蒼海の鉢巻と鋼鉄の艤装を風に乗せて   作:擬態人形P

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第26話 ~未熟だからこそ~

大潮は、離脱期間があったとはいえ初期艦だ。

故に、経験豊富であるし、博識な面もある。

また、過去に辛い事を経験しているはずなのに、その出来事に引きずられていない。

何よりも、第零駆逐隊の面々が熱くなってしまった時に、いつでもブレーキ役になって、纏める事が出来る。

少なくとも、復讐心を持って海戦に挑んでいる初霜よりも、ずっと旗艦に相応しい艦娘のように思えた。

だから、初霜は頭を下げて言う。

 

「………お願い、大潮。第零駆逐隊の旗艦として………。」

「生憎、大潮は蒼海の英雄とは呼ばれてはいません。それに、一番の練度………海戦での強さを誇るのは、初霜です。エースが旗艦を勤めた方が様になるではないですか。」

「そんな、エースが4番でキャプテンをやるような、野球漫画の感覚で言われても………。」

 

しかし、いきなり冗談めいた言葉で待ったを掛けられた事で、思わず初霜はジト目になってしまう。

自分自身としては、かなり真剣に言っているのだ。

それが、分かったのだろう。

今度は大潮が、頭を下げて言う。

 

「申し訳ありません。大潮が旗艦では、様にならないと言いたかったのです。「蒼海の煙突帽子」とか「蒼海の小人」とかでは、第零駆逐隊の体裁が保てないでは無いですか。」

「えぇ………そういう物なの?というか、小人で言うのならば、私だって身長は似たようなものだし………。」

「………逃げたんですよ、大潮は。」

「え?」

 

ゲンナリする様子の初霜に苦笑しながらも、大潮は少しだけ悲しそうに言う。

 

「大潮は、とある海戦で、過去に仲間を捨てて逃げ出しました。轟沈の辛さや惨さに耐えられずに、PTSDに陥っていたんです。」

「嘘………?」

「本当です。信じられないのならば、全ての資料を持っている藤原司令官に確認を取ってみてください。」

 

PTSD………心的外傷後ストレス障害。

生死に関わるような体験をして強い衝撃を受けた後で、自分の意志とは関係なしに、当時の記憶が無意識の内に思い出される病気だ。

初霜達は、大潮が初期艦故に、満足な戦術等が確立されていない時代に、仲間を失ったという事は知っていた。

だが………大潮自身がPTSDに陥り、仲間を捨てた事までは把握していなかったのだ。

 

「でも、PTSDだなんて………。」

「それを言ったら、初霜の悪夢もPTSDの一種では無いですか。同じなんです、辛い経験をした事は。………違うのは、その後に取った行動。大潮が逃げ出したのに対し、初霜は復讐心とはいえ、逃げずに立ち向かっている。」

 

大潮は目を細めて言う。

まるで、初霜のその精神が羨ましいように。

いや、羨ましいのだ。

危うさを持ちながらも、立ち止まらず、後退もせず、前に踏み出している初霜という艦娘が。

 

「大潮は、そんな初霜だからこそ、旗艦に相応しいと思っています。自虐的な事を言いますが、私はいざという時に、仲間を置いて逃げてしまうかもしれない。」

「そんな事無いわ!?だって、大潮は………!」

「アイオワさんにはさっき言いましたが、艦娘歴が少しだけ皆より長いだけ、感情を隠すのが上手いだけです。理屈で語って姿を大きく見せているだけで、強くは無いですよ。」

 

大潮は、寂しそうに笑みを浮かべる。

これは、紛れもなく彼女の本心であった。

初霜が羨ましい。

それこそ、妬んでしまう位には。

だから、彼女は敢えてこう述べる。

 

「初霜。貴女が暴走したり、道を踏み外したりするのならば、大潮はその都度、軌道修正をしましょう。そちらの方が、役割は向いているでしょうからね。」

「それで、本当にいいの………?」

「ならば、司令官に倣って、聞いてみましょうか。他の第零駆逐隊の皆さんは、どう思います?」

 

周りを見渡した大潮に対し、真っ先に応えたのは深雪。

 

