第零駆逐隊の7人は、渡り廊下を走って工廠に飛び込むと、妖精さんの補助を受けながら、素早く艤装を装着する。
そして、整備された歩道を掛けて、桟橋へと向かうと抜錨していった。
桟橋には、大潮が操る為に置かれた大発動艇と特型内火艇が括りつけられていた為、彼女は縛ってあった紐を、懐に仕舞っていたナイフで素早く切り、引っ張っていく。
本当に最低限の動きで全てをこなした為に、ここまでかかる時間は僅か。
こうした迅速な行動が、作戦の成否………1人でも多くの人々の救出の可否を分けるのだから、気を抜いてはいけなかった。
「そういえば、雨が激しく降っていたわね………。」
天候は荒天。
激しい雨で波打つ環境であるが、缶とタービンを強化された練度の高い7人の駆逐艦娘にとっては、この状況も慣れっこだ。
波をかき分け、とにかく目標地点まで単縦陣で飛ばしていく。
途中、深雪がべたつく制服を引っ張りながら、嫌そうな顔で言った。
「汗をかいた後の雨は嫌だなぁ………。服が肌にぐっしょりだぜ。」
「何?みんなでトレーニングルームにいたの?」
「そうだよ。………春風がみんなで藤原司令官に色仕掛けをしようって言って、大潮に叱られていた。」
「何やってるのよ………。」
敷波の言葉に、片手で呆れたように頭を押さえる陽炎であったが、その様子を見た大潮が、何かを感じて告げる。
「陽炎………そういう貴女も、何か酒類の匂いがしませんか?」
「ああ、司令とやけ酒飲んでた。」
「貴女こそ、何をやっているのですか………。」
今度は大潮が、頭を押さえる番。
そうしている内に、前方に閃光が見えてくる。
深海棲艦の砲撃が、救難信号を出した貨物船に向けて飛んでいるのだ。
「この天候じゃ、探照灯だけじゃ、おびき寄せるのは厳しいわね………!照明弾を使うわ!沖波、先頭に出て敵艦の確認をお願い!」
初霜はそう言うと、懐から照明弾を取り出して空に放る。
砲撃とは違う派手な閃光が空を照らし、深海棲艦の砲撃が止まる。
それと同時に沖波が単縦陣の先頭に出て、義眼の探照灯で前方を照らしながら、敵艦の種類を素早く確認していく。
「射程の長い、駆逐艦ニ級改が大量にいるね。その後ろにフラッグシップ級軽巡ト級が複数。フラッグシップ級重巡リ級が3隻ほど、それに………。」
そこで、沖波の声が止まる。
固まった彼女の様子を見て、初霜は察知する。
この深海棲艦達を率いているのは………。
「………レ級がいるのね。」
「うん………エリート級航空戦艦レ級が1隻。角は無いよ。」
初霜が悪夢に見ている、巨大な一本角を付けたレ級。
その存在は、今回はいなかった。
「とりあえず、悪夢の中のレ級は置いておいて………厄介ね。特にニ級改。」
陽炎が、明らかに嫌そうな顔をしながら呟く。
今回の敵艦の編成は、春風が加わっている事もあり、アイオワを救出しに行った時に比べればまだマシだ。
厄介な潜水艦も今の所いないし、敵艦の質もレ級以外は劣っている。
だが………この荒天の中だと、実は大量に湧いているニ級改が一番面倒であった。
射程が軽巡並に長い事を除けば、先制雷撃を平然と仕掛けてくるナ級シリーズの方が普段は厄介なのだが、今は天候が味方していた。
「見えにくいですねぇ………流石に。」
大潮が思わず顔をしかめる。
エリート級やフラッグシップ級は、赤色や黄色の不気味なオーラを纏って輝く。
その為、夜間や荒天でも視認性は悪く無く、遠方からでも把握しやすい。
だが、通常型の駆逐艦は、目玉に当たる緑のコア以外は光る部位が無く、黒い外見も合わさって、視認しにくいのだ。
これが、夜間を主に主戦場とする、第零駆逐隊特有の悩みであった。
「愚痴っていても仕方ないわ。中距離まで飛び込んで、敢えて向こうから主砲を撃たせるわよ。深雪と敷波は、陽炎と春風の後ろに付いて!突撃する!」
初霜の指示で、第零駆逐隊は敢えて、正面から突っ込んでいく。
当然ながら、ニ級改はT字有利の陣形を作り、我先にと主砲を放つ。
だが、初霜は右腕の義腕を盾に使って防御し、陽炎と沖波はバルジトンファーを回転させて砲弾を防ぐ。
改装前の装備を持って来ている大潮は、両腕のアームガードで弾き、春風は何と、いつも愛用している日傘を開いて敵の砲撃から身を守る。
