神通と手合わせをした陽炎は、執務室の隣にある、秘書艦室へと向かう。
そこでは秘書艦補佐の春風が、神通と手合わせをしていた陽炎の代わりに、書類を纏めていた。
「春風、ちょっといい?」
「あ、陽炎さん。………もう、一方的に仕事を押し付けていくのですから。」
「ゴメン、ゴメン。藤原司令辺りから、話は聞いてる?」
「第零駆逐隊に入りたいとごねている、アメリカ出身の艦娘の事ですよね。」
どうやら、神通の話を聞いて確認を取った藤原提督から、既に話は通っているらしい。
彼女は、ブイン基地へ転籍予定の駆逐艦娘の資料を見せてくれる。
顔写真や簡単な経歴、艤装の性能等、書かれている事は様々だが、一見すれば問題が無いように思えた。
「………やっぱり、改二相当の艦娘よね。少なくとも、長距離を機関一杯で飛ばすと、主機が危なくなる深雪や春風よりは、安全だと思うんだけど………。神通さんは、どうしてバッサリとダメだって言ったのかしら?」
「恐らく、この部分の事を指しているのでは無いでしょうか?」
春風が、資料のある部分を指さす。
その部分を注視した陽炎は、目を見開く。
「………改装前の資料はある?」
「これです。わたくしも確かめましたが………ほら、ここ………。」
更に春風が指さした部分を見た事で、陽炎は得心が行く。
この艦娘が、第零駆逐隊の適性が無い理由を。
「こんな駆逐艦がいるとは、思わなかったわ………。島風や天津風のようなタイプは知っていたけど………。どうしようかしら?」
「陽炎さんが、真実を伝えるしかありませんね。」
「そうね………って、はい?」
春風の何気ない言葉に、陽炎は思わず彼女に視線を向ける。
この言い方だとまるで………。
「第零駆逐隊に相応しく無い事を、臨時旗艦である陽炎さんが、どうにかして伝えるしかないと思います。」
「待って待って!?なんで私が伝える事になっているの!?こういう仕事は、蒼海の英雄と呼ばれている初霜の………って、ああそうか!」
ここで陽炎は、頭に手を当てて悟る。
初霜は復讐鬼の目を持っており、演習等の海戦では情け容赦が無い。
春には、強力な高速戦艦であるアイオワに、恐怖を抱かせた事もあるのだ。
もしも彼女に任せた場合、下手したらそのアメリカ出身の駆逐艦に、トラウマを植え付けてしまう危険性があった。
そうなってしまったら、最悪、日本とアメリカの友好関係に問題が生じてしまう。
「旗艦と嚮導艦の適性は、違う物ですよ。わたくしは、後者に関して言えば、初霜さんよりも陽炎さんの方が相応しいと感じています。」
「それなら、大潮………って、結構大潮も容赦無いっけ。」
「太い太ーい注射を、ぶっ刺す方ですからね。」
「………まだ、春の応急処置の事、根に持ってるの?」
呆れたような顔をする陽炎であったが、春風の言う事は一理あるように思えた。
神通が直接陽炎に言ったのも、そうした意図があったからかもしれない。
その事実を証明するかのように、部屋がノックされ、夜遅くであるにも関わらず、藤原提督が入って来た。
「陽炎、すまんが話がある。」
「あー、これは確定ですかぁ………。」
「ふふっ、腹を括るしかありませんね………って、痛っ!?」
他人事のように笑みを浮かべる春風の頭に、拳骨を喰らわせた陽炎は、藤原提督と共に執務室に向かい、今後の方針に付いて話し合う事になった。
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「………で、陽炎さん。何でわたくしも、巻き込まれているんでしょうか?」
「仕方ないでしょ!深雪が艤装のメンテナンス中なんだから!」
数日後の昼、熟睡していた第零駆逐隊は、救難信号を受けて、飛び起き出撃する事になる。
今回の救助対象は、アメリカからショートランド泊地に向かっている貨物船。
実は、アメリカから転籍してきた例の駆逐艦娘が乗っており、船には、アイオワ達の補充用の艤装等が積み込まれていた。
「折角、陽炎さんが、例の駆逐艦娘が来た時に、1人で四苦八苦する様子を楽しめると思いましたのに………、これでは、殴られ損ではありませんか。」
