陽炎は、禍々しい左腕の口から、刃を伸ばして来る軽巡棲姫の攻撃を弾きながら、通信を開く。
相手は、空中の二式大艇ちゃんであった。
「秋津洲さん!二式大艇ちゃんに、やって欲しい事があります!」
「え!?陽炎、何を閃いたの!?」
「実は………!」
陽炎は、全員に素早く作戦を伝える。
そして、その意図を理解した神通は、早霜達3人を呼びよせる。
「やってみるだけの価値は、あるかもしれませんね。各艦、単横陣。」
右から、神通、雪風、陽炎、峯雲、夕暮、早霜と並び、各艦が軽巡棲姫の刃と対峙する。
本来ならば、対潜水艦に特化した陣形である為、今回の場面ではあまり効果が無い。
むしろ、全員が正面に集まってしまった事で、軽巡棲姫にとっては攻撃がしやくなってしまった。
それでも、神通は陣形を変えず、指示を出す。
「各艦、雷撃準備。夕暮さん以外は、魚雷が残っていますね。一斉に発射します。………よーい!」
『発射!』
そして、軽巡棲姫に対し、一斉に雷撃を放っていく。
魚雷の束は巨大な敵艦を呑み込み、炎を上げるが、怯む様子は無い。
巨体故に、装甲もバカにならないのだ。
むしろ、水雷戦隊の切り札を耐えきった敵艦は、勝ち誇ったように叫ぶ。
「ワタシハ………ツヨクナッタ!!ツヨク………!」
「そこかも!!」
「オゴォッ!?」
だが、立ち上る炎で視界を封じられた所に、二式大艇ちゃんが突撃してくる。
………と言っても、頭や心臓を狙って来たわけでは無い。
狙いは………何と腹。
「必殺パーンチッ!!」
秋津洲とシンクロした二式大艇ちゃんは、軽巡棲姫の腹に、何度もパンチを打ち込み始める。
たかが、小型ロボットのパンチと言っても、その威力をバカにしてはいけない。
何度も腹に鉄拳を受けてしまえば………食べた物は吐き出してしまう。
「ォ……ァ………!?」
陽炎が閃いたのは、随伴艦を食ったのならば、腹にダメージを与えれば吐き出すのではないか?という事である。
実際、この常識に囚われない考えは効果があったらしい。
軽巡棲姫は、口から随伴艦を………力尽きたナ級を吐き出し始めた。
1体、2体、3体………。
吐き出す度に、その巨体が見る見るうちに小さくなっていく。
そして………。
「ワ、ワタシハ………!?」
「私に瓜二つの敵艦に、酷い醜態を見せるなんて、陽炎さんも鬼ですね。………追撃します。」
「誉め言葉と受け取っておきますよ!」
全てのナ級を吐き出して、元の大きさに戻って痙攣している軽巡棲姫に、神通と陽炎が突撃する。
神通の突きが、左腕の異形の口に深々と突き刺さり、血を噴き出す。
更に、陽炎がその頭にバルジトンファーを叩き込む。
だが、まだ再生能力を備えているのか、回復をした。
「ニ、ニゲ………!?」
「させるか!峯雲!!」
「はーっい!!」
神通に向けて砲撃をヤケクソ気味に放ち、距離を取らせた軽巡棲姫は、振り向き逃げようとする。
しかし、峯雲の放ったモーニングスター状のドラム缶が進路上に叩きつけられ、その出足を封じられる。
陽炎はバルジトンファーを仕舞うと、敵艦にしがみ付き、逃走を防ごうとする。
「コノッ!!」
「ぐふっ!?」
何とか振り返った軽巡棲姫は、膝蹴りを放ち陽炎を引き離そうとする。
陽炎は、元々のダメージもあった為、口から血反吐を履くが、その膝にしがみ付き、身を低くして離さない。
そして、叫んだ。
「サム!!」
「!?」
安全地帯にいるサムであるが、まだ回転翼機は飛ばしていたし、レーダーも備えていた。
この距離ならば、弾着観測射撃もどきは出来るだろう。
だから、陽炎はハッキリと叫んだ。
「今度こそ、アンタの手で決めてやりなさい!みんなを見返してやるのよ!」
「陽炎………!でも、また陽炎に当てたら………!」
「大丈夫!信じてるから、早く!!」
軽巡棲姫は異形の口で陽炎を喰らおうとするが、早霜達が砲撃を当てて動きを制限する。
だが、それも長く続かないだろう。
「分かった………!」
サムは主砲を構えると、レーダーで調整しながら山なりの弾道で放つ。
陽炎に当てたくないという想いからか、1発目は、軽巡棲姫の遥か上を通過していった。
2発目は、それよりも押さえてくれている陽炎に、近づけなければならない。
(陽炎………私ね………もう、本土の事はいいんだ………。)
回転翼機から得た情報を元に計算しながら、サムは思う。
フレッチャー級を意識するあまり、アメリカでは空回りばかりしていた。
でも、今思えば、大事なのは性能とかそんな事じゃなかったのだろうと。
(私は、多分………その大事な物をもう手に入れられている。)
この泊地や基地に来て、沢山の温かい想いを知った。
特に陽炎は、自分の失敗で傷ついても、最後まで信じてくれている。
そんな「師匠」に恵まれた事が、嬉しかった。
(だから………みんなを見返す為じゃなく………信じてくれる陽炎達の為に………!)
