途中、工廠に向かう大潮と別れ、潮と共に執務室に向かった沖波は、部屋に入るなり驚く事になる。
執務室の中には、曙の他にあきつ丸が待機をしており、机の端末を弄り、壁や天井の様々な所にモニターを出していた。
外には、深海棲艦の姿が映っており、こちらに迫ってきているのが分かる。
更に、一番安全な部屋だと思われたのか、子供達がみんな集まって不安がっている。
彼達は、潮を見るなり近寄って来た。
「大丈夫だよ………何があっても先生達が守るから。」
潮は、そうやって子供達を優しい顔でなだめると、沖波に任せて走って飛び出していく。
部屋の中では、曙が、あきつ丸や工廠の明石と素早く会話をしていた。
「あきつ丸!敵艦の数は!?」
「ざっと、30隻はいそうであります!」
「明石!在庫惜しまなくていいわ!完全装備で!」
「OK!朧ちゃんと天霧ちゃんが、噴進砲を欲しがっているから渡すわね!」
自分も出撃した方がいいのか?と思った沖波であったが、潮に子供達を任せられてしまった以上、安易に動けなかった。
やがて、工廠の右方の扉が開き、次々と艦娘が出ていく。
岸波、伊47、ヴェールヌイ、村雨、卯月、漣、多摩、朧、天霧、大潮、鈴谷、レンジャー。
潮は沖波を送った関係で、少し遅れている。
「よつ、らいちょうの操舵は任せるわ!」
「りょうかいー!急旋回に注意して下さいねぇ!」
「岸波、雷撃は船にぶつけるんじゃないわよ!」
「漣先輩と卯月先輩を迎撃に専念させます!対空砲火は、朧先輩と天霧先輩で!」
「よーし!海戦開始!ヨナ!一発派手なの、ぶちかましなさい!」
「うん………先制雷撃、開始!」
伊47………ヨナの叫びと共に、敵の重巡が1隻火柱を上げて吹き飛ぶ。
先制で放った魚雷が直撃したのだ。
それに対し、敵の駆逐艦と軽巡がソナーを起動させて、ヨナの位置を探る。
あくまで船から狙いを遠ざけるのが目的なので、ヨナはそのまま船の後ろに逃げて行って、敵艦の方角を変える。
だが、頭の良い雷巡は、らいちょうを狙い魚雷を放った。
「おーっと、残念!うーちゃん達が、迎撃するぴょん!」
「船には近づけないので、安心して下さいね、ご主人様!」
ところが、ここで卯月と漣が、主砲を使って器用に魚雷を撃ち落としていく。
この芸当を前に、練度がかなり高いと沖波が実感した所で、空から攻撃機が飛来してくる。
「やらせないよ!噴進砲の雨、喰らえーーーっ!」
「鍛えた腹筋は伊達じゃないからな!」
今度は、重い12cm30連装噴進砲を構えた朧と天霧が、迎撃行動を開始する。
ロケットランチャーの雨は敵艦の攻撃機を次々と撃ち落とし、逆に鈴谷とレンジャーの攻撃機を自由に飛行させて、制空権を握る役割を果たす。
「そんじゃ、敵艦の皆さんと遊びましょっか!」
「敵空母と戦艦を落としていきます。援護を頼みますね!」
飛行していく国籍の違う攻撃機は、空を覆いつくしていく。
そして、次々と奥に陣取る空母ヲ級や戦艦ル級を爆撃していった。
「こちら多摩。逆に雷撃を仕掛けるにゃ。各艦、用意!」
「岸波、用意完了!」
「大潮もです!」
「ヴェールヌイ、いつでも行ける!」
「村雨もいい所、見せられるよ!」
更に、軽巡である多摩の指示で、駆逐艦の面々が一斉に魚雷を発射。
多数の魚雷は、様々な敵の駆逐艦や軽巡、雷巡を破壊していった。
「凄い………!」
沖波は、思わず感嘆の声を上げる。
ここまでしっかり統率の取れた艦隊を見るのは、懲罰艦隊に入っていた為か、久々であった。
いや、懲罰艦隊に入る前にも、こんなに練度の高い艦隊は見た事が無いかもしれない。
もしかしたら、自分は貴重な物を見ているのかもしれないと感じた。
子供達も仲間の艦娘達の活躍に、喜びの声を上げており、状況は確実に好転しているのが分かった。
