蒼海の鉢巻と鋼鉄の艤装を風に乗せて   作:擬態人形P

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第25話 ~守るという事~

あの夜から数日が経った。

深海棲艦の活動は、少しだけの間であったが鳴りを潜め、第零駆逐隊の出撃は控える事が出来た。

連日の激務を経験していた彼女達にしてみれば、少しの間休暇を取る事が出来た為、肉体的には勿論、精神的にも回復する機会を得られたのは大きかった。

 

「雪風は、これでブイン基地に戻ります。何かあったら、また呼んでください!」

「その時は、頼りにさせて貰うぜ!」

 

その間、春風が実戦復帰できるような状態にまで戻ったので、雪風は元の場所へと帰っていく。

その際に、特に仲の良い深雪とは、元気にグータッチを交わしていたのが印象的だ。

アイオワも、その姿を見ていると、心が温まるものを感じた。

だが………脳裏には、どうしても初霜の闇がこびり付く。

未だに悪夢を見る、2つの悲しい事件。

そして、拭う事の出来ない復讐心。

 

「どうすれば、初霜は今を脱却できるのかしら………?」

「それは、アタシ達が悩んでも仕方ない気がするよ。かくいうアタシも、綾波の仇を討ちたくてここにいるんだし。」

 

夕食時に答えるのは、アイオワの前に座っていた敷波。

今日の食事当番は大潮であり、彼女はカレーを作ってくれていた。

日本風のカレーは、中々アメリカでは口にした事は無かったが、少なくともアイオワにしてみれば、かなり美味しいと感じた。

 

「昔、初期艦時代の友達に教わったんです。カレーの作り方に関しては、かなりのプロでした。」

「いい友達なのね。会ってみたいわ。」

「………残念ながら、もう会う事は出来ないんですよ。」

「っ!?ご、ごめんなさい!」

 

初期艦時代の友達………という言葉で、悟るべきだったとアイオワは後悔をする。

もう存命していない………恐らくは轟沈したと思われる友達の話題を提示してしまい、思わず頭を下げる。

しかし、大潮は手で制しながら、少し安心させる為に笑顔を見せた。

 

「いいんですよ。この泊地で苦しんでいるのは、大潮だけでは無いのですから。」

「……………。」

「何か言いたそうですね?」

 

大潮は、自分のカレーをすくった上で、アイオワの座っている席の横へとやってくる。

アイオワは周りを見渡した。

皆が自由に食事を取っている中、初霜と陽炎、沖波の姿は無い。

3人は、食事前に眠気覚ましとして、浜辺を散歩しに行っていた。

そのアイオワの視線を感じたのだろう。

大潮は、こう告げる。

 

「今ならば、初霜達はいません。言いたい事があるのならば、自由にどうぞ。」

「………その、大潮が友達を失っているのは、彼女達は知っているの?」

「この事は知っています。3人共、大潮は強いと言ってくれますね。………逆に言えば、自分達は弱いんだとネガティブになっています。だから初霜は、余計に自分が壊れていると感じているんです。」

 

アイオワの目を見ながら言う大潮には、暗さはない。

彼女は、初霜達と同じく大切な者を失っているのに、その過去に囚われていないように感じた。

勿論、義腕の件とか提督殺しの罪とか、他にも色々な要素が絡んでいる部分もあるだろう。

それでも、初霜達のメンタルと大潮のメンタルには、違いがあるように思えた。

 

「彼女達の心を知らない私が言うのも何だけれど………大潮の強さを見習う姿勢は、持てないのかしら?」

「今の彼女達には、難しいでしょうね。後、大潮自身は、強いとは感じていません。」

「そうなの?」

「詳細を話す事は出来ませんが、大潮もまた罪人です。………生きている年数の分、他人よりも少しだけ感情を隠すのが上手なだけですよ。」

 

そう言うと、初期艦である大潮は、カレーを食べ始める。

アイオワの脳裏に、ブイン基地で初めて雪風に会った時の事が思い起こされる。

彼女は、艦隊全滅を経験し、本土で色々と辛辣な言葉を浴びせられていた。

だが、自分以上に辛い過去を持つ人もいる………そう彼女は言っていたのだ。

それは、初霜達の事であり、この大潮の事でもあるのだろう。

他にはさっき言った通り、敷波も辛い過去を持っているし、深雪も雪風を庇った経歴がある。

春風も、何かしら持っていてもおかしくないように思った事があった。

 

