季節は春から夏に移る。
元々暑い南のショートランド泊地は、更なる熱波に襲われてしまう。
艦娘ならば、暑ければ海に飛び込めばいい………という考え方があるかもしれないが、それでも暑いものは暑い。
いっそのこと、水着になって任務に赴けばいいと春風が提案した事があるが、装甲が減るという関係で藤原提督には却下された(そういう問題では無いとは思うが………)。
というわけで、初霜達の第零駆逐隊は、蒸し暑い日中の間でも、制服のまま出撃をする事になる。
「今日はやりにくいかもねー………。」
そう愚痴を言うのは、艦隊の2番目に位置する陽炎。
足止め役を担う、昼間の出撃は慣れている。
この暑い中での出撃だって、経験は多い。
では、何がやりにくいのか?
それは、本日の第零駆逐隊の7番目に位置する、艦娘の影響であった。
初霜、陽炎、沖波、大潮、深雪、敷波………その後ろから缶とタービンを強化した「最速」装備で追従する駆逐艦娘は、右肩にビデオカメラを構えていたのだ。
両サイドからツインテールの三つ編みを垂らすのは、吹雪型の磯波。
彼女は少しオドオドとすると、陽炎に謝った。
「ごめんなさい………でも、これも仕事だから………。」
「ああ、ゴメン!別に磯波を軽蔑しているわけじゃないの!………只、ビデオカメラとはいえ、こちらにジーっと向けられると、何か背後から主砲を向けられているような気がしてね。」
「えっと………これも艦娘の正しい姿を映す為だと思って、慣れて貰えますか?」
「分かってるって。只、この暑さも含めて、愚痴を言いたくなっちゃうのよ………。」
陽炎は嘆息しながら、電探で磯波と会話をしていく。
彼女はこう見えて、日本本土に在籍する「戦場艦娘カメラガール」の1人である。
「もう1人の戦場艦娘カメラガール」と共に、移動鎮守府である貨物船らいちょうに同乗させて貰っては、こうして南の泊地にいる艦娘達の海戦の様子を、邪魔しない位置から撮影していく。
そして、ここで撮影した海戦の様子は、現地の提督や大本営等の監修を受けた上で、国民に公開されていくのだ。
当たり前だが、艦娘の海戦の様子を、国民は知る事が出来ない。
その為、戦場艦娘カメラガールが出てくるまでは、艦娘は只、税金といった国家予算を食い潰すだけの存在だと言われており、抗議のデモが起こる事も多かった。
しかし、磯波のような存在が出て来た事で、臨場感溢れる海戦の様子を知る事が出来るようになり、国民は生死の間で戦う艦娘達の姿を知る事が出来るようになったのだ。
「しばらく本土の方には行ってないから分からないけど………きっと、艦娘達にとっては、真実を伝えてくれる磯波や青葉さんは、神様のような存在なんでしょうねぇ。」
「うーん、正直、あんまりよく思われて無いですねぇ………。やっぱり、私達が戦場にいると、気が散るって声が多いみたいで………。」
「………本当にゴメン。色々と大変な中で、私達の為に身を粉にしてくれるなんて、本当に立派だわ。」
陽炎は、器用に後ろを振り向き、今度はしっかり手を合わせて磯波に謝罪する。
ある意味、誰にも嫌がられるような仕事をこなす大変さは、第零駆逐隊に所属するからこそ、嫌でも分かる。
肉体的にも、精神的にも堪える上に、明らかに割に合わない仕事であるのだから、それを文句言わずにこなせる磯波は、本当に神様と言っても過言では無いのかもしれなかった。
只、磯波は左手で陽炎を止めると、こう言う。
「気にしないでください。私も青葉さんも、好きでやっていますから………。」
「本当にアンタ、天使か神様!?………いや、いつか機会があったら、奢らせて!」
「え、ええ………?」
あくまで謙遜する磯波の姿勢に、思わず眩しそうに目を覆う陽炎。
これでも陽炎型ネームシップである為か、隠れた面倒見の良い長女気質が爆発してしまう。
色々と気を使い始める陽炎を見て、程々にブレーキを掛けた方が良いと思ったのか、大潮が口を挟む。
「ところで磯波。大潮は気になったのですが、藤原司令官は、第零駆逐隊の事を、一般公開しても良いと言ったのですか?機密レベルが高い駆逐隊のはずでしたが?」
「あ、はい………。実は、現地で蒼海の英雄の名が広まっていて、隠せなくなって来たらしいんです。だから、ちゃんとした形で公開する必要が出たんだって。」
「へー………じゃあ、初霜の海戦の姿をしっかり収めるわけね。」
「そうですね。編集と監修を受けた上で一般公開される他、本土にいる艦娘や提督の指導の為の資料にもなります。」
