青葉と磯波が取材を行い始めてから数日後、とある夕方に速めに起きた陽炎は、桟橋に散歩しに向かう。
日が暮れる事もあり、いつもその場にいる瑞鶴は、艦載機を回収して撤収しており、今は艤装を返して夕食を食べているはずであった。
「誰も………いないわよね?」
キョロキョロと見渡し、周囲に人の気配が無い事を確認した陽炎は、括りつけてある大発動艇を見ると、その船に向かって両手を伸ばす。
「むんーーーっ!」
そして、謎の気合と共に念じ始める。
顔をしかめながら、大発動艇に向けて、思いっきり念を込める。
それこそ、動きだす事を願って。
「むーーーんっ!」
しかし、どんなに念を送っても、動く事は無い。
何故なら陽炎には、初霜や大潮のように大発動艇を扱える適性が無いから。
やがて、荒く息を吐いた陽炎は、今度は特型内火艇の方に目を向ける。
「ぜえぜえ………こ、こっちならば、沖波みたいに………。」
「何を………やっているのですか?」
「うひゃあ!?」
背後から声を掛けられた事で、陽炎は思わず深海棲艦に不意打ちを仕掛けられたかのように、飛びのく。
声の主を見てみれば、そこにいたのは磯波。
その後ろには、苦笑したような顔で、青葉もいた。
「い、いいい磯波!?あ、青葉さん!?」
「磯波ちゃん………。そっとしてあげないとダメだよ?陽炎ちゃんは、大発動艇を動かしたかったんだから。」
「え?あ………ご、ごめんなさい………。」
全てを悟った様子の青葉と、それを受けて自分の失態を痛感して思わず頭を下げた磯波。
陽炎からしてみれば、正直、どちらの対応も心に刺さった。
「うう………優しさが傷に染みる………。」
「それにしても、陽炎ちゃん。大発動艇に興味があったんだね。」
「大発動艇というか、特殊装備全般です………。私、中型バルジしか扱えないので………。磯波は、大発動艇とか動かせたっけ?」
「あ、はい………。ちょっと動かしてみますね。」
陽炎の許可を貰い、大発動艇等をコントロールしてみる磯波。
彼女が軽く手をかざしてみると、確かに括りつけられていた大発動艇や特型内火艇がガタガタと動いた。
それを見た陽炎が、嘆息する。
「いいなぁ………。対地攻撃や輸送に関しては、バッチリじゃん。」
「陽炎さんも、バルジトンファーという特殊な打突武器を使っていますよね?それは、十分過ぎる特技じゃないですか?」
「まあ、これは神通さんのアドバイスを受けた、私なりの精一杯の工夫だったからなぁ………。」
「それに失礼ですが、それを言い出したら、深雪さんや敷波さん、春風さんに失礼な気がします。」
磯波の言う通りこの3名は、特殊兵装は何も装備出来ない。
陽炎の悩みは贅沢では無いか?と言いたかったのだ。
しかし、彼女はそれを理解した上で、こう述べる。
「普通ならば、それで納得できるのよ。只、私は陽炎型1番艦………つまり、ネームシップ。………それなのに、姉妹艦の不知火や黒潮の方が、装備に関しては恵まれているのよね。」
陽炎は嘆息する。
ネームシップであるのに、艦としての史実の関係なのか、旗艦装備に恵まれていない。
正直、2番艦の不知火の方が、旗艦らしい装備に恵まれているのだ。
更に、陽炎の劣等感を刺激する要素がもう1つ。
「初霜の特殊兵装のレパートリーが、凄すぎるんですよね。あの子、義腕が無くても、とんでもない数の兵装を持てるじゃないですか。」
「確かに初霜改二という艦種で見た場合、「艦隊司令部施設」、「遊撃部隊 艦隊司令部」、「精鋭水雷戦隊 司令部」、「大型電探」、「大発動艇」が持てるんだよね。」
「司令部系の装備が持てるのは、如何にも旗艦らしいって感じで………私もネームシップだけど、無理かなぁ………?」
陽炎は、いつも共にいる自身の姿を真似た妖精さんに聞いてみるが、彼女はバツ印を作って否定する。
妖精さんがダメって言うのならば、逆立ちをしてもダメなのだろう。
その様子を見た磯波が、聞いてみる。
「陽炎さんは、第零駆逐隊の旗艦になりたいんですか?」
