「………な、何!?今度は何でこうなったの!?」
その日の明け方、第零駆逐隊が貨物船の護衛をして泊地に戻るなり、悲鳴を上げる事になったのはアイオワ。
深夜に彼女達の出撃があったのは、警報で知っていた。
その後、藤原提督からは眠って良いと言われたが、流石に安心してぐっすり寝つける程、アイオワはこの泊地の環境に慣れて無い。
結局、心配になって、生身で桟橋まで歩いて行き、朝までボーっと待っていたのだが、帰って来た彼女達を見て、一気に脳が覚醒する事になった。
何故ならば、歓迎会の夜に親身になってくれた春風が、涙を流しうなされて苦しみながら、気を失っていたからだ。
「安心してよ、アイオワさん。死んで無いから。」
「そういう問題じゃないでしょ!?一体何が………!?」
「海戦で深海棲艦の毒に侵されたので、大潮が高速修復材(バケツ)の原液を注射して、応急処置を施しました。」
「何ですって!?」
深雪や大潮の会話を受けて、顔面蒼白になるアイオワ。
高速修復材(バケツ)の原液がどれだけ危険な物かは、彼女も把握している。
それを平然と使用した大潮に、初霜とは違った意味で恐怖を感じた。
彼女の表情から、感情を察知したのだろう。
深雪が少し顔をしかめながら、ハッキリと言う。
「アイオワさん、大潮を責めるのは間違っているぜ。春風は出血が止まらなくなって、腕が壊死しそうになってたんだ。あの事前準備と判断が無ければ、片腕が無くなっていた。」
「そ、そうだけれど………痛みは大丈夫なの?」
「注射の痛みならば、勿論麻酔無しで打ったので、言葉にならない激痛です。春風がうなされているのは、それで気絶したからでしょう。」
「どうして、真顔で答えられるのよ………。」
仲間を救う為とはいえ、大潮の取った厳しすぎる判断に、思わず頭がくらくらとするアイオワ。
だが、確かに彼女の言う通り、腕が壊死してしまっては取返しが付かない。
それでも、もうちょっと仲間の事を心配してあげるべきでは?と感じてしまった。
「とにかくアイオワさん。失礼ですが、少し離れて下さい。高速修復材(バケツ)の原液を使った以上、しばらくは春風から艤装を取り払って「人間」に戻すのは危険です。このまま、船渠(ドック)入りさせます。」
艦娘として「直した」以上、ここで人間に戻してしまうと、劇薬を注入した影響でショック死する危険性があった。
原液が緩和するまで、艤装を付けたまま船渠(ドック)入りをさせた方が良かったのだ。
「………私に手伝えることは?」
「残念ながら、今はありません。生身で神風型の艤装は、持ち上げられないですから。………今は、ビスマルクさん達に任せて下さい。」
大潮の言葉にアイオワが振り向いてみれば、工廠から、艤装を背負ったビスマルク、ローマ、イタリアの3人が走って来る。
彼女達は、手を振る深雪の元に来ると、春風の状態を確かめて、すぐに状況を理解する。
「私が足を持つわ。イタリアとローマは、艤装の方を左右から持って。」
ビスマルクはそれだけを言うと、イタリアとローマと目配せをして春風を艤装ごと持ち上げる。
心配そうなアイオワが視界に入ったのだろう。
彼女は、一言だけ告げた。
「大丈夫よ、ちゃんと目が覚めるまで、寝ぼけて沈まないように支えているわ。」
そして、3人で戦艦の怪力を発揮して、船渠(ドック)まで彼女を運んでいった。
「……………。」
4人を見送ったアイオワは、改めて大潮を見る。
彼女は、もう春風の方を見ずに、深雪と共に大発動艇と特型内火艇を桟橋に結び付けていた。
冷たい………とアイオワは思ったが、沖波が貨物船の方からやって来る。
視界が狭まっていて彼女は気付いていなかったが、貨物船からは泊地に向けてタラップが降りており、船長達乗組員が、蒼海の英雄である初霜達や藤原提督と挨拶をしていた。
「沖波………。」
「アイオワさん………大潮さん達を責めないで下さい。私達は何があっても、次の出撃に備えないといけないんです。」
多分、義眼のズーム機能を使ってアイオワの様子を見ていたのだろう。
若干、辛そうではあったが、しっかりと言わなければならない事を、沖波は告げてきた。