主な目当てを言われた事で、陽炎が、初霜に近づき小突く。
彼女は、今回はサングラスを付けていた。
これは、日光を抑える為であるが、ビデオに復讐鬼の目を入れない為の処置でもあった。
………とはいえ、鉢巻にサングラスという恰好は、傍から見れば不良だが。
しかし、前を見ていた初霜は、その恰好を気にせず(気付いてないだけかもしれないが)、砲撃の光を観測した事で、真面目に指示を出す。
「磯波、撮影初めて。沖波、いつものようにお願い。」
「分かったよ!」
磯波がビデオカメラを回し始めると同時に、沖波が前に出て、義眼のズーム機能で状況を確認する。
比較的泊地から近くの海域だった事もあり、今回、救難信号を出した客船は沈んではいない。
それでも、所々砲撃や爆撃を受けていた為、早急に駆け付ける必要があった。
「大将機は多分、改フラッグシップ級空母ヲ級!フラッグシップ級輸送艦ワ級とフラッグシップ級ル級を盾にしているよ!フラッグシップ級駆逐艦ハ級が客船の逃げ道を防いでるみたい!」
「じゃあ、まずはハ級を片付けながら、ヲ級に肉薄して攻撃機の発艦を妨害しましょう!陽炎、イケるわね!」
「任せなさい!磯波、いい所撮ってよね!」
陽炎のやる気満々の言葉と共に、艦隊が3つに分かれた。
まず、初霜と陽炎がさらに増速して、砲撃を潜り抜けながら、一気に壁を作っているワ級やル級へと突撃する。
彼女達は、ワ級の1隻に狙いを定めると、それぞれの主砲を撃ち込み怯ませ、壁を突破していく。
そのまま、ヲ級改へと挑みにかかった。
一方、沖波、大潮、深雪、敷波はハ級の迎撃を開始する。
「まずは………こっちかな?」
磯波は、左腕の高射装置で牽制できる体勢を保ちながらも、ビデオカメラを沖波達の方に向けていく。
ハ級は砲撃を試みながら囲い込もうとするが、4人の精鋭達は、防御や回避をしながら、目標の駆逐艦に素早く接近し、確実に至近距離で砲撃を喰らわせて沈めていった。
ある程度数を減らすと、深雪は客船の方に行き、指示を出して、なるべく深海棲艦の群れから離れるように誘導を始める。
その間にも、沖波、大潮、敷波の3人は雷撃も上手く活用し、数に物を言わせていた駆逐艦の群れをあっという間に殲滅していった。
こうなると、次はワ級やル級が客船を追いかけるのを阻止する為に、臨時の壁になる。
巧みに回避に専念しながら、無駄に砲撃を撃たせて、時間稼ぎをするのだ。
「初霜さん達は、どうなっているかな………?」
磯波は、続いて最速の速力を活かし、ヲ級改へと向かった初霜と陽炎の様子を確認しに行く。
途中、ワ級やル級に狙われたが、彼女も修羅場を潜り抜けているらしく、逆にこちらに向かってくる臨場感溢れる砲撃をビデオに収めながら、最低限の牽制で潜り抜ける。
「やっぱり、凄いなぁ………。」
ビデオを向けた磯波は感嘆する。
陽炎は、杖を振るうヲ級改にバルジトンファー二刀流でチャンバラを挑んでおり、撃沈には至らないながらも、怯ませている。
時折母艦の援護に戻ってくる攻撃機は、初霜がサングラス越しに鋭い視線を向けながら、対空迎撃をして寄せ付けない。
完全に客船に向けて、自由に爆撃をさせない状況を、彼女達は作り出していた。
「初霜さんも凄いけど、第零駆逐隊全体がちゃんと連携を取れているよね………あ!」
ここで、磯波はビデオを後ろに向ける。
ビスマルク、イタリア、ローマ、ヒューストン、パース、デ・ロイテルで構成されたショートランド泊地からの本隊が、到着したのだ。
更にその後ろから、カメラを携えた、グレイッシュピンクの短めのポニーテールの艦娘………もう1人の戦場カメラガールである青葉がやって来ていた。
「客船は無事ね!イタリア、ローマ!超長クラスのイタリア戦艦の射程、見せてやりなさい!」
「了解よ。ここでカッコ悪い所を見せたら、本当にイタリアの名が泣くもの。」
「ワ級とル級を殲滅するわ!各艦、砲撃範囲に入ったら、順次砲戦開始!」
射程に優れるイタリアとローマが真っ先に砲撃支援に入る。
続いて、長射程に入った事で、ビスマルクが。
更に、3人のABDA艦隊が、次々と主砲を撃ち出していく。
青葉もその様子を左手のカメラで写真を撮りながら、ちゃっかり右肩にロケットランチャー型の艤装の主砲を携えて、援護に入っていた。
「磯波ちゃん、しっかり撮れてるー?」
「バッチリです。皆さんの活躍、ビデオに収めてまーす!」
磯波の激励とも取れる言葉を受け、俄然やる気になる本隊の艦娘達。
