「うふふ………あははははは!」
敵の深海棲艦の親玉を沈めた事で、初霜は狂ったように笑っていた。
その様子をすぐ傍まで追いついてきて、茫然とした表情で眺めていた陽炎が、思わずその肩を掴み叫ぶ。
「アンタ、何やってるのよ!?昨日の今日で、反省していないじゃないの!?」
「何?私、おかしい事をしたの?」
そんな陽炎の手を振り払い、左手で海水をすくって右の義腕に付いた深海棲艦の返り血を洗い流しながら、初霜は冷淡な目を向ける。
陽炎は、思わず後ろを指さして叫ぶ。
「アイオワさんに、もうちょっと気遣えって言ってるのよ!ほら!ショック受けてるじゃないの!?」
彼女の示した方向を初霜が見ると、アイオワは深雪に支えられる形で、また嘔吐していた。
それはそうだろう。
先日感じた恐怖を………初霜が貨物船らいちょうから出撃した際に、北方棲姫に対してやった事を、想像では無く間近で視認してしまったから。
だが、それを見た初霜の目は、相変わらず冷たい。
「………だから、どうだって言うの?」
「は………?」
「深海棲艦を沈めるのは、正しい行為でしょ?大体、あのネ級改は、沢山の命を奪ったのよ?苦しんで沈んで行って当然じゃない。」
あくまで、自身のやった事は正しいと言い切る初霜。
確かに彼女の言う通り、昨日の演習の時とは状況が違う。
言っている事は、一理あるだろう。
しかし………。
「やり方があるでしょうが!?もうちょっと、どうにかならなかったの!?」
「殺す相手に、やり方も何も無いでしょ?陽炎こそ、ふざけた事を言わないで。」
「アンタ………!」
流石に、これには陽炎もカチンと来たのだろう。
彼女は、背中から二振りのバルジトンファーを取り出して、初霜に向ける。
「初霜………ちょっと、流石に調子乗り過ぎじゃない?旗艦だからって、いい加減にしなさいよ。」
「………私は嫌だって言ったのに、旗艦に選んだのは提督や陽炎でしょ?文句があるならば………。」
臨戦態勢に入っている陽炎を見て、初霜も右手のドリルクローを再び回転させる。
その2人の一触即発の姿を見て、敷波が不味いと思い、二振りの連装砲を構えようとする。
だが、頭に血が上っている2人には、警告をしても通用するとは思えなかった。
更に言えば、敷波の砲撃に関する練度はそこまで高くは無い。
牽制砲撃を行って、誤射になってしまったら、一大事であった。
「し、敷波さん………!?」
「アタシまで、冷静さを失うわけには………。」
思わず泣きそうになる雪風を見て、苦々しい顔をする敷波であったが、突如、別の方角から砲撃音が響いた。
『え?』
「う、うあああああああああああああ!?」
一瞬の間の後、辺り中に響き渡る叫び。
よく見れば、初霜の義腕の肘の関節部分に砲弾が突き刺さっていた。
何が起こったかと思い、砲弾が飛んで来た方向を素早く見れば、そこに立っていたのは沖波。
彼女は、初霜の暴走を止める為に、迷う事なく連装砲を撃ったのだ。
「お、沖波………っ!」
見事に脆い所に炸裂し、神経接続部分にダメージが入ったのだろう。
ドリルクローのモーターの回転が力無く止まり、関節部分がスパークする。
初霜は顔をしかめながら、沖波を復讐鬼の目で睨みつける。
しかし、彼女はその目を受けても怯む事は無い。
静かに悲しそうな顔をしながら、連装砲を降ろして初霜を見ていた。
「ダメだよ、初霜さん。そんな事をしたら。」
「貴女は………!貴女はっ!!」
『初霜っ!?』
初霜は怒りに任せ、沖波に向けて左手の連装砲を向ける。
思わず陽炎や敷波が止めようとするが、沖波自身が手で制した。
彼女は、ゆっくりと海面を歩きながら、初霜へと近づいていく。
「ゴメンね、初霜さん。私があの人を「殺してしまった」から、猶更1人で強くなろうとしたんだよね………。」
「沖………波………!」
初霜は、歩み寄る沖波に連装砲を向けたままだ。
その砲身は震えており、下手したら何処に飛んでいくか分からない。
彼女の何処に当たるか、分からない。
それでも、沖波は臆する事なく近づいていく。
「でもね、初霜さん。若葉さんは、そんな初霜さんの姿を望まないよ。」
「っ!?その名前を、気安く使わないで!!」
若葉………という名前に反応したのか、遂に初霜は砲撃をしてしまう。
砲弾は、沖波の髪の一部と眼鏡を吹き飛ばす。
耳に掠らなかったのが、奇跡とも言えるくらいの危険な砲撃。
だが、それでも彼女は怯まなかった。
むしろ、沖波を撃ってしまったという事実が、急速に初霜の血の気を引かせていく。
しかし、連装砲を降ろす事は、まだ出来ない。
「もう一度言うよ、初霜さん。若葉さんは、そんな事を望まない。」
「お、沖波っ!止めて!?」
「何度でも言うよ、初霜っ!若葉は、そんな事を望まない!!」
「あ、ああっ!?」
敢えて呼び捨てで「大切な仲間達」の名前を、沖波が響き渡る声で叫んだ事で、初霜は愕然とする。
自分は、その大切な仲間に対し、何を行っている?