サムは、2発目の砲撃の照準を定める。
不思議と、焦りとか怖さとかは消えていた。
彼女は、息を吐き、砲撃を放つ。
「………ファイアッ!」
言葉と共に山なりに飛んだ砲弾は、綺麗な弧を描き………驚く軽巡棲姫の脳天を撃ちぬく。
このサムの一撃で、海戦が決着した。
――――――――――――――――――――
戦いが終わる頃には夕方を迎えており、陽炎達は帰投する事になっていた。
この後の事は、戦場を綺麗にする後始末屋に任せる事になる。
恐らく、撃沈した2隻の突然変異の姫クラスも、引き上げられる事になるだろう。
現場を離れる前に、サムはようやく陽炎に謝る事が出来た。
「陽炎、本当にごめんなさい。私のせいで、傷ついちゃって………。」
「別にいいのいいの。これでも春には、第零駆逐隊の中で、ガチの喧嘩になりかけた事もあるし。それに比べれば、誤射なんて可愛い物だって。」
「そ、そうなの………かな?」
陽炎は笑って許すが、血反吐を吐いている上に、元からの傷跡や火傷等はまだ残っていた。
その痛々しい姿を見ると、流石にサムも笑えはしなかった。
「とりあえず、第零駆逐隊のみんなが迎えに来てくれたら、泊地に戻るわよ。」
「あ、あのね!それなんだけど………。」
「ん?」
陽炎の言葉を聞いて、サムは少し俯いて、困ったような顔をする。
そして、思い切って言った。
「私………当初の予定通り、ブイン基地に帰投しようかなって。」
「………陽炎の指導が嫌になった?」
少し自信無さげに呟く陽炎を見て、サムは首を振る。
「陽炎は私の師匠だよ。でも、この教えてくれた戦術は、昼じゃないと役に立たない。これ以上、陽炎に負担を掛けたくないんだ。」
「そっか………。確かに、私も体調、コントロール出来て無かったものね。」
陽炎は昼夜逆転生活を基本としている故に、サムに合わせた結果、身体を壊しかけた。
やはり、サムの指導者は、昼に戦う事が出来る艦娘が良いのだ。
「神通さん………申し訳ないんですけれど………。」
「構いませんよ。陽炎さんの愛弟子ならば、鍛えがいがあります。」
「神通の事は、大師匠と呼べばいいかな?」
「ふふっ、好きに呼んで下さい。ところで………私からも聞いて良いですか?」
サムの教育係を引き継いでくれる事で、笑みを見せた神通は彼女に聞く。
実は彼女も、気になる事があったのだ。
「今回、サミュエルさんにとって陽炎さんは、どう映りましたか?頼れる師匠?それとも………。」
「ヒーローに見えた。すっごく輝いて見えた!」
素直に答えるサムに対し、陽炎は苦笑する。
「神通さんもだけど………そこはヒロインって言いなさいよ………。でも、今回は間に合ったのかな………?」
「間に合う………?」
「私の周りでね………人間関係がこじれて、3人の人が不幸になったんだ。私は何も気づかなくて………。」
暴走した新郷提督。
彼を殺めてしまった沖波。
彼に殺されかけた初霜。
その後悔があるからこそ、陽炎はネームシップとして、あまり旗艦装備に恵まれない自分を呪い、初霜の役に立てない自分を悔やんだ事もあった。
だが………。
「ねえ、サム。私にネームシップらしい所があるとしたら、何だと思う?」
「陽炎に………?それは勿論………。」
陽炎の質問に、サムは笑みを見せて答える。
「「陽炎らしさ」、だよ!」
「………答えになって無いわよ?」
「いいの!陽炎は全てを含めて、陽炎型ネームシップ1番艦陽炎なんだから!!」
その笑顔は、とてもキラキラとしていた。