どうやら、その日傘は鋼鉄製であるらしい。
「敷波さん、今です!」
「深雪も!」
「了解、雷撃用意!」
「深雪スペシャル、行くぜ!」
隠れていた敷波と深雪が魚雷を2発ずつ撃ち出す。
それは、計4隻のニ級改に当たり、爆炎を上げて沈めていく。
陣形が崩れたニ級改に対し、砲撃の軌道を見ていた初霜、陽炎、沖波、大潮、春風が突撃していき、確実に至近距離から連装砲やトンファー、単装砲を撃ち込み撃沈していく。
「ニ級改さえいなくなれば!」
陽炎が、再びT字有利ヲ作ろうとするフラッグシップ級ト級の群れに向けて、8門の魚雷を扇状に一気に放ち、撃破していく。
ここで、一番奥にいたエリート級レ級が、慌てて海面に這いつくばって巨大な尻尾から大量の魚雷を放つ。
だが、これは選択ミス。
雷撃は初霜達では無く、間にいたリ級1隻と残りのト級達を吹き飛ばす結果に終わる。
「レレ!?」
「動揺してるよ、初霜さん!」
「深雪!貨物船の無事を確認して!リ級2隻は、陽炎と敷波、沖波と大潮に任せるわ!春風、突撃するわよ!」
『了解!』
素早い初霜の指示を受けて、第零駆逐隊は散開。
レ級は巨大な尻尾から今度は攻撃機を飛ばすが、対空迎撃は初霜の得意技だ。
春風の機銃と合わせて、2門の主砲を空中に放ち、一気に迎撃する。
その横でリ級に対しては、陽炎と沖波が、バルジトンファーを駆使して打撃戦に移行していた。
「悪いわね!陽炎は接近戦も得意なの!」
「隙を作るから!」
陽炎は二刀流のバルジトンファーを駆使し、沖波は小手にもなる連装砲とバルジトンファーを巧みに使い、リ級の盾も兼ねた腕を弾く。
何とかバランスを保とうとする2隻であったが、この荒天の中ではスリップしやすく、危うく転びそうになってしまう。
それだけの隙が出来てしまえば、十分だった。
敷波と大潮が素早く背後を取って、脳天を主砲で撃ちぬき沈めていく。
「レガァァァァッ!!」
あっという間に1隻になってしまった事で、レ級は後ろに飛び退きながら砲撃を仕掛けようとする。
だが、それより早く春風が日傘を畳むと突撃槍に見立て、突進し、喉元を突き飛ばす。
「てえぇぇぇぇいっ!!」
「レギャッ!?」
「はしたないですが………っ!覚悟!!」
そのまま勢いを利用して倒されたレ級に馬乗りになり、主砲と艤装の両脇と、合わせて3つの単装砲を心臓や顔に向けて乱射する春風。
レ級は再生能力を備えていたが、春風の大胆且つ容赦ない攻撃に、悶え苦しむ。
「レ………ゴアァァァァァッ!!」
しかし、苦しんでいたレ級は、荒ぶる波の中で咆哮して右の爪を振りかざすと、春風の主砲である単装砲を斬り裂く。
「ええっ!?」
鋼鉄製の単装砲が斬り裂かれた春風は、僅かに動揺。
その隙を狙い、レ級は左の爪を伸ばし、春風の喉元を斬り裂こうとする。
「ぐぅっ!?」
「春風!?」
初霜が叫ぶ中、春風は右腕で咄嗟に庇う。
しかし、制服の袖は斬り裂かれ、派手に腕から血が噴き出す。
そのままバランスを崩して仰向けに倒れた彼女に対し、レ級は怒りの形相で這いつくばって、魚雷を食らわせようとする。
「このっ!!」
初霜の判断は速かった。
右手の単装砲を捨て、太ももにマウントしてあった予備の魚雷を右手で掴むと、クナイのように手で投擲し、レ級の巨大な尻尾の中に放り込む。
それは、敵艦の体内で信管が作動し、派手な爆発を起こして尻尾を吹き飛ばす。
「ギャァァァァァァァッ!?」
「よくもやってくれたわね!」
そのまま跳ねるように嵐の海を飛び回るレ級の喉元に、初霜は固い主機の付いた回し蹴りを炸裂させてなぎ倒す。
そして、その深海棲艦の胸倉を右腕で掴むと、喉元に向けて左手の連装砲の弾丸を、有りっ丈の数だけ叩き込む。
レ級はもう叫ぶ事すら叶わない。
初霜は深海棲艦の黒い血に汚れながら、再生能力を奪っていった。
「奪われる気分はどう!?十分に味わったのならば………沈みなさい!!」
最後に顔面に連装砲を喰らわせてトドメを刺し、初霜は乱暴に右手を振り払う。
絶命したレ級は、弧を描きながら嵐の海に着水して、沈んでいった。
「はぁ………はぁ………春風!?」
「う………うぅ………。」