初霜の頭の中に、藤原提督の言葉がこだまする。
困った時は、仲間の姿を思い浮かべろと。
だが、実際には仲間を撃っている。
その姿を彼女が………若葉が見たら………。
「私………私は………!?」
「大丈夫。私は無事だから。………ね、ほら、落ち着こう。」
遂に沖波は初霜の所に到達し、彼女を優しく抱きしめる。
初霜は、連装砲を左手から落とした。
海面に立つ力を失ってしまい、両膝を付き沖波にもたれかかる形になる。
「ごめんなさい………ごめんなさい………っ!」
初霜は沖波の胸の中で、思いっきり泣く。
沖波は、彼女の行為を責めようとは、決してしなかった。
陽炎は、もうバルジトンファーを仕舞っているし、敷波は大潮と連絡を取り合って、乗客の被害の状況を把握している。
雪風は涙を流していたし、深雪は、困惑するアイオワの背中をポンと叩きながら、静かに頷いていた。
――――――――――――――――――――
ひとしきり泣いた所で、初霜は沖波によって、返り血で汚れた部分を改めて洗い流して貰う。
彼女は何回も謝ると、深呼吸をして、落ち着かせて貰った。
もう初霜の目には、復讐鬼のような怖さは無い。
それを確認した上で、沖波は彼女を連れて、アイオワの所へと向かう。
初霜は、未だに混乱しているアイオワを見ると、思いっきり頭を下げた。
「昨日から、本当にごめんなさい、アイオワさん。………私は、強くなんかないんです。過去に………縛られているから。」
最初にアイオワが藤原提督に会った後、彼女は第零駆逐隊の過酷な任務を選んだ初霜達を、強いと表現した。
だが、初霜自身は、それを否定する。
少なくとも彼女は………過去を払拭出来ていないのだから。
アイオワは、思わず聞いてしまう。
「貴女に………いえ、貴女達に何があったの………?」
「それは………。」
「あー、ゴメン。とりあえず後回しでいいかな?大潮達が待っているし。」
しかし、ここでの会話は敷波が止める。
今は、早く大潮達と合流して、乗客の被害状況を確認するのが先決であった。
視野の広さを取り戻したのだろう。
初霜も、陽炎も、アイオワも、素直に頷く。
足取りは重かったが、何とか全員、任務に戻る事が出来た。
――――――――――――――――――――
脱出艇は、1隻沈められたのを除けば、残りは比較的無事であった。
乗客も、沈められた脱出艇以外は皆、怪我も無く無事である。
深海棲艦に襲われてしまえば、守る術の無い一般市民は確実に殺されてしまう為、そういう意味では、初霜達は守る事が出来たと言える。
だが………今回は人的被害を出してしまった。
元々の条件が厳しかったとはいえ、任務は失敗に終わったと言った方が適切である。
パースと現地の言葉で会話をしていた船長が、蒼海の英雄と呼ばれる初霜にも会う事を望んでいた。
初霜は落ち込んでいたが、素直にその申し出を受ける事になった。
「今回は、私達を助けて下さって、本当にありがとうございます。お陰で、最小限の被害で済みました。」
「最小限………なのでしょうか?」
「………沈没した脱出艇に関しては、あまり気にしないで下さい。貴女達が来る前に、被害を受けてしまったのです。間に合わなかったのは、仕方がない事なのですよ。」
俯き、腕を下げたまま生身の左拳を握りしめる初霜の姿を見て、船長は優しく話しかけてくれる。
無論、被害を出した場合は、感情に任せて非難される事もあるのだ。
そういう意味では、この船長は、初霜達の気持ちを汲み取ってくれていると言える。
だが、初霜自身がそれで納得出来るわけではない。
「仕方がないでは………済まされないですよ。あの船には、子供も乗っていました。そんな命を、深海棲艦は纏めて奪っていったんです。私達は、それを防ぐ事が出来なかった………。防ぐ事が、役割なのに………。」
