シナリオ100点道徳0点の世界に料理人をぶち込んだお話   作:エヴォルヴ

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足腰を鍛えるんだ…


箸休め、傭兵流授業は地獄。

 修道院の鐘が鳴り響く頃、郊外の道の端に集まった生徒達は、今日から行われる授業に少しの期待、好奇心、そして不安を抱えつつ、訓練用の服を着ているベレスとフロムの前に整列していた。

 

「じゃあとりあえず自己紹介ね。ベレスは知ってるだろうけど、俺はフロム・アリアドネ。まあ、何度か顔を合わせてるから知ってるか。自己紹介終わり。授業行こうか」

 

 何とも淡白な自己紹介だ、と思いつつも、柔和な雰囲気を纏うフロムに対しての不快感を覚える者はいない。

 

「ベレスから聞いてると思うけど、俺が担当するのは保健体育と家庭科。ま、今日は保健体育の体育だね」

 

「あの、保健体育とは?」

 

「体を健康に保つために体について学び、育てる。そういう授業。そこら辺も追々説明するから今回は割愛。授業の方針について説明するね」

 

 ま、退屈な話だろうから聞き流してくれてもいいよ、とあっけからんと言い放つフロムに誰もが驚くが、生徒達は姿勢を乱すことなく列を維持している。フロムの隣に立っているベレスの無言の圧力が原因かもしれないが、しっかり話を聞く姿勢を整えていた。

 

「皆がこれから生きていく中で、必要となってくるもの。体力などの維持or向上、健康意識改善、食生活……ご先祖様の言葉を借りるならQOLってやつを上げていく。それと並行して基礎を学んでもらうつもりだよ」

 

 教師になるということで、自分が生徒達に何を教えていくべきか、何を重視して彼らを育て上げるかを考えた。彼らが大きくなって、大人になっていった後、これから先を生きていく未来ある子供達に残してあげられるものは何か。今日に至るまで何度も考え続け────自分が培ってきたものの中で、彼らに渡してあげられるものは何かを考えた時、『身に付けさえすれば、確実に多くのことに応用できる力』、『これから先、ずっと自分の力になってくれるもの』……それを教えてあげるのが自分の役目だと考えた。

 

 堅く、崩れることのない地盤が無ければ応用には繋がらない。高く飛ぶには、助走も深く踏み込む必要もあるのだから。

 

「まぁ、というわけでガンガン教えていくから、頑張って」

 

 やる気がある生徒は個別指導もやるからね、と笑うフロム。後ろには、踏み込んだら絶対に抜け出せないような巨大な蜘蛛の巣を張った大蜘蛛がいるような気がしてしまう程、寒気がする笑みを浮かべていた。

 

 だがしかし、それが気にならないくらいには、フロムの言葉に誰もが感心した。傭兵兼料理人という異例にも程があるこの青年が、フォドラに名を轟かせる【白磁の要塞】がどのような教育をするのか、誰もが気になっていた。もちろん戦闘技術などを教えてくれるかと期待していた者は少々落胆していたが。

 

「じゃ、授業を始めるよ。走ろうか」

 

 全ての事柄に歩く、走る、という工程が存在する。戦場にいる時も、料理をする時も、仲睦まじく街を歩いてデートする時も。

 

「正直な話ね、君達上半身に対して下半身が貧弱すぎるんだよね!」

 

 バランス良く鍛えているはずの者ですら、フロムの目からすれば貧弱な下半身に見える。鍛えても線が細い者がいたり、筋肉の塊のような者がいたりするが、それでも貧弱すぎるのだ。ベレスくらいとは言わないまでも、もう少し脚の筋肉を鍛えなくてはいけないだろう。

 

 貴族だろうが平民だろうが、武官だろうが文官だろうが、農民だろうが商人だろうが役人だろうが絶対に必要となってくる足腰の強さ。走れることは間違いなく武器になる。戦場で疲れ果ててもなお走ることができれば生存に繋がる。商いをするには東奔西走しても疲れを知らない足腰が必要となるのだ。立って歩き、前に進み続けるためには、己の足腰の強さこそが肝要。

 

「というわけでこの外壁に沿って外周を走ってみよう。疲れたら歩いてもいいよ」

 

 ただし、決して足を止めてはいけない。

 非常に単純で、地獄のような訓練内容に、誰もが度肝を抜かれる。

 

 平地、荒れ地、森、川────様々な環境が揃っているガルグ=マク大修道院を中心とする土地。その外壁に沿って外周を走るとなれば、整地されている場所だけではなく、森の中も突っ切ることになるのだ。

 

「あのー……ちなみに、一周だよな────」

 

「え? 君らの体力を鑑みると最低二周だけど?」

 

 何を当たり前のことを、と言わんばかりの声音に誰もが戦慄する。この男、何度か顔を合わせていたが、その時はいつもベレスの授業にいた。ベレスの授業を見て、自分達の限界を見極めていたのだと察して、卒倒しそうになる者もいるが、フロムは優しい笑みを浮かべ続けている。

 

「大丈夫、走っただけじゃ人は死なないから。俺も走るし」

 

「フロム、私達のノルマは?」

 

「ああ、俺は十五周。ベレスは十周ね」

 

(((十周!?)))

 

「少ないけどいいの?」

 

(((少ない!?)))

