ラバウルに向かっている最中、敷波や沖波達の艦隊は静かであった。
その静けさが嫌になったのか、沖波は、大潮の大発動艇に乗っている成宮提督に聞く。
「そう言えば………私が沈めた防空棲姫はどうなりましたか?」
「あの防空棲姫か………。藤原提督の話によると、後始末屋によって本土に運送されて、解剖が進められているらしい。」
「何か分かった事は?」
「やはり、特殊な「改装」が施されているとの事だ。俺が咄嗟に名付けた「防空棲姫改二速」という名称が、あの深海棲艦には適用されるみたいだな。」
調査船しらさぎを襲撃した、深海棲艦の親玉である防空棲姫。
あの防空棲姫改二速は、缶とタービンを強化した第零駆逐隊を、翻弄するだけの速力を持っていた。
やはり、夏に陽炎達が対峙した、潜水する「駆逐棲姫改二潜」と、随伴艦を取り込み巨大化した「軽巡棲姫改二巨」と、同じ突然変異種であるらしい。
「大変ですよね、姫クラスや鬼クラスの改二なんて………。」
「だが、本当の問題はそこでは無い。」
「え?」
成宮提督の言葉に、沖波達は一斉に彼を見る。
彼は、杖を突いて座りながら、真剣な顔で敷波、深雪、山雲、沖波、大潮を見渡した。
「改装されたという事は、「改装を行った存在」が別にいるという事だ。」
「それって………人間ですか?」
「………だとしたら、目的が分からないな。そもそも、深海棲艦と分かり合えるのならば、それだけでも前代未聞だ。」
「じゃあ………まさか………。」
「「改装の出来る深海棲艦」が存在する。………そう考えてもおかしくは無い。」
成宮提督の言葉に、皆が戦慄する。
何処かの海で、そんな滅茶苦茶な改装を施している深海棲艦が、存在するというのだろうか?
そして、成宮提督は沖波を見て言った。
「これは、まだ初霜や陽炎には言わないで欲しい。………案外、お前達の過去話に出て来た「角付きのレ級」も、その1隻であるのでは?」
「!?」
これには、沖波も衝撃を受ける事になった。
過去に若葉と初霜の右腕を奪ったあの深海棲艦。
元凶と呼べる者の背後に、更なる黒幕が存在する。
その可能性を示唆された事で、沖波はそれまでの価値観が狂いそうになった。
「あくまで、俺の憶測だ。だが………突然変異種が生まれた理由を当てはめるのならば、一番しっくりくる。1つの可能性として、考慮しておいてくれ。」
「分かりました………。」
これは、確かにまだ初霜や陽炎には言えない事だと沖波は思いながら、顔を上げる。
目の前に、ラバウル基地の桟橋が近づいて来た。
橋には、喜多見提督と、秘書艦であり彼の妻である龍田が出迎えてくれていた。
――――――――――――――――――――
ラバウル基地の桟橋に辿り着いた沖波達は、順次上陸する。
成宮提督は、大発動艇から降りると、喜多見提督と固く握手を交わした。
「出迎え感謝します。」
「心なしか、少し生き生きとしたようですね。」
「死ねない理由が出来ましたので。………さて、行きましょうか。」
成宮提督はそう言うと、耐水性のバッグから、山雲の人工筋肉のスペアを取り出す。
そして、それを敷波に渡した。
若干浅く息を吐いている彼女に対し、龍田が覗き込むようにしながら、心配をする。
「大丈夫、敷波ちゃん~?やっぱり予め、私達から綾波ちゃんに伝えておいた方が良かったんじゃないの………?」
「気にしないでください。綾波達には………アタシが話すって決めましたから。」
人工筋肉を見つめていた敷波は、工廠へと向かって艤装を外し、決意に満ちた表情で綾波達のいる療養施設へと先頭で歩いていく。
その後ろを、沖波達は付いて行く事になった。
