シナリオ100点道徳0点の世界に料理人をぶち込んだお話 作:エヴォルヴ
フロム・アリアドネ
なぜかソティスが見える馬鹿みたいに硬いタンク。硬いだけでなく、恐ろしい威力を孕んだカウンターをぶち込んでくる。
なお、料理人。武器を握るとクソザコ……とまではいかないけど、弱体化する。盾と拳が武器。……なお、倭刀を握らせると……?
ベレス先生に懐かれている。
さて、諸君。風花雪月の皆をお腹いっぱいにしてみたいと思わないか?
美味しいご飯を食べさせたいと思わないか? 俺は思う。マリアンヌさんとか、リシテアさんとか、ディミトリさんとか、とにかく皆がお腹いっぱい食べて幸せになってほしいと思ってる。
カラン、カラン、と来客を告げるベルが鳴る。客席のすぐ向かい側にある調理場で、明日の弁当の仕込みをしていた青年はその音に気付き、顔を上げて微笑む。
「やぁ、ベレス、ソティス。おかえりなさい」
私とソティスに優しく微笑んでくれた青年は、フロム・アリアドネ。傭兵団にいた時から私達を気にかけてくれていた人だ。
「うん、ただいま、フロム」
『うむ! 今帰ったぞ!』
調理場と客席が近いこの場所は、フロムの城【レストラン・アリアドネ】。士官学校の近くに建っている小さな家であり、フロムの仕事場でもある。
「今日はちょっと遅かったけど……何かトラブルでもあった?」
「いや、ただ補講が長引いただけ」
『あの娘、熱心じゃったのう。勧誘も含めて』
「あ、そうなんだ。頑張ってるね、ベレス」
ニコニコと笑いながら私達の話を聞いてくれるフロムは、椅子に座った私にメニューが書かれた冊子を渡してきた。店はもう閉めているけど、私とソティスは遅くに帰ってくることもあるため、フロムは私達のためだけに店を開けていてくれるのだ。
「何にする?」
「うーん……」
『ハンバーグのAセットじゃ! やはりこれじゃろう!』
「それは前も食べたし……別ので」
『なぜじゃ!?』
ソティスはフロムが作る手捏ねハンバーグのAセットが気に入っている。確かにあのハンバーグは美味しいし、Aセットのデミグラスソースや目玉焼き、フライドポテトは魅力的だ。魅力的なんだけど、連続で食べると飽きてしまう。
『むう……確かに飽きるのはダメじゃな……』
「ふむふむ……ベレスは何を食べたい? 肉? 魚? それとも卵?」
何でも作っちゃうよ、と微笑むフロムの綺麗な白髪や瞳はいつもよりキラキラしているように見えた。……いや、料理の話をしている時や、メニューで悩んでいる人を見ている時はいつもキラキラしている気がする。
……さて、どれを食べよう? ハンバーグは前に食べたし、魚って気分でもない。かと言って、卵……は味気ない気がするし……
『……む、フロムよ、この厚切りトンカツというのは、なんじゃ?』
「ああ、それ? えーとね…………よっこいしょ」
ドンッ、という重みを感じさせる音と共にまな板に置かれたのは、宝石のような光沢を放つ肉塊だった。
「いい豚肉を買えたんだ。ロースだよ、ロース」
「『ロース?』」
「牛とか、豚とか羊とかの肩から腰にかけての背肉のことだよ。脂身は甘味があって、赤身は柔らかいんだ」
確かにフロムの言う通り、目の前で輝く肉の塊はとても柔らかそうだ。
……そういえば、傭兵団にいた時に猪の肉を皆で食べたことがあったけど、一部の肉が凄く柔らかくて美味しかった記憶がある。あれもロース肉だったのかもしれない。
『して、トンカツとはなんじゃ?』
「このロース肉を衣で包んで、揚げるんだよ。いいお肉だから、分厚くても噛みきれると思うよ」
はっ……メンチカツやコロッケみたいな感じにするんだ。あの金色に輝く衣で包まれた肉汁たっぷりのメンチカツは、父親であるジェラルトや傭兵団の皆にも好評だった。
もちろん、私とソティスにとっても大好物と言っていいほどのもの。あれはミンチにした肉を使っていたけど────
「……」
『これを……揚げる……』
分厚く切られたロース肉が、金色の衣に包まれて目の前に出されたら…………うん、最高じゃないか。
ソティスもそれに同意したようで、いつもより目を輝かせている。
