「さっきは私達を助けてくれて、ありがとう!私はサミュエル!みんな、サムって呼んでくれてるよ!宜しくね!」
時間は、夕方16時頃。
貨物船と共にショートランド泊地に戻り、船渠(ドック)入りを終えたサムは、藤原提督のいる執務室で、泊地の一同に対して、笑顔で就任の挨拶をする。
………と言っても、彼女が本来配属されるべきなのは、ブイン基地だ。
故に、陽炎は言う。
「ねえ、サム。意気込んでいる所、申し訳ないんだけど………アンタの居場所、ここじゃないでしょ?ちゃんと決められた場所に行かないと、アメリカ政府の信用問題に発展するわよ?」
「ええ!?私、歓迎されてない!?」
「歓迎出来ないわよ。この泊地は、只でさえ面倒な事情が幾つもあるんだから………。あんまり我儘言ったら、オーストラリア所属のパースさんとかに迷惑掛かるわよ。」
「そ、そんなぁ!?」
陽炎の言葉に、狼狽してしまうサム。
いきなり問答無用で正論を突き付けるのは、陽炎としても内心心苦しかったが、最初にハッキリと、事実を言っておかないといけない。
サムの我儘は、最悪国交問題に発展しかねないのだ。
日米関係は勿論の事、この泊地をよく思っていないオーストラリア等の近隣諸国に、更に面倒な感情を抱かせてしまっては、パースが大変だ。
そこを分からせて、何とか陽炎はブイン基地へと移って貰いたかった。
だが、サムは頬を膨らませると、陽炎に言う。
「私、第零駆逐隊に所属したい!これでも護衛駆逐艦なんだよ!第零駆逐隊ならば、その役目を果たせるんだもの!」
「アンタねぇ………こんな不良みたいな蒼海の英雄様の元で戦いたいの!?」
「不良!?」
「ヤンキーみたいでカッコいいじゃん!私は初霜と一緒に戦いたい!」
「ヤンキー!?」
言い合いになった陽炎とサムのとばっちりを受けて、初霜は思わぬダメージを受ける。
やはり、鉢巻にサングラスというスタイルを自覚していなかったのか、わーわー言い合いをしている2人の傍で1人肩を落とし、沖波に励まされる羽目に。
一方で、梃子でも動かないようなサムの姿を見て、陽炎は溜息を付き、ずっと黙ってタブレットに注目している藤原提督を見る。
「………アメリカ政府の見解は、どうなのですか?サムの我儘を、黙認しているのでしょうか?」
「今、ようやく確認のメールが来た。結論から言えば、適性があるか試して欲しいとの事だ。」
「我儘自体は黙認と………?命令違反ですよ?」
「ここら辺は、国際関係の難しい話になるが………、アメリカ政府も、蒼海の英雄が活躍する第零駆逐隊に、最近注目しているらしい。」
「………つまり、アメリカの駆逐艦で、第零駆逐隊に参戦出来る艦娘が居たら、その名が広まるから積極的に採用をして欲しいと。」
「大体は、お前の考え方で合っている。」
藤原提督はタブレットの画面と陽炎、そしてサムを見比べながら、淡々と告げる。
第零駆逐隊は、見方次第では駆逐艦の華だ。
夜戦に赴き、華麗に舞いながら敵大型艦や鬼クラス、姫クラスを仕留めていく。
そんな強力な駆逐隊に自国の艦娘が所属出来るとなれば、鼻が高いと言えるだろう。
(実際は、そんな楽な物じゃないけれどね………。)
陽炎は、現場を知らない政府の思惑は、そんな物かと感じる。
第零駆逐隊は、基本的に昼夜逆転生活。
しかも、熟睡している昼でも、今回のように民間船等が襲撃されたら速力を活かし、真っ先に駆け付けなければならない。
周辺諸国に協力を出し渋られている泊地事情が関係しているのもあるが、これらの事情故に、艦娘大国と言える日本の艦娘でも、その適性に当てはまる艦娘は少ない。
そもそも、身体的に成長しきっていない駆逐艦では、大抵身体がまず耐えられないからだ。
そうなると、精神的にも崩れていってしまう。
(かくいう私達も、ギリギリの所で潰れないでいるような物だけど………。)
アイオワが着任した春に、味方であわやという、洒落にならない喧嘩をしてしまった時のように、必ずしも全員が安定しているわけでは無いのだ。
冷静さを失う事も有れば、激昂する事だってあり得る。
紙一重の状態で成り立っているのがこの駆逐隊であると、陽炎は正直感じていた。
「ねえ………陽炎は、私の事が嫌いなの?」
ずっと、眉間にしわを寄せていたのだろう。
サムが思わず、陽炎に聞いてしまう。
彼女にしてみれば、憧れの駆逐隊に入れるかもしれないのに、拒絶されている。
その対応が、悲しく思ったのかもしれない。
陽炎は、嘆息すると彼女を見て話し始める。
「嫌いじゃないわ。………正直に言えば、この駆逐隊に入ろうと思ってくれる艦娘は何処の国でも嬉しい。でもね………。」
