あの夜から数日が経った。
深海棲艦の活動は、少しだけの間であったが鳴りを潜め、第零駆逐隊の出撃は控える事が出来た。
連日の激務を経験していた彼女達にしてみれば、少しの間休暇を取る事が出来た為、肉体的には勿論、精神的にも回復する機会を得られたのは大きかった。
「雪風は、これでブイン基地に戻ります。何かあったら、また呼んでください!」
「その時は、頼りにさせて貰うぜ!」
その間、春風が実戦復帰できるような状態にまで戻ったので、雪風は元の場所へと帰っていく。
その際に、特に仲の良い深雪とは、元気にグータッチを交わしていたのが印象的だ。
アイオワも、その姿を見ていると、心が温まるものを感じた。
だが………脳裏には、どうしても初霜の闇がこびり付く。
未だに悪夢を見る、2つの悲しい事件。
そして、拭う事の出来ない復讐心。
「どうすれば、初霜は今を脱却できるのかしら………?」
「それは、アタシ達が悩んでも仕方ない気がするよ。かくいうアタシも、綾波の仇を討ちたくてここにいるんだし。」
夕食時に答えるのは、アイオワの前に座っていた敷波。
今日の食事当番は大潮であり、彼女はカレーを作ってくれていた。
日本風のカレーは、中々アメリカでは口にした事は無かったが、少なくともアイオワにしてみれば、かなり美味しいと感じた。
「昔、初期艦時代の友達に教わったんです。カレーの作り方に関しては、かなりのプロでした。」
「いい友達なのね。会ってみたいわ。」
「………残念ながら、もう会う事は出来ないんですよ。」
「っ!?ご、ごめんなさい!」
初期艦時代の友達………という言葉で、悟るべきだったとアイオワは後悔をする。
もう存命していない………恐らくは轟沈したと思われる友達の話題を提示してしまい、思わず頭を下げる。
しかし、大潮は手で制しながら、少し安心させる為に笑顔を見せた。
「いいんですよ。この泊地で苦しんでいるのは、大潮だけでは無いのですから。」
「……………。」
「何か言いたそうですね?」
大潮は、自分のカレーをすくった上で、アイオワの座っている席の横へとやってくる。
アイオワは周りを見渡した。
皆が自由に食事を取っている中、初霜と陽炎、沖波の姿は無い。
3人は、食事前に眠気覚ましとして、浜辺を散歩しに行っていた。
そのアイオワの視線を感じたのだろう。
大潮は、こう告げる。
「今ならば、初霜達はいません。言いたい事があるのならば、自由にどうぞ。」
「………その、大潮が友達を失っているのは、彼女達は知っているの?」
「この事は知っています。3人共、大潮は強いと言ってくれますね。………逆に言えば、自分達は弱いんだとネガティブになっています。だから初霜は、余計に自分が壊れていると感じているんです。」
アイオワの目を見ながら言う大潮には、暗さはない。
彼女は、初霜達と同じく大切な者を失っているのに、その過去に囚われていないように感じた。
勿論、義腕の件とか提督殺しの罪とか、他にも色々な要素が絡んでいる部分もあるだろう。
それでも、初霜達のメンタルと大潮のメンタルには、違いがあるように思えた。
「彼女達の心を知らない私が言うのも何だけれど………大潮の強さを見習う姿勢は、持てないのかしら?」
「今の彼女達には、難しいでしょうね。後、大潮自身は、強いとは感じていません。」
「そうなの?」
「詳細を話す事は出来ませんが、大潮もまた罪人です。………生きている年数の分、他人よりも少しだけ感情を隠すのが上手なだけですよ。」
そう言うと、初期艦である大潮は、カレーを食べ始める。
アイオワの脳裏に、ブイン基地で初めて雪風に会った時の事が思い起こされる。
彼女は、艦隊全滅を経験し、本土で色々と辛辣な言葉を浴びせられていた。
だが、自分以上に辛い過去を持つ人もいる………そう彼女は言っていたのだ。
それは、初霜達の事であり、この大潮の事でもあるのだろう。
