大潮と共に岬へと到着したアイオワは、リシュリューの言葉通り、傲岸の端に座り込んで海へと釣り竿を垂れている人物を見る。
精悍な面構えをしているが、長い髭を携えている為か、落ち着いた雰囲気を持っている感じだ。
年齢はざっと見た感じ、40代後半といった所。
彼は、それこそぼんやりとした顔で、釣りに没頭していた。
「失礼しますね。」
大潮はその隣に座ると、静かに釣り糸を海に投げ、同じように趣味に没頭する。
アイオワも、ぎこちない動きであったが、大潮の反対側で釣り糸を放り投げた。
「……………。」
しばらく、そのまま時間が過ぎて行く。
訓練海域の方では、陽炎が神通に演習をお願いしており、バルジトンファーを二刀流で構えて、切れ味の鋭い刀を抜き放った彼女と、激しく打ちあっている。
その音や歓声が響いてくる中で、大潮とアイオワは、只々釣りをしていた。
(いつまでこうしていれば、いいのかしら………。)
魚が釣れる気配も無い中で、のんびりと風に揺られているだけの状態であったアイオワは、心の中で不安になる。
もしかしたら、この提督は自分の事が嫌いなのでは?とすら錯覚してしまう。
「お前さんが………アイオワか?」
「え?あ、はい………。」
そんなアイオワの心情を察してくれたのか、ブイン基地の提督が喋り出す。
ボーっとしているようで、事前にもたらされた情報は、しっかりと把握してくれているらしい。
彼はアイオワの方を向かず、海を見つめながらであったが、渋い声で話しかけてくれた。
「アメリカからショートランド泊地に派遣されたアイオワです。以後、宜しくお願いします。」
「ワシの名前は「工藤 勇人(くどう はやと)」だ。今は、このブイン基地の提督を任されている。」
「今………ですか。アドミラル、貴方の経歴は、長いのですか?」
「そうだな………昔は、本土の鎮守府の1つを任されていた事もあった。」
色々と思い出すような工藤提督の姿を見て、アイオワは、彼はショートランド泊地の藤原提督とは、また違った苦労をしているように思えた。
艦娘の直感………と言えばいいのだろうか。
とにかく、色々と悟ってしまっているような雰囲気を持っていた。
「もしも宜しければ、昔の武勇伝を………聞いても宜しいでしょうか?」
「残念ながら、武勇伝と言える物は無い。昔はヤンチャで熱い性格だったが、自分なりに挫折や失敗を味わってな………。今はもう、こうして毎日海を見ていなければ、狂ってしまいそうになってしまった。」
「狂うって………。」
「息子からは、呆れられている。だが、沢山の艦娘の命を預かる提督業というのは、狂わなければやっていられない。正気を保てる物ではないのだ。」
そう言いながら、工藤提督はまた何かを思い出していた。
アイオワは、その詳細までは分からない。
だが歴史の授業で、日本で初めて艦娘が………初期艦だという隣の大潮の言葉が確かならば、吹雪が生まれたのが20年位前だと言われている。
今の彼の年齢を合わせてみると、もしかして………。
「もしかして貴方は………設立されたばかりの鎮守府の管理を?」
「その内の1つを担当していた。初期艦と言える艦娘も何人も見て来た。………自分の不甲斐なさ故に、その艦娘達が轟沈して、その仲間達が悲しみに暮れ、涙を流す姿もな。」
「あ………。」
アイオワは思わず固まる。
追及してはいけない所に踏み入ってしまったのかもしれないと、アイオワは後悔をする。
だが、また彼女の心情を察したのか、初めて工藤提督が彼女の方を見る。
その表情は穏やかであった。
「気にするな。只、そんなワシの幸福を、天は許してくれなかった。幾多の艦娘達を沈める原因を作った愚かな提督に、未来を幸せに生きる権利は無いと裁きを下したのだよ。」
「裁きって………。」
「お前さんは、「ケッコンカッコカリ」という言葉をしっているか?」
アイオワは首を縦に振る。