 

「まぁ、始まったばっかりだし」

 

 それはこれから先、周回の回数が増えていくということなのではと聞く気にはなれなかった。

 

「夕ご飯食べて吐かない程度には調整してるから頑張ってね」

 

 はい、スタート。

 そう言って走り出したフロムと、並走するベレス。それを見た生徒達は呆気に取られつつ、もう授業が始まっていることに気付き、一斉に走り出した。

 

「うおおおおおお!! やってやろうじゃねぇかああ────ぶべぇっ!?」

 

「地獄だ……! 地獄みたいな授業だ……!!」

 

「この授業終わった後、わたし生きてるんでしょうか……」

 

「要塞じゃねぇ……あんなん拷問器具だ……白磁の拷問器具だよあの人……!」

 

 走り出した誰もがまず気付いたのは、先日の雨によって泥濘が生まれている道が死ぬほど走りにくいということ。ぐちゃぐちゃと音を立てるこの道は滑るし、踏み込みが難しいし、場所によってどう動くのかを考えなくてはいけない。

 

 森に入ってすぐには勢い良く走っていた生徒達だが、時に濡れた草で滑って転び、時に木の根に足を取られてすっころび、ぬかるんだ道で転び、転ばなくても止まれずに木の幹に激突する。足元を警戒し過ぎれば前への注意が疎かになり、前だけを見ていると足元の障害物に気付けずに転倒する。

 

 体力自慢が少なくはないこの学び舎の生徒達。そんな体力自慢も、体力に自信がない者も等しく自然という大いなるものに対して草塗れ、泥まみれの洗礼を受けていた。

 

「かっ……かひゅっ……!」

 

「ハァッ……ハァッ……!」

 

「うっぷ……うふっ……ハァッ……!」

 

「ひっ……ひぐっ……ふぐぅっ……!」

 

 もはや嗚咽と喘鳴にしか聞こえないくらいには疲弊している生徒達。疲労、足腰の悲鳴。上半身に対して下半身が貧弱だったが故の地獄。

 

 誰もが大量の汗を流し、吐きそうになりながら走っている。歩く者がいないのは、速度を緩めたら今以上に苦しくなると本能的に理解しているからだろうか。ようやく一周目を終えることができるというのに、死屍累々ぶりである。二周目が終わった頃にはきっと喋ることすらできない屍の出来上がりである。

 

「頑張れ、頑張れ。あと一周! 歩いてもいいから自分に負けるなー!」

 

「呼吸は止めるな。呼吸を止めたらもっと苦しい」

 

 死にかけの生徒達を周回遅れにして駆け抜けていくフロムとベレス。走るだけには飽き足らず、木々をまるで猿のように跳ねたり飛び越えたり、時には大道芸人のようにバク転や側転などアクロバティックな動きを織り交ぜながら走っていく彼らを、生徒達は人間ではないものを見るような視線で見送っていた。

 

「なん、で……あの、ひと、たち……余裕、なの……!?」

 

 それは誰の言葉だっただろうか。誰もがその言葉に同意する。

 

 一周する少し前、マリアンヌやリシテアといった少女が倒れそうになったところを軽々と持ち上げ、復帰させて走り去っていったのだ。悪路だろうが何だろうが易々と踏破していく彼らは、本当に人間なのかと疑いたくなる。だが残念なことに人間だ。人間なのだ、彼らも。

 

 そんな人間を辞めていそうな人間であるフロムとベレスは、走りながら生徒達に危害が及ばないようにと小型の魔獣を見つけては殴り殺す、斬り殺す、といった行動もしているため、生徒達よりもあちこち移動して距離を増やしている。中々気が狂っているように見えるが、二人からすれば、自分ができる範囲のことをやっているだけであって、そこに何か特別なことはない。

 

 

 

 そうこうしている間に、外周ランニング二周が終わり────集合場所には倒れ伏した生徒達の山が築き上げられていた。

 

「わー、予想以上に死屍累々」

 

「想定だとどのくらいだったの?」

 

「この半分は立ったまま息切れしてる予定だった」

 

 想像以上に足腰貧弱だねえ、と苦笑するフロムに誰も反論できなかった。むしろ想定以下だった自分への恥じらいすら感じる。

 

「まぁ気絶してる人がいないだけ御の字かな。じゃ、次行くよ」

 

(((次……!?)))

 

「疲れたら休む。当たり前だよね? 体を酷使したらちゃんと体を労わる。はい、クロード君ちょっと座ってね」

 

「あ……ああ……何を、するんだ……?」

 

「これをこうして……こう」

 

「おごっ!!?」

 

 ごくんっ、ミチミチミチッ……! 

 クロードの体から鳴ってはいけないような音が聞えた。なお、クロードの体が吹き飛んでいるとか、そういったことはない。ただ、疲れ切った全身の歪みを整え、伸ばしているだけである。

 

「おッ……があああああああああああッ!!!?」

 

「わー、凄まじい凝り具合……ベレス、女の子達の方任せるね」

 

「任せてほしい」

 

 

 

 その日から数日間。生徒達は全身の筋肉痛で歩き方が変になっていたり、動くことすらできない老人のように歩く者が多くいたという。そんな彼らの様子を見たため、セイロス騎士団の者達を含める多くの者に問い詰められたフロムは、平然を口にした。

 

「生徒達の体力向上を目指さない教育者のせいで生徒達は地獄を見ているわけですが。そもそも鎧着て訓練とか、武器を使った訓練とか……演習訓練とかする前にもっと体力づくりをするとかもっとあるでしょうが。騎士団に入ってから学ぶものでもないそれをどうして学校で学ばせようとしないのか理解に苦しみますがそこのところどうです? って団長含めたそこのジェラルト傭兵団。非番だからって昼間からお酒を飲むんじゃないよ」

 

 ゴミに湧くウジ虫でも見るかのような視線を前にして、誰も何かを言えることはなかった。そもそも体力のない人間も中にはいるため、下手に何か言えば自分達も走らされる危険性があった。それでいいのか大人達。

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