シナリオ100点道徳0点の世界に料理人をぶち込んだお話 作:エヴォルヴ
【フロムの秘密】
意外と礼儀作法ができている。本当に傭兵かお前、とジェラルト傭兵団の中で言われたことがある。
ベレスに作法や料理、娯楽などを教えた。
「────────はい、時間切れ! 俺達の勝ち!」
圧倒的。それが私達黒鷲の学級が感じた────いいえ、黒鷲、金鹿、青獅子、この講義に参加している全員の印象だった。
今回の講義は攻城戦。攻城戦と言っても、小さな砦を防衛する
「さぁ、反省会だ。何がいけなかったか分かる人!」
「……罠の存在、警戒しすぎ、ました、ですか?」
「お、ペトラさん発言ありがとう。正解だよ」
留学生のペトラが言った通り、私達の敗因の一つに罠の存在がある。戦いにおいて一番大事なことは攻め込んでくる相手が嫌がることを徹底的にやること、と師は言っていたけど、ここまで差があるとは思いもしなかった。
まず私達が嵌まったのは、落とし穴という典型的な罠だった。林の中に巧妙に隠されたそれに引っ掛かったカスパルと、奥に見えた多くの罠への警戒心が上がり、慎重に進みすぎた結果、時間切れに追い込まれた。
他の学級もそれに近い状態に追い込まれ、敗走。【白磁の要塞】……あの時私、ディミトリ、クロードが見たような武勇だけではなかったのね。
「見えてる罠の六割は偽物だったんだけど……警戒するよね。分かる。私だってそうする」
「では、どう突破すれば良かったのでしょうか?」
意外なことに、カスパルの次に罠に引っ掛かっていたヒューベルトが質問すると、フロム先生はうーん、と腕を組む。
「簡単なのは、捨て駒かなぁ……」
「ほう?」
「ああ、ごめんね。別に君達が捨て駒っていうわけじゃないよ。ただ、戦場でよく使われる戦法がそれってだけ」
業腹だけどこれが有効なんだ、と苦笑するフロム先生の言葉に師も頷いている。数々の戦場を渡り歩いた【灰色の悪魔】と【白磁の要塞】の経験からの言葉は、私達に響く。
「次は……ちょっと参考にならないけど、罠全部ぶち抜いてくることかな?」
「……それは、どういう?」
「うちの団長と、ベレスがそれ。……てかうちの傭兵団は全員、この程度の罠ぶち抜いてくる」
数々の罠を突破してきたのを思い出して辟易した表情を浮かべる先生と、誇るように胸を張る師。……確かに参考にならない。
「あとは致命的な罠にかからないこと、だけど……ラファエル君、ベルナデッタさん、リシテアさんとかはできてたかな」
「お、オデ?」
「わ、わわわわ私ですか!?」
「えっ、わたし?」
意外な選出に講評を聞いていた誰もが驚く。
「罠に引っ掛かった率が一番少ない。経験なのか、警戒心が強いのか分からないけど……うん、お見事。飴玉をあげちゃう!」
そう言ってポーチから取り出されたのは琥珀色の球体。飴玉を配るフロム先生と、少々照れながら受け取る三人。……飴玉と言ってたけど、なぜそんなものを?
「べっこう飴って言ってね。砂糖と水だけで作る飴なんだ。小さな子供とかを泣き止ませるのには有効だったりするよ」
「戦いが終わった後、迷子になった子供とかはよくいるから」
なるほど……実益を兼ねた持ち物だったのね。確かに戦いが終わったら、何もかもが終わるわけじゃない。迷子、怪我人、色んな人がいる。それらの負担を少しでも和らげるものを持っておくことで、緩衝材としても役立つ……か。
「ああ……そういえば、俺の実力を疑うなら今度、白兵戦の演習にも参加するから、その時ね」
「フロムは大きな熊を素手で倒せる。……フィジカルモンスター」
熊を、素手で……? 本当に人間なのかしら、フロム先生……髪色といい、肌の色といい……もしかしたら私と同じなのかもしれない。
「ベレス、前も言ったけど、素手は無理」
ああ、さすがにそうよね。素手で熊を倒せるなんて、いくら力自慢であっても人間業では────
「木盾があれば頭を潰せるけどね」
……やはり彼、人間ではないのでは?