「『ロースカツセット!』」
「はーい。ロースカツセット入りました~」
間の抜けるような声と共に、フロムは調理を開始する。笑っているが、雰囲気は真剣そのものだ。
まずロース肉を分厚く切り、筋を切ったら肉叩きと呼ばれる器具を使って肉を叩き、柔らかそうな肉を更に柔らかくする。その後、塩コショウを少し振りかけて下味を付け、小麦粉、卵、パン粉の順にくぐらせて衣を付けた。
『いつ見ても手際がいいのう』
「ふふ、武器の扱いは苦手だけど、料理は誰にも負けないぞ、俺は」
「うん、フロムの料理は世界一」
フロムは武器の扱いが苦手だ。剣を使わせれば力任せに使うし、槍を使わせれば躊躇なく投げる。弓を握らせると、弓の弦が前触れもなく引きちぎれることもある。まるで武器に嫌われているようだ、とフロムは笑っていた。
『じゃが、お主の盾は末恐ろしいぞ?』
「あはは……そう言ってくれると嬉しいね」
────ソティスが言う通り、どんなに強い武器を持った敵や凄まじい技量を持った敵よりも、盾を持ったフロムが厄介だ。細いのに、強靭で柔軟な肉体による守りは、剣、槍、斧などを容易く受け流し、矢の雨や魔法を当然のごとく弾く。
そして盾による反撃は、常人なら骨や内臓を潰されること間違いなしの一撃。守るということに関して、私はフロム以上の存在を知らない。傭兵界隈では、【白磁の要塞】の異名で呼ばれていたし。
「……うん、いい感じだね」
談笑をしている間に、用意していた油が適温になったらしく、パチパチと音を立てる。東の国の食事のための道具である箸を使って確認したフロムは、衣に包まれたロース肉を優しく油の中に投入する。
ジュワワ、ジュワアアアアアア……! と、油に投入されたトンカツがなんとも心が踊るような音を立てる中、フロムの調理は続く。
次にフロムが手にしたのはキャベツ。洗いたてのキャベツを目にも止まらない速度で切り刻み、千切りキャベツが完成した。メンチカツの時もそうだったけど、肉類や魚類の揚げ物には千切りキャベツが定番らしい。
「盛り付けて、っと。────さぁ、できたよ。厚切りロースカツセット!」
配膳された瞬間、私とソティスは生唾を飲み込んだ。まんべんなく金色に輝き、湯気を立ち上らせるトンカツ、炊きたてのライスに、根菜の味噌スープ……その全てが食欲を掻き立てるエッセンスとなっている。こんなの、もはや一つの武器と言っても過言ではないのではなかろうか。
「『いただきます』」
私とソティスが手を合わせ────フロムがやっていたのが伝染ったのだ────味噌スープを一口飲む。
「────はふぅ……」
『うーむ、沁みるのう……』
鼻腔を突き抜ける優しい香りと、野菜などから出たうま味のあるスープを飲み、空腹のお腹に食事の時間であることを伝え、いざ────メインの実食。
おお……フォークを突き立てた瞬間、凄く軽快な音が響いた……! しっかり火が通っていながらも、とても柔らかいトンカツを一切れ噛った瞬間、頭を殴られたような気がした。
「美味しい……!」
『うむ、うむ! なんとも美味じゃな!』
サクサクの衣と、肉厚でジューシーなロース肉、そしてちょっと濃いめのソースが食欲をさらに刺激する。ここに千切りキャベツを合わせれば、そこはまさに楽園。凄い勢いでライスも進む。
「うん、それは良かった。あ、そうそう。その黄色いやつも合わせて食べてみて。ちょっと付けるだけでいいから」
「黄色い────あ、これ?」
『む? なんとも珍妙じゃの? これはなんじゃ?』
まぁ、物は試し。この黄色いものをちょっと付けて食べてみる。
「────!?」
『辛い……!』
「カラシって言うんだって、それ。トンカツには外せないって行商人が言ってたよ」
カラシ……名前の通り辛い。辛いのだけれど、それがまたアクセントとなって美味しさを加速させている……! ライスが進む……! 口直しに用意されている野菜の塩漬けも、いい塩梅の漬け具合……トンカツ、キャベツ、ライス、塩漬け、味噌スープ……どの順番で食べ進めても、永久機関が完成している……!