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綾波の部屋は、相変わらず荒れていた。
椅子に座っていた彼女は、ほとんど動かない左腕と右脚を気にしながら、俯いていた。
海風と文月も、同じように部屋の隅で茫然と虚空を見つめている感じだ。
「今日も、日向さんやサラトガさんに迷惑を掛けたの?綾波………。」
「敷波ですか………。何の用です?」
話しかけるなり、突き放すような相棒の言葉。
全てに懐疑的になっている綾波であったが、だからと言って怯むわけにはいかない。
敷波は、静かに立て膝を突くと、綾波に人工筋肉を見せた。
「何ですか、それは………?」
「綾波………落ち着いて、良く聞いて欲しい。」
やはり疑いの目を向ける相棒を前に、敷波は人工筋肉について、有りのままの事を説明する。
人工筋肉を大本営の開発部に申請すれば、左腕と右膝を「直せる」かもしれない事。
敷波自身は、綾波達が良くなるために、リハビリにチャレンジして欲しい事。
但し、大本営の開発部は、艦娘を道具としか見ていない可能性が高いという事。
「堕ちた鬼神」の復活劇としか、綾波の事は認識していないと思われる事。
それでも、敷波は綾波にとって、これはチャンスでしかないと考えている事。
「そういうわけだから、綾波………アタシは、人工筋肉を推奨するんだけれど………。」
「………ふざけているんですか?」
敷波の説明を受けて、綾波から出て来た言葉は、明らかな不快感。
彼女は、ドス黒い物を見るような目で、敷波を見つめていた。
「ふざけてなんかない。少なくともアタシは、綾波に復活して欲しくて………!」
「戦闘マシンとして復活する事が、敷波の望みなのですか?」
吐き捨てるように言う綾波は、敷波に嫌悪感を示していた。
敷波は、その視線から目を背けずに、何とか説得しようとする。
だが………。
「敷波………貴女、酷過ぎるわよ。」
「いつから、大本営の味方をするようになったの?」
「う、海風!?文月!?」
そこに、部屋の隅に座っていた海風と文月から、恨みがましい言葉が投げつけられる。
敷波は、不味いと思った。
この3人は、敷波の説明をまともに聞いてはいない。
いや、聞いていたとしても、負の部分しか汲み取ってくれてはいない。
「3人共、もう一度落ち着いて聞いてよ!アタシは………!」
「もう貴女の言葉なんて、聞く必要ないです。」
「な!?」
完全に拒絶する綾波を前に、敷波は動揺してしまう。
そこに畳みかけるように、嘗ての仲間達から言葉が投げつけられる。
「貴女は………綾波をそんな風にしか見て無かったのね。」
「違うって!海風!?」
「功績を得る為に仲間を売るなんて、最悪だよ………。」
「文月!?アタシは………!」
「敷波は、私の事………全然、分かって無いです。」
「分かって無いって………綾波!アタシは綾波の事を想って………!」
「嘘つき!!」
「っ!?」
綾波の叫びに、敷波は怯んでしまった。
癇癪を起こした彼女は、敷波を憎悪の目で睨みつけた。
「私の事を想っているなんて、嘘です!敷波は、自分の事しか考えてない!」
「アタシの事………だけ?」
「そう!色々取り繕っていても、結局は敷波自身の自己満足の為でしょう!?」
「アタシの………自己満足………?」
敷波の中で、何かが崩れた気がした。
それまでは、どんなに罵倒されても、自分自身は綾波の為に動いているのだから、その想いを伝えられれば、大丈夫だと考えていた。
だが………実際は、敷波は綾波の為に動いているわけでは無い。
今の綾波を見ているのが嫌だから、彼女に人工筋肉を付けさせて、敷波自身の自己満足を得ようと無意識に思っていただけなのだ。
「アタシ………は………。」