ケッコンカッコカリとは、艦娘と提督が永遠の契りを結ぶ行為だ。
艦娘になると、肉体の成長は止まってしまうが、恋愛感情がなくなるわけでは無い。
むしろ、大多数が男性で構成されている提督の存在は、彼女達にとって一番身近である為に、恋慕を抱く事も多いのだ。
そしてここで重要なのは、艦娘にも生殖能力はしっかりと備わっているという事実。
つまり、子供を産む事も出来るのだ。
「先程息子がいると仰ってましたよね………。もしや貴方は………。」
「当時、ワシの苦労を分かってくれた駆逐艦娘がいてな………。ワシのせいで、傷を負い、苦労をしたというのに、それでも慕ってくれた。………その感情が愛になるまで、お互い、そんなに時間は必要が無かった。」
「……………。」
工藤提督は、左手に付けていた手袋を外す。
その薬指には、指輪がはめられていた。
アイオワは悟る。
その駆逐艦娘と工藤提督は、ケッコンカッコカリをして子供にも恵まれたのだろう。
だが、その幸せは長く続かなかった。
恐らく彼が愛する駆逐艦娘は………轟沈したのだ。
「妻を失った時、一時はショックのあまり、酒浸りになった。子供の顔も直視できず、結果的に今、愛想を尽かされることになった。そして今、ワシは海を見つめる事しかできない。そうしていても、妻が帰ってくるわけもないのにな………。」
「それだけ大切な存在なのですね。」
「お前さんも、いつかは誰かを好きになるかもしれん。だが、艦娘である限り、指輪の意味は心に刻んでおいた方がいい。このリングは、幸せの象徴とは限らないからな。」
「はい………。」
大切な存在を失った時、この指輪は幸せの証から枷になる。
幸せだった頃の過去に縛られてしまい、今を生きるのが苦痛になり、未来も踏み出せなくなるからだ。
それだけケッコンカッコカリという行為のリスクを、この提督は知っているのだろう。
だからこそ、出会ったばかりのアイオワに、愛する者との生き別れの恐怖を、最初に伝えたかったのかもしれない。
ここで、ずっと黙って話を聞いていた大潮に、工藤提督は話しかける。
「お前さん達は、ラバウルにも顔を出すのだろう?」
「そうですね。この後、向かおうと思っています。」
「あの若造の熱血な性格には、こちらも脱帽するしか無いからな。宜しく伝えておいてくれ。………後、帰りに「アレ」を使うのならば、息子にも宜しく頼む。」
「分かりました。では、失礼しますね。」
「気をつけてな………。お前さん達に、海の英霊達の加護が有らんことを。」
リールを巻いて釣り糸を回収した大潮は、手際よくバッグに仕舞い、頭を下げるとアイオワを見る。
彼女も慌てて同じように束ねて大潮に渡すと、提督に頭を下げた。
そして、2人は初霜達の元に戻って行く。
帰りに一度だけアイオワは、工藤提督の方を振り向いたが、彼はやはり釣り糸を垂らしたままであった。
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神通達5人の艦娘に見送られてブイン基地を出発した初霜やアイオワ達は、更に北西のラバウル基地に向けて進んで行く。
今度は、それなりに距離がある為、到着は夕方頃になりそうであった。
泊地からは既に連絡が行っているし、秋津洲の相棒である二式大艇ちゃんが先行して向かってくれているので、余程の事が無い限り、無事に辿り着けるだろう。
只………。
「……………。」
「んー、アイオワさん。ずっと黙っていて大丈夫か?」
「ええ………ちょっと、色々と考えていたから。」
過去の出来事故にメンタル面を鍛えている雪風に、妻を失いケッコンカッコカリの負の側面を知った工藤提督。
彼等のような存在と出会った事で、アイオワは色々と考えさせられる事になった。
「艦娘になる事は誇りだって話があるけれど………同時にリスクも背負う羽目になるのよね。」
「確かにな………。こないだのパースさんの事もあるし、理不尽かもな。」
