時期的には今から3年前………沖波が懲罰艦隊に送られてから半年といった所だろうか。
彼女は艤装を付けて、横須賀近くの海域の海の上に立っていた。
………と言っても、とある理由により、彼女はふらついていた。
左目はこの艦隊に来た時の初期の海戦で失明しており、眼鏡の下にガーゼを貼って隠している。
(体が………動かない………。)
沖波がふらついていた理由は、至極簡単。
十分な補給や船渠(ドック)入りが、されていないのだ。
補給がされなければ、艦娘としての十分な力は発揮されない。
艤装を持ち上げるだけの筋力も手に入らなければ、敵の砲弾や雷撃に耐えるだけの耐久力も得られない。
そして、船渠(ドック)入りをしていないという事は、最初から小破や中破………酷い者によっては大破状態で出撃している事になる。
当然ながら、その状態で海戦をするという事は、轟沈のリスクを大幅に抱えるという事。
………いや、「轟沈」ならば、まだ生易しい。
(あ、まただ………。)
何処か他人事のように、朦朧としている沖波。
海域に、艦娘の悲鳴………というよりも、耳を塞ぎたくなるような絶叫が響き渡った。
彼女は、敵艦の猛攻を耐えられずに、砲撃の雨を受けて全身が穴だらけになり、肉塊となって命を落としたのだ。
そう………これが、十分な補給がされていない者の末路である。
沖波が、その光景に恐怖を覚えないのは、半年前からもう見慣れてしまっているから。
懲罰艦隊では、補給無しでの出撃や大破進軍は珍しい事では無く、とにかくギリギリまで所属する艦娘を追い込んでしまっている。
当然ながら、チームワークは勿論、モチベーションなんて言葉は無いに等しく、いつ死を迎えるか分からない中で、正規艦隊が強力な深海棲艦から逃げる為の足止めや、無茶な拠点攻撃をする為の足掛かりをする事になる。
(まるで「屑鉄(スクラップ)」のような扱いだなぁ………。)
沖波は、自分達をそう称していた。
そんな中で、ふらつきながらも彼女が片眼でも何とか戦って生き残っていたのは、練度もあるが、運による所も大きい。
彼女もいつ、他の仲間のようにバラバラになっても、おかしくはなかった。
(これが、私の罪と贖罪なんだね………。)
だが、沖波はそれを、当然と受け止めていた。
何故ならば、彼女は自身の提督を殺めてしまったから。
許されざる罪を犯してしまったのだから、地獄のような苦しみを味わうのは、仕方ないのだと。
そうしている内に、海戦は何とか終わる。
今日もまた、悲惨な犠牲を出しながら………。
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彼女達の拠点は、横須賀近くの軍港都市だ。
一般的には他の艦娘と扱いは変わらないと民衆には伝えられているが、立ち入り禁止の区画が多く、秘密保持の面が強い。
フラフラになりながらも帰投した沖波は、他の仲間と役割分担をして、提督に対して戦況の結果と犠牲者の名前を報告しなければならない。
しかし、沖波は気が弱い為、こういう時はその役目を押し付けられる事が多々ある。
皆、一刻も早く部屋で休みたいのだ。
故に、彼女は執務室でその提督………成宮提督と顔を合わせる機会が多かった。
「駆逐艦沖波………帰投しました。」
「任務ご苦労。海戦の結果は?」
思えば、この頃からこの提督は、氷のように冷たい声を持っていたと沖波は振り返る。
とにかく、成宮提督は感情を表に出さない。
故に、沖波の報告を聞いても、怒りも悲しみも何も示さなかった。
(相変わらず、冷たい人だなぁ………。)
沖波にしてみれば、艦娘が1人惨い死に様を見せたのだから、何かしら罪悪感を持って欲しかった。
だが………冷静に考えてみれば、その艦娘も罪状を抱えてこの懲罰艦隊に送られてきているのだから、仕方ないだろうか。
「海戦の状況は分かった。下がっていいぞ。」
「失礼します………。」
沖波は、何とか礼をすると執務室を後にする。
その後は、部屋に戻って泥のように眠るだけだ。
次の出撃が、いつになるかは分からない。
只、即座に再出撃を言い渡される事もある為、早く休まないといけなかった。
(今日のご飯は………何かな………。)
沖波は、ふと夕食に想いを馳せる。
だが、それはプラスの感情というよりは、マイナスの感情であった。
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「……………。」
