲撃を放つ。

その凶弾は、初霜の右腕ごと目の前の艦娘を炎に包み込んだ。

 

 

(私は………また………。)

 

気付けば初霜は、暗くなった海の上で、その艦娘と共に右腕を失っていた。

戦う上で、致命的な障害となる片腕を………。

そんな彼女の前に、若い男の影が見える。

白い軍服に身を包み、優しい目をした男。

彼が笑顔を見せて手をかざすと、初霜の失った右腕にブルーメタリックの義腕が現れる。

 

(これなら………!)

 

初霜も笑みを見せる。

だが、その笑みは危険な物であった。

何故ならば、彼女は………他の初霜らしく、大切な仲間を守れるとは思っていなかったからだ。

だって、守るべき仲間は、先程失ってしまったから。

今の彼女にあるのは………復讐心。

 

(これなら、「奪える」!あの深海棲艦から、全てを!)

 

周りに多種多彩な深海棲艦が現れるが、初霜は気にする事は無い。

艤装にマウントしていた単装砲と連装砲を取り出すと、手当たり次第に撃ちぬいていく。

その凄まじい力の前に、おびただしい血を流しながら、絶叫を上げて沈んでいく深海棲艦達。

その黒い返り血を全身に浴びながら、初霜は笑っていた。

 

(もっと………もっと来なさい!私の前に、来たことを、後悔させてあげる!)

 

邪悪な笑みを浮かべながら、深海棲艦達を全滅させる初霜。

その亡骸の中心で、彼女は高らかに笑っていた。

この力があれば、あの憎きレ級に対しても、負けはしないと。

 

(どんな風に仕留めてあげようかしら?どんな風に絶望をさせてあげようかしら!?)

 

だが、初霜はそこで気付く。

目の前にいる優しい顔であった男が、悲しそうに顔を曇らせているのに。

初霜は、その男に感謝を伝えた。

力をくれて、ありがとうと。

でも………それが、その男の「暴走」に繋がった。

 

(え?)

 

気付けば、その男は狂気の目を浮かべて、初霜に飛び掛かっていた。

押し倒された彼女の首を絞めて、力を加えていく。

初霜は抵抗しようとしたが、不意打ちとも言える男の凶行に、対処しきれない。

男は叫ぶ。

その声は、意識が遠のきそうであった初霜の耳に、ハッキリと聞こえた。

 

「どうせ君が壊れてしまうのならば、僕が先に壊してやるっ!!」

 

壊れる………その意味を理解する前に、初霜は死を迎えようとする。

力が抜けてどうしようもなくなった初霜であったが………突如、男が血を吐く。

何が起こったかと思えば………その後ろから沖波が、果物ナイフで男を刺していた。

 

「沖………波………?」

「あ………あああああああああああああ!?」

 

咄嗟に自分の行った行為を理解して、頭を抱えて悲鳴を上げる沖波。

その様子を茫然と見ていた所で………初霜は、頭に鈍い痛みを感じて、揺り起こされた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「………霜!初霜っ!」

「っ!?」

 

時間にすると夕方だろうか?

叩かれたり揺すられたりして、強制的に覚醒させられた初霜は、ベッドから飛び起きる。

横を見ると、同部屋の陽炎が嘆息しながら、ベッドの傍にいた。

 

「私………。」

「おはよう、初霜。………また、悪夢を見たの?」

 

初霜は自分自身を見た。

全身、汗でびしょ濡れになっており、呼吸は荒い。

左手で自分の額を押さえると、初霜は深く溜息を付いた。

どうやら、「また」同じ悪夢を見てしまったらしい。

 

「何で、また………。」

「定期的に見るわよね、その悪夢。気にするな………とは言わないけれど、身体が持たないわよ?」

「ごめんなさい………心配を掛けたわね。」

「まあ、それで悪夢に悩まされなければ苦労しないけど。………起き上がれる?」

 

言われた初霜は手すりに右腕を掛けようとして………空振りに終わりバランスを崩す。

いつも付けている義腕は、今は存在していなかった。

 

「あ、そうだったわ………。今は、秋津洲さんにメンテナンスをして貰っているから………。」

「とりあえず、汗拭いてから行った方がいいわね。ほら、着替え手伝うから、ベッドから立って。」

 