「だったら、依怙贔屓しないでよ!私だって、頑張れば戦えるんだよ!だから………見た目で嫌わないでよ!」
多分、自身の小柄な姿が頼りないと思われていると、サムは感じたのだろう。
そうじゃない………と陽炎は言いたかったが、今の彼女には、何を言っても通じないだろう。
だから陽炎は、仕方がないと思いながら、隣に立っていた春風を見る。
「春風………悪いけど、しばらく夜の秘書艦業務と緊急時の出撃、任せていい?」
「押しに弱いですねぇ………陽炎さんも。」
「今度ジュースでも奢るわよ。」
「割に合わないですよ?」
「春の演習の時のお返しだと思って、受け入れて。………その間、私はサムの適性検査をする。」
陽炎のしっかりとした言葉に、春風は軽く嘆息をしながらも、笑みを浮かべる。
口の悪い春風ではあるが、何だかんだ言って、陽炎の気持ちもサムの気持ちも分かってくれているのだろう。
だから、こう言ってくれた。
「陽炎さんが四苦八苦する所を、生で見られないのが残念です。」
「だから、歯に衣を着せろと言ってるでしょ!?………ありがと。」
春風と軽くタッチを交わした陽炎は、改めてサムを見る。
彼女は、目を丸くしていたが、徐々にその顔がキラキラしていく。
「わ、私………第零駆逐隊に入れるの!?」
「あくまで見習いよ。適性検査を超えて、正式採用。それまでは、陽炎の指導の下、修行して貰うわ。………言っておくけれど、厳しいから。」
「それでもいい!やった!ありがとう陽炎!」
喜ぶサムは、思わず陽炎の手を握ってぶんぶん上下に振る。
只、陽炎の心は晴れなかった。
何故ならば、サムは「第零駆逐隊に入れない」事が、もう確定してしまっていたのだから………。
――――――――――――――――――――
執務室を出た艦娘達は解散となり、それぞれの持ち場に戻る。
陽炎は早速、サムと外で会話を始めた。
「それで、陽炎!私、まず何から始めればいい!?」
「第零駆逐隊に入りたいのよね?」
「勿論!」
「じゃあ、今すぐ寝なさい。」
「うん!………え?」
陽炎の指示を受けて、サムはまた目を丸くする。
いきなり眠れと言われて眠れるわけでも無い。
だが第零駆逐隊は、夜戦決戦用駆逐隊なのだ。
その為、基本的に昼は眠って体力を回復させる時間である。
「む、無理だって!?そんないきなり………。」
「じゃあ、好きに過ごしなさい。訓練は夕食後の夜からだから。遅れたら、承知しないわよ!」
「う………わ、分かった………。」
「後、秋津洲さんに頼んで、艤装の兵装を変更して貰っているから。その装備で来ること。」
「よくわからないけど………それが第零駆逐隊に必要ならば………。」
こうして、陽炎はあくびと共に仮眠を取る事になる。
しかし、時間は大体16時半。
夕食までと言われても、頑張っても2時間くらいしか眠れないだろう。
結局、サムは全く眠る事が出来ず、夕食を取って夜の訓練に臨む事になる。
「つ、疲れた………。」
数日間貨物船に揺られ、その日の昼に海戦を行ってダメージを受け、その体力を回復させる事が出来なかった彼女は、かなり疲労困憊になっていた。
そんな彼女に、陽炎はケロッとした顔をして、訓練海域で出迎える。
「第零駆逐隊に入る為の第一条件。どんな時、どんな状態でも、出撃できる身体でいる事。これが大前提よ。例え、今のサムのような状態であってもね。」
「こ、これ………厳しすぎない?代打はいないの?」
「その代打………雪風って言うんだけど、彼女が動きやすくする為に、本来ならば、アンタがブイン基地で防衛に当たる予定だったのよ。」
これは、今はブイン基地に帰投した神通から聞いた話だ。
春に春風が一時的に強制休暇を取った時のように、雪風が戦力として必要になる事がある。
だが、当然彼女が抜けると、ブインの防衛に当たる艦娘が減ってしまう。
その為、ブイン基地の工藤提督の要請を受けて、アメリカからサムが転籍されるはずだったのだ。
(ガンビーさんの手紙の影響があるとはいえ、サムの気合の入り方を見て、ちゃっかり第零駆逐隊の椅子を狙うアメリカもアメリカよねぇ………。)
現場を知らない国家の思惑ほど、面倒な物は無い。
そう陽炎は、思わず考えてしまい、深く溜息を付く。
まあ、日本も日本で、初霜の義腕の件を始め、黒い所は沢山あるが。
「とりあえず、アンタが本気で第零駆逐隊の一員になりたいのならば、どうしてもこなさなければならない試練があるわ。兵装は確認しているわよね?」
「う、うん………。改良型艦本式タービンに、新型高温高圧缶が複数?」
「磯波!打ち合せ通りお願い!」