「敷波の人でなし!自分の欲を満たす為なら、私がどうなったっていいんでしょうっ!?」
「違う………アタシは………アタシはっ!?」
どんなに説得をしようとしても、根幹が揺らいでしまってはどうしようもない。
自身の自己満足の事しか考えてないと指摘された以上、敷波は、綾波を説得する手段を持たなかった。
そこに投げつけられる言葉の暴力を前に、彼女はどうする事も出来なかった。
「敷波の最低艦娘!!もう私の前に現れないでっ!!」
絶交の言葉を前に、敷波は絶望に支配される。
気付けば、彼女は涙を流していた。
「ゴメン………綾波。ゴメン………海風、文月。………っ!!」
「敷波さん!?」
自身の無力さを痛感した敷波は、立ち上がると掴んでいた人工筋肉を捨てて、部屋から走り去る。
その後を、慌てて沖波が追って行った。
「………もう放っておいて下さいよ。私なんか………。」
綾波が俯いて、全てを拒絶しようとした時であった。
徐に山雲が前に出ると、左手で彼女の顎を掴み………思いっきりその頬を右手でバチンッ!と叩いた。
「い、痛っ!?」
「……………。」
1発だけでない。
彼女は、右手を往復させて、何度も綾波を叩いていく。
何の感情も表さず、ひたすら真顔で。
「痛い!?痛いっ!?」
「ちょっと、待って!?」
「何やってるの!?」
流石にこれには、海風と文月もビックリして、慌てて綾波の所に駆け寄り、山雲を止めようとする。
彼女は、掴まれた両腕を乱暴に払うと、いつもの口調で………しかし、全く笑みの無い顔で、3人を見下す。
「今~山雲は~、18回綾波さんを~叩きました~。………これが、何の回数か~、分かりますか~?」
「何の回数って………。」
「敷波さんが~、山雲に相談を持ち掛けて来てから~今日に至るまで~、少なくとも山雲の見ている範囲で~、「頭を下げた回数」です~。」
『っ!?』
山雲は、敷波が落としていった人工筋肉を拾うと、誇りを取り払いながら、冷たい顔で、綾波達を見る。
「山雲は~新参者ですから~、貴女達の苦労とか関係とかは~、そんな分かりません~。でも~、自分の事しか考えない自己中さんが~、こんなに頭を下げますかね~?」
「……………。」
山雲の言葉に、綾波達は黙り込む。
彼女は後ろを向くと、ここで初めていつもの穏やかな笑みで深雪を見る。
そして、こう述べた。
「さてさて~、敷波さんと綾波さん~。本当の自己中は、どちらだと思いますか~?」
「そんなの………言う必要も無いだろ?」
嘆息しながら、深雪は簡潔に述べた。
ここ最近は、山雲と共に敷波と行動していた為、明確に頭を下げた数は数えていなくても、何度も何度も頭を下げていたのは分かっている。
自己満足を満たす為だけならば、プライドを捨てる真似なんて出来はしないだろう。
山雲は、少々過激な手段であったが、それを綾波達に刻み込みたかったのだ。
「………悪い、喜多見司令官。あたし達も敷波を探しに行ってくる。こんな状態だけど、ちょっとコイツ等を見ておいて………。」
「………待って!」
踵を返そうとした深雪達の背中に、震える声が聞こえて来た。
椅子に腰かけた状態であったが、綾波が反応したのだ。
「私も………私達も、敷波を探したいです………。」
「………絶交したんじゃないのか?」
山雲と同じく冷たい目で見る深雪であったが、綾波はわなわなと右手を震わせると、彼女達に頭を下げた。
「私こそ………敷波の事、何にも分かっていませんでした。いえ………今でも分かっていないです………。しっかりと話さないと………だから!」
「深雪、私からもお願い!」
「あたし達の為にも、綾波ちゃんの為にも、手伝って!」
海風と文月からも頭を下げられた事で、深雪は嘆息しながら、損な役回りだと思いながら、3人に手を貸す。