これから秘書艦としての仕事をしに行く前に、陽炎は服を脱ぐのを手伝い、彼女の体を念入りに拭いてくれる。

そして、新しい制服に着替えるのも手伝ってくれた。

 

「これでよし!流石に代打で第零駆逐隊を率いるのは苦労するから、さっさと義腕を付けて、いつでも出撃できるようにしてよね。」

「私が出られない時は、陽炎が旗艦を勤めてくれるんでしょう?たまには経験を重ねておいたら?」

「救助者の皆様は、蒼海の英雄様の姿が見たいの!………助けたのに落胆されるのは、結構ダメージ来るから、さっさと行った!」

 

最終的には、陽炎に背中を叩かれる形で寮の部屋を出る初霜。

少し廊下を歩いた所で後ろを振り向くと、陽炎自身は庁舎にある執務室へと向かっていくのが分かった。

敢えて冗談交じりに強引に背中を押してくれるのは、あの悪夢を忘れさせようとする、陽炎なりの優しさなのだろう。

そんな彼女に心の中で感謝をしながら、初霜は工廠へと向かって行った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

外は雨が降っており、バチバチと音を立てて、地面を濡らしていた。

工廠に続く渡り廊下で、初霜はある人物と出くわす。

その人物は沖波。

彼女の顔を見た途端、悪夢の内容が脳裏に刻まれて、思わず目を見開いた。

 

「おはよう、初霜さん。………もしかして、また夢を見た?」

「え!?いや………その………ごめんなさい。」

 

誤魔化そうとした所で、どうしようもない事を悟った初霜は、素直に認めて頭を下げる。

沖波は、少し苦笑しながら首を振った。

 

「初霜さんが、謝る必要は無いよ。………あの私の「罪」に嘘は無いんだから。」

「でも………私がもっと、上手く対処していれば、沖波は………。」

「それは言わない約束。」

 

安心させようとする沖波であったが、その顔に寂しさが浮かんでいるのはいつもの事。

どうしてもこの夢の話になると、互いが気まずくなってしまうので、沖波は話題を変えようとした。

 

「そう言えば………初霜さんも、義腕のメンテナンス明け?」

「え、ええ………今から付けに行くところ。陽炎が臨時で旗艦になりたくないから、さっさと付けろと言っていて………。」

 

少しだけ拗ねたような顔をすると、沖波もまた苦笑をする。

只、先程の寂しそうな笑みでは無く、少し暖かな物であった。

 

「ふふっ、そうだね。やっぱり初霜さんが旗艦の方がいいものね。」

「………沖波も、それを言う?でも、工廠から出て来たって事は………。」

「うん、私も義眼の整備が終わって付けて来た所。」

 

沖波はそう言うと、機械音を立てながら、左目の義眼のズーム機能を調整して見せる。

彼女は平然とした様子であったが、初霜はその姿を見ると、また暗くなる。

何故ならば、彼女が義眼を付ける事になってしまった経緯は………。

 

「私………。」

「あ、駄目だよ、また謝っちゃ。それを言い出したら、初霜さんの義腕も、私と陽炎さんの「罪」なんだから。」

「別に貴女達がそこまで気を使う必要は………。」

「だったら、私の義眼も同じ。………ね?」

 

優しくも初霜に言い聞かせるような沖波の言葉に、彼女は素直に頷くしかない。

沖波は初霜が納得してくれた事に安堵しながらも、少し困った顔をする。

 

「それよりも、今は神経接続に備えて覚悟を決めた方がいいよ?義眼にしろ、義腕にしろ、アレは凄く痛いんだから。」

「そうね………。ごめ………いえ、ありがとう。行ってくるわ。」

「うん、初霜さんが義腕を付け終わったら、みんなで夕食を食べよう。」

 

沖波はそう言うと、笑みを見せて、手を振りながら去っていく。

明らかに陽炎とは違う意味で気を使ってくれている態度を見て、初霜は雨の中、1人溜息を付く。

あの時から、「昔からの仲間である」自分と陽炎と沖波はプライベートだとこんな感じだ。

互いに互いを気遣いながらも、何処かぎくしゃくとした微妙な距離感を抱く関係。

 

「私達は………。」

 

その原因になってしまった「2つの事件」。

初霜は、また悪夢の内容を思い起こしそうになり、首を振って、工廠の中に入って行った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