「あたしは、初霜派かな?やっぱりエースで旗艦ってカッコいいじゃん!………後、恥ずかしいけど、そんな初霜の強さに憧れている部分はあるんだぜ?」

「深雪………。」

「敷波は、どうだ?」

 

深雪の言葉を受けて、次に答えたのは敷波。

 

「アタシも、初霜かなぁ。いや正直、どっちもどっちだけどさ。アタシだって復讐の為にこの駆逐隊にいるんだから、初霜の方が親近感湧きやすい。」

「敷波………。」

「次、春風ね。」

 

敷波が徐に目線を送ると、春風がクスリと笑いながら言う。

 

「わたくしも、初霜さんですわ。今まで、それで纏まってやってこられたのですから、これからもその姿で精進すべきだと思います。それに、大潮さんでは「蒼海のチビ」と呼ばれて、恥ずかしいですもの。」

「チビって………春風、もしかしなくても、死ぬ程痛かった高速修復材(バケツ)の原液の注射、根に持ってますよね………。」

「さて………何の事でしょうか?では、沖波さんも。」

 

どこ吹く風で目を泳がせてみる春風と、軽く睨みつける大潮を見て、それまで初霜の後ろに控えていた沖波も、思わず笑みを見せる。

 

「大潮さんには恩があるけれど、私も初霜さんかな。………初霜さん、気付いてないかもしれないけれど、今までも、守るべき人達の命を考えていたよ?それが暴走に繋がっているだけでさ。」

「沖波………。」

「陽炎さんはどうかな?」

 

そして、陽炎が後ろで腕を組みながら、初霜の前に出て、彼女を見て言う。

 

「やっぱり、初霜が妥当じゃないの?だって、旗艦向けの特殊装備、色々と使いこなせるじゃん。私、陽炎型ネームシップなのに、バルジしか使えないんだよ?」

「陽炎………貴女のそれは、妬みじゃ………。」

「妬みでもいいじゃないの。………で、最後に司令。言い出しっぺなんだから、ちゃんと纏めてよ。」

 

陽炎に言われて、藤原提督も起き上がり、初霜を見る。

そして彼は、コホンと咳ばらいをすると、しっかりとした言葉で伝えた。

 

「確かに、お前はまだまだ未熟な部分がある。自虐に走ってしまうし、暴走もするし、過去にも囚われている。だが、艦娘は………いや、人間はそんなものだ。」

「提督………私は………。」

「でも、未熟だからこそ、まだまだ成長の余地があるとも言える。完璧な人間なんて、いるものか。お前はお前らしく………不完全な仲間達と共に戦っていけ。敵と己と………両方に立ち向かって。」

 

やはり、この提督は、新郷提督のように初霜に対する異性愛は無かった。

だが………その代わり、父性愛に満ち溢れている。

実の娘のように、叱り、褒めてくれる。

その心を知った途端、初霜は………気付けば、衝動的に胸の中に飛び込んでいた。

 

「おっと………。」

「少しだけ………少しだけでいいので、こうさせて下さい。少しだけ、甘えさせて………。」

「全く………今日だけだぞ。」

「ありがとうございます………本当に………ありがとう………。」

 

初霜は、遂に声を殺して泣き始める。

藤原提督は、優しくその背中を軽く叩いて慰めてくれる。

その父親らしい態度が、本当に今の初霜には、有り難かった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

アイオワは、そんな初霜達の様子を、複雑な心境で見ていた。

やはり、駆逐艦で結成された第零駆逐隊という艦娘達は、身体的にも精神的にも脆い。

勿論、アイオワ自身もまだまだ未熟ではあるが、それでもこういう時に力になれない事が、正直悔しかった。

 

(私はまだ、初霜に演習でも勝てないし………ん………?)

