日が昇る頃、ショートランド泊地の大浴場から廊下を進み、執務室に向かったアイオワは、初霜達に促されるままに扉を叩く。
「失礼します。」
「どうぞ。」
母性溢れる声が響いて来た事で、彼女は静かに扉を開いた。
すると、大正浪漫風の服を着た艦娘が出迎えてくれる。
身長が大体、陽炎並である所を見ると、彼女が秘書艦補佐の春風であろうか。
「おはよう………かしら。貴女が、春風?」
「はい。陽炎さん達から聞いているとは思いますが、夜間の秘書艦の補佐として働いています。宜しくお願いしますね。」
「宜しくね。貴女も………もしかして、第零駆逐隊?」
夜間に働く駆逐艦娘という事で、もしやと思いアイオワは聞く。
すると、春風はニコリと微笑み頷く。
「所属は第零駆逐隊になります。………と言っても、緊急時や遊撃部隊結成時の臨時メンバーですけれどね。」
春風が言うには、改二艦で無い自分では深雪と同じく、強化した缶とタービンに主機が持たず、火を噴く事があるらしい。
なので、余程の事が無い限りは編入される事は無いらしい。
しかし、ここで陽炎が横からアイオワに告げる。
「ああやって謙遜してますけれど、実は猫被ってるだけです。春風の練度はかなり高いですよ?更に、戦い方も派手だし、何より胸が私達の中では一番です。」
「ちょ、ちょっと陽炎さん!もう!」
「こらこら、提督が待っているんだから茶化さないの。」
そこに、母性溢れる声………恐らく最初に扉の外で聞いた声が、部屋の奥から聞こえてくる。
見てみれば、アイオワ程では無いが女性としてはそれなりの高身長である女性が机の隣にいた。
特徴的なのは、薄い桃色の髪をポニーテールにして、テール部分をリボンでぐるぐる巻きにしているという変わった髪型だ。
事前情報から鑑みると、彼女が………。
「貴女が………由良?」
「はい、私は長良型の由良。この泊地の昼間の秘書艦を担当しています。宜しくお願いします………ね。」
「宜しくね。………って事は、丁度交代の時間だったって事かしら?」
「それもありますけれど、アイオワさんに挨拶をしたかったというのもあります。」
「嬉しいわ、ありがとう。春風もね。」
わざわざ2人が自分の為に待ってくれた事に対し、素直にアイオワが感謝を述べると、笑顔で応えてくれた。
そして、春風が入口の扉の方に下がり、由良が机の方に一歩引くと、その椅子から白い軍服の提督が立ち上がり、アイオワの前に歩んでくる。
見た目は20代前半だろうか。
アイオワは正直、最前線泊地を守る提督にしては、若すぎると感じた。
彼は、左手で帽子を取ると、右手をこめかみに当てて敬礼をする。
そして、英語で話し始めた。
「藤原 仁(ふじわら ひとし)と言います。よく、この泊地に来てくれました。」
「戦艦アイオワ、只今着任しました。誠心誠意努めていきますので、宜しくお願いします。………後、日本語とタメ口で大丈夫ですよ。」
「ありがとう。では、お言葉に甘えさせて貰う………。若輩者で、やはり不安だろうか?」
鋭い………とアイオワは思った。
この男は、少し彼女の様子を見ただけで、心情を悟る事が出来る才覚を持っている気がした。
これは、経験を積み重ねる事で、習得できる力だ。
どうやら、第一印象のイメージから、考え方を変えないといけないらしい。
「正直に言えば、そうです。でも、貴方は不思議な感じがします。年齢に見合わない苦労をしているような………。」
「大本営に才能を買われ、10代後半から基地を中心ではあったが、提督業をやっているからな。」
「エリートなのですね。」
とんでもない破格の待遇………そして、飛び級だと思った。
しかし、それはそれで、逆に疑問を抱いてしまう。
これだけの能力を持っている提督を、戦死する確率の高そうな最前線に派遣するだろうか?