しかし、ここで通信が入って来る。
「こちら、鈴谷!ねぇ、曙ちゃん!大艦隊の割には、親玉が見当たらないよ?フラッグシップ級が何隻かいるだけだし!」
「レンジャーです。私も隙を見て偵察機を飛ばしていますが、それらしき影が見当たりません。」
「変ね………。ヨナ!岸波!どう!?」
曙は、水中にいるヨナや、海戦の真っただ中の岸波に聞いてみるが、やはり見当たらないらしい。
そこで、コンソールを叩いていたあきつ丸が反応をする。
「いたであります!水母棲姫!………って、左90度!?」
『!?』
水母棲姫とは、鬼の姫の上半身と、異形の下半身の艤装を持つ水上機母艦だ。
一つ目の鬼火の攻撃機を飛ばせる他、砲撃や雷撃も出来る。
その姫クラスが、深海棲艦の本隊とは真逆から出現してきたというのだ。
つまり、配下の深海棲艦達は、全て囮。
大胆過ぎる戦術を使って来た親玉に対し、曙は舌打ちをしてマイクで叫ぶ。
「よつ!機銃斉射!!攻撃機を撃ち落として!!」
「こ、攻撃機はどうにかなるけど、雷撃はどうすればぁ!?」
「気合で避けなさい!!」
「無茶言わないでくれよぉ!?」
そう言いながらも、よつは、らいちょうに備え付けられた機銃を使う。
だが、水母棲姫は大量の機銃が飛ぶ中で攻撃機を飛ばす程、馬鹿では無かった。
化け物のような艤装の手で魚雷を1本掴むと、勝ち誇った顔で投げつけてくる。
「来たぁ!?」
よつが操舵室のハンドルを使い、右に急旋回を行おうとする。
だが、直撃コースの魚雷は、避ける事が出来ない。
必殺の雷撃が迫る中、誰もが最悪のシナリオを思い浮かべるが………。
ドゴォンッ!!
「え………?」
モニターの画面越しに魚雷を凝視していた沖波は、呆然とする。
雷撃がらいちょうにぶつかる直前に、画面越しに影が割り込んだ。
そして、それに魚雷がぶつかり、派手な火柱を上げたのだ。
今の状況で、大型の船の反対側に回り込んで、敢えて攻撃を受ける。
そんな事が可能な人物がいるとしたら………。
「う………潮さん!?」
火柱が収まった時、その場には青髪の艦娘が立っていた。
当然ながら、駆逐艦が魚雷の直撃を受けたら、全快でも一発で大破だ。
潮はボロボロであり、痛々しい状態であった。
その潮にトドメを刺そうと水母棲姫は迫って来る。
潮は立ったまま気絶しているのか、動かない。
只、船に対して、背中を向けて立ったままだ。
「潮さんが………!?」
近しい存在である先生の轟沈の危機に、悲鳴を上げる子供達や泣きだす子供達も出てくる。
沖波ですら、もうダメだと思ってしまう程だ。
また、目の前で悲劇が起きてしまう。
そう思った瞬間であった。
「諦めるんじゃないわよ!!」
突如、曙がマイクで叫びながら、机を飛び越え沖波の………輪になっている子供達の所に走って来る。
そうして、マイクを皆に突き付けた。
「ハッキリ言ってやりなさい!アンタ達の先生が、あんな姑息な姫に負ける存在じゃないって!このらいちょうを守る、最強の艦娘だって!!」
最強の艦娘………という意味合いは分からなかったが、曙の言葉は、子供達に通じたのだろう。
皆が、マイクの所に集まって来る。
曙がもう一度、叫んだ。
「最高のエールを送ってやりなさい!アンタ達の最高の先生に!!」
『先生!!頑張れーーーっ!!』
その言葉が潮に聞こえたのかは、分からない。
只、今まで背中を向けていただけの潮は、船の方を向き………その顔は傷だらけで血を流していたのに、穏やかな表情で子供達に告げた。
「大丈夫だよ………。先生が、みんなを守るから………。」
そう言うと、潮は再び前を向き、ふらついていた足に力を籠め、痛んだ主機にエネルギーを貯める。
勝ち誇った水母棲姫は、潮に向けて、長射程から砲門を一斉に向けた。
(そう言えば………!)