 

だが、そこで、ふとアイオワは気付く。

藤原提督と初霜の様子を見守っている艦娘の中で、秘書艦の1人である由良が、かなり複雑そうな表情をしていたのを。

アイオワはこっそりと彼女の横まで歩き、聞いてみる。

 

「由良………?もしかして、貴女………。」

「ううん。多分、アイオワさんの考えている事とは違いますよ。私は、藤原提督が好きではないですから………只………ね。」

「?」

 

藤原提督に異性愛を抱いているわけでは無い。

かといって、初霜に同性愛を抱いているわけでも無い。

彼女は、2人の姿を見て何かを感じ取っていた。

傍から見れば、不器用な父と娘に見えるだけだが………。

 

「何かあの2人に関して、気になる事でもあるの………?」

「大丈夫です。………さて、とりあえずは解散。しばらくは、2人きりにしてあげましょう。」

 

由良の言葉を受けて、集まった野次馬根性の強い艦娘達が寮へと戻っていく。

アイオワは、最後まで由良が感じていた事を理解できないでいたが、仕方ないと思い、彼女自身も邪魔にならないように去っていく。

 

(第零駆逐隊………歓迎会との春風の会話で、彼女達を知って行こうと決めたけれど、まだまだ私も、知らない事ばかりね。)

 

せめて今後は、少しでも強くなって、もっと頼られるようにはなろう。

そうアイオワは決意を固めた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

それから数日が経過して、初霜の精神状態は、少しは回復した。

相変わらず演習や海戦では、あの復讐鬼の目を見せてしまうが、それでも、任務に赴いた時は、深海棲艦から人々を守る事を意識しているようにしていた。

この意識改革が、どれだけの効果を発揮するかは初霜自身も分からない。

只、藤原提督が言った通り、意識し直す事で、少しでも壊れていると感じる自分が、良い方に変われるのならば、それを目指したかった。

そうする事で、陽炎も、沖波も、大潮も、深雪も、敷波も、春風も………そして、若葉も、喜んでくれるのだから。

 

(後は………藤原提督もそうよね。)

 

自分に対して、父性を見せてくれた提督に対してもそうだ。

彼が見てくれているのならば、少しでも初霜は、前に向けて進みたかった。

娘だと言われると照れ臭いけれど、気分は悪くはなかった。

 

(私達は、第零駆逐隊。人々を「守る」駆逐隊。)

 

ある日の夜、救難信号が来た事で、初霜達の第零駆逐隊は出撃していく。

その守るべき人々全てが、自分達の手で救えるわけでは無い。

だが、助けを呼ぶ声がある限り、ずっと手を差し伸べられるような駆逐隊の旗艦でありたかった。

 

(その結果、蒼海の英雄と呼ばれるのならば………ふふっ、この二つ名も、悪くないかもしれないわね。それに………帰ったら………。)

 

「初霜、随分とご機嫌ですね。帰ったら、また司令官にご褒美に頭をなでなでして貰うのですか?」

「ええ!?ち、違うわよ!?………というか何で大潮、その事を………ハッ!?」

 

大潮に考えを読まれた事で、初霜は思わず赤面をしてしまう。

その姿が珍しかったのか、皆が最速で現場まで飛ばしながらも、次々と揶揄する。

 

「読心術もどきです。………また、あんまり距離を測り間違えないでくださいよ。流石に軌道修正が大変ですから。」

「父親を愛する愛娘である限り、大丈夫じゃないの?アタシはなでなでは御免だけど。」

「深雪さま、初霜が頭を撫でられている顔を見た事があるけれど………まるで、飼い主に懐く猫みたいだったぜ。」

「春風が聞いたら、絶対におちょくって来るわね。あの子、そういう所に関しては、性格悪いもの。」

「陽炎さんも、変わらないんじゃないかなぁ?でも、なでなでされて喜ぶ初霜さんか………。ふふっ、可愛いなぁ。」

「あ、あんまり遊ばないでーーー!」

 

初霜は思わず後ろを振り向き、抗議の声を上げてしまう。

しかし、そうしている内に、砲撃音が聞こえてくる。

全員の表情が、真剣なものに変わった。

初霜が、号令を上げる。

 

「第零駆逐隊………行くわよ!」

『了解!』

 

夜戦決戦用駆逐隊は、今日も戦いに赴く。

少しだけ団結力を高めた彼女達の、守りたいという想いと共に。




新郷提督が初霜に異性愛を持っていたとしたら、藤原提督が持っているのは、父性愛。
その違いが、今の初霜を救う結果になりました。
勿論、まだまだ課題は盛り沢山ではありますが、1つの切っ掛けになったでしょうね。
後は、今後どう変わっていくのか、注視していって下さい。

今回の話で、第1章初霜編は終了です。
次回からは、第2章陽炎編が始まります。
また、違った内容の話になるので、お楽しみください。
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