それから、約半年間の間、沖波は竹と薄雲と共に、色んな意味で刺激の強い懲罰艦隊での生活を送った。
海戦では、義眼のテストを真面目にこなす。
そして、帰投したら3人で、倉庫に潜りこみギンバイをする。
注意される事は多々あったが、衛兵達も沖波と竹が、大本営の実験兵器を兼ねているという事を知ると、そこまで強くは出なかった。
もしかしたら、彼らも心の底では、不相応な待遇を受ける艦娘達に対し、何かしらの後ろめたい物を感じていたのかもしれない。
成宮提督に至っては、完全に無視していた為、竹は好き放題やろうと決めていた。
(色々疑問はあるけれど………みんなが幸せならばいいよね。)
懲罰艦隊のモチベーションは上がり、竹を中心にして、皆が任務をこなせるようになった。
勿論、中には無茶な物もあったが、竹の持つリーダーシップもあって、困難な物であっても、諦める事無く、戦う事が出来るようになった。
沖波は、いつしかその生活に充実感を覚えるようになっていた。
(楽しんで罪を償えるなんて………私、幸せ者なんだなぁ………。)
苦しんで死ぬのが自分の贖罪だと思っていたのが、竹と薄雲と共に、生きたいと思えるようになった。
本当に、沖波にとっては幸せだと感じたのだ。
そして、それは竹と薄雲も同じ想いだと考えていた。
………沖波自身は。
――――――――――――――――――――
「……………。」
ある日の事、波止場に薄雲は座って、潮風に吹かれていた。
本来は、懲罰艦隊の者が、軍港都市の拠点を自由に動き回って良いわけでは無いのだが、沖波・竹・薄雲の3人に限っては、そうでは無かった。
一足先に義眼のメンテナンスを終えて来た沖波は、そんな薄雲を見つけると、妙な違和感を覚えてしまい、近づいていく。
「隣、座っていい………?」
「うん………。」
沖波は、薄雲の横に座り込むと、静かに一緒に海を見つめた。
たまに横目で薄雲を見るが、何処か心がここにあらずと言った感じだ。
「どうしたの、薄雲?何か様子が………。」
「ねえ………沖波。私達って、いつまで、こうしていればいいのかな?」
「いつまでって………今の生活、楽しく無いの?」
「……………。」
即答出来ない薄雲の様子を見て、沖波は頭の中で何かの警鐘が鳴る。
薄雲の顔を覗き込むと、彼女は俯き呟き始めた。
「………みんなの為に、ギンバイをする竹は正しいよ。みんな、苦労しているもの。みんな、喜んでくれているもの。でも………私達の罪状は償えているのかな?」
ここで沖波はハッとする。
薄雲は、沖波や竹と違い、冤罪でこの懲罰艦隊に送られてきた。
それだけでない。
彼女は、提督である夫を謀り殺されて、罪を着せられたのだ。
更に言えば、その謀った同僚の提督を、殺してやりたいというドス黒い感情も抱いている。
何よりも………。
「あの人は………斉藤提督は………こんな私の姿を………どう思っているのかな?」
「う、薄雲………?」
「懲罰艦隊で、堂々とギンバイをして………より罪状を重ねて………私は………。」
「それは………!」
沖波は、すぐには答えられなかった。
ここで彼女は悟る。
気付かない内に、薄雲は追い詰められていたのだ。
夫の仇を討つことが叶わず、その上、背徳感を覚える行為をずっとしている。
自分の想いを、言い切ったからだろうか。
薄雲はポロポロと涙を流し始めた。
「帰りたい………大湊に帰りたいよぉ………あの人との思い出の地に、帰りたいよーーーっ!!」
「しっかりして、薄雲!?」
手で顔を押さえて首を振りながら、泣き始めた薄雲の姿を見て、沖波は何とかなだめようと必死になる。
このままだと、薄雲は壊れてしまう。
沖波はそう危惧した。
そこに………。
「あ………。」
彼女は気付く。
遠くで竹が、2人の様子を見つめているのを。
その表情には感情が無く、何を考えているのか分からなかった。
「……………。」