仲間が傷ついて辛い気持ちは、誰にだってある。
しかし、第零駆逐隊への出撃命令はいつ下されるか分からないのだ。
感傷に浸っていて、それに備える事が出来なければ、力を持たない誰かが命を落とすかもしれない。
初霜達に課せられている使命は重いのだ。
「………ごめんなさい、大潮、深雪、沖波。でも、貴女達ばかりが傷を負うのは、やっぱり納得出来ないわ。」
「………その優しさだけで、十分ですよ。アイオワさん………いざという時が来たら、その時は………貴女が、大潮達を助けて下さい。」
作業中だった為にこちらを振り向かなかったが、大潮は静かに優しい声で呟いた。
――――――――――――――――――――
貨物船は、そこまで目立った損傷が無かった為、改めて目的地へと向かう事になる。
途中までは、パース、デ・ロイテル、ヒューストン、プリンツの比較的コストが軽めな4名が送って行く事になっていた。
初霜達は、工廠で艤装の燃料や弾薬を補充した後、船渠(ドック)入りをして、春風の様子を診て、遅めの朝食を取って眠りに付く事になる。
勿論、その間に救難信号が発生したら、飛び起きて、迷わず駆け付けなければならない。
どう見てもハードスケジュールである。
「アドミラルは………何でこんな事を考えられるのかしら………。」
「ちゃんと来た時に、本人から説明は受けたでしょ?」
「それは………そうだけど………、見ているのが、辛くなってくるわ………。」
ビスマルク達が春風の介抱をしていた為、アイオワはその日は1人で、トレーニングをする事になった。
しかし、どうしても集中する事が出来ず、夕方近くに、桟橋で偵察任務中の瑞鶴に相談する事になる。
いきなりで迷惑かと思ったが、気のいい彼女は、遠慮なく話を聞いてくれた。
「恨むならば、支援を渋る現地政府に文句を言うべし!………あ、パースの前では避けてね。」
「日本にらいちょうのような貨物船があるのだから、もうちょっとアメリカ本国も融通をきかせてくれてもいいのに………。」
「そこはまあ、移動鎮守府の製作が追いついてないから仕方ないんじゃない?」
話せば楽になるかと思ったが、やはりアイオワの中にあるモヤモヤは深くなるばかりだ。
この泊地の誰かが悪いのならば、納得がいく。
しかし、この問題は、主に泊地の外でないと解決出来ないので、どうしようもない。
アイオワにしてみれば、役に立てない自分自身が悔しいのもあった。
そんな彼女の肩に、瑞鶴は手を置いて言う。
「自分が無力なのが許せない気持ちは分かるよ?私だって、赤城さんや加賀さんの元にいる時は、そういう悔しさを何度も味わったもの。」
「そういう時は、どうやって乗り切ったの?」
「うーん………色々と空回りしてたけど、やっぱりこうやって相談に乗って貰ったかな。赤城さんにも加賀さんにも、正直に自分の気持ちをぶつけた。とにかく前に出ようという意識をハッキリと伝えたわ。」
瑞鶴は苦笑しながら自身の過去を話してくれる。
一航戦の2人に負けないように奮戦する度に、何度も失敗を繰り返したらしい。
それでも必死にもがいて見せて………彼女はある事を悟ったのだ。
「悟ったって………どういう事が分かったの?」
「………どんな事も、一朝一夕では、解決しないって事。例えば、努力をしようとしても、一日で進める量には限りがあるでしょ?空回りするよりは、その間に栄養を付けて次の日に備える!そうしたサイクルの繰り返しかな?」
「……………。」
瑞鶴の言葉に、アイオワは考える。
確かに今日の事も、思えば彼女自身の空回りが、半分は原因となっていた。
例えば、夜ちゃんと眠っていれば、泊地内放送で藤原提督からの連絡を受けて、艤装を付けて春風の介抱を手伝えたかもしれない。
冷静さを失っていなければ、大潮も何かアイオワにお願いをしたのかもしれない。
そう考えると、アメリカの決戦艦娘の戦艦なのに、自分が未熟に感じた。
「ダメね………私。」
「まあまあ、ダメな時もあるって。これで1つ学べたんだからいいじゃない!それに、前を向いて進もうとしないと、何も起きないんだし!」
「前を向いて………。」
瑞鶴は笑顔で、アイオワの空回りが悪い事ではないと告げる。