工廠では、秋津洲が整備した義腕を準備して待っていてくれた。

流石に丸1日整備をしていた為か、疲れが溜まっている様子であったが、初霜がやってくると、笑顔を見せてくれた。

 

「初霜、良かった!忘れられたかと思ったかも!………って、しおれてる?また、悪夢を見たの?」

 

これで、初霜の悪夢に付いて触れられるのは3人目。

それだけ、彼女の根底に根付いている夢に付いては、ショートランド泊地等では有名だ。

知らないのは、まだ転籍してきて間もないアイオワくらいでは無いだろうか。

 

「すみません………私って、やっぱり顔に出ますか?」

「出るっていうか………初霜が夢を見た後は、暗いかもしれないから、仕方ないと思うよ?」

 

初霜自身は意識していないが、ここまで来るとかなりの重症だ。

只、秋津洲だからここまでズケズケと言われる………というのもある。

彼女には、義腕を整備して貰っている為に、たまに相談に乗って貰っているのだから………。

 

「また、話を聞こっか?」

「いいえ、任務に備えないと。それに、第零駆逐隊のみんなが、夕食を待っていてくれているから。」

「だったら、早速始めるね。………いつも通り、そこに寝転がって。」

 

初霜は言われると、左手で制服の右腕側をはだけさせて肌を晒し、近くのベッドに仰向けに寝る。

そして、布を巻いた割りばしを渡されると、それを口に含み、歯と歯の間に挟む。

今から行う作業は、右の義腕の神経接続。

沖波も言っていたが、その痛みは洒落にならないので、舌を噛むのを防ぐ為にこうしておくのだ。

 

「………じゃ、いくよ?」

 

両腕で包むように、大切に義腕を運んできた秋津洲の言葉に、頷いた初霜は覚悟を決める。

この神経接続は、何十回やっても慣れる事は出来ない。

天井を見上げ、布を噛み、その痛みに備える。

そして………。

 

ビキッ!!

 

「ーーーーーっ!!」

 

感電するような痛みを受け、初霜は痙攣する。

あまりの痛みに涙が流れ、脳が一気に覚醒した。

しばらく初霜は、その痛みに悶え、起き上がる事が出来なかった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「………さてと、必要な物はちゃんと整備しといたかも。」

 

ひとしきり初霜が痛みに耐えた後で、秋津洲はタブレットの中に表示された義腕の状態を見せる。

初霜自身は、ティッシュで涙を拭きとりながら、その項目をしっかりと確認して、更に復活した右腕を動かして、制服を整えながら、その感覚も確かめる。

只、ここで秋津洲は苦い顔。

 

「………大本営もおかしい事をするよね。エルボーキャノンやドリルクローなんて、付ける必要無いのに。」

「いいんですよ。いざという時に、役に立ちますから。それに、色々とテストしたいんだと思います。」

「言いたくないけど………これじゃあ、完全な実験兵器だよ。」

「それでいいじゃないですか。私は………。」

「「もう壊れてるから」………は、禁句だよ。」

 

秋津洲の言葉に、初霜はビクリと震える。

別に、彼女の言葉が失礼だったわけではない。

何故ならば、正に初霜が言おうとした言葉を、先読みされたから。

そう、あの夢であの男が言っていた言葉を………彼女は言おうとしたのだ。

 

「初霜。何度も言うけれど、初霜は生きてるんだよ?それなのに、何で自分が壊れてるって思っちゃうわけ?」

「だって、私は………。」

「今一度、陽炎や沖波の顔を見て、ちゃんと考え直して。いい?」

 

有無を言わさないような言葉に、初霜は、暗い顔で俯く事しか出来ない。

勿論、秋津洲の言いたい事は分かる。

でも………初霜はずっとずっと思っていた。

自分はもう、壊れてしまっているのだと………。




第1章初霜編が開始です。
この章では、主人公でもある初霜に関する話題が中心となって、物語が展開されます。
いきなり暗い夢の話等から始まりましたが、その原因はこの話の中で語られる予定です。
初霜の義腕や沖波の義眼は、独立した艤装である故に平時でも動かせますが、こうした神経接続という、かなりの痛みが伴うメンテナンスが必要になります。
ここまでしても戦い続ける理由が、今の彼女達にはあります。
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