先頭に文月、右後ろに海風、左後ろに深雪が構えて、体の不自由な綾波を運ぶ為の騎馬を作ったのだ。
「………じゃ、行こうぜ!大潮、誘導宜しく!」
「分かりました。恐らく敷波は、外の何処かにいるでしょうからね。」
綾波達は、敷波を探しに、本当に久々に部屋を出た。
――――――――――――――――――――
療養施設を飛び出した敷波は、浜辺をひたすら走り、躓き転んだ。
その衝撃で砂が舞い、思わずせき込んでしまう。
「げほっ、げほっ………う、うう………!」
その後ろから沖波が駆け付けてくるが、彼女はうつ伏せになって声を殺して泣く敷波を前に、何もしてあげる事が出来ない。
比較的マイペースな敷波が、ここまで精神的にズタボロになる事なんて、滅多に無いからだ。
(私達が把握していなかっただけで………心の中では、ずっと綾波さん達の事が気がかりだったんだ………。)
沖波は、ひたすら泣き続ける敷波を見て、何とも言えない気分になる。
綾波達を気にかけていたのならば、人工筋肉という僅かながらの希望に縋りたくなる気持ちも分かる。
だが、その結果が、只の自己満足だという糾弾だったのだから、やるせない気持ちになってもおかしく無かった。
(しばらくこのまま泣かせて………あ………。)
沖波は空を見る。
天候はいつしか曇り空へと変わっており、白い結晶………雪が降って来たからだ。
「この南の泊地や基地に………雪?」
沖波は驚いていたが、敷波はそんな事には気付かず、ひたすら涙を流している。
徐々に舞う雪の量が増えて、敷波の頭を白く染めて行っていたので、沖波はそろそろ声を掛けようとする。
だが、そこに………。
「いた!敷波ちゃん、居たよ!」
「本当だわ!良かった………まだ基地内にいてくれた!」
文月と海風の言葉が飛んできた事で、敷波の肩がビクッと震え、後ろを見る。
そこには、深雪も含めた3人の騎馬の上に跨った綾波が、敷波を見ていた。
「………降ろして貰っていいですか?」
そっと敷波の近くに降ろして貰った綾波は、正座をする形であったが、上半身を起こした敷波を見た。
「綾………波………。」
「………ごめんなさい!敷波!貴女の想いを………踏みにじって!!」
今出来るギリギリの体勢で、綾波は敷波に頭を下げる。
彼女を左右から支える形で、海風と文月も謝罪をして頭を下げた。
敷波は、泣きべそをかきながら、3人を見る。
「綾波ぃ………海風ぇ………文月ぃ………アタシ、アタシ………!うわああああああああんっ!!」
綾波達に3人に抱き着きながら、それまで貯めて来た感情を爆発させて、声を上げて泣きだす敷波。
一体何があったのだろうか?と思い、後ろを見た沖波の視線の先には、ニコニコ顔の山雲を、嘆息しながら小突く深雪がいた。
理由は分からなかったが、これでこの4人は、今より良くなる………それだけは確かなのだと納得できた。
こうして、綾波は人工筋肉によるリハビリを申請する事になる。
ラバウルへの出張が、全て丸く終わりそうな中、1人空を見上げながら顔をしかめる人物がいた。
「雪………ですか。嫌な天気になりましたね………。」
そう大潮は、独り言ちる事になった。
紆余屈折はありましたが、何とか少しずつですが、前に進みそうになった敷波達4人。
沖波達にしてみれば、仲間が踏み出す姿を見ると、安堵を覚えますよね。
そんな中、大潮は以前、嫌いだと言っていた雪を見て何か思う所があって…。
少し長くなりましたが、これで第3章沖波編は完結です。
次回投稿分からは、第4章大潮編が始まります。
沖波編でも、存在感を見せていた大潮。
彼女にまつわる話が始まりますので、完成するまでもうしばらくお待ちください。