あまり上の事情は詳しくは無いが、自分ならば、本土の安全そうな鎮守府等で大事に育てる。
ここで、それも察知したのだろうか。
藤原提督は、その理由を教えてくれる。
「只、実は3年前に前任の提督が亡くなってしまってな………。それで、急遽最前線に派遣される事になって、今に至るんだ。」
「な、成程………。」
この勘の鋭さには、アイオワも舌を巻く想いであった。
だからこそ、彼女は気付かなかった。
今の会話の瞬間、彼女の後ろに並んでいる駆逐艦娘達が、揃って暗い顔をした事に。
特に、沖波は思いっきり俯いてしまったので、慌てて隣の陽炎に軽く肘打ちをされる。
藤原提督からの会話は続く。
「この泊地に墓があるから、気が向いた時でいいので祈ってくれると有り難い。後、今から初霜や陽炎達が非番になるから、彼女達に泊地内を案内させよう。」
「何から何まで、ありがとうございます。」
アイオワが礼をした所で、提督は一息ついて問いかける。
「何か、他にも疑問があるのではないか?」
「疑問………ですか?」
「そうだ。………素直に言ってくれて構わない。この泊地は各国にとって重要拠点になるだけあって、日米を中心に、各国の決戦艦娘達が配属されている。その艦娘達が、こぞって着任時に同じ問いかけをしているからな。」
どうやら、アメリカ出身である自分だけが、疑問を抱いているわけでは無いらしい。
ならば………と思い、アイオワは後ろを向き、第零駆逐隊の面々を見て告げる。
「アドミラル、第零駆逐隊とは何なのですか?何故、各国の強力な決戦艦娘が集う中で、駆逐艦娘達を夜戦の切り札にしているのでしょうか?」
「やはり、気に食わないか?」
「そうではありません。実際に彼女達に助けて貰った事で、その力は身を持って知りました。ですが………駆逐艦娘は、身体が完成されていません。過度の負荷が掛かる夜戦時の出撃は、危険なのでは無いでしょうか?」
アイオワは、自分が思っていた事を素直に述べる。
人は、艦娘の適性を見出され、艦娘になった瞬間に肉体の成長が止まる。
それ故に、駆逐艦等は、身体がまだ完成されていない状態で固定されてしまうのだ。
勿論、筋肉等は鍛えればある程度は付くが、それでも限界がある。
無理に夜戦で強硬出撃を繰り返していたら、身体が壊れてしまう可能性もあるのだ。
それを聞いた藤原提督は、静かに頷くと話し出す。
「お前の言う事は尤もだ。第零駆逐隊は、機動力を活かした夜戦決戦用駆逐隊。だが、その為に掛かる負荷は数知れない。故に志願制にしているが………それを望む艦娘は一握り。更に実際に訓練をして、耐えられた駆逐艦娘はもっと少ない。」
「だったら………何故?」
「理由は、大きく分けて2つある。1つは救難信号が来た際に、現場に急行出来る存在が、彼女達しかいないという事だ。」
藤原提督は、説明を始める。
艦娘として海を疾走する以上、必ず速力という問題が伴ってくる。
戦艦でも、アイオワのように高速戦艦という存在はいるが、そのスピードは、駆逐艦には敵わない。
ここは、対深海棲艦の最前線であり、出没する個体が強力なショートランド泊地。
一刻も早く救助に向かわなければ人命が失われる状態で、この僅かな差は致命的になる事もある。
「ここに来た当初は、実は間に合わない事が多くてな………。現地の民の信頼を損ねていた。」
「じゃあ、彼女達の缶とタービンを無理にでも強化しているのは………。」
「少しでも早く、現場に急行する為の処置だ。改二艦で無い深雪や春風は、主機が耐え切れず、コントロールに苦労する事が多いが、それでも本人達の了承を得た上で取り入れて貰っている。」
「そ、そう………って、待って下さい!?今の言い方が確かなら………!?」
「そうだ。「昼間」でも彼女達は、現場に急行して、本隊が到着するまでの足止め役を担って貰う。」
「……………。」
アイオワは絶句する。
これでは、夜戦決戦用駆逐隊というよりは只の便利屋だ。
場合によっては、熟睡している途中に叩き起こされて、即座に現場に向かう羽目になる。
例えれば救急車やパトカーと同じような扱いを、駆逐艦娘が担うのだから、本当に相当の覚悟が無いとやっていられない。
アイオワは思わず、後ろに並んでいる第零駆逐隊の7人を見た。
彼女達は表情を変えない。