沖波は立ち上がると、竹の元に向かう。
そして、彼女の前に立つと言った。
「竹………もう、ギンバイは止めよう。」
「………馬鹿言え。俺達がギンバイを止めたら、他の奴らが死んじまうだろうが。」
即答だった。
竹は、自分の意見を曲げなかった。
自分が正しいと思っている考えを。
それが竹の良い所であり、悪い所でもあった。
故に、沖波は………怒りの感情を抱く。
「竹は………薄雲がどうなってもいいの!?」
気付けば、沖波は声の限りに叫んでいた。
正直、自分自身が、ここまで激情を抱える事が出来るなんて、思っていなかった。
だが、沖波自身も良くも悪くも、竹の言葉で頭に血が上ったのだ。
そして、自分の考えを曲げない竹も、反発をする。
「じゃあ、他の奴らがハチの巣になっていいのか!?沖波さんも薄雲さんも、そんな冷たい艦娘だったのかよ!?」
「冷たい艦娘なのは、竹だよ!薄雲がこのまま壊れたら、竹は責任取れるの!?薄雲は、冤罪でここに入れられているんだよ!?」
「この………分からず屋が!!」
竹は沖波の顔面を殴って来る。
いつもならば、それで沖波は怯んでしまう竹の鉄拳。
だが、今の沖波は喧嘩腰だった。
殴って来た竹の拳を両手で掴むと、そのまま背負い投げで波止場のコンクリートに叩きつける。
「なっ!?」
「分からず屋なのは………どっちなの!?」
「ぐわっ!?このっ!!」
そのまま覆いかぶさるように殴り掛かる沖波に対し、竹も頭に血が上り、体勢を何度も入れ替えながら反撃を試みる。
気付けば、取っ組み合いの大喧嘩になった沖波と竹を見て、慌てて薄雲が止めに入る。
「や、止めて!お願いだから、2人共止めて!!」
それでも、しばらく沖波と竹は、お互いを殴り続けた。
その大喧嘩は、お互いが疲れ切るまで続いた。
――――――――――――――――――――
その日の夜は、3人共無言であった。
ギンバイも、毎日行うわけでは無い。
今日は幸いにもその日であった為、気まずい状態で決行する事は無かった。
「……………。」
沖波は、二段ベッドの上で、中々寝付けなかった。
下のベッドでは、薄雲がしばらく泣いていたのが分かったが、やがて寝息を立て始める。
それを確認したのか、寝袋にくるまっていた竹が、喋り始める。
「沖波さん………1つだけ、聞いてくれ。」
沖波は何も言わない。
昼間に取っ組み合いの派手な大喧嘩をしたため、後ろめたい想いがあったとも言えるが。
とにかく、竹は構わず喋る。
「俺は………自分が間違っているとは、思っていない。………俺自身が馬鹿だからな。」
天井を見上げているのだろう。
竹は、決意と共に言う。
「でも、馬鹿でも何でも、取捨選択はしないといけねぇんだ。俺達は環境に恵まれている。だから………間違っていないはずなんだよ………。」
自分自身の行動の正当性を示そうとした竹。
だが、その最後の方の言葉は、明らかに疑念が含まれていた。
――――――――――――――――――――
次の日、3人は懲罰艦隊の仲間と共に、出撃をする事になる。
竹はもう、そのリーダーとして立派に味方を鼓舞する役目を担っており、他の艦娘達にとっては、羨望の眼差しを向けるのに十分な素質を持っていた。
そんな彼女を筆頭に、沖波、薄雲と続き、単縦陣で深海棲艦が出現した海域へと向かう。
「近くの貨物船が襲われたらしい。応戦するだけの能力は備えているが………念の為に加勢して欲しいとの事だ。」
「加勢ねぇ………それだけ、重要な船なのか?」
「機密レベルの高い船なのは、確かだ。」
成宮提督の淡々とした言葉に、竹は斜に構えながら聞いていく。
沖波は、自分の後ろにいる薄雲が気に掛かっていた。
明らかに心神喪失状態になっており、単縦陣でありながらふらついていたのだ。
「大丈夫、薄雲?」
「うん………大丈夫だよ。」
やがて、巨大な船と深海棲艦達が見えてくる。