どちらかと言えば、お調子者の側面がありそうな深雪も、この事に関して、多くは語らなかった。
只、少しだけ嘆息すると、後ろの敷波を見た。
敷波も同じように溜息を付くと、アイオワの方を向き説明を始める。
「アイオワさん。次のラバウル基地なんだけれど、少しだけ特殊な所なんだ。」
「特殊な所?サラトガからの手紙では、特に何も書いてなかったけれど………。」
サラトガというのは、アイオワと特別に仲の良い、ラバウル基地に所属しているはずの正規空母だ。
アメリカにいた頃から積極的に文通をしていたが、ラバウル基地が「特殊な所」だとは教えて貰ってはいない。
そもそも、ヒューストンやガンビーもそうだが、第零駆逐隊や蒼海の英雄の異名も知らせてくれなかった。
「機密レベルが高いのかしら………?」
「まあ、それもあるよ。………只、それ以上にラバウル基地は、あまり大っぴらに語ったらダメな部分があるんだ。」
「中身がブラックだとか?」
「ある意味正解。でも、それは仕方ない面もあるんだよね。ラバウル基地は………ショートランド泊地等の最前線で傷ついた艦娘達の、療養施設も兼ねているから………。」
敷波は更に説明を進める。
ショートランド泊地近辺の深海棲艦は、アイオワも経験した通り、かなりの精鋭揃いだ。
故に、日本を始めとした艦娘も、練度の高い精鋭が送られる事が多い。
だが………それでも不測の事態はあるもので、身体的や精神的なダメージを被る者達も少なくは無いのだ。
そうなった者達は、大抵本土へと帰投させられる事が多いのだが、諸事情でそれが出来ない艦娘もいる。
「諸事情って………?」
「簡単に言えば、帰投させたら本土の艦娘達の士気が落ちると判断された場合だよ。」
「よく分からないわね………。」
「こんな例え話をして悪いんだけど、決戦艦娘のアイオワさんが、ショートランド泊地で再起不能の傷を負ったら、素直にアメリカに帰す事が出来ると思う?」
「………あー、理解して来たわ。確かにアメリカ本土の艦娘達にしてみれば、ここがどんなに恐ろしい場所なのか不安を抱えるわね。」
アイオワが再起不能になるような海域だと認識してしまえば、アメリカの艦娘達は、そこに転籍する事を渋ってしまうだろう。
そうなってしまっては、泊地運営が出来なくなってしまう。
「つまり何?ラバウル基地には、そんな大物の艦娘が療養しているの?大和とか武蔵とか………。」
「幸運にも大型艦は、今はいないよ。………いるのは、アタシの昔の仲間の駆逐艦達。」
いつの間にか前を向いていた敷波は、アイオワの方を見ないで語っていく。
その声音には、明らかな寂しさがあった。
「特に………一番酷いのが、アタシの昔の相棒でさ。「ソロモンの鬼神」と呼ばれていた綾波は、「蒼海の英雄」と呼ばれる初霜の前の、ショートランド泊地のエースだったんだ。海風と文月と共に………海を駆け巡ってたっけ。」
彼女が言うには、第零駆逐隊が結成されるずっと前には、もっと運用可能な駆逐艦がいて、それが綾波と海風と文月であるらしい。
だが、ソロモンの鬼神という異名で有名な綾波は、とある深海棲艦にやられてしまったのだ。
命は無事であったが、左腕と右足の筋肉が砲撃で抉れた事で、筋断裂よりも酷い重傷を負ってしまい、再起不能になったという。
「大本営や現地の人達からは、今は皮肉を込めて「堕ちた鬼神」と言われている。………海風と文月は戦意を喪失したけれど………アタシは、綾波の仇を討ちたくて………今もまだ泊地に在籍して、駆逐隊に拘ってるんだ。」
虚空を見つめている敷波の言葉には、そんなに怒りの感情は無かった。
あったのは寂しさに加え………何処か悔しさがにじみ出ていた。
この世界のケッコンカッコカリに関する説明回。
艦娘は元人間という設定なので、子供を産めるという事にしています。
ブイン基地の提督の妻がどの艦娘であったのかは、現時点ではまだ内緒でお願いします。