全学級の心が一つになった気がした。
────────────────────────────────
午後の授業を終えて、明日の授業や提出課題の有無を確認し終えた私は、用事を済ませるために街へと繰り出していた。予約しておいた紅茶が届いたのである。
中々手に入らないような良いものを購入した後、気分が良かった私は、自分でも分かるくらい機嫌が良くなっていた。
「師とのお茶会……喜んでくれるかしら?」
そう、この紅茶は師であるベレスとのお茶会を行った際に開けようと考えているもの……師の好きな銘柄がこれだったとは……傭兵時代に飲む機会があったのかしら?
「俺が飲ませてたんだよ」
「そう、フロム先生が────っ!?」
「やぁ」
いつもの白い服に身を包んだフロム・アリアドネが、私の背後から現れた。一体いつから私の背後に……!?
「いやね、ヒューベルト君に追跡と護衛の課外授業をしていたら、君を見つけたってわけ。いいね、彼。まぁまぁ基礎ができてる。君のおかげかな?」
「……いえ、ヒューベルトの研鑽によるものよ。私は何もしていないわ」
「そう?」
追跡と護衛の課外授業……確かにヒューベルトから報告を受けていたわね。要人警護の依頼もされることが多かったという【白磁の要塞】、そのスキルを学ばせてもらっていると。影から見守るような護衛だけではなく、友人のように接することで油断を誘発させる護衛のやり方など、とても有意義だと聞いている。
「まぁ、それはいいや。紅茶の話に戻すよ」
「え、ええ。あなたが飲ませていた、というのはどういうこと?」
私が問いかけると、フロム先生は得意気に微笑んだ。
「傭兵をやってると、余裕がなくなってくるんだよね」
「余裕?」
「そう、余裕。戦って、武器の手入れをして、体を清めて眠る。そして次の戦場に向かう……傭兵って忙しいんだよ」
言われてみれば、傭兵は一ヶ所に留まることは少ない。【
「そうなってくると大事になってくるのは娯楽」
「娯楽……」
「そう、娯楽。様々だねぇ。賭博、お酒……女の子に言うのはあれだけど、娼館とか……色々あるんだ」
溜まったものを発散する機会がなければ、内部から破裂してしまう。各地を転々とする傭兵団などは特にそうだと彼は言う。
「そんな中でも、俺がオススメするのは食事! 美味しいご飯、美味しいお酒、美味しい飲み物、それと楽しい会話!」
「食事を娯楽とするのは、一部の裕福な貴族達では?」
「んーん。ご飯が美味しいとさ、士気が上がるんだよね……凄いよ、あれ」
食事による士気の向上……なるほど。いくら兵力があったとしても、それを支える兵糧がなければいけないものね。そう考えると、食事を娯楽に当てはめるというのはあながち間違いではないのかも。
「エーデルガルトさんは次期皇帝だったね?」
「ええ。それがどうかしたのかしら?」
「覚えておくといい。食事は、情報と同じくらい強力な武器だってことを」
っ!? 食事が武器になるですって? それは暗殺────いいえ、フロム先生は食べ物を粗末にすることを嫌う。なら、暗殺という観点ではない……
「質問しても?」
「どうぞ」
「それはどの状況を仮定してのことかしら?」
「各国の要人を捕らえ、捕虜にした時に出す食事、進軍中、各国の貴族や王族との会談……それらを自国で出すと仮定してみて」
捕虜……進軍中……各国の貴族や王族……大事な情報を持つ可能性がある捕虜という条件がある時点で、毒を盛るということはあり得ないわね。ということは鍵となるのは、進軍中や各国の