彼女の脳裏に、歓迎会での春風の言葉が思い浮かぶ。
覚悟を決めたなら、初霜に演習を申し込んでみろという、ある意味けしかけにも近い言葉。
そうしている内に、瑞鶴が立ち上がった。
「………そろそろね!」
「そろそろ?」
「藤原提督も、ちゃんと第零駆逐隊を気遣ってくれているって事!おーい!」
瑞鶴が桟橋の端で手を振ると、影が大きくなってくる。
それは貨物船を送りに行っていたパース達であった。
だが、その艦隊は1人増えている。
白いスカート風のワンピースを着て、元気に手を振るひと際小さな艦娘は………。
「雪風!?」
「アイオワさん、元気にしていましたか!雪風、第零駆逐隊の補欠要員として、加勢に来ました!」
雪風はそう言うと、一足先に桟橋まで主機を飛ばしてやって来る。
彼女は桟橋から陸に上ると、アイオワと瑞鶴の前で敬礼をする。
思わず反射的に答礼をしたアイオワは、遅れてやって来たパースを見た。
「提督は、しばらく春風を休ませようと判断したみたいです。それで、貨物船を送った帰りに、ブイン基地から一時的に雪風を連れてきて欲しいと指示が来ました。」
「そうだったのね………雪風、よく来てくれたわ!神通やアドミラル達は元気?」
「みんな、相変わらずです!アイオワさんも………えっと、元気にしてます?」
表情から何かを読み取ったのか、少し言いにくそうに聞く雪風。
アイオワは、思わず首をぶんぶんと振って大丈夫だと伝える。
正直、雪風が来てくれたのは、非常に有り難かった。
第零駆逐隊の任務は激務である以上、強靭な力を持つ艦娘でないとダメだからだ。
「練度だけで言えば、ラバウルの早霜さんの方が凄いんですけれどね。只、主機が缶とタービンに耐えられないので、前にも話した通り、雪風が臨時メンバーなんです。」
「そうなの………。基本、改二以上の艤装の出力じゃないと危険なのね。」
恐らく早霜も、深雪や春風と同じく、缶とタービンを強化した上で、全力で動き回ったら、主機が持たなくなってしまうのだろう。
そういう意味でも、今回の臨時メンバーに雪風………という選択は正しい気がした。
「とにかく、雪風はパースさん達と一緒に挨拶をしてきます!折角ですし、みんなで一緒に夕食を食べましょう!」
「ええ………ありがとう、雪風。」
その後、アイオワは起床した初霜達と共に、食事を取る事になる。
深雪は特に、雪風の一時的な転籍を歓迎しており、一緒に仲良く話しながら食べていた。
更に、アイオワにとって嬉しい事がもう1つ。
食事中に、船渠(ドック)で目覚めた春風が、ビスマルクに背負われる形であったが、食堂にやって来たのだ。
流石に本人は恥ずかしそうであったが、提督命令という事で、ビスマルク達が頑として譲らなかったらしい。
秘書艦任務をしていた由良や、工廠にいた秋津洲も合流した事で、泊地にいる艦娘達が、全員で食事を取る事が出来た。
――――――――――――――――――――
(前を向いて進もうとしないと、何も起きない………か。)
その日の夜は、月が綺麗であった。
昼勤務の艦娘達が軒並み寝静まった頃、アイオワは瑞鶴の言っていた事を再び思い出す。
踏み出さなければ、何も始まらない。
例え、その先にあるのが絶望や恐怖であっても、その場で竦んで呑み込まれてしまうのを待つよりは、踏み出した方がまだケジメが付く。
アイオワの脳裏に今度は、北方棲姫を沈めて来た後の、返り血で黒ずんだ初霜の姿が浮かぶ。
あの理由を、確かめる必要がある気がした。
そうでないと、彼女自身は第零駆逐隊を、本当の意味で知る事は出来ないと。
(踏み出して………みるわ!)
アイオワは寝間着から制服に着替えると、部屋を出る。
初霜達は、今日は秘書艦の陽炎も交えて、訓練海域で実戦形式の演習を行っているはずだ。
彼女は決めた。
初霜に………第零駆逐隊の旗艦に、演習を申し込もうと。
気持ちが空回りして、かえって足手纏いになる事ってありますよね。
今回のアイオワは泊地に馴染んでいないのもあって、まさにその状態です。
瑞鶴が諭してくれたお陰で、1つ学び、また、初霜に対する覚悟を決めた彼女ですが………さて、先にあるものは何か。