他にはさっき言った通り、敷波も辛い過去を持っているし、深雪も雪風を庇った経歴がある。
春風も、何かしら持っていてもおかしくないように思った事があった。
(人の不幸に順列を付けるのは、いけない事だけれど………。)
第零駆逐隊全員が、何かしら後ろめたい物を持っているだけに、初霜達には立ち直って貰いたいとアイオワは感じてしまう。
でも、大潮の言う通り、他人がとやかく言って解決する事は出来ないのだ。
「初霜を見かけなかったか?」
「………アドミラル?」
そこに、藤原提督がやって来る。
寮の食堂に、提督自身がやって来るのは珍しい。
大潮が、3人で散歩をしていると告げると、藤原提督は少し考え込むようにして、彼女達に告げた。
「すまないが、カレーをレンジで温められるように保存しておいてくれ。………少し、長話をしてくる。」
「何か良い言葉があるのですか?」
春風が聞いてきたので、藤原提督が食堂の出口で答える。
「先日の件を受けて、少しだけ、私も踏み込んでみようと思って………な。」
「そうですか………宜しくお願いしますね。あ、大潮さん、おかわりを。」
「おいおい、春風!?まだ、食うのか!?実はその胸に、栄養が全部行ってるんじゃないのか!?」
「この泊地では、食べた物勝ちです!………モグモグ。」
お淑やかそうな見た目に対して大食いの春風に対し、深雪が驚く中、藤原提督が部屋を出ていく。
アイオワは、彼の後姿を見て、ふと思う。
この男も、何かを背負っているのかと。
――――――――――――――――――――
空が暗くなる中で、初霜達は桟橋の所に座っていた。
ほとんど雲が無い為、月が綺麗だ。
だが、初霜達の心には、ずっと雲がかかっていた。
『……………。』
3人共、何も言う事は無く、ボーっと月を見上げている。
心の中にモヤモヤが渦巻く中、淡い光に照らされれば、自身の心を浄化してくれるかもしれないと思っていたのだ。
しかし………。
「そう、甘くも無いか………。ん?」
人の気配を感じた陽炎は、後ろを振り向く。
そこに静かにやって来た藤原提督は、初霜達に問いかける。
「少し、私も座っていいか?」
「えっと………いいよね?」
「私は別に………。」
「どうぞ………。」
許可を取った事で、藤原提督は、初霜と沖波の間に座る。
酒でも持ってきたのか?と思った陽炎であったが、そうでは無いらしい。
彼はしばらく初霜達と同じように月を見上げていたが、やがて徐に聞いてきた。
「初霜………お前は、やっぱり自分が「壊れた人形」だと思っているのだな。」
「はい………。」
壊れてしまい、直らない人形。
初霜は、今の自分にピッタリの表現である気がした。
どうやったって、自分に根付く復讐心は消えない。
だが、少しだけ嘆息した藤原提督は、こう告げる。
「壊れているかどうかは置いておいて………その根幹の復讐心は、そう簡単には変わらないだろう。むしろ、それが生きる為のモチベーションになっているのならば、否定は出来ない。」
「そうですね………。」
「私もまた、復讐心に囚われた事がある。」
「はい………え!?」
いきなり告げられた事実に、初霜も、陽炎も、沖波も、藤原提督を凝視する。
彼は、その視線を受け、3人を見渡すとこう言った。
「将来を約束した女がいたんだ。でも、深海棲艦の攻撃を受けて、失ってしまった。」
「そんな………。」
この男もまた、闇を背負っている人間だったのだ。
提督になったのは、許婚を奪われた深海棲艦に復讐する為なのかもしれない。
その事実を知らされた初霜達は、更に暗い気持ちになる。
「勿論、私もその事実を知ってしまった時は、壊れそうになった。」
「私と………同じなのですね。」
「でも、ネガティブには振り切れていない。どうすればいいか、自分なりに答えを出したからだ。」
「答え………?」
藤原提督は少しだけ笑みを浮かべる。
そして、興味を持った初霜達を見て、安心させるように言った。
