あの事件は、陽炎が全貌を知った時には、全てが終わっていた。
事件を起こした新郷提督は殉職という扱いになり、彼を殺してしまった沖波は懲罰艦隊に送られており、彼に殺されかけた初霜は心に傷を負っていた。
陽炎は今でも、日が沈む桟橋に腰かけていた初霜の姿を覚えている。
彼女は、虚ろな目で、陽炎を見ながらこう言った。
「ねえ、陽炎………。私って、壊れているのかな?」
その声は、とても穏やかで不気味であった。
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「うわあ!?」
目を覚ました陽炎は、裸で風呂の中にいた。
「わ、私………?」
落ち着いて周りを見てみると、椅子にベルトを掛けられた状態で固定されている。
どうやら、睡眠中に溺れないようにされていたらしい。
「船渠(ドック)入りしている………?私、あの海戦で倒れて………。」
駆逐棲姫との海戦を思いだした陽炎は、まず、深呼吸をして自分の体を確かめてみる。
所々に、傷と痣と火傷の跡がある。
自身の魚雷による誘爆と、駆逐棲姫の砲撃で傷ついた跡であった。
傷的には、中破といった所だろうか?
高速修復材(バケツ)を使う傷では無いとは、判断されているらしい。
「ここは………ブイン基地よね。」
次に、周りを見渡して自分の居場所を再確認。
風呂の作りは、ショートランド泊地とは少し違っていた。
恐らく、あの時加勢に来てくれた霧島達の判断で、ブイン基地に連れられる事になったのだ。
実は、ブイン基地とラバウル基地には、秋津洲のような工作艦に相当する艦娘は居ない。
たまに、彼女がメンテナンスに赴くが、風呂や工廠は、基本は妖精さんが管理をしてくれている。
だから、陽炎は自分の肩に乗った妖精さんに、現在の日にちと時間、そして残りの入渠時間を聞いた。
妖精さんは、すぐに時計を取り出して教えてくれる。
どうやら、あの海戦から1日が経っており、時間は昼過ぎであった。
そして、入渠時間は………。
「まだ、時間が必要そうね………。とりあえず、貨物船や海戦が、どうなったか確認しないと。」
陽炎は椅子のベルトを外し、風呂から立ち上がると、近くの壁に掛けてある電話を手に取る。
執務室に通じているだろうから、恐らくは秘書艦の神通か、代理で入っている艦娘が応答してくれるはずだ。
「もしもーし、陽炎です!すみませんが、誰か応答してくれませんかー!?」
「あ、陽炎目覚めたんだね!?ちょっと待ってて!神通達を呼んで来るから!」
電話に出てくれたのは、ガンビーであった。
しばらくした後、風呂場に神通とリシュリューが入って来る。
「神通さん、霧島さんとガンビーさんは?」
「避難してきた貨物船の応対を、工藤提督と一緒に行っていますよ。まずは、リシュリューさんに、あの後の海戦がどうなったか、話して貰いましょうか。」
「そうですね………お願いします。」
陽炎の言葉に、リシュリューは加勢に入った後の事を伝えた。
まず、イ級とホ級、それにリ級といった随伴艦は、霧島とガンビーと共に、全て撃沈する事に成功したらしい。
「………サムは?」
「貴女を抱えて、泣き叫んでいたわ。とてもじゃないけど、海戦が出来る状況じゃなかったわね。」
「ごめんなさい、サム共々、迷惑を掛けて。………青葉さんと磯波は?」
「青葉は、私達と一緒に雑魚の掃討。磯波は、駆逐棲姫を追ったのだけれど………。」
彼女達からの通信で、リシュリュー達が、あの海戦に参戦した駆逐棲姫が、潜水出来る事を知った。
その為、随伴艦を散らした後、浮上している内に砲撃を集中させようとしたが、残念ながら危ういと感じとった瞬間に、姫クラスはすぐさま潜水して逃げていったらしい。
「………今は、サム達3人はどうしています?」
「青葉と磯波は、ショートランド泊地のアミラルに報告中ね。とんでもない亜種の登場に、電話で本土への伝言を頼まれた各泊地の提督や、報告先の大本営も目を疑っているって話よ。」
「ですよね………。」
「………で、サムは桟橋で1人にしてあげているわ。」
「……………。」
陽炎は、海戦の状況を思いだし、思わず俯いてしまう。
サムはあの海戦で、陽炎の役に立とうと暴走してしまった。
その結果、あろうことか陽炎を誤射してしまい、結果的に彼女が中破する原因を作ってしまった。
状況次第によっては、大破もしくは轟沈していた可能性すらあったのだ。