沖波は思いだす。
嘗て竹は言っていた。
戦艦等の長射程の砲撃は、弧を描く分、身を低くすれば避けやすいと。
水母棲姫の砲撃は、正にその通りの砲撃だった。
「私が………!守るんだあああああああ!!」
次の瞬間、潮のものとは思えないような叫びと共に、主機が爆発的に加速する。
砲撃は空振りに終わり、敵の親玉の顔が、一気に驚愕に変わる。
大破していたとはいえ、素早い駆逐艦の急接近の前に、砲弾の再装填も攻撃機の発艦も雷撃の準備も間に合わない。
「いっけええええええええ!!」
潮が主砲で砲撃をする。
だが、敵艦は、生物的な艤装から生えた両腕を交差させてガードする。
「たああああああああああ!!」
そこに、潮は何と水面から思い切って跳躍すると、その化け物の腕に、自分の左手で掴み掛かり、両脚を乗せて更に跳ぶ。
あっという間に眼前まで迫って来た事で、鬼女は後ろに下がろうとする。
「当たれええええええええ!!」
潮は、左腕の機銃を乱射した。
しかし、空中で撃った影響か、左に逸れてしまい、鬼女は顔を左によじって回避してしまう。
それを見た沖波は、悲鳴を上げる。
「避けられた!?」
「馬鹿ね、わざと「避けさせた」のよ!」
曙の言葉を示すかのように、潮は、下半身の艤装を使って飛びのく鬼女の顔に向け、右手の主砲を向けた。
水母棲姫は、慌てて叩き落とそうと潮に向けて、艤装の腕を振り回す。
だが、それより先に………。
「みんなは!やらせないっ!!」
決意の言葉と共に放たれた砲撃は、悲鳴を上げようとした鬼女の頭部を吹き飛ばす。
同時に潮も、艤装の腕に弾き飛ばされたが、決着はついていた。
本体が絶命した事で、水母棲姫の艤装は咆哮を上げながら沈んでいく。
「……………。」
潮は、仰向けに大の字に倒れていた。
工廠から明石が飛び出して来て、彼女の救助に当たる。
沖波が、子供達が、皆が心配する中で、明石はホッと安堵しながら曙に電探で告げる。
「ギリギリだけど、生きてるわ。すぐに船渠(ドック)入りさせるわね。………潮ちゃん、喋れるのならば、生徒達に何か言ってあげて。」
「………みんな、先生勝ったよ。みんなを………守ったよ………。」
明石に支えられる形で、潮は弱々しかったが、笑顔を見せる。
その姿を見て、子供達は大声で喜びを示した。
中には、安堵の感情から泣きだす子供達もいる。
そんな子供達をなだめながら、曙は笑みを見せた。
沖波は、只々、茫然とする中で、潮の凄まじさを実感していた。
「あれが………潮さんの………生徒達を守りたいって力………。」
「そういう事。どう………?うちの最強の艦娘は強いでしょ?」
曙が胸を張って、自慢するように言う。
沖波は、素直に潮の強さを噛みしめていた。
それこそ、羨望すら抱いてしまう程に。
「潮さんの想いの力………。私もあんな風になれるかな………?」
「なれるわよ。アンタだって艦娘なんだし。生きていれば………ね。」
曙は、軽くウインクをして見せた。
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こうして、潮の活躍で、海戦は決着が着き、船と子供達は守られることになる。
潮はしばらく療養が必要であったが、命に別状は無かった。
沖波達は、そのままショートランド泊地に向かい、尚も進む事になる。
「どうやら、見えて来たみたいですね。」
「うん………。」
紆余屈折あって泊地までたどり着き、艦橋に出た沖波は、隣に並んだ大潮の言葉を受け、懐かしさを感じる。
あそこに帰れば、初霜や陽炎に再会できる。
ここまで来ると、何かこみ上げる物を感じた。
しかし………。
(………薄雲。)
ふと彼女は、薄雲の存在を思い出す。
裏切られたとはいえ、それは彼女の心が壊れてしまったからだ。
彼女は一体、どうなってしまったのか。
後ろ髪を引かれる思いで………沖波は帰還する事になる。
様々な経験を得て、ショートランド泊地に。
導入編で沖波が憧れていた、潮の海戦での大立ち回りの詳細が明らかに。
守る為の力と想いを抱いた彼女の海戦は、空っぽだった沖波に、何かしらの変化をもたらす事になりました。
これで、隠されていた沖波の過去話は終わりを告げ、時は現在へと戻ります。
全てを知った、初霜達の反応は如何に…?