部屋に戻った沖波が見たのは、パン1個とスープだけ。
とてもではないが、1食分の栄養バランスが取れているとは言えない。
罪を犯した艦娘に対する扱いは、こういう所でも顕著だ。
とにかくコストを掛けず、使い捨てる感覚で使用していく。
(仕方ない、か………。)
ほぼ諦めの感情を抱えていた沖波は、とにかく夕食を食べる。
艦種が駆逐艦というのも有り、与えられた部屋も狭かったが、同部屋の艦娘は沖波が戻って来てくれるまで、眠るのを待ってくれた。
銀灰色の髪色が特徴的な、青と白のセーラー服の駆逐艦………それは、吹雪型の薄雲であった。
「お帰り、沖波さん………。どうだった?」
「特に、何も無かったよ………。」
「次の補給はいつだろうね………?」
「分からないよ………。」
薄雲は、沖波がこの懲罰艦隊に配属された時からの仲間であり、同じ部屋に住まう艦娘であった。
改二艦ではないが、練度は高く、沖波と同じく、何とかこの艦隊の中で生き残っていた。
只、その罪状が何だったのかは、彼女は話そうとはしない。
とにかく、沖波にとっては、同部屋の住人がころころ変わらないのは………あのような悲惨な姿で轟沈しないのは、ある意味救いと言えた。
「とりあえず眠ろうか………。沖波さん、このままだと倒れちゃうよ。」
「ありがとう、薄雲さん………。私もゆっくり休む事にする………。」
それで、2人は制服のまま眠る事になる。
寝間着すら与えられないのだから、これは仕方ない。
明日は生き残れるだろうか?仮に死ぬとしたら楽に死ねるのだろうか?と、2人は疑問を抱えながらも、疲労感からすぐに眠りに付く。
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沖波は最近、過去の出来事………正当防衛とはいえ、新郷提督を殺害した時の事をよく夢に見ていた。
だが、その罪悪感は、最近では麻痺すらし始めていた。
劣悪な環境に置かれていた事で、感情の起伏が失われてしまっているのかもしれない。
只、彼女の見る夢の最後は、笑顔を見せる新郷提督と初霜と陽炎が映る。
それを見た沖波は、少しだけ茫然と思う。
(あの頃に………戻りたいな………。)
叶わない願いだと思っていても、ショートランド泊地に戻って、やり直したいという願望があった。
そんな事は、許されないだろうが………。
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沖波の目覚めは、扉のノック音で中途覚醒をする羽目になる。
また、出撃だろうか?と思った沖波は、薄雲と共に重い腰を上げて扉を開ける。
すると………そこには、成宮提督が立っていた。
「俺だ。早朝だが、失礼する。」
「何でしょうか………?」
「駆逐艦沖波、駆逐艦薄雲。本日7時付けで、お前達の部屋に新しい住人が来る。」
ベッドは2つしか無いのに新しい艦娘を入れるのは、流石に無茶が過ぎるだろうと沖波は内心嘆息したが、とりあえず成宮提督を部屋に入れて、話を聞く事にする。
部屋は疲労ゆえに片付ける余裕もなく、お世辞にもきれいでは無かった。
だが、成宮提督は、散らかった艦娘の部屋を特に気にする様子も無く入って来ると、簡単に事情を説明する。
「呉の懲罰艦隊から、転籍してきた艦娘だ。粗暴で管理が出来ないという事情で、こちらに預けられる事になった。」
恐らく、預けられるではなく、押し付けられるという表現の方が正しいのだろうと沖波と薄雲は、何となく感じた。
そして、どうしようもない為、自分達が面倒を見る事になったのだろうと。
これが、本来の沖波だったら、恐怖心とかを抱いたかもしれない。
だが、感情の起伏を失っていた彼女は、とくに何かを思う事無く、その事情を受け入れていく。
………断る選択肢が無いだけとも言えるが。
「大体7時半頃に、この部屋にやって来るだろう。部屋は狭いだろうが、上手く管理をしてくれ。」
「はい………。」
「以上だ。失礼する。」
言う事だけを言って、去っていく成宮提督。
沖波と薄雲は、現在5時過ぎだという事を確認すると、すぐさま眠り直す事にした。
それだけ、今の彼女達に睡眠は必要であった。
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午前7時半キッカリに、そのノックは叩かれる事になる。
成宮提督に比べると乱暴で、かなり大きな音であった。
「はい………。」
沖波が扉を開けると、そこには拳を合わせた艦娘がニヤリと笑みを浮かべて待っていた。