「春風………アンタ、少しは歯に衣着せなさいよ。」
救難信号によると、その例の駆逐艦娘が1人で応戦しているらしかったので、先行で駆け付ける第零駆逐隊は、今回は6人編成にする必要があった。
しかし、深雪は度重なる無理な出撃で主機の調子が悪くなっており、調整をしないといけなかったので、今は工廠で秋津洲の世話になっている。
その為、今回は臨時メンバーの春風も、駆り出される事になったのだ。
尚、後から駆け付ける本隊は、本作戦ではアイオワ、瑞鶴、ヒューストン、パース、デ・ロイテル、青葉、磯波で構成されている。
ちゃっかり、本土の戦場艦娘カメラガールも編成に組み込んでいるのを見ると、藤原提督も使える物は使うという、抜け目がない性格に思えた。
「お喋りはここまでかも!もうすぐ目標ポイントだよ!」
そんな彼女達の元に、二式大艇ちゃんが飛来して来て、シンクロしている秋津洲からの情報が伝えられる。
実はこちらもメンテナンス明けであり、磯波を伴って挑んだ海戦の時は、出撃をしていなかった。
その為、沖波の義眼による視認情報よりも前に、敵艦の構成が明らかになる。
「敵艦は、フラッグシップ級駆逐艦ハ級、フラッグシップ級戦艦タ級、フラッグシップ級軽空母ヌ級で構成されてるよ!ボスは、戦艦棲姫かも!………例によってヌ級は、戦艦達の後ろに隠れてる。」
「硬い構成………。アイオワさんや瑞鶴さんが来るまでは、機動力を活かしてハ級とヌ級を撃沈するべきね。」
相変わらず、鉢巻&サングラスという不良スタイルで海戦に臨む初霜の指示で、艦娘達が2人1組で3つに分かれる。
まずは、ハ級達をとにかく減らしていく大潮と春風。
次にタ級や戦艦棲姫の横を強引に潜り抜け、後方に位置するヌ級を始末しにいく沖波と深雪。
そして、その間にこれらの深海棲艦の砲撃から、貨物船や例の駆逐艦娘を保護する初霜と陽炎であった。
「春風、注射が嫌ならば、手を抜かないで下さい。」
「むー、大潮さんも最近、言葉がひどくないですか!?」
大潮が釘を刺しながら、アームガードで砲撃の連射を防ぎつつ、右腕の連装砲を喰らわせていく。
更に、脚と左腕の魚雷を次々と放ち、先制でハ級の数を削っていった。
一方で春風は、頬を膨らましながらも、後方を向いて日傘を開くと、バランサーにしながら神風型独特のスタイルで雷撃を喰らわせる。
後は日傘で防御しつつ、単装砲の数に物を言わせて、数を減らしていくだけだ。
「敢えて、戦艦棲姫の傍を突破するよ、敷波さん!」
「りょうかーい。………じゃ、かっ飛ばしますか!」
沖波と敷波は、獣のような戦艦棲姫の艤装から放たれる砲撃を、機関一杯で無理やり突っ込んでいく。
たまらず敵艦は、巨大な手で振り払おうとするが、そこで、両側に分かれて空振りを誘い、そのまま壁の奥へと突破。
驚いた後方のヌ級達に、砲撃や雷撃を自由に当てていく。
「例の駆逐艦娘は………。」
「見つけた!タ級達と交戦してる!」
初霜と陽炎は、髪の毛が複数の砲門になっているタ級や、ヌ級が放った攻撃機に苦戦している駆逐艦娘を発見して、援護に向かう。
ここで初霜は、素早く対空砲火を当てて攻撃機を減らすと、敢えてタ級に砲撃を当てて注意を逸らす。
陽炎は、中破にまで追い込まれていたその艦娘の元へと向かった。
「な、何!?味方の増援!?」
「アンタが………例の………。」
陽炎は周りの砲撃に注意しながらも、まじまじとその小柄な艦娘を見つめる。
水色のショートボブの髪を左右でお団子に纏めており、瞳の色は金色。
ディキシー・カップと呼ばれるコットン製の白い帽子を被っているのが大きな特徴である。
また、艤装は、右手に主砲が取り付けられた銃器を握っており、左手には3連装の魚雷発射管が握られていた。
更に、背中には爆雷投射機が備え付けられている。
「確か名前が………サミュエル・B・ロバーツだっけ。」
「え………うん!私がサミュエル!愛称が、サムだよ!も、もしかして………!?」