「………というよりは、初霜が義腕のメンテナンス中の時の、臨時旗艦なのよ。それならば、それ相応の装備が欲しくなるでしょ?それに………。」
ここで、陽炎が照れたように頭を掻きながら言う。
「そうでなくてもさ………、初霜の………もっと役に立ちたくて。」
それが、一番の陽炎の本音であった。
旗艦らしさとしての妬みもあるけれど、一番に浮かぶ感情は、どうすれば初霜の隣に立つのにふさわしい艦娘になれるか………という部分なのだ。
勿論、今でも皆が自分の個性を活かして、初霜の援護をしてくれている。
だが………現状に満足できないのが、陽炎の正直な気持ちであったのだ。
「………陽炎ちゃんは、優しいんだね。詮索はしないけど、過去に何かあったみたいだし。」
「優しい………でしょうか?私は只、昔、過ちに気付けなかった自分自身が、許せないだけなんです。」
青葉の言葉を受けて、陽炎は影を落とす。
何故、前任の新郷提督の危険な兆候に気付けなかったのか。
彼が初霜を愛していたのは知っていたし、その初霜が、復讐心で暴走していたのも把握していた。
後から考えれば、新郷提督が無理心中を図る可能性は、予測できたはずなのだ。
だが、陽炎自身が見落とした結果もあって、初霜は心に多大な傷を負い、沖波はやむを得なかったとはいえ、新郷提督を手に掛けて懲罰艦隊へと送られた。
初霜は、藤原提督の支えのお陰でメンタルは少し回復したとはいえ、未だに自身が壊れているという考えから、完全に抜け出せないでいる。
沖波は、義眼になる切っ掛けになった懲罰艦隊での生活を、決して誰にも語ろうとはしない。
青葉達は、そこら辺の事情も含め、陽炎達の過去まで取材する事はしないでいてくれたが、それでも陽炎の心には、今も暗い物を残していた。
「陽炎さん………。」
「あーあ。こういう時は、何も考えないで、思いっきり修行するべきなのかなぁ?」
「では、久々に1対1の真剣な訓練をしませんか?」
陽炎に掛かった声は、青葉でも磯波でも無かった。
近くの草影から徐に出て来た人物は、常に右腰に帯刀している艦娘。
ブイン基地にいるはずの陽炎の師匠、神通であった。
「神通さん!?何でここに!?」
「少し用があって、藤原提督に会いに来ていたのです。………折角ですから、その話をする前に、手合わせをしませんか?」
「本当ですか!?神通さんが付き合ってくれるのならば、思いっきりできます!やりましょう!」
言うや否や陽炎は、自分の艤装を取りに工廠へと向かって行く。
その異様に喜ぶ様子を見て、青葉と磯波は、思わず顔を見合わせた。
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その夜のトレーニングは、途中で出会った初霜に事情を説明して、1人、別メニューにしてもらった。
折角、師匠である神通と手合わせできるのだ。
駆け足で艤装の準備をした陽炎は、二振りのバルジトンファーを握り、訓練海域へと行く。
そこには、既に神通が抜錨しており、自身の刀の切れ味を確認していた。
「もしかして、2人の手合わせって、ガチの近接戦闘をするの?」
「はい、私はこの刀を。陽炎さんは、二振りのバルジトンファーを使います。砲撃や雷撃は禁止です。」
折角だから見学させて貰おうとした青葉と磯波に対し、神通は丁寧に説明をする。
今回、2人は愛用のビデオもカメラも使うつもりは無かった。
………というのも、今回の手合わせは、完全に陽炎のプライベートであり、ビデオやカメラの光で邪魔していい物だとは、思わなかったからだ。
ついでに言えば、この決闘にも近い手合わせに関しては、上から取材をしろとも言われていない。
公私混同をしない位の良俗は、わきまえているつもりであった。
「じゃ、お願いします!」
「では………行きますね。」
陽炎も抜錨し、バルジトンファーを改めて構えた事で、神通が左手で刀を掴み、いつでも抜き放てる姿勢に入る。
そして、次の瞬間………強烈な突進と共に、居合が陽炎に向かって振り払われた。
ガキィンッ!!
