季節は夏から秋へ移る。
ショートランド泊地は、当然ながら残暑も厳しく、艦娘にとっては過ごしにくい。
それでも出撃は、蒸し暑い昼夜を問わず続く為、彼女達は気候変動に付いて行くしか無かった。
そんなある秋の日の夜の事、第零駆逐隊は実戦形式の訓練を行っていた。
今、訓練海域でペイント弾を使って砲撃の撃ちあいをしているのは、沖波と初霜。
しかし、いつもと訓練の方式は違っていた。
実は、互いの主砲を交換して砲戦を行っているのだ。
「相変わらず、初霜さんの主砲は特殊だね!左右で別々の主砲を扱えるなんて器用だよ!」
「そう言いながらしっかりと操る沖波も、並じゃないわ。流石の練度ね!」
互いを褒めたたえながら限り無く近い距離で、砲撃を行う両者。
他の型式の駆逐艦の主砲を扱って訓練をしているのは、海戦で何があるか分からない為。
もしかしたら時と場合によっては、自分の主砲が失われて、他の艦娘の主砲を借りる形になるかもしれない。
だが、実際に訓練をしておかなければ、他の型式の主砲を即興で扱っても、距離感を掴めるものでも無いのだ。
特に初霜の場合、右手に単装砲、左手に連装砲を構える独特のスタイルである為、別の艦娘が扱うには、かなりの技術が必要になる。
ちなみに、臨時メンバーも含め、第零駆逐隊の面々で右利きなのは、深雪。
残りの初霜、陽炎、沖波、大潮、敷波、春風、雪風は、実は両利き。
それだけ器用な面々が多いからこそ、こういう訓練は、より積極的にこなしておく必要があった。
「沈めるわよ!」
相変わらず訓練とはいえ、復讐鬼のような厳しい目を向けながら、今回は左手に装着した夕雲型の主砲を撃ちながら牽制する初霜。
だが、沖波はその目には慣れているし、自分の武器の特性は自分自身が一番よく理解している。
左手の連装砲を敢えて連射しながら接近する事で、初霜に反撃をする隙を与えない。
こうなると、初霜は小手も兼ねた主砲と右腕の義腕で防御して、無理やり距離を詰めてくる。
(近づくなら………!)
沖波は、ここで奇策を使う。
初霜の顔面に向けて、右手の単装砲を投げつけたのだ。
これには、初霜も予測していなかったのか、咄嗟に右腕の義腕で弾き飛ばす。
だが、これで一瞬だが視界が塞がった。
「くっ………!?」
身をよじるようにして左手の主砲を向けるが、いつの間にか零距離まで接近していた沖波は、その砲口を空いた右手で掴み、狙いを外す。
そして、左手の連装砲を顔面に向けた。
「あ………。」
「ごめんね。」
左手の砲口が火を噴き、初霜の顔にペイント弾がぶちまけられた。
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「沖波………貴女、腕を上げているわよね。これで、顔にペイント弾を浴びるのは、何度目かしら………。」
「砲戦縛りだったから、今回は上手くいっただけだよ。雷撃戦や義腕の武装も駆使したら、負けていたと思う。」
訓練が一通り終わった事で、初霜が苦い顔をしながら、顔に容赦なく掛けられたペイント弾をタオルで拭き取る。
沖波も、服の所々に付いたペイント弾を拭き取りながら、初霜に運が良かっただけ………と謙遜する。
第零駆逐隊の中で、一番の練度を誇るのは初霜だ。
だが、流石に互角とは言えなくても、他の面々も2割か3割くらいの確立で、彼女に勝利する事が出来るようになってきている。
最近の成長が著しいのは、陽炎と沖波。
陽炎は、夏にサムを弟子にして、師匠としての経験を積んだ事が、心身の成長に繋がっているのだろう。
沖波は、その陽炎の姿に触発されているとも言えた。
「みんな頼もしいよなぁ………。深雪さまも、何か切り札と言える力が欲しい。」
「その連装砲を駆使するだけでも、深雪は強くなれると思うけど。………お?」
敷波が東の空を見ると、明るくなり始めていた。
夜明けが近づいていたのだ。
「今日の訓練はこれで終わりにしましょう。洗濯機で制服の汚れを取って、その間にお風呂で汗を洗い流して朝食ね。」
初霜の言葉を受けて、第零駆逐隊の面々は演習海域から引き揚げる事になった。
