アイオワが泊地に着任してから数日後の早朝、彼女は工廠の秋津洲自慢の通称「艦娘デッキ」で、妖精さん達に囲まれながら、艤装の装着をしていた。
まず、足元の鉄板の上に設置された主機に足をはめて固定をする。
次に、ハンガーに吊るされている、主砲も副砲も機銃もたっぷり備え付けられた巨大な艤装を腰に接続して、装着完了。
途端に「人間」から「艦娘」となった事で、超常的な力が身に付き、明らかに過重量と言えるような、鋼鉄の塊を支えられるようになる。
「来た時は、アニメの見過ぎとか言ったけれど………、実際に使ってみると、確かに大型艦にとっては、便利よね。」
「そうかも!もっと褒めて!」
「まあ………緊急時には、時間が掛かり過ぎて、確かに役に立たないっていうのも事実だけれど。」
「あう………と、とにかく、出撃準備完了かも!」
傍で見守っていた秋津洲が、妖精さんに指示を出すと、眼前の壁が前に開く。
そして、足元の鉄板の下のスロープの後ろからくみ上げた海水が流れてくる。
後は、鉄板が開く事で、海水に乗って、順次外に発艦していくシステムになっているらしい。
「アイオワさん、準備完了しましたか?」
「ええ………ありがとね、初霜。貴重な休息時間を、私の為に使ってくれて。」
「構いませんよ。ブイン基地やラバウル基地も、案内をしておきたいですから。」
アイオワの前には、前方から順に、初霜、陽炎、沖波、大潮、深雪、敷波の第零駆逐隊の6人が並んでいた。
今回の彼女達は、任務の為に出撃するわけでは無い。
艤装が届いた事で、周りの海域に行く事が出来るようになったアイオワを連れて、ショートランド泊地近くの2つの基地に赴く為だ。
泊地と2つの基地は、共同で作戦を展開する事もある為に、ちゃんと所属の提督や艦娘に自己紹介をしておきたいというのが、藤原提督の考えであるらしい。
「燃料を使っちゃうけど、大丈夫かしら?」
「こればかりは仕方ないです。それに、帰りは別の手段を考えていますから。」
「?」
「行った先で説明します。とにかく出発しましょう。」
初霜は自分の生身の左肩に乗った、自身を模した妖精さんに合図を送る。
彼女はサムズアップをする事で、大丈夫だと応えた。
「折角の機会だから、このシステムを味わおうかしら?………第零駆逐隊旗艦、初霜。出撃します!」
真面目そうでありながらも、意外とノリの良い初霜の言葉と共に、ガコンと鉄板が開き、主機が流れる海水に着水。
そのまま徐々に加速して、外へと飛び出していく。
「じゃ、次は私ね!やっぱり、この台詞が一番でしょ!………陽炎、抜錨します!」
次に陽炎がノリノリで外に抜錨していく。
どうやら、台詞は色々と考えて、一番しっくりくる物を選んだらしい。
「み、みんな普段、使わないから………。ええっと………、沖波、出ますね。」
3番目に出るのは沖波。
彼女はかなり恥ずかしそうに、控えめな台詞を選ぶ。
「大潮!アゲアゲで行きますよー!」
4番目の大潮は、左腕を元気に振り上げながら、ウインクと共に出ていく。
左肩には、何か大型の荷物を引っかけていたが、彼女もまた、この発艦を楽しんでいた。
「吹雪型駆逐艦、深雪!出るぞ!」
5番目の深雪はポーズが変わっていた。
足を開き、右手を下に付いて左腕を斜め上にビシっと伸ばす独特の姿勢で海水に乗って行く。
「みんな何だかんだ言って好きだなー。………じゃ、アイオワさん付いて来てね。敷波、いっきまーす!しゅっつげーき!」
6番目の敷波はアイオワに笑みを向けた後、発進していく。
勢いのある掛け声と共に、癖なのか、隠れて左手でピースサインをしている。
「ふふっ、秋津洲………行ってくるわね。アイオワ………レディ、ゴー!」
最後にアイオワが、過重量の艤装を背負って進んで行く。
流石に駆逐艦娘のようにポーズを取れる余裕がある積載量と体積では無い為、しっかり両足に力を入れて、一気に外に出発していく。
外は、日差しが気持ち良く、青天であった。
――――――――――――――――――――
ブイン基地は、ショートランド泊地のすぐ近くの北西の方向にある。
単縦陣で出発した初霜達とアイオワは、青空の元、風を受けながら航行していく。