(人の不幸に順列を付けるのは、いけない事だけれど………。)

 

第零駆逐隊全員が、何かしら後ろめたい物を持っているだけに、初霜達には立ち直って貰いたいとアイオワは感じてしまう。

でも、大潮の言う通り、他人がとやかく言って解決する事は出来ないのだ。

 

「初霜を見かけなかったか?」

「………アドミラル?」

 

そこに、藤原提督がやって来る。

寮の食堂に、提督自身がやって来るのは珍しい。

大潮が、3人で散歩をしていると告げると、藤原提督は少し考え込むようにして、彼女達に告げた。

 

「すまないが、カレーをレンジで温められるように保存しておいてくれ。………少し、長話をしてくる。」

「何か良い言葉があるのですか?」

 

春風が聞いてきたので、藤原提督が食堂の出口で答える。

 

「先日の件を受けて、少しだけ、私も踏み込んでみようと思って………な。」

「そうですか………宜しくお願いしますね。あ、大潮さん、おかわりを。」

「おいおい、春風!?まだ、食うのか!?実はその胸に、栄養が全部行ってるんじゃないのか!?」

「この泊地では、食べた物勝ちです!………モグモグ。」

 

お淑やかそうな見た目に対して大食いの春風に対し、深雪が驚く中、藤原提督が部屋を出ていく。

アイオワは、彼の後姿を見て、ふと思う。

この男も、何かを背負っているのかと。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

空が暗くなる中で、初霜達は桟橋の所に座っていた。

ほとんど雲が無い為、月が綺麗だ。

だが、初霜達の心には、ずっと雲がかかっていた。

 

『……………。』

 

3人共、何も言う事は無く、ボーっと月を見上げている。

心の中にモヤモヤが渦巻く中、淡い光に照らされれば、自身の心を浄化してくれるかもしれないと思っていたのだ。

しかし………。

 

「そう、甘くも無いか………。ん?」

 

人の気配を感じた陽炎は、後ろを振り向く。

そこに静かにやって来た藤原提督は、初霜達に問いかける。

 

「少し、私も座っていいか?」

「えっと………いいよね?」

「私は別に………。」

「どうぞ………。」

 

許可を取った事で、藤原提督は、初霜と沖波の間に座る。

酒でも持ってきたのか?と思った陽炎であったが、そうでは無いらしい。

彼はしばらく初霜達と同じように月を見上げていたが、やがて徐に聞いてきた。

 

「初霜………お前は、やっぱり自分が「壊れた人形」だと思っているのだな。」

「はい………。」

 

壊れてしまい、直らない人形。

初霜は、今の自分にピッタリの表現である気がした。

どうやったって、自分に根付く復讐心は消えない。

だが、少しだけ嘆息した藤原提督は、こう告げる。

 

「壊れているかどうかは置いておいて………その根幹の復讐心は、そう簡単には変わらないだろう。むしろ、それが生きる為のモチベーションになっているのならば、否定は出来ない。」

「そうですね………。」

「私もまた、復讐心に囚われた事がある。」

「はい………え!?」

 

いきなり告げられた事実に、初霜も、陽炎も、沖波も、藤原提督を凝視する。

彼は、その視線を受け、3人を見渡すとこう言った。

 

「将来を約束した女がいたんだ。でも、深海棲艦の攻撃を受けて、失ってしまった。」

「そんな………。」

 

この男もまた、闇を背負っている人間だったのだ。

提督になったのは、許婚を奪われた深海棲艦に復讐する為なのかもしれない。

その事実を知らされた初霜達は、更に暗い気持ちになる。

 

「勿論、私もその事実を知ってしまった時は、壊れそうになった。」

「私と………同じなのですね。」

「でも、ネガティブには振り切れていない。どうすればいいか、自分なりに答えを出したからだ。」

「答え………?」

 

藤原提督は少しだけ笑みを浮かべる。

そして、興味を持った初霜達を見て、安心させるように言った。

 