陽炎達がショートランド泊地の増援だと悟ったサミュエル………サムが、目を輝かせる。
蒼い海の鉢巻と、鋼鉄の艤装となっている義腕を備えた艦娘である、初霜が率いる艦隊。
ブイン基地のガンビーが手紙で述べていた、第零駆逐隊が増援で駆け付けてくれたのだ。
憧れの艦娘達を前に、興奮しない方がおかしいと言えるだろう。
「凄い、凄ーい!戦艦を物ともしていない!カッコい………わ!?」
「ほら、もたもたしない!」
大潮達や沖波達、そして初霜に見入っていたサムの腕を掴み、陽炎が回避行動を始める。
戦艦棲姫が、初霜では無く、2人を狙い始めたのだ。
彼女がタ級達の相手をしてくれていた為、降り注ぐ砲撃は最小限であったが、それでも直撃は危険であった。
「わ!?わ!?わ!?」
「とりあえず、避けるわよ!流石にあの砲撃は、バルジトンファーでも防げないからね!」
「に、逃げてばっかり!?応戦しないと!」
「そういうのは、遅れて駆け付ける本隊に任せるの!………ほら!」
陽炎の言葉に呼応するかのように、味方の攻撃機が幾つも襲来し、戦艦棲姫に爆撃を喰らわせていく。
サムが後ろを振り向けば、弓矢を次々と飛ばしていたのは瑞鶴。
続いて、彼女を知るアイオワが、全砲門を戦艦棲姫に向けて、一斉砲撃を放ち、巨大な怪物のような艤装に、複数の穴を開けていく。
再生能力を備えているみたいではあったが、明らかに怒りの矛先は、彼女達へと向いた。
咆哮と共に、砲門を全て瑞鶴とアイオワに向けて放つが、そう簡単に当たってやるほど、2人は甘くはない。
的確に回避をしながら、陽炎に聞いてくる。
「陽炎!サミュエルは無事よね!?」
「中破しているけど大丈夫ですよ、瑞鶴さん。磯波達が、ビデオ回しているみたいですし、折角ですから、いい所見せてやってください。アイオワさんも、頼みますね。」
「了解よ!各艦、交戦に入るわ!」
瑞鶴とアイオワは、そのまま戦艦棲姫に対し、遠距離から次々と攻撃を加えていく。
タ級が援護に入ろうとするが、初霜に邪魔をされて上手く動けない。
そうしている内に、ABDA艦隊の3人が、中距離から1隻ずつ集中砲火を喰らわせて沈めていく。
ヌ級も何とか攻撃機を飛ばそうとするが、こちらも沖波達の妨害を受けている。
仮に発艦させる事が出来ても、ビデオを回している磯波の高射装置や、カメラを撮っている青葉の三式弾で迎撃をされて万事休すであった。
ハ級に至ってはもはや全滅をしており、大潮達は、貨物船の誘導を開始している。
第零駆逐隊と本隊が合流した事により、海戦での勝利は、ほぼ100%決定づけられていた。
「これが、ガンビーの言っていた第零駆逐隊………!戦艦のように振る舞う、駆逐艦を超えた駆逐艦………!」
「ガンビーさん………一体、第零駆逐隊の事、何て書いて伝えちゃったの?」
「え………?戦艦にすらドスの利いた睨みを利かせる、スーパーガールの初霜が率いる、超人艦隊だって………。」
「………まあ、ある意味、間違ってないけどさ。」
目をキラキラと輝かせて、攪乱に入っている初霜を見ているサムの姿に、陽炎は海戦中ではあったが、思わずゲンナリしてしまう。
確かに初霜の復讐鬼の目は、アイオワのような戦艦すら竦ませる力を秘めている為、ガンビーの手紙の内容は間違っていない。
練度に関しても高いので、スーパーガールとか超人艦隊とかいった表現も、正しいと言えば正しい。
只、それ故に、この駆逐艦娘に対し、第零駆逐隊への適性が無いという、真実を伝えるのが、少し陽炎には躊躇われる事になった。
「凄いな………私も、あんな風になれるかな………!」
「……………。」
やがて、アイオワのトドメの砲撃を受けて、戦艦棲姫が咆哮を上げながら撃沈していく。
陽炎は、隙を見せないではいたが、サムの純真な目を見て、複雑な心境を覚えていた。
ここで、今回の章で重要なキーパーションになるサミュエル・B・ロバーツの登場です。
何故、彼女が第零駆逐隊の適性が無いのか?
その理由は次回で語りますが、艦これに詳しい提督は、既に理解しているかもしれませんね。
…春風は、相変わらずいい性格しています。