蒼海の鉢巻と鋼鉄の艤装を風に乗せて   作:擬態人形P

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第50話 ~土下座~

調査船しらさぎは、相変わらず機銃を斉射しながら、海面を何とか航行していた。

どうやら自動操縦機能があるらしく、薄雲のような操舵の艦娘が居なくても、ある程度は自動で何とかしてくれるらしい。

恐らく、薄雲はブリッジが破壊された時に、躊躇する事無く、艤装を付けて成宮提督の無事を確かめに走ったのだ。

自分達を散々苦しめた、この提督の下に………。

 

「………やっぱりおかしいよ、薄雲。」

 

最初に、親友だった艦娘に対して出た言葉は、やはり疑念。

沖波は、自分の中でドス黒い物が溢れるのを感じながらも、それに逆らわなかった。

 

「どうして、そんな人を助けるの!?その人が今まで、私達に何をしてきたのか覚えているの!?そんな事をして………竹や斉藤提督が納得すると思っているの?」

「……………。」

 

薄雲に対して、無二の親友である竹や、夫であった斉藤提督の名前を出すのは卑怯だと沖波は感じた。

だが、いざ成宮提督を救おうとする薄雲の姿を見たら、どうしても怒りが湧いてしまう。

負の方に、感情が傾いてしまっていた。

そして、最終的には気持ちを制御しきれずに、駄々をこねた子供のように叫んでしまう。

 

「いい加減にしてよ!薄雲っ!!」

「私は………。」

「構わないさ………もう、放っておいてくれればいい………。」

 

俯きながら、何とか言葉を絞り出そうとした薄雲に変わって、声を発したのは、成宮提督であった。

彼は、うつ伏せに下敷きになりながらも………笑っていた。

いつも氷のような表情を見せて、決してハッキリとした喜怒哀楽を見せる事の無かった、この男が………である。

その異様な姿に、沖波も薄雲も衝撃を受ける。

だが、彼は続けて自嘲気味にこう話しだした。

 

「やっと………死ねる。無様に苦しんで、地獄に落ちる事が出来るんだ………。今まで、沢山の艦娘達を苦しめて死なせていった男の死に様に………皆、天国で喜んでいるだろう………。」

 

成宮提督は、口から血を流しながらも、笑顔を絶やさない。

自分の死の淵に喘いで苦しむ姿こそ、今まで絶望を与えて来た艦娘達に対して出来る、贖罪だと言わんばかりに。

 

「そんな事………言わないで下さい!」

 

薄雲は、そんな彼にのしかかった瓦礫を、再び少しずつどけていく。

だが、艤装を背負った艦娘とは言え、1人では全ての瓦礫をどけられなかった。

もう1人、艦娘の手が無ければ、一番重い破片を持てなかったのだ………。

それに気づいた瞬間、薄雲は涙ながらに沖波に対して………土下座をした。

 

「沖波ぃ………お願い………だから!」

 

何故、ここまでしてまでこの男を助けるのか?

沖波は、プライドを完全に捨てている薄雲に、気圧されてしまう。

 

「竹の事も合わせて許せないなら、私の頭、思う存分踏みつけていいよ………!でも、今だけは………本当に、今だけは………っ!」

「何が………あったの?」

 

震えながらも沖波の口から、言葉が出る。

竹を誤射して殺してしまって壊れてしまい、沖波を見捨てて逃げ出した薄雲。

その彼女が、あろうことか、成宮提督の秘書艦を勤めている。

沖波は、その空白の時間に、何があったのか分からなかった。

薄雲は土下座をしたままで、呟いていく。

 

「………あの後、帰投したら、成宮提督に全てを白状したんだ。竹を殺した事、沖波を裏切った事………その上で、殺して欲しいってお願いしたの。」

 

竹も沖波も、義眼という大本営の実験用の兵装を取り付けられていた。

その為、2人を失った事で、薄雲は自分自身も殺められると感じたのだ。

 

「私は、もう死にたかった。死んで罪を償えるかは分からなかったけれど、もう斉藤提督の………あの人の元に行きたかった………。だから………。」

「でも、薄雲は生きているよね………。」

 

沖波は屈みこんで、薄雲の頭を軽く掴んで自分の方に向けた。

目に涙をいっぱいに溜めた彼女は、沖波を見て呟く。

 

「そしたら………信じられないと思うけど、成宮提督は、こうやって土下座をして謝って来たの。今まで苦しめてきて、すまなかったって。」

「え………?」

「謝って許される事では無いけれど、お前がまだ生きる選択肢を取ってくれるのならば、一番近くで「人殺し」である俺の変わろうとする姿を見て欲しいって………。」

「!?」

 