「はい………。」
陽炎の指示を受けて、磯波が抜錨してくる。
実は、今回の適性検査は、日本とアメリカ、両方の政府からの要望を受けており、戦場艦娘カメラガールである青葉と磯波は撮影を許可されていた。
その為、今は訓練海域の縁に座っている青葉が、ビデオカメラを携えている。
「サム。磯波は第零駆逐隊じゃないけど、青葉さんと共に戦場を駆け巡っているだけあって、練度が高いわ。その磯波と、競争をして貰うわよ。」
「き、競争!?」
「そう。磯波の兵装も改良型艦本式タービンに、新型高温高圧缶複数だから、条件は互角ね。この泊地の外周を時計回りに周って、先に周回遅れになって、追いつかれた方が負けよ。」
陽炎の言葉を受けて、サムは驚愕。
疲労困憊の状態で、こんな慣れない装備で競争するなんて思わなかったからだ。
だが、陽炎はそれを理由に、サムに譲歩はしなかった。
「悪いけど、第零駆逐隊に入る以上、ここでの文句だけは許されないわ。それに、疲労で言ったら、磯波も海戦をしているし。」
「で、でも………。」
「できないの?」
「分かった!やる!」
陽炎の厳しい言葉を受けて、サムは訓練海域に抜錨する。
そして、磯波と共に並んだ。
「じゃあ、行くわよ。よーい………ドン!」
用意していたピストルを鳴らした陽炎の言葉と共に、2人の駆逐艦は主機を全開にして加速し始める。
流石に、缶とタービンを強化しているだけあって、ここら辺の動きは両者共に速い。
それこそ、スピードスケートで加速するように、脚を動かし主機を滑らせていく。
だが………。
「え、ええ………!?」
しばらくして、サムはすぐに困惑する。
彼女達の後ろから、更に追いかけていった陽炎の目の前で、サムは磯波にどんどん引き離されて行ったからだ。
お互い全力を出しているのに、その差は歴然である。
(やっぱりね………。)
だが、陽炎はこの結果に驚きは感じていなかった。
………というより、事前に分かっていたというべきか。
やがて磯波は、何とか追いつこうともがくサムに差を付けて、1週周って後ろから迫って来る。
「ど、どうしよ………!?わあっ!?」
焦ってしまったサムは、疲労困憊だった事と慣れない装備での競争であったという事もあり、うつ伏せに転んでしまう。
追いついた磯波は、申し訳なさそうな顔をしながらも、彼女の背中に触って決着になる。
「ど、どうして………!?何で磯波はこんなに速いの!?」
「………非常に言いにくいんだけど、これ、磯波が速いんじゃなくて、アンタが遅いのよ。」
「ええっ!?」
信じられない顔で飛び上がるように起き上がったサムに対し、磯波の更に後ろから滑走して、決着の時を見ていた陽炎が告げる。
「残酷だけど、最初に言わせて貰うわ。アンタは、護衛駆逐艦故に、第零駆逐隊の適性が無い。」
「適性が無いって………!?」
「サム自身の問題じゃないの。アンタの艤装の出力………速力の問題なのよ。」
陽炎はサムの目を見て、説明を始める。
資料を見て分かった事なのだが、サムの艤装は、他の駆逐艦と比べると特殊で、かなり速力が遅い。
それこそ、改装前は「低速」の域である程で、改二相当になった今でこそ「高速」には一応入っているのだが、缶とタービンで強化出来る範囲に限界がある。
どんなに強化をしても、「高速+」までが限度で、陽炎や磯波のような「最速」にはなれないのだ。
「それだけで!?」
「それだけで………よ。というよりは、そこが一番、第零駆逐隊に必要な部分なの。」
第零駆逐隊は、1人でも多くの救難信号に応える為に、現場に急行しなければならない。
その為、主機が煙を吹いて過度の負荷が掛かってしまう深雪や春風も、このリスクを差し引いてでも、缶とタービンを最速まで強化している。
第零駆逐隊に課せられた使命は、華麗に敵艦を撃沈する事ではない。
1人でも多くの、失われそうになっている命を救う事なのだ。
「護衛駆逐艦ならば、分かるでしょ?力の無い人の命を、深海棲艦から守らないといけない事の大切さが。」
「……………。」
「だから、サム。アンタは………第零駆逐隊に入っても、活躍できない。艤装が足を引っ張ってしまうもの。」
「……………。」
陽炎の告げた厳しい現実の前に、サムは絶句していた。
サムが第零駆逐隊に入れない理由が、「速力」。
彼女は、どんなに強化をしても、「高速+」までしか速力を上げられません。
導入編や初霜編で語りましたが、第零駆逐隊は、現場に何が何でも急行しないといけないので、この僅かな差は致命的なんですよね。
さて、この現実を前にサムはどうするか?そして、陽炎は…?