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「あら、みんなお疲れ様。今日は由良から「お茶漬け」というのを習ってみて作ってみたのだけど、どうかしら?」
風呂と洗濯を済ませた第零駆逐隊のメンバーが寮の食堂に向かうと、今日の食事当番であるアイオワが日本食をご馳走してくれた。
根っからのアメリカンな彼女ではあるが、日本食に対する呑み込みも早い。
流石に寿司や刺身には抵抗があったが、これから就寝を取る予定の零駆の胃に優しい朝食を作る所を見ると、しっかり献立を考えてくれているようであった。
「ありがとうございます、アイオワさん。御飯3倍増しでお願いしますね。」
「春風………深雪では無いですが、貴女の栄養は、本当に胸に行っているのでは?」
「いいでは無いですか、大潮さん。食べる子は育つんです。」
いつものように大盛りで食事を注文する春風に苦笑しながらも、アイオワは語る。
「そう言えば、ここに来る前にアドミラルに会ったけれど、今日の朝に貨物船らいちょうが来るらしいわよ。」
「へー、そうなんですか。………じゃあ、本土から何か情報を持って来ているかもしれませんね。」
陽炎がそう言うのは、夏に突然変異の駆逐棲姫や軽巡棲姫と激戦を繰り広げたから。
回収された亡骸は、大本営が本土で解剖を済ませて、ショートランド泊地に結果が伝わる事になっている。
季節が移り替わったからこそ、そろそろでは無いか?と感じたのだ。
「食べていきなり眠るのも何だし、それまで起きてよっか。………らいちょうが来るなら、沖波も気になる事があるでしょ?」
「うん。出来れば、お墓参りもしたいから………。」
「お墓………?」
「アイオワさんは、まだ知らなかったですね。」
沖波は、少しだけ迷ったが説明をする。
貨物船らいちょうには、自分が懲罰艦隊にいた時の仲間の墓が置いてあるのだと。
その言葉を聞いて、アイオワは少しだけ驚く。
「……………。」
「意外でしたか?」
「え、ええ………てっきりお墓があるとしたら、本土かこの泊地だと思っていたから………。」
「成宮提督達もそんな感じでしたね。」
沖波は苦笑をする。
そして、徐にアイオワに聞いてみる。
「折角ですから、アイオワさんもお参りをしますか?私の新しい仲間として、紹介しておきたいんです。」
「そう言って貰えると有り難いわね。………同行しても大丈夫かしら?」
「はい。本土からの情報もあるかもしれないし、他の皆さんも誘おうかなって思うんです。………それでいいかな、大潮さん。」
「構いませんよ。では、部屋で準備をした後、らいちょうに行きましょう。」
大潮は沖波の提案を受けて、彼女がそこで何をしたいのかを悟る。
そして、その上で肯定してくれた。
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沖波と大潮は同部屋だ。
第零駆逐隊は、初霜と陽炎、深雪と敷波が同じ部屋を使っている。
春風は基本1人部屋。
但し、雪風が来た時はここに彼女が入る事になっている。
洗濯した制服を干しながら、こちらに近づいてきているであろう、らいちょうの汽笛の音を窓辺で聞いていた沖波に対して、大潮は聞く。
「………宜しいのですか?泊地のみんなを竹の墓に集めるという事は、話すつもりなんでしょう?」
「いつまでも、黙っているわけにはいかないから………。それに、初霜さんも陽炎さんも歩き始めているからね。私も………止まっているわけにはいかないと思ったの。」
沖波は、大潮に対して視線を向けずに呟く。
今までは、実は彼女しかその墓には招いていなかった。
しかし、初霜や陽炎を始めとした第零駆逐隊の仲間や泊地の面々を、その墓に連れていこうとしている。
彼女はその場で、誰にも語っていない自身の過去………懲罰艦隊での出来事を語る予定なのだ。
夏に一触即発になった成宮提督や、秘書艦になっている薄雲との関係。
そして、何より今は亡き竹との関係。
「沖波………大潮は話して貰っても構いませんが………、貴女の辛い日々を赤裸々にしようと思った理由を教えて下さい。」