彼女達には、他にも同行者がいた。
まず、艤装の管理をしてくれる、自身と同じ姿をした妖精さん。
アイオワに至っては、複雑な機構である為、複数の妖精さんが艤装の基部の中で控えていた。
「こうしてみると、この子もキュートよねぇ。」
「そうかも!もっと褒めてあげて!」
そして、秋津洲の相棒である、空を駆ける人型ロボットである二式大艇ちゃん。
ここら辺も「整備」されているのか、ロボットの頭部から秋津洲の音声が流れてくる。
事前に聞いた情報だと、救難信号をキャッチした場合、昼間は航続距離の長いこの二式大艇ちゃんの出番であるらしい。
素早く現場に赴き、詳細な情報を、先行する第零駆逐隊や泊地に届けてくれる。
これによって、どの程度のコストの艦隊編成が必要になるのかが分かるらしい。
「今は「夜間瑞雲」を解析して、夜間でも飛行できるように整備しているんだよ!」
「そしたら、より人々を助けられるわね!………本当に、良い子ね。」
このロボットも、泊地の仲間なのだろうと思ったアイオワは、ローマが言っていた艦娘のサラダボウルという言葉を思い出し、心が温まる。
仲間という概念に国は勿論の事、人とか妖精さんとかロボットとかも関係無いのだ。
そんなアイオワの元に、初霜が声を掛けてくる。
「何か気になる事はありますか?」
「ブイン基地はどんな所かしら?」
「そうですね………前に話した通り、陽炎の師匠である神通さんが、秘書艦を勤めています。」
「神通………陽炎が言っていた、常に帯刀しているって艦娘?」
「はい。「神通」の中では珍しく、刀を常備しているんです。」
「ん………?」
そこで、アイオワは違和感を覚える。
今の言い方だとまるで………。
「初霜、神通って艦娘は複数人いるの?」
「そういえば、まだ説明していませんでしたね………。私達、日本は艦娘大国と言われるだけあって、大抵「同型艦」が複数存在しているんです。」
「同型艦?じゃあ何………?例えば、初霜って名前の艦娘も複数いるって事?」
「そうです。」
初霜は説明する。
例えば、「初春型4番艦初霜」の艦名を与えられた艦娘は、本土等にも複数人存在する。
彼女達は、この初霜と同じ艤装を装備して、日々海戦を行っているのだ。
勿論、全員義腕を付けているわけでは無いが………。
「それ、ややこしいわよね。同じ艦名の艦娘が集うと、何て呼べばいいのか分からないもの。」
「はい。………ですので、日本では特別に、艦名とは別に、それぞれ艦娘になる前の人間であった頃の「本名」を使う事を許可されています。」
「本名………?」
「アイオワさんにも、本名はありますよね?」
確かにアイオワにも艦娘になる前に、親から与えられた本名を持っていた。
それを使う事は、アメリカ政府からは現時点では許可されていないが、今後祖国での艦娘の生産がより活発化して、日本と同じ同型艦が生まれれば、同じ処置が施されるかもしれなかった。
「その本名っていうのは、公開禁止なのかしら?」
「アメリカではそうだと思いますけれど、日本では普段から使用してもいいとは言われています。」
「じゃあ、貴女の本名を聞いてもいいかしら?」
「「泰葉(やすは)」です。」
「やすは?」
抵抗感があると思いきや、割とあっさりと答えてくれた初霜に対し、アイオワは思わずきょとんとする。
日本人の名前は、アメリカ人にしてみれば、変わった語感であるのも1つの理由だ。
初霜は、アイオワの方を振り向くと説明する。
「緑の葉が生い茂る様を示しています。これでも、気に入っているんです。」
少しだけ笑みを見せて………しかし、何故か寂しそうな顔をする初霜。
その様子に違和感を覚えながらも、アイオワは彼女の後ろに並ぶ、陽炎達にも聞いてみる。
「陽炎達にも本名はあるのよね?」
「勿論!陽炎は「忍(しのぶ)」!」
「沖波は………「寧音(ねね)」です。」
「大潮は「朋(とも)」と言います!」
「深雪は「美羽(みう)」だぜ!」
「敷波には「由愛(ゆめ)」って本名があるよ。」
ここにいる第零駆逐隊の全員が、順番に教えてくれた。
いずれも、アメリカからしてみればやはり変わった名前だ。
更に………。