船の方からは艦娘達が出撃しており、応戦をしていた。
沖波達の到着を見て、深海棲艦の一部がこちらに艦首を向けて迫って来る。
「随分とデカい船だな。………まあ、いいや!砲戦用意!!」
拳を合わせて砲門を深海棲艦に向ける竹。
沖波と薄雲も同じように構えた。
だが………沖波は気付く。
薄雲の砲口が、ふらついていたのに。
「ま、待って竹!」
「発射!!」
沖波の咄嗟の忠告は、間に合わなかった。
放たれた砲撃の内、心神喪失状態の薄雲の放ったものが………見当違いの所に飛んでいき………竹の艤装の基部を破壊したのだ。
「え………?」
「竹………?」
一瞬、沖波も周りの懲罰艦隊の仲間達も、撃った薄雲自身も信じられなかった。
基部に背後から直撃を受けた竹の艤装は爆発を起こし、彼女は吹き飛び海面に倒れ込む。
「竹っ!?」
慌てて沖波が竹の元に駆け寄り、抱きかかえるが、彼女は口から血を吐き、青白い顔を見せながら茫然と空を見上げていた。
沖波は、信じられない顔で薄雲を見る。
自分のしでかした事を、徐々に理解してきた彼女は、青ざめて脚を震わせる。
明らかな誤射であった。
意図的なものでは無い。
だが………薄雲がリーダー格の竹を撃ったのだ。
その事実が、懲罰艦隊の仲間達の士気を一気に奪う。
気付けば、3人以外の各々が悲鳴を上げて、反転して逃げ出していた。
「待って!………竹!しっかり………!」
「構うこたぁ………ねえ………。」
息も絶え絶えに呟く竹の言葉を受け、沖波も青ざめる。
今の竹は瀕死であった。
しかも、艤装が破壊された事で、艦娘としての強靭な生命力も奪われている。
命の灯は、間もなく失われそうであったのだ。
彼女は、薄雲を見た。
恨みの籠った目では無く………心底後悔したような目で………。
「ごめんな、薄雲さん………楽しく無かったんだろ………?斉藤提督に合わせる顔………無かったんだろ………?」
「ち………違………。」
「俺は………間違えたんだ………な………。薄雲さん………の事………分かってた………はず………なのに………。」
「竹………!わ、私は………そんな………!」
「ごめ………ん………よ………。本………当に………ご………め……………。」
竹の言葉がそこで、切れる。
目から光が無くなり………絶命した。
沖波は、信じられない顔で、息絶えた竹と誤射をした薄雲を見比べた。
自分自身がどんな顔をしていたかは、正直覚えていない。
だが、間違いなく好意的な顔では無かっただろう。
そして………竹の死と沖波の反応は、薄雲の心を壊すには十分過ぎた。
「い………嫌………。」
「薄………雲………!」
「嫌あああああああああああああああああああ!!」
心が壊れた薄雲は、現実逃避をする事しか出来なかった。
他の仲間と同じく、一目散にその場から逃げ出したのだ。
沖波を見捨てて………。
「……………。」
彼女は、虚ろな瞳で竹を見た。
竹は、左目から涙を流しながら命を落としていた。
痛みでなく、薄雲に対する申し訳なさで。
そんな彼女を抱きしめながら、沖波は距離を詰めて来た深海棲艦を見る。
もう、戦う気力は無かった。
竹に殉職され、薄雲に裏切られた。
その事実が、沖波の心も壊していた。
「竹………今、私も逝くから………。」
何処か優しい声で呟く沖波であったが、突如その深海棲艦達が爆発を起こす。
見れば、ダークオートミールのショートボブの艦娘を筆頭に、艦娘達が殴り込んでいた。
恐らく大型の船の方の本隊の艦娘なのだろう。
彼女達は練度が高いのか、敵深海棲艦を圧倒していく。
「そ………んな………。」
だが、沖波は絶望していた。
死に損なった事で、彼女はまた1人になってしまった。
照らしてくれた光も、もう失ってしまっている。
そこに、電探から成宮提督の氷のような声が聞こえてくる。
「駆逐艦沖波………駆逐艦竹を連れて、帰投せよ。」
帰投?