人殺し。

そう………あの時、絶望に陥り自殺を図ろうとした沖波を、咄嗟に止めた大潮の成宮提督に対する怒りの言葉。

あのストレートな言葉は、確かに彼の心に変化をもたらしていたのだ。

 

「今だから言うね………。私、成宮提督が土下座をするなんて思わなかった。秘書艦に据えるなんて、思ってもみなかった。でも………あの人はあの人なりに、あの後、艦娘達を救おうと努力していたんだよ?」

 

実際に理由は分からないが、薄雲以外にも冤罪を掛けられた6人の駆逐艦娘達が、成宮提督に助けられている。

そして、今もまだ彼女達は、自分達に恩義のある提督の生存を信じているのだ。

 

「……………。」

 

沖波は、静かに目を伏せる。

薄雲のプライドを捨てた姿を目の当たりにしている事で、衝動的に湧いた怒りが少し収まり、代わりに元来持っている優しさの感情が湧いてくる。

もしも、ここでこの男を失ったら、生存を信じている雷達はどうなるだろうか?

横須賀の近くでル級改と遭遇した時に、竹は人々を助けなければ、屑共と変わらないと言ったのでは無いか?

記憶はどんどん遡り、新郷提督を手に掛けてしまった自分自身の行為まで思い起こされる。

 

(私が………本当にしたい事は………したかった事は………!)

 

沖波は、息を吸うと静かに独白を始める。

 

「………新郷提督、ごめんなさい。私は、本当に貴方を殺したくは無かったんです。初霜さん、陽炎さん、ごめんなさい。私が、貴女達を狂わせる原因を作ってしまったから。」

「沖波………?」

「成宮提督、ごめんなさい。私は、貴方を理解しようとしませんでした。竹、ごめんなさい。貴女が教えてくれた大切な事、見失いかけて。」

「何を言って………?」

「斉藤提督、ごめんなさい。私のせいで、貴方の愛する人に、こんな行為をさせて。そして………。」

 

沖波は、静かに薄雲を下からすくい上げるようにして抱き留める。

そして、耳元で囁いた。

 

「薄雲、ごめんなさい。「親友である貴女」に、土下座なんかさせちゃって。」

「っ!?」

 

薄雲の目が見開かれ、涙がボロボロと落ちる。

この瞬間、沖波は薄雲を再び「親友」と認めた。

それは、薄雲の過去の罪を許したという事。

どれだけ、その言葉が薄雲にとって救われる事になったのか、想像する事ができないだろう。

 

「沖………波ぃ………!」

 

本当に軽くではあるが、沖波は、泣きそうになる薄雲の頭を抱えて静かに撫でた。

だが、今は感傷に浸っている場合では無い。

2人は顔を見合わせると、頷くだけで次にやる事は決まった。

成宮提督の左右に回り、2人掛かりでなければどけられない瓦礫に手を掛けて、持ち上げたのだ。

 

「何………を………?」

「申し訳ありませんが、貴方には無様に生きて貰います。外で戦っている貴方を信じてくれている艦娘達の為にも、私や薄雲………そして、竹の為にも!」

 

後は細かい瓦礫をどかしていくだけであったが、そこで、2人は外を見る。

再び、爆弾を抱えた攻撃機が、こちらに迫って来ていたのだ。

 

「薄雲!」

「うん!」

 

2人は突貫してくる攻撃機を、主砲で撃ち落としていく。

ここら辺は、過去に1年間組んでいただけあって、即興でも連携がしっかりと取れている。

だが、攻撃機は次から次へと飛んできてキリが無い。

 

「薄雲、主砲貸して!」

「分かった!」

 

敵の狙いが大将首………つまり成宮提督であると分かった沖波は、薄雲から主砲を受け取ると、右手に吹雪型、左手に夕雲型の主砲を構えて二丁で対応していく。

その間に、薄雲が残りの瓦礫をどかしていき、成宮提督を救出する。

 

「凄いね、沖波!どこでそんな器用に主砲を撃てる技術を習ったの!?」

「仲間に吹雪型がいるから!」

 

沖波の砲撃技術は、特殊訓練の成果。

アンバランスな2つの主砲を起用に操りながら、彼女は近づく攻撃機をどんどん破壊していく。

そして、電探でその吹雪型………深雪と連絡を取る。

 

「深雪さん!敵の攻撃機は、もしかしてブリッジを狙ってる!?」

「………みたいだな!本隊が駆け付けたから、パースさんに集中的に迎撃して貰ってるけど、防空棲姫が何か変なんだ!」

「どういう事!?」

「とにかく速いんだよ!敷波が対処しようとしてるけど、追いつけない!………これ、今まで無かったよな!?」

 