「提督として………今はこのショートランド泊地に住まう人々を、守ろうと決めたんだ。失った分だけ、出来る限りの人達を守る。それが、「アイツ」も喜ぶと思って………な。」

「守る………。」

 

失った者は、どう足掻いても戻ってこない。

ならばその分、可能な限り他の命を守って行こうと決めたのだ。

悲劇を繰り返さない事が、失った者の為にもなると心に決めて………。

 

「初霜。お前が壊れていると言うのならば、私が何を言っても仕方がない。だが、だったらそれなりに、今一度考えてみろ。第零駆逐隊は、何の為の艦隊だ?」

 

第零駆逐隊は、夜戦決戦用駆逐艦隊。

深海棲艦をいち早く捕捉し、交戦する艦隊。

だが、その本質は………。

 

「人々を………守る為の艦隊。失われる命を………守る為の艦隊。」

「そうだ。そして、お前達全員に、人々を守るという想いは強く根付いている。だから、お前は「蒼海の英雄」と呼ばれているのだろう?」

 

藤原提督は、そう言うと初霜の頭の上に手を置く。

そして、父親が娘を諭すように言った。

 

「無理に復讐心を消せとは言わない。だが、失った者………若葉の為を思うのならば、これから新しい命を少しでも多く守る事を、意識し直してみたらどうだ?」

「意識し………直す?」

「それが壊れているお前自身を直す為の1歩に繋がるだろう。」

「私を直す為………守る………守る………。」

 

自分に言い聞かせるように、言葉を反芻する初霜。

正直、もう彼女自身は、「守る」という言葉とは、縁が遠いと思っていた。

貨物船らいちょうでトレーニングをしている潮を見た時も、復讐心を持つ故に、相応しくない言葉に思えたからだ。

その初霜の考えを読んだのか、藤原提督は、更に告げる。

 

「不安になっているのならば、第零駆逐隊を結成した私が保証する。お前はまた、守れるさ。力を持たない人々だけではない。陽炎を、沖波を、大潮を、深雪を、敷波を、春風を………お前の仲間を守る事だって出来る。」

「………藤原提督も、ですか?」

「そうだな。実際に守って貰っているのだから、私と将来を約束していた女は、お前に感謝しているよ。」

「……………。」

 

ポロリと、初霜の目から涙が一粒零れ落ちる。

目の前の男は、初霜の長所を見てくれていた。

勿論、短所もしっかりと頭に入っている。

だが、逆に言えば初霜の全てを把握してくれているという事だ。

その心は、自分を好いて動いてくれた新郷提督とは、また違った想いの力を感じた。

 

「少し言葉を変えよう。初霜、どうしようもなくなった時は、仲間の顔を………お前が失った分だけ、守りたいと願っている仲間の顔を思い出せ。それが、きっとお前の新しい力になる。」

 

この男は、自分を導いてくれる。

父親のような存在として。

ずっと藤原提督が伝えようとしていた親心が、ようやく初霜に染み渡り始めて来た。

でも、だからこそ、初霜は思わず聞いてしまう。

 

「あ、あの………!藤原提督は………まだ、私が第零駆逐隊の旗艦に、相応しいと思っているのですか?こんなに、暴走してしまう私を………!」

「そうだな………その答えを出すのは、私だけでは無いな。………全く、野次馬根性のある艦娘ばかりだ。」

 

苦笑する藤原提督の視線を追って初霜達が振り向くと、そこには大潮、深雪、敷波、春風の第零駆逐隊の仲間達が立っていた。

彼女達だけでない。

アイオワを始めとした昼戦担当の艦娘達も、その後ろにずらりと並んでいたのだ。

 

「み、みんな………!?」

 

初霜は、陽炎や沖波と一緒に驚いた表情で立ち上がると………大潮達を見る。

 

「………ねえ、大潮。答えて。」

 

やがて、意を決したように大潮に告げる。

いつも艦隊のブレーキ役として、周りを諭してくれる大潮に。

 

「貴女は………第零駆逐隊の旗艦が、こんな艦娘で満足なの?」

 

それは、暗に旗艦交代の提案でもあった。




暴走する初霜を含め、艦隊の制御をしてくれているのは大潮。
ならば、旗艦交代をするのは妥当では?と考えた初霜。
その提案に対して、大潮自身はどう答えるのでしょうか?
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