何処へ?
あの懲罰艦隊へ?
沖波は、もう嫌だった。
あの地獄の場所に戻りたくなかった。
だから沖波は、初めて彼に「逆らった」。
「もう………嫌。」
「何?」
「もう嫌!!何で、貴方の言う事を聞いて生きないといけないの!?もう死にたい!死なせて!!」
「駄目だ。」
「!?」
しかし、成宮提督は沖波の死を許さない。
彼は、実験兵器である沖波を使い潰す気なのだ。
そう思った沖波は、歯を食いしばり、左手で主砲を握り、自分のこめかみに当てる。
「貴方には、従わない!!」
「待て!早まるな!!」
初めて聞こえる成宮提督の叫び。
冷静さを取り戻していれば、この意味を考える事が出来たのかもしれない。
だが、心が壊れていた沖波は目を瞑り、勢いのまま主砲のトリガーを引き………。
ドゴンッ!
「っ!?」
しかし、そこに突如飛来してきた砲弾に、その主砲が弾き飛ばされる。
驚いた沖波は、目を見開くと、正面に艦娘が突っ込んできていた。
煙突帽子を被った小柄な彼女は、素早く沖波の口の中に右手を突っ込む。
これで、舌を噛み切る事も出来なくなってしまった。
「ーーーっ!?」
「何をやっているんだ、貴女は!?」
叫んだ艦娘は、もう片方の手で沖波の電探を掴み取ると、更に大声で叫ぶ。
「どうして、ここまで彼女を追い込んだ!?」
目力があった艦娘の声に、電探の先にいる成宮提督は静かに告げる。
「こちらは懲罰艦隊だ。そちらに事情があるように、こちらにも………。」
「何が事情だ!お前は自分のやっている事を理解していないだろっ!?」
「理解だと………?」
「死んでるんだぞ!?死のうとしているんだぞ!?お前の身勝手な命令で!!この………人殺しっ!!」
沖波は唖然とした。
初対面とはいえ、ここまでこの提督に噛みつく艦娘を始めて見たからだ。
その艦娘に対し、成宮提督はしばらく押し黙った後、告げる。
「………名前は?」
言ったら駄目だ………と沖波は思った。
名前を告げたら、彼女も懲罰艦隊に送られる。
だが、目の前の艦娘は怯まなかった。
「補給物資運搬用大型貨物船「らいちょう」所属、大潮だ!!」
やってしまった………と沖波は思い、意識が遠のいていく。
この先どうなるのだろうか?
もう彼女は、考えるのも疲れてしまった。
そして、眠りに付く前に、こんな声が聞こえた気がした。
「駆逐艦大潮………頼みがある。彼女を………沖波を、ショートランド泊地に帰してやってくれ………。」
これが、沖波の記憶にある、過去の成宮提督との最後の言葉であり………いずれ同じ駆逐隊に所属する事になる大潮との、最初の出会いであった。
自身が正しい行為を、最後まで貫こうとした竹。
皆が幸せになれれば、それでいいと思っていた沖波。
亡き夫に対して、ずっと背徳感を抱いていた薄雲。
三者三様の想いが、結果的に最悪な形で友情を壊す事になりました。
どうすれば良かったのか、後から考えても、分からない事はありますよね。