「春風は「加奈(かな)」。秋津洲さんは「智香(ともか)」。由良さんは「芽衣子(めいこ)」。瑞鶴さんは「穂乃香(ほのか)」だと教えてくれました。」
「結構気軽に、他人の本名も公表していいのね………。」
「恥ずかしい物じゃないからね!むしろ、コミュニケーションに必要な時があるかもしれないし!」
アイオワの近くにやって来た二式大艇ちゃんから、秋津洲の無線が流れて来る。
それだけ、日本の艦娘が多い本土だと、同型艦同士で仕事をする機会があるらしい。
確かに大規模攻勢作戦だと、同じ艦娘が同じ鎮守府に並んでもおかしくない気はした。
「何か………妙なイメージが湧くわよね。艦隊に、初霜がぞろぞろと並ぶ姿っていうのも。」
「流石に基本的な装備は一緒ですので、同じ艦隊に同型艦は配属しませんよ。海戦中に誤認したら、ややこしいですし。」
「それもそうね。」
ごもっともな初霜の言葉を受けて、少しアイオワはクスクスと笑ってしまう。
リラックスをした所で、沖波が義眼のズーム機能を使ったのだろうか。
アイオワ達に情報を知らせてくれる。
「もうすぐブイン泊地に着きますね。事前連絡が通っているのか、桟橋で神通さんが待っていますよ。」
「流石、神通さん。こういう所は油断も隙も無い。」
「ねー、陽炎………。やっぱり神通さんの事、どう思ってるのさ?」
「尊敬する師匠よ。訓練の鬼だけれど、それは私達に絶対に生き残って欲しいという愛情の裏返しだもの。」
「そうじゃなくて、言い方………まあ、いっか。」
褒めているのか恐れているのか分からない陽炎の言葉を受けて、敷波が嘆息する。
そうしている内にアイオワにも、肉眼で桟橋の所に艦娘が立っているのが分かるようになる。
その人物………神通は、長い先がはねた茶髪が特徴で、後頭部に白い鉢巻と一体化した大型の緑のリボンを付けていた。
右腰には、陽炎が言っていた通り、使い込んだ刀を帯刀しており、恐らく左手で使用すると思われた。
刀を除くと、一見すれば、物静かな艦娘であるが、近づくにつれて、その神通が纏う雰囲気を感じ取る。
陽炎の言葉を借りればほとんど隙が無く、その気になれば抜刀も出来そうであった。
やがて、桟橋に辿り着くと、陽炎が手を振る。
「神通さーん、おはようごさいまーす!アイオワさん、連れてきました!」
「いらっしゃい、陽炎さん。また少し、練度を上げたみたいですね。嬉しい限りです。………そして、アイオワさん。ブイン基地秘書艦の神通です。宜しくお願いしますね。」
「宜しくね、神通。貴女の纏うオーラは、確かに素晴らしいわ。」
素直に褒めたアイオワであったが、神通は少しすねた顔をすると陽炎を見る。
「もう………陽炎さん。また、変な事を流布しましたね?」
「い、いえ………何の事でしょうか?」
思わず明後日の方向を向いて、口笛を吹く陽炎。
どうやら陽炎は、新しい艦娘が着任する度に神通の事を、おかしな風に喋ってしまうらしい。
それだけ慕っているという証でもあるのだが………。
「と、とにかく神通さん!ブイン基地の提督や仲間の艦娘にアイオワさんを会わせて下さい!」
「ふふっ、そうですね。今は提督も含め、みんな、訓練海域にいますので手間が省けると思います。行きましょうか、アイオワさん。」
「ええ、お願いするわね、神通。」
その陽炎の心情も察しており、これも弟子の可愛い部分だと思っているのだろうか。
ひとしきり彼女の反応を楽しんだ神通は、アイオワ達を連れて訓練海域へと案内して行った。
各艦娘の出撃シーンの小ネタ
陽炎の台詞…公式ラノベ「陽炎、抜錨します!」より。
大潮のポーズ…大潮改二のポーズより。
深雪のポーズ…コードギ〇スのラ〇スロット。
敷波のポーズと台詞…敷波改二のポーズと台詞より。
艦娘デッキに関しては、アニメ1期と2期の混合といった感じで作りました。
時間に余裕のある時や、大型艦にとっては有用な作りです。
尚、補足説明になりますが、この作品では、日本以外のアメリカを中心とした各国は、本土を、実装されていない艦娘達が守っている設定にしています。
その為、アイオワのような決戦艦娘が最前線に出向いても、大丈夫という感じですね。