「提督として………今はこのショートランド泊地に住まう人々を、守ろうと決めたんだ。失った分だけ、出来る限りの人達を守る。それが、「アイツ」も喜ぶと思って………な。」
「守る………。」
失った者は、どう足掻いても戻ってこない。
ならばその分、可能な限り他の命を守って行こうと決めたのだ。
悲劇を繰り返さない事が、失った者の為にもなると心に決めて………。
「初霜。お前が壊れていると言うのならば、私が何を言っても仕方がない。だが、だったらそれなりに、今一度考えてみろ。第零駆逐隊は、何の為の艦隊だ?」
第零駆逐隊は、夜戦決戦用駆逐艦隊。
深海棲艦をいち早く捕捉し、交戦する艦隊。
だが、その本質は………。
「人々を………守る為の艦隊。失われる命を………守る為の艦隊。」
「そうだ。そして、お前達全員に、人々を守るという想いは強く根付いている。だから、お前は「蒼海の英雄」と呼ばれているのだろう?」
藤原提督は、そう言うと初霜の頭の上に手を置く。
そして、父親が娘を諭すように言った。
「無理に復讐心を消せとは言わない。だが、失った者………若葉の為を思うのならば、これから新しい命を少しでも多く守る事を、意識し直してみたらどうだ?」
「意識し………直す?」
「それが壊れているお前自身を直す為の1歩に繋がるだろう。」
「私を直す為………守る………守る………。」
自分に言い聞かせるように、言葉を反芻する初霜。
正直、もう彼女自身は、「守る」という言葉とは、縁が遠いと思っていた。
貨物船らいちょうでトレーニングをしている潮を見た時も、復讐心を持つ故に、相応しくない言葉に思えたからだ。
その初霜の考えを読んだのか、藤原提督は、更に告げる。
「不安になっているのならば、第零駆逐隊を結成した私が保証する。お前はまた、守れるさ。力を持たない人々だけではない。陽炎を、沖波を、大潮を、深雪を、敷波を、春風を………お前の仲間を守る事だって出来る。」
「………藤原提督も、ですか?」
「そうだな。実際に守って貰っているのだから、私と将来を約束していた女は、お前に感謝しているよ。」
「……………。」
ポロリと、初霜の目から涙が一粒零れ落ちる。
目の前の男は、初霜の長所を見てくれていた。
勿論、短所もしっかりと頭に入っている。
だが、逆に言えば初霜の全てを把握してくれているという事だ。
その心は、自分を好いて動いてくれた新郷提督とは、また違った想いの力を感じた。
「少し言葉を変えよう。初霜、どうしようもなくなった時は、仲間の顔を………お前が失った分だけ、守りたいと願っている仲間の顔を思い出せ。それが、きっとお前の新しい力になる。」
この男は、自分を導いてくれる。
父親のような存在として。
ずっと藤原提督が伝えようとしていた親心が、ようやく初霜に染み渡り始めて来た。
でも、だからこそ、初霜は思わず聞いてしまう。
「あ、あの………!藤原提督は………まだ、私が第零駆逐隊の旗艦に、相応しいと思っているのですか?こんなに、暴走してしまう私を………!」
「そうだな………その答えを出すのは、私だけでは無いな。………全く、野次馬根性のある艦娘ばかりだ。」
苦笑する藤原提督の視線を追って初霜達が振り向くと、そこには大潮、深雪、敷波、春風の第零駆逐隊の仲間達が立っていた。
彼女達だけでない。
アイオワを始めとした昼戦担当の艦娘達も、その後ろにずらりと並んでいたのだ。
「み、みんな………!?」
初霜は、陽炎や沖波と一緒に驚いた表情で立ち上がると………大潮達を見る。
「………ねえ、大潮。答えて。」
やがて、意を決したように大潮に告げる。
いつも艦隊のブレーキ役として、周りを諭してくれる大潮に。
「貴女は………第零駆逐隊の旗艦が、こんな艦娘で満足なの?」
それは、暗に旗艦交代の提案でもあった。
暴走する初霜を含め、艦隊の制御をしてくれているのは大潮。
ならば、旗艦交代をするのは妥当では?と考えた初霜。
その提案に対して、大潮自身はどう答えるのでしょうか?