――――――――――――――――――――
「陽炎らしさか………。確かに、綾波も怪我する前は、綾波らしさ全開だったっけ。」
「ネームシップって、そういう物なのかもね。私の求める理想が高かっただけで………。」
日が暮れた頃、現場に到着した第零駆逐隊に連れられる形で、陽炎はショートランド泊地に帰投しようとしていた。
ブインとラバウルからの増援は、そのまま戻る事になる。
また、青葉と磯波は、とりあえずはブイン基地に戻って工藤提督と共に映像を編集し、翌日、ショートランド泊地に改めて来る予定になっていた。
二式大艇ちゃんは、まだ夜は飛行出来ない為、今は春風が両手に掲げている。
陽炎は、身体に中破程度の傷を受けていた為、敷波に肩を借りる形になっていた。
「気のせいでしょうか。サムが弟子になる前と後で、陽炎の姿が一回り大きくなった気がしますね。」
そう答えるのは、大潮。
確かに今回の様々な経験は、陽炎にとっても、成長する上での糧になっただろう。
先頭の初霜も、前を見据えながらであったが、それを感じ取っていた。
「成長できるっていいわよね。」
「初霜も変われるわよ。」
「そうかしら?」
「実際に、藤原提督のなでなでが、ご褒美になったじゃないの。」
「そ、それは違………わないのかな?」
恥ずかしそうに俯きながらも、初霜は考える。
自分自身もまた、変化をしているのかと。
もしかしたら、藤原提督の父性愛と、サムとの師弟愛は、似たような物なのかもしれないと考える事が出来た。
「………私達も、考える時が来ているのかもしれないね。」
そう、寂しそうに呟くのは沖波。
彼女だけは、笑みを見せず何かをずっと考え込んでいた。
それ故に、春風が聞いてみる。
「………どうしたのですか、沖波さん?お腹が痛いのですか?」
「違うよ。只………ちょっと、明日の事を考えると複雑な気分になっているだけ。」
「明日………?」
沖波の言葉を受け、陽炎は首を傾げる。
初霜が説明をする。
「藤原提督に聞いたんだけど………明日、ラバウルの喜多見提督とブインの工藤提督、それに戦場艦娘カメラガールの青葉さんと磯波を連れ立って、本土から将校が来るらしいの。」
「将校………ああ、大本営の将校だから、沖波は複雑なのね。」
陽炎は事態を理解する。
大本営は、初霜や沖波に義腕や義眼を与え、実験兵器として扱っている。
そんな将校がやって来るのだから、沖波が落ち込んでいるのは、仕方ないと思ったのだ。
だが、沖波は首を振る。
「少し違うかな。何だかんだ言って、私も左目の義眼のお陰で、みんなの役に立てているんだし。………でも、ね。」
「でも………?」
「………提督だったんだ。」
「え?」
沖波は、顔を上げて悲しそうに呟く。
「「成宮 冬也(なるみや とうや)」提督は………私が所属していた懲罰艦隊を率いていたの。勿論彼も、上に逆らえない中間管理職だけどね。」
「沖波………。」
「あの人の元で、私は地獄を見て………あの人のお陰で、今、この場所にいられるんだ。」
その言葉を前に、第零駆逐隊が皆、絶句する事になる。
只1人、大潮だけは………目を細めて、沖波の言葉を聞いていた。
食べたのならば、吐き出せばいい。
ある意味単純すぎますが、逆にだからこそ効果がある場合もありますよね。
陽炎がネームシップであるのは、別に装備がどうのこうのでなく、性格面でそうさせているのだと思います。
妹達が個性的だとお姉ちゃんも大変ですよね。
さて、陽炎編は、あともう少しだけ続きます。