「偉そうな事を言うけど………今の初霜さんと陽炎さんならば、受け入れてくれるかなって。」
初霜には、藤原提督が父性愛を見せてくれている。
陽炎には、神通やサムが師弟愛を見せてくれている。
前と違って、それぞれ支えとなる物を手に入れている以上、沖波も安心して語れると思ったのだ。
だが、それは逆に言えば、それだけ衝撃的な事を話さなければならないという意味合いでもある。
そして、そこには大潮………ひいては、貨物船らいちょうの面々も絡んでいるのだ。
「ゴメンね、大潮さん。巻き込んで。」
「繰り返しますが、大潮は構いません。………後は、貴女がどうするかを決めて下さい。」
「ありがとう。」
沖波は振り向く。
少々寂しそうであったが彼女が笑みを見せた所で、2人は泊地へとやって来た貨物船らいちょうへと赴く事になった。
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「成程ねぇ………。あの提督がここに来たのは、そういう理由もあったわけね。」
補給物資の搬入が行われている間、貨物船らいちょうの中の通路を、泊地の面々が進んで行く。
今回は沖波の頼みを受けて、秋津洲や由良、藤原提督も一緒に来て貰っていた。
本当に、沖波は全員に語るつもりなのだ。
一方、らいちょう側は、艦娘提督である曙と秘書艦の岸波が案内をしている。
腕を組みながら歩いていく曙の姿を見て、沖波は聞いた。
「成宮提督は、やっぱりこの船に来たの?」
「ええ、薄雲を伴ってね。勿論、この泊地で見かけた突然変異の姫クラスの話もあったけど。」
「………何か言っていた?」
「墓参りの時は、流石に無言だったわよ。只、姫クラスに関しては、近々調査船のしらさぎでまた、この泊地に来ると言っていたわね。」
「そう………。」
淡々と説明する曙に、沖波は考える。
自分や竹の過去に関して、重要な繋がりを見せる2人の人物。
彼等が何を考えているかまでは分からないが、死者を敬う精神はある。
………いや、そうでなければ、沖波自身はこのショートランド泊地に帰ってこられていないだろうが。
「着いたわ、沖姉。カギを開けるわね。」
重そうな立ち入り禁止区画の扉の前に立った岸波が、タブレットを弄り、認証をする。
すると、扉が開く。
中には、墓が幾つか並んでいた。
「………ここには、クソ提督………あたしの夫を始め、何人かの墓が並んでいるわ。沖波の言う竹の墓も、ここにあるわね。」
曙は並んだ墓の内の1つ………竹の物へと案内をする。
沖波は、持参してきた花を献花すると、祈り始めた。
それに倣って、初霜やアイオワ達も、同じようにお祈りをする。
長い時間、ずっと沖波は祈り続けていた。
「沖波………そろそろいいかしら?」
やがて、祈りの時間が終わった事で、初霜が聞いてくる。
沖波の大切な人であろう、竹に関する事。
それを、彼女の口から聞きたかった。
「………3年前、私は新郷提督を殺めてしまって、懲罰艦隊に送られて………そこで、2人の親友に出会ったの。大切な、大切な親友………。彼女達がいなければ、私は1年間も生きられなかったと思う。」
立ち上がった沖波は、皆を見渡しながら告げる。
その友達が誰なのか、第零駆逐隊の面々は理解した。
………というか、他に選択肢が無いと言った方が正しいか。
「松型駆逐艦竹、吹雪型駆逐艦薄雲………2人は、私の同部屋の親友だったんだ。」
沖波は語り出す。
自らの過去を。
ずっと仲間達に隠し続けていた、悲しい出来事を。
この40話より、第3章沖波編の開始です。
前半は、沖波が過去に過ごす事になった、懲罰艦隊での出来事が中心に語られます。
初霜編や陽炎編とは、また違った雰囲気の話になりますので、お楽しみください。
駆逐艦の主砲は、手持ち用を扱う者が多いです。
でも、いざという時は別の艦種の主砲を扱う機会もあるのでは?…という二次創作ならではの展開を予想しての、特殊訓練を描いてみました。
同じ主砲でも、訓練で慣らしておかないと、多分、いざという時は当たらないですよね。