誰かが彼女を責めたわけでは無かったが、自分の失態を自覚できない程、サムは落ちぶれてはいなかった。
「ごめんなさい、私の責任です………。」
陽炎は、消え入りそうな声で呟く。
あの暴走は、サムの独断行動だ。
だが、彼女の心情をコントロール出来なかった陽炎にも、厳しい言い方になってしまうが、責任がある。
また、秋津洲から警告されていたのに、自身の体調管理が出来ていなかった事も問題だ。
サムに自信を付けさせようと考えた結果、逆にサムの心に傷を付けてしまった。
「………陽炎さんは、少し休むべきだと、工藤提督は言っていました。」
「休む………ですか?でも、もう丸1日休んだんですよ?体調は………。」
「身体的には、高速修復材(バケツ)を使えば、どうにかなるかもしれません。でも、頭の中を整理しない限り、サミュエルさんに会ったとしても、余計に彼女を傷つけるだけです。」
只、真実だけを伝える神通の言葉に、陽炎は何も言えない。
恐らく、高速修復材(バケツ)を使わせて貰えないのは、資源の節約問題だけでなく、陽炎自身が考える時間を与えた方がいいという、工藤提督の計らいもあるのだろう。
彼女は、黙って風呂に漬かり直す。
サムに会って、どういう顔をすればいいのか分からない。
………というか、どんな顔をしても彼女を傷つけるだけのように思えた。
「………神通さんは、私のこれまでの行為を、愚行と笑いますか?」
「笑っているのならば、とっくに笑っていますよ。サミュエルさんの気持ちも痛いほど分かりますし、それに応えたい陽炎さんの気持ちも痛いほどわかります。」
「……………。」
「でも、2人の感情がしっかりと噛み合うかは、また別問題なのです。互いに最善を目指すあまり、すれ違う事も、また有り得る事なのですよ。」
神通はそう言うと、リシュリューと共に、風呂場を後にする。
1人取り残された陽炎は、泣きたかった。
でも………泣いていい場面では無いと切り替え、どうするべきか考え始めた。
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「やれやれ………。とんだ厄介者が現れたもんだ。」
ブイン基地の執務室では、工藤提督が、神通と霧島とリシュリューとガンビー………それに青葉と磯波を集めて、緊急会議を開いていた。
いつもは、秘書艦の神通に任せて釣りばかりしている工藤提督も、こうなると仕事モードだ。
避難してきた貨物船の乗組員は、事情聴取も済んで、寮の部屋を貸し出して、休んで貰っている。
「この情報は、現地の政府にも伝わっているんですよね?どんな感じです?」
「青葉。お前さんなら大体予測が出来るとは思うが、現場の失態だと喚いておるよ。」
「あー、やっぱり?こりゃ、早急に対処しないと、またヒステリックな高官が踏み込んできますねぇ………。」
職業柄、人を安心させる必要がある為に、のんびりとした口調が特徴的な青葉であるが、表情は真剣そのものだ。
これまでの経験上、現地の政府に、民間船を深海棲艦の性能のせいにして見捨てた………と騒がれるのが、一番厄介であった。
無論、それを見越してか、大本営からも調査船が近々派遣される事になっており、ショートランド泊地に将校が出向き、情報収集に当たる事になっている。
「派遣される将校は、理解力はある。だが、所詮はワシらと同じ中間管理職。上の命令を淡々とこなすだけだろう。………後、沖波は良い顔をせんだろうな。」
「間接的とはいえ、表向きは、懲罰艦隊の管理も任されていたって話らしいですからねぇ………。まあ、彼が苦労人なのは認めますけど。」
軽く嘆息する青葉であるが、流石に戦場艦娘カメラガールだけあって、情報通だ。
大本営からの調査船を纏める提督に対する情報も、ある程度は入手していた。
そして、その上で工藤提督に問う。
「………で、肝心のあの駆逐棲姫の行方は、掴めましたか?」
「秋津洲の二式大艇に、索敵をして貰っている。泊地に帰投した陽炎以外の第零駆逐隊も、救助した民間船の対応を終え次第、こちらに向かうそうだ。後、サムが手持無沙汰だったから、桟橋から回転翼機を飛ばして貰っている。」
「今度は、敵の証拠映像が欲しいと言われたので、私と磯波ちゃんは、ビデオカメラを回す事になります。申し訳ありませんが、直接的な戦力にはなれませんね。」
昨日の海戦では、青葉と磯波は、戦力として必要だった為、ビデオカメラは持参して来なかった。