「おかわり」
「はいはい」
新たに盛られた大盛りのライスを、トンカツで掻き込む。フォークだけではなく、スプーンも用意されているから、ライスを食べる時に持ち変えることもできるのは、気遣いというやつだろう。
「そういえば、二人の味覚は共有されてるんだよね? 嫌いなものとかも共有なの?」
『む? いいや? ベレスもわしも、お互いに嫌いなものは嫌いなものじゃ。共有はしておらんよ』
「へー……」
そんな薬にも毒にもならないような会話をしながら、食事を終える。トンカツセット……素晴らしいものを見つけてしまった。毎日は多分飽きるけど、定期的に食べてしまいそうだ。
「『ごちそうさまでした』」
「はい、お粗末様でした。あ、はい、食後のお茶」
出されたお茶の香りを楽しみながら、ふと思い出したことを口にする。
「フロム、士官学校で家庭科と保健の教師をやらないか?」
「家庭科って……士官目指してる子達なら普通できるでしょ? 保健だって、基礎知識は────」
『そうも行かぬのよ、フロム』
「……なんだって?」
家庭科と保健────傭兵団に入った時、フロムによって皆に叩き込まれたもの。傭兵家業を辞めて結婚した時、病気に罹患した時の対処などの授業である。
私も含めて、傭兵団の皆は首をかしげていたけど、いざ授業を受けてみれば目から鱗の知識が飛び出して来たのだ。
フロムは元々、娼館の娼婦や男娼の治療を行っていた医者の子供だったらしく、感染症? などにも詳しい。そんな彼、だからこその知識によって健康を保てた面がいくつもある。
「……裁縫」
「女子はできる」
「……料理」
「両極端」
「……掃除」
「基本的にできてる」
「性感染症について。栄養バランスについて」
『保健と家庭科の授業がないのう』
「うーん、赤点!!」
よし、釣れた。
「ベレス、教師とはどうやってなるんだい?」
「うーん……分からないけど、レアさんに推薦しておこうか?」
「レア…………ああ、大司教の……あの人かぁ」
フロムはレアさんが苦手……というか警戒している。ここに店を開いているのは、レアさんの便宜があったからなのだけど、それでも警戒は解かない。
「彼女、ちょっとばかし胡散臭いんだよね」
『ふむ……そうかのう?』
「うん。あと、ベレスにベレスじゃない誰かを重ねてるのが気に食わなーい!」
私は気にしないのに、フロムはそれが気に食わないという。……ちょっとだけ────いや、凄く嬉しい。父さんと同じくらい尊敬している家族みたいな彼に、大切に思われているのは、悪い気分になるわけがない。
「まぁでも……これからの未来を作る若者達に学びを与えるってのも、悪くないかもねぇ」
「歓迎する」
「気が早いねぇ、ベレス」
楽しそうに笑うフロムを見ると、私も楽しくなってくる。いつもそうだ。フロムは笑いの中心にいて、誰かを楽しくさせる才能を持っている。その才能が一番発揮されるのが料理。傭兵団はいつもフロムの料理を楽しみにしていた。
私が思い出に浸っていると、不意にフロムが手を叩く。
「そういえばベレス、気になる人はいた?」
「気になる」
「あ、この人いいなーって思う人だよ」
……気になる人……いいな、と思う人……? そんなの、ずっと昔から────
「フロム、かな?」
そう答えるとフロムはパチパチと目を瞬きし、ソティスはなんだか楽しそうにニヨニヨした笑みを浮かべた。
「うーん……情操教育の欠如、かなぁ……? いや、まぁ、嬉しいけどさ。でも、お兄さん心配」
『フロム、おぬしも隅に置けぬのう?』
何かおかしいことでも言ったのだろうか? 父さんにもこの質問をされて、フロムと答えたら、面白そうな……楽しそうな……でもなく、嬉しさと寂しさが混在した表情をされた記憶がある。
私の答えを聞いた後、うんうん、としばらく唸っていたフロムだったが、咳払いをして口を開いた。
「と、とにかく。俺も士官学校で授業やれるようにお願いしてみるよ」
「私も協力する」
「うん。……あ、でもお店は続けるよ。休日のみの開店って形でね」
……フロムはいつか、過労死するんじゃないかな?