防空棲姫は元々中距離砲撃の出来る、対空砲火に長けた玉座に乗った駆逐艦だ。

その姫クラスは、速力を活かし、瑞鶴の飛ばす攻撃機を片っ端から迎撃していっているらしい。

しかし、深雪の言う通り、缶とタービンを強化して最速になった第零駆逐隊が振り回される事なんて、今まで無かったはずだ。

だが、ここで重要なのは、それよりもやはり敵艦隊が、何としても成宮提督を仕留めようと動いている事である。

 

「………薄雲、この船に一般人はいる?」

「いるよ。ブリッジ以外にも、内部には沢山………。」

 

当然ながら、艦娘が主体の移動鎮守府でない為、一般の人間である事務員や研究員等が配置されている。

沖波達は、このまましらさぎが沈んでしまったら、更に多くの人々に犠牲が出ると感じたのだ。

その上で、沖波は成宮提督に聞く。

 

「成宮提督………無様に囮になって、船の人達を助ける気はありますか?」

「成程………どうせ死ぬならば、捨て駒として役に立って………。」

「訂正します。無様に囮になって生きて、船の人達を助ける気はありますか?」

「………出来るのか?」

「やります。」

 

沖波は自信を持って頷くと、薄雲に主砲を返して、成宮提督を右肩に担ぐ。

艤装で筋力が強化されているとはいえ、これでは片腕が塞がってしまう。

それでも、沖波の目は決意に満ちていた。

何としても、この男を生かそうと。

 

「お願いね、沖波。」

「うん、親友の頼みは断れないから。」

 

沖波は勝気な笑みを見せると、嘗て、深雪と雪風がやっていたように、薄雲とグータッチを交わした。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

左舷の工廠の扉から成宮提督を担いで海に飛び出した沖波は、深雪と再び連絡を取る。

薄雲にはしらさぎの操舵室に戻って貰い、面舵を切って、船の進路を右に向けさせた。

深雪には、その誘導をお願いしたのだ。

 

「敷波さん!防空棲姫は!?」

「不利になった事で、1隻だけこの海域から逃げようとしている!………参ったなぁ、これ多分、夏頃に陽炎達が出会った駆逐棲姫や軽巡棲姫と同じだよね。」

 

敷波の通信を受けて、沖波が横目で担がれている成宮提督を見る。

彼は、瓦礫の下敷きになっていただけあって動けなかったが、意識はあった。

 

「2隻の深海棲艦を解剖して調べてみた結果、特殊な「改装」が施されていた………。」

「改装………?それってまるで………。」

「そうだ。差し詰め、名付けるならば………「駆逐棲姫改二潜」、「軽巡棲姫改二巨」。」

「じゃあ、あの防空棲姫は………?」

「俺の独断で名付けていいのならば………、「防空棲姫改二速」だろうな。」

「改二………速………。」

 

改二なんて艦娘の専売特許かと思っていたが、深海棲艦にも、使いこなせる存在がいるというのだ。

だが、そうだとしたら、ここでこの深海棲艦を逃がすのは猶更問題であると思った。

驚異的な速力のある姫クラスを逃がしたらどれだけ厄介なのかは、第零駆逐隊で証明されている。

だからこそ、沖波は決断した。

 

「敷波さん!防空棲姫をこっちに誘導できる!?」

「待って待って!?そんな事したら、沖波達が………!?」

「だからだよ!………大丈夫、仕留めてみせる!」

「………分かった!」

 

沖波の意志を感じ取ったのだろう。

敷波はそれ以上深く言わず、主機を機関一杯にして、主砲で行く手を遮りながら、防空棲姫の逃げるルートを限定していく。

後は沖波達が、その姫クラスに近づいていくだけであった。

だが、ここで成宮提督が口を挟む。

 

「正気………なのか?俺を捨てない限りは………。」

「じゃあ、この海戦の勝敗に、ジュース1本賭けますか?」

「ジュース………?」

「第零駆逐隊の流儀です。迷惑を掛けたら、ジュース1本分。」

 

やがて、反時計回りに旋回している防空棲姫を見つける。

敵艦もこちらを………成宮提督を捕捉したのだろう。

不敵な表情を浮かべ、こちらに舵を切って近づいてくる。

その勝ち誇った表情を見ながら、沖波は呟いた。

 

「見せてあげます。第零駆逐隊として生まれ変わった、駆逐艦沖波の………守りたいという信念を!」

 

沖波はそう言うと、何と自身に備わっていた魚雷を全て投棄した。




記念すべき50話達成の回。
それなのに、このインパクトの強いサブタイトルであるのは、ある意味このシリーズらしいです。
宜しければ、これからもこの話を読んで貰えると幸いです。

話の内容としては、色々と凝縮した物になったと感じています。
こういう葛藤を描いた上での、しがらみからの脱却は、展開的に好きなんですよね。
ある意味、王道なのかもしれません。
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