まるで、この説明も反応も慣れっこだと言わんばかりに。
「………2つ目は?今の説明が確かならば、夜間でも、各国の決戦艦娘が出向いてもいいのでは?」
「コスト面での問題だ。アイオワ………お前は確かに単艦でも深海棲艦の群れを殲滅させる能力を持った、強力な高速戦艦だ。だが、1回の出撃で使用する燃料や弾薬が尋常じゃない。」
燃料や弾薬が無いと、艦娘は艤装が働かず、艦娘としての機能を果たさなくなる。
単刀直入に言えば、艦としての強靭な肉体を得られないのだ。
艤装を付けていても生身に近い状態になる為、艤装等を支える怪力も、敵の砲撃や雷撃に耐える強固な防御力も得られない。
これに加えて燃料や弾薬が単純に無いのだから、海戦その物が成り立たなくなる。
その為、補給は必ず行う事が鉄則となっているのだ。
「ハッキリ言うが、第零駆逐隊7人が出撃するのとお前1人が出撃するのとでは、後者の方が重い。これでは、コスト面でとても採算が取れない。」
「補給を出し渋っている場合じゃ………。」
「残念ながら、そう言っていられないんだ。この泊地は最前線故に、補給路が伸び切っていて、燃料や弾薬は専用の貨物船が来るまで補充をする事が出来ない。」
「え………?守って貰っている現地の政府は、何をしているのですか?」
アイオワは散々テレビのニュースで、日本やアメリカの高官が、現地の政府と仲良く握手している映像を見ていた。
だが、現実はそうでは無いらしい。
「実際は、艦娘大国として我が物顔で泊地を管理している私達の事が、気に入らないみたいでな。大本営曰く、交渉してもこの泊地や周辺の基地に対しては、食料すら出し渋られる事が多いらしい。特に、オーストラリアから中々協力が得られないのが厳しい。」
「な、何で!?」
「オーストラリアは………言い方は悪いが、日本やアメリカに遅れまいと艦娘の生産に着手しているが、上手くいっていないみたいなんだ。この泊地にも出身者が1人在籍しているが、周りの決戦艦娘に囲まれて、大して活躍していないと思われているらしい。それが、現地の高官達の苛立ちに繋がっているみたいだ。」
「それは………あんまりじゃないですか!?」
「だが、だからといって、危機に瀕した現地民を見捨てては、人としての道を外してしまう。それ故に、私は苦肉の策として、この第零駆逐隊の結成を大本営に志願し、許可を貰った。」
「……………。」
再び絶句するアイオワ。
このショートランド泊地を取り巻く現状を知ってしまった為に、暗い感情に支配されてしまう。
しかし、藤原提督はそんな彼女の肩を叩くと静かに告げる。
「もしも今の私の説明で、後ろの駆逐艦娘達に何かを感じてくれたのならば、色々な面で助けてあげて欲しい。精神的にも出来る事は多いはずだ。」
「分かりました………アドミラル。」
アイオワは敢えて敬礼をして応える。
答礼をした藤原提督は、改めて後ろの初霜達に指示を出す。
「初霜、泊地を案内してやってくれ。アイオワの新しい艤装は、アメリカから数日後には届く算段になっている。それまで、ゆっくりとさせてやるのもいいだろう。」
「了解です。………行きましょう、アイオワさん。」
「ええ、お願いするわね。」
アイオワは初霜達に連れられて、まだ若干暗い顔であったが、執務室を後にする。
しかし、廊下に出た所で彼女は、初霜に呼び止められる。
「アイオワさん、私達の心配をしてくれて、ありがとうございます。でも、この道は私達が自分で選んだ道ですから。」
「………強いのね、貴女達は。」
「そうでしょうか?………でも、そう言って貰えるのならば、幸いです。」
初霜はペコリと頭を下げると、泊地の案内を始める。
アイオワは、まずは自分の為に動いてくれる彼女達の為にも、気分を変えようと決めた。
ショートランド泊地の提督と秘書艦の紹介をする回。
それに、第零駆逐隊に対する現状が露呈される回です。
アーケードだと、陣形を組んだ時に、駆逐艦が他の艦種を追い抜く事が多いですよね。
また、海戦になった時も、駆逐艦は素早く動き回れます(昼の火力は低いですが)。
1つ目の理由は、そこら辺をヒントに考えました。
2つ目の理由は、国際情勢もありますが、補給面でのコストの重さを直結させてます。
強力な戦艦になればなるほど、重いですよね…燃料や弾薬。