『!?』
咄嗟に陽炎が防御したバルジトンファーと打ち合った事で、派手な音を立てる。
その姿を見た青葉と磯波は、思わず目を見開く事になった。
尚も神通の猛攻は止まらない。
素早く刀を上下左右に振り払い、時には突きも交え、陽炎に果敢に攻めていく。
一方で陽炎も全ての猛攻を防ぎつつ、隙あらばトンファーや主機の付いた蹴り等を使い、反撃を試みようとしていた。
「2人共、練度が………違いません?」
「………みたいだね。少なくとも、獲物を使った近接戦闘に関しては、下手に挑んだら確実に負けるよ。」
磯波と青葉も思わず凝視する中、2人の攻防は続く。
互いに、時たま相手の蹴りで弾かれる事はあっても、すぐに体勢を立て直して再び果敢に挑んでいく。
その日の天気が月の綺麗な夜であった事もあり、舞うように戦う2人の動きは美しく、そして、綺麗であった。
だが………やがて、決着の時は訪れる。
カァンッ!!
金属が打ち合う音と共に、神通の刀が吹き飛び、訓練海域の縁に跳ねて転がる。
今回の手合わせは、弟子の陽炎の勝ちであった。
その様子を見ていた青葉と磯波は、僅かな沈黙の後、思わず拍手を送る。
神通は、少しだけ荒い息を吐きながらも、深く呼吸をしている陽炎に拗ねた顔で言う。
「負けちゃいました………。最近は、陽炎さんの方が強いですよね。」
「い、いえ………神通さんに………勝てるのは、缶とタービンを強化して………加速力を強化しているからですので………素の実力だと、絶対………無理………。」
バルジトンファーを基部に仕舞うと、膝に手を付き、汗を流す陽炎。
その様子をひとしきり満足そうに見ていた神通は、陽炎に聞く。
「でも、陽炎さん。最初の頃に比べれば、随分と成長しましたよ?………確かに貴女は、旗艦装備に恵まれないかもしれません。でも、持ちうる力を訓練で可能な限り強化したんです。その努力の軌跡は、裏切らないはず。」
「神通さん………。」
「大切にして下さい。貴女だけの力を。………初霜さんの為にも。」
神通と手合わせをした事で、陽炎の中の迷いが、少しは吹き飛びそうになった。
確かに自分は、旗艦装備等には恵まれない。
でも、忍という本名を持つ陽炎は、それを払拭できるだけの力を持っている。
その事実を、師匠である神通が手合わせという形で教えてくれた事が、陽炎には嬉しかった。
「流石、神通さんです!その纏う威圧感溢れるオーラも、暗雲を吹き飛ばすような言霊も最高です!」
「もう、陽炎さんったら………そんな事を言ったら、今度は、青葉さん達に変なイメージが付きまとうじゃないですか………。」
一言余計な弟子に頬を膨らませながらも、神通は最終的にはクスリと笑う。
その上で陽炎に対し、この泊地に来た理由について話し始める。
「初霜さんの異名………蒼海の英雄の名が、現地の方々に広まっている事は知っていますか?」
「え?はい………磯波から聞きました。だから、青葉さん達にその海戦の姿を撮って貰って、日本本土で正式に公表するんですよね?」
青葉達は、次に貨物船らいちょうが来た時に、本土に資料を持って帰る予定だ。
それまでは、泊地に待機であり、自由に施設を使ってよいと藤原提督に言われていた。
映像等の資料は、今はその藤原提督が、監修をしている最中である。
「実は、その噂は一足早く、アメリカ本土に到達しているのです。………というより、困った事にガンビーさんが、誤って手紙に第零駆逐隊に付いて書いてしまったらしくて。」
「えっと、それで………。」
別に日本でも公表が迫っているのだから、先にアメリカで公表する事になっても、大した問題では無いように陽炎は思った。
只、ここからがややこしいと神通は言うと、説明をする。
「アメリカでその手紙を受け取った駆逐艦娘は、ブイン基地への転籍命令が出されていたのです。………ですが、第零駆逐隊の噂を聞いて、入りたいとごねてしまったらしくて。」
「そうなんですか………。適性は?」
「無いです。」
「はい?」
即答した神通の言葉に、陽炎は首を傾げる。
深雪や春風のように、速力を強化した際に、主機が持たないのだろうか?
「改二艦じゃないのですか?」
「改二艦相当の力を持っています。ですが………「第零駆逐隊の適性」が無いんです。」
「???」
神通の少し困ったような説明に、陽炎は頭にクエスチョンマークを沢山浮かべる事になった。
陽炎改二は、中型バルジ以外は特殊兵装が装備出来ません。
陽炎型リーダーシップなのだから、もっとバリエーションが増えてもいいと思う事も個人的にはありますね。
そんな彼女の「1番艦らしさ」って、どんなものだろうか?…というのが、今回の章のテーマになります。