特に、ドイツとイタリアの高速戦艦3人は、コスト面の都合から、中々出撃の機会を与えて貰えない為、日頃の鬱憤を晴らすかのようにワ級やル級を撃沈していっている。
第零駆逐隊が、時間稼ぎをしてくれたのもあり、状況は一気に好転していった。
「フ・ザ・ケ・ル・ナーーーッ!!」
「わ!?」
形勢が不利に陥った事で、残されたヲ級改の怒りは、磯波に向く。
敵艦からしてみれば、一見、呑気にビデオカメラを回しているだけのような艦娘が、許せなかったのだろう。
怒りに任せて、残された攻撃機を全て、磯波に特攻させていく。
彼女は、高射装置だけでは防げないと判断し、後ろに下がりながら回避行動を取る。
但し、その間もビデオカメラは回したままだ。
「恐ろしい取材根性ね………援護するわ!」
「オーストラリアとオランダのPRも宜しくね!」
「ありがとうございます!任せて下さい!」
ここで、パースとデ・ロイテルが磯波の隣まで周り込み、主砲を空中に撃ち、突っ込んでくる攻撃機を一気に爆破していく。
その様子もしっかり撮影した磯波は、最後に再びヲ級改にビデオを向ける。
敵旗艦は、初霜と陽炎の追撃を振り払い、強引に戦場から離脱を試みていたが、重巡であるヒューストンの砲撃を受けて、バランスを崩してしまっていた。
ここに、ワ級とル級を殲滅したビスマルク、イタリア、ローマが長距離砲撃を試み、一気に再生能力を奪っていく。
更に、攻撃機を全て撃ち落としたパースとデ・ロイテルが砲撃を加える。
「ヲアアアアアアアアア!!」
「陽炎の魚雷を受けなさい!………初霜、トドメ!」
「任せて!」
そして、陽炎の雷撃を受けて燃え盛った敵旗艦の喉元に、初霜が両手の主砲を喰らわせて連射。
ヲ級改は、黒い血を流しながら空に片腕を伸ばし、無念の表情で沈んでいった。
「一応、本土にいる艦娘の為の、ビデオのPRにはなったかしら?」
「とりあえず、返り血を洗い流しなさい。………接射は、このデメリットが嫌よねぇ。」
艤装の基部に主砲をマウントした初霜は、陽炎に助けて貰いながら、服に付いた黒い血を流していく。
ドリルクローは、今回は控えていたが、それでも海戦スタイルの関係上、血を浴びてしまうのは仕方がなかった。
そんな2人の元に、ビデオカメラを降ろした磯波と、カメラに収めた写真を確かめていた青葉がやって来る。
「今回、初めて許可を貰って、第零駆逐隊の海戦を撮影しましたけれど、練度が凄く高いですね………。初霜さんも、蒼海の英雄って呼ばれるだけの力があると思います。」
「今回はたまたま、みんなが私をトドメ役にしてくれただけですよ?」
「でも、そこでしっかり決めるのは、流石だと思うよ。」
「そ、そうですか………?」
べた褒めされた事で、思わず赤面してしまう初霜。
ここで、客船の方に回っていた深雪達から通信が入る。
「初霜、客船は運航可能だってさ!目的地まで帰投するから、護衛しようぜ!」
「後、やっぱり挨拶したいって言っているから、パースさんと初霜は宜しくね。」
「………お、ここは可能ならば、貴重なインタビューの機会も得られるかもしれませんねぇ。磯波ちゃん、ビデオ宜しく!」
「青葉さん、程々にお願いしますね………。すみませんが、同席させて下さい。」
「分かったわ。パースさん、行きましょう。」
「ええ。………ちなみに青葉さん達は、地元の言語分かるんですか?」
『勿論。』
その後、青葉達は、初霜達と船長の会話を撮ったり、インタビューをする機会を得られたりした事で、ホクホク顔であった。
そんな中で、彼女達の様子を遠目から見ていた陽炎は、自分のバルジトンファーを見てヒッソリと呟く。
「初霜は実力があるだけじゃなく、色々と旗艦っぽい装備が出来るからなぁ………。私はこれだけだし………。」
ネームシップの名を持つ艦娘は、客船を目的地まで護衛した後、泊地に戻るまで、ずっと考えていた。
(ネームシップらしい装備が出来れば、もっと初霜の力になれるのに………。)
それは、暗い過去の経験から出た想いであった。
戦場艦娘カメラガールの本名
磯波…「藍子(あいこ)」
青葉…「槙乃(まきの)」
ここから、第2章の陽炎編の開始です。
ここでは、陽炎中心となります。
艦娘の海戦手段は、基本的に資料が無い為に、一般市民達にしてみれば理解に苦しむ部分があると思います。
そこで、この話の中では、戦場艦娘カメラガールが撮影を行う形で、正しい艦娘の姿を伝えている設定です。
地味に大切ですよね、海戦のリアリティを伝える存在って。