我に返った初霜は、左手で血がドクドクと流れる右腕を押さえている春風に近づこうとするが、敷波に待ったを掛けられる。
「初霜、血を洗い流して!深海棲艦の血を纏って、春風に近づいたらダメだ!」
「ご、ごめんなさい!」
慌てて初霜は、海面に突っ伏して身体に付いた黒い血を洗い落とす。
その間に陽炎は、自力では起き上がれなくなっている春風を後ろから支え、沖波は義眼の探照灯で春風を照らす。
前に回ったのは、大潮。
彼女は、春風の左手を掴んでどけて、右腕を診る。
レ級に傷つけられた所からは、おびただしい血が流れており、傷口は黒ずんで腫れ上がっている。
「ゆ………油断しちゃいました………ね。どう………ですか?」
「爪で斬り裂かれた事で、強力な深海棲艦の毒が体内に入っていると思います。血が止まる気配がありません。このままだと、腕が壊死します。」
「私も………義腕ですかね………?」
毒によって青ざめた顔を見せる春風は、乾いた笑いを浮かべる。
大潮は黙って、煙突帽子を取り外す。
その髪の上では、ナースの恰好をした妖精さんが、防水性の袋に入った物を固定していた。
彼女は、妖精さんに頼んで袋を開けて貰うと、中から注射器を取り出す。
注射器の中に入っているのは、緑色に染まった液体。
「大潮………さん………?」
「「毒消し」をします。春風………悪いですが、我慢して貰いますよ。」
「死ぬ程………痛いでしょう………かね?」
「死んだ方が、マシと思えるくらいには。陽炎、舌を噛むのを防ぐ為に、春風の艤装を押さえて、口の中に手を突っ込んでください。初霜と敷波は左右から押さえて。」
言われた通りに、仲間達が行動をする。
大潮は、右手で注射器を取り出し、左手で春風の右腕を固定すると………傷口に注射器を刺し、一気に液体を注入した。
「あ、ああああああああああああああああああっ!?」
その瞬間、魚雷の直撃よりも派手に焼けるような痛みを味わった春風が、絶叫して手足をジタバタさせる。
涙を流し、陽炎の手を何度も噛んでしまうが、やがて力を失ったように気絶をする。
だが、それと引き換えに顔色は良くなり、黒ずんでいた腕の傷も、不思議な事に血行が良くって完全に塞がってしまった。
陽炎は溜息を付くと、大潮が運んできた大発動艇に春風を横たえる。
「大潮………アンタも、容赦ない事考え付くわよね………。色仕掛け提案のお灸にしては、むごすぎるわ。」
「背に腹は代えられません。これで「直る」のならば、大潮も喜んで受け入れますよ。」
大潮が春風に注射をしたのは、「高速修復材(バケツ)の原液」。
劇薬である治療薬の原液を使う事で、応急処置として、その場で深海棲艦の毒を受けた傷を「修復」してしまったのだ。
勿論、歴戦の艦娘さえ気絶させてしまう程の激痛が伴うから、安易に使えないのが弱点であるが、泊地まで間に合わないような傷でも「直す」事が出来る。
初期艦として博識であり、経験豊富である大潮ならではの工夫であった。
勿論、こうした薬の世話にならないでいるのが一番ではあるが。
「あー、そろそろいいか?」
春風の治療が終わった所で、深雪が通信回線を開き語り掛けてくる。
どうやら彼女は、春風の絶叫を、貨物船の船員達に聞かせないように気を配ってくれていたらしい。
「来るのが早かったお陰で、貨物船はまだ航行できるらしい。船員達も全員無事だ。」
「じゃあ、私達が護衛しながらショートランド泊地に向かいましょう。………ちょっと挨拶してくるわね。」
「頼む。みんな、蒼海の英雄様が、どんな人なのか知りたいらしいからよ。………後、今回は「エグイ事」はやってないよな?返り血も、出来る限り洗い流せよ。」
「大丈夫よ。敷波に言われて、血も洗い流したわ。」
初霜はそう言うと、貨物船の方へと舵を取って掛けていく。
荒天の海での海戦は、ひとまず終わりを告げた。
この物語に登場する大潮が、改二艦であるにも関わらず、常に煙突帽子を被っている理由の一端が明らかに。
様々な理由で、帰投してから治療を行うのでは間に合わない場合、どうすればいいか?
その応急処置として彼女が考えたのが、「高速修復材(バケツ)の原液」の注射です。
原液というだけあって効果抜群ですが、その痛みは、今回の春風を見て貰えれば納得して貰えるかと…。