「貴女は、やはり優しい方なのですね。それだけの激しい傷を負いながらも、人の命を最優先に考えてくれる。………蒼海の英雄と呼ばれる所以が分かる気がしました。」
違う、と初霜は叫んで否定したかった。
自分は優しい艦娘なんかでは無い。
さっきまで、自分は大切な仲間に憎しみの目を向け、あまつさえ感情に任せた砲撃を掠めてしまったのだ。
義腕の傷だって、身から出た錆のようなもの。
だが、その事実を全て正直に、この船長に話していいわけがない。
初霜は、グッと堪えながら、俯く事しか出来なかった。
そこに、パースが歩み寄って来て、船長と話をしてくれる。
「初霜は、海戦の疲れが出てきているみたいです。泊地まで私達で護衛しますので、少しそっとしてあげてくれませんか?」
「そうですね………。改めて、言わせて下さい。私達を助けて下さり、本当にありがとうございます。」
こうして脱出艇は、パース達に護衛をされる形で、ひとまずショートランド泊地へと向かう事になる。
だが、初霜達の第零駆逐隊には、まだ仕事が残っていた。
「何をするの?」
「大発動艇に積めるだけ………犠牲になった人々の亡骸を積めるんだ。こういうのは、普通は移動鎮守府である後始末屋に任せるんだけど、時間が経過したら沈んでしまうだろ?だから、見渡しの良い昼ならば、可能な限り、あたし達で何とかするんだ。」
「そう………。」
こういう点でも、第零駆逐隊は、肉体的にも精神的にも辛い目に合う。
しかし、昼ならば、アイオワのように火力のある面々が護衛に入った方が安全で確実であった。
アイオワは後ろ髪を引かれる思いを感じつつも、説明をしてくれた深雪に感謝をして、一足先に泊地に戻る。
こうして、客船が沈んだ現場では、第零駆逐隊の面々だけが残る事になった。
――――――――――――――――――――
千切れた手足や肉片といった亡骸の回収は、どうしても両手を使わなければならない。
致し方なかったとはいえ、義腕が動かなくなった初霜は、大潮に変わって大発動艇の管理をする事になった。
脱出艇が無事であった為に、使える船は、彼女の持って来てくれた2隻。
その船に、陽炎達は黙々と祈りながら散らばった亡骸を積んでいく。
生身の人間が砲撃されたらどうなるか?という答えを顕著に表している凄惨さを、改めて感じながら、初霜は気分が沈んでいる自分自身を自覚する。
その船に集めた亡骸を積み、陽炎が改めて静かに船に向かって祈りを捧げながら、初霜に言う。
「………1回だけ言うわね。ごめん、初霜。さっきは流石に、私も言い過ぎたしやり過ぎた。」
「私こそ、ごめんなさい。沖波が止めてくれなかったら、取返しの付かない事をしていたかもしれない………。」
「沖波にも謝っておいたわ。あの子、自分は悪く無いのに、私に対しても謝ってくれた。」
沖波は、義眼のズーム機能を備えている為、今は多少離れた所を見て回っている。
波や海戦の砲撃によって流された亡骸等があったら、困るからだ。
2人は、そんな沖波という掛け替えの無い仲間に感謝しつつ、これからの事に付いて話をする。
「帰ったら………義腕の取り換えね。その上で………アイオワさんにちゃんと話そう。私も………覚悟、決めるからさ。」
「ええ。お願い………私1人じゃ、また暴走するかもしれないから………。」
こうして亡骸の回収も終わった初霜達は、泊地に帰投する事になる。
彼女達の中に根付く、若葉という人物。
その重みを噛みしめながら………。
結果だけ見れば、初霜と沖波が撃ち合うという、とんでもない事をやってのけた今回の話。
報告書に素直に書く事になると、藤原提督も頭を痛めそうですよね。
ブレーキ役の大潮がいなかったのも、痛手だったかもしれません。