髪型はおかっぱで、薄い緑色と紫色のメッシュ。
瞳は金銀で、ホットパンツと鍛えられた腹筋が見事であった。
只、右目は傷ついているのか、沖波と同じくガーゼで隠してある。
「貴女が………新しい艦娘?」
「そうだ!俺が松型駆逐艦の竹!………宜しく頼むぜ!」
その駆逐艦………竹は、軽い荷物を持ちながら沖波と薄雲の部屋に入ると、その散らかりように顔をしかめる。
「おいおい………お前ら一応、女だろ?こんな散らかしっぱなしで、よく我慢できるな………。仕方ねえ!」
そう言うや否や、許可も貰わずに部屋の端に置かれた箒とちりとりで掃除を始める竹。
懲罰艦隊に所属しているとは思えないような、元気そうな姿を沖波達は茫然と見ている。
「そうだ、艦名聞いてなかったな。あの提督、そこまで教えてくれなかったから本名と合わせて頼むわ。」
「えっと………夕雲型の沖波です。本名は「寧音(ねね)」。」
「吹雪型の薄雲………。本名は「優(ゆう)」。」
「俺の本名は「伊吹(いぶき)」。………へえ、いい艦名だな。沖波さんに薄雲さんか。先輩として頼りにしてるぜ!」
「宜しくお願いします………竹さん………へぶっ!?」
いきなり沖波は奇声を発する。
竹が無言で、軽く顔面を殴りつけて来たのだ。
「い、いひゃい………。何で?」
「後輩にさん付けする先輩がいるか!俺の事は「竹」で結構!つーか、そんな余所余所しい態度も必要ねえ!もっとフランクに呼んでくれ!」
「わ、分かったよ………竹………。」
先輩に、いきなり顔面パンチを喰らわせる後輩というのもどうなのか?………と沖波は思ったが、下手に逆らうのも面倒だったので、ここは素直に従っておく事にする。
薄雲も、沖波と同じように従おうと思ったのか、コクコクと首を縦に振っていた。
その様子に満足したのか、掃除を一通り終えた竹は、清掃用具を仕舞うと、2人の前で胡坐をかくと聞いてくる。
「………で、だ。沖波さんと薄雲さんは、何やらかしたんだ?」
「え………?」
ニヤニヤと笑う竹を見て、沖波はビックリする。
いきなり、過去の罪状に切り込んでくるとは思わなかったのだ。
沖波は唖然としているし、薄雲は憂鬱そうにしている。
だが、竹は怯まなかった。
「あの、それはちょっと………。」
「気にしているのならば謝る。だが、俺達はこれから文字通り1つ屋根の下で過ごすんだ。お互いの過去は、ある程度は知っておくべきだろ?」
さも当然のように言ってのける竹の言葉を受けて、沖波はしばし沈黙したが、やがて話し出す。
「南の泊地で………提督を殺したんだ………。」
「へー、中々のガチ勢じゃんか。でも、沖波さん。俺は今出会ったばかりだけど、悪い奴じゃない人間は、ある程度見ただけで区別が付く。………殺さざるを得ない状況だったんじゃないのか?」
「!?」
的確に沖波の過去を推理した竹の言葉に、彼女は驚きを隠せない。
その態度を見て、竹は嘆息する。
「やっぱ正当防衛か………。いるんだよな、そんな仕方ない事情を抱えているのに、懲罰艦隊に送られる奴。」
「仕方ない………で済むかな?」
「俺だったら、そうした行動の原因になった提督を恨むけどな。………沖波さんは、優しすぎるんだろ。」
「優しく………無いよ。」
竹の言葉で久々に感情が揺れ動き、過去に対する罪悪感を思い出してしまったのか、沖波は一気に自分の過去を話し出す。
新郷提督は、愛していた初霜を殺そうとしていたので、咄嗟に果物ナイフで刺してしまった事を。
もっと他の方法が、あったのかもしれないと。
だが、竹はあくまで自分の意見を言う。
「俺は、それで良かったと思うぜ。仮にその新郷提督が、初霜さんを殺してしまっていたのならば、そいつも悔やんでも悔やみきれない罪を犯す事になる。沖波さんは、それを止めてあげたんだ。」
「そういう考え方も………あるのかな?」
「まあ、1つの意見として頭の隅に置いておいてくれ。………じゃ、次は言い出しっぺの俺が言うべきかな。」
竹はそう言うと、また拳を合わせて気合を入れた。
この話の中での懲罰艦隊は、待遇面において、かなり劣悪な艦隊です。
それこそ、使い捨ての駒のような扱いだと言っても過言では無いでしょうね。
罪人なんだから、何をしてもいいのか?
まず、そこを考えさせられますね。
そして、沖波の過去の記憶に眠る、同部屋だった薄雲という艦娘と、新入りであった竹と言う艦娘。
彼女達との出会いによって、沖波の中で何かしらの変化をもたらす事になります。