代わりに、二式大艇ちゃんに泊地から運んできてもらった撮影用具を、今度の海戦で使う事になっている。
とにかく潜水する駆逐棲姫の映像が、大本営にしてみれば、一刻も早く必要であったのだ。
「お前さん達は、お前さん達の戦いをすればいい。ワシらはワシらの戦いを行うまでだ。………神通、陽炎はどうなっている?」
「精神的に落ち込んでいます。あまり海戦を任せてよい状況では無いですね。」
「そうか………。やむを得ないだろう。サムは?」
「雪風さんに様子を見に行って貰っています。でも、彼女も精神的ダメージを考えれば、海戦には参加させない方がいいですね。」
淡々と自身の意見を述べていく秘書艦神通に、工藤提督は髭を伸ばしながら、頷いていく。
そして、おもむろに電話を取ると、ラバウル基地へと掛け始めた。
「ワシだ。………喜多見提督を出してくれ。」
「は~い、ちょっと待って下さいね~。」
電話越しの龍田の声からしばらくして、彼女の夫である喜多見提督が応対する。
工藤提督は、彼に対し、今後の作戦に付いて話し合いを始めた。
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同時刻、サムは工藤提督の言う通り、ブイン基地の桟橋で艤装を付けて腰掛け、回転翼機を飛ばし、ひたすら索敵を続けていた。
だが、その心はここに有らずという感じで、ひたすら機械的に動いているだけ。
何かを考えようとしても、頭に思い浮かぶのは自分の失態のみ。
陽炎を危険な目に合わせてしまったという、後悔だけであった。
「………陽炎。」
「隣、いいですか?サミュエルさん。」
そこに、雪風がやって来て、隣に座る。
彼女も艤装を装着しており、いつでも抜錨出来る状態であった。
駆逐棲姫が何処にいるか分からないから、こうして厳戒令を敷かれているのだ。
雪風はサミュエルの横で、空を飛行する回転翼機を興味深げに見上げながら、呟く。
「大丈夫ですよ。陽炎さんは、こんな事でサミュエルさんを見捨てはしません。」
「………私のせいで、ボロボロになったのに?」
「第零駆逐隊の人達の心は………色々と闇はありますけど、みんな優しいんです。深雪さんを始め、この雪風だって受け入れてくれました。」
雪風は、サムに説明する。
自分は本土で艦隊全滅をやらかした、雪風の恥さらしである疫病神なのだと。
思わぬ言葉に、サムは固まるが、彼女は穏やかな笑みを崩さず説明を続けた。
「雪風も雪風で、辺境の地に飛ばされたのには理由があるんです。………でも、本土と違い、ここの人達は、雪風の事を死神だと微塵も思ってくれていません。」
「……………。」
「サミュエルさんは、雪風の事、幻滅しました?」
「そ、そんな!?そんな事無いって!むしろ………雪風の気持ち、分かるよ。」
サムもまた、本土では空回り。
しかし、この辺境に飛ばされて、陽炎達に面倒を見て貰い、オンリーワンを発掘して貰っていた。
まだ着歴の浅いサムでも、ここにいる人達の心が温かいのは、十分に分かっていたのだ。
だからこそ、その陽炎の助けになりたいという気持ちが暴走に繋がり、彼女を傷つけてしまったのだが………。
「雪風………私、陽炎にどんな顔して謝ればいいかな………。」
「繰り返しますけど、陽炎さんは「そんな事」で、貴女を見捨てはしません。思った事をそのまま言えばいいと思いますよ?」
「私の思った事を………そのまま………。」
笑みを見せる雪風の優しさが身に染みたサムは、少し涙を流しそうになりながらも、それを堪える。
一番辛いのは、きっと陽炎なのだから。
自分自身が、こんな事で挫けるわけにはいかなかった。
………と。
「え!?駆逐棲姫!?」
「!?」
2人の会話が突然打ち切られる。
サムが回転翼機から見下ろしていた事で、前方の海面が浮き上がるのを感知したのだ。
それは、姫クラスの駆逐艦となって出現した。
『敵襲!?』
「オチロ!!」
『っ!?』
立ち上がった2人の前で、駆逐棲姫が、扇状に魚雷を放った。
最善の行動を取ろうとしたけれど、噛み合わず、最悪の結果になってしまう。
人間生きていれば、一度は経験するような事だと思います。
その中で、次への糧に出来る人達は、本当に素晴らしいと思いますね。
さて、ここで沖波に関する話も少し出てきました。
彼女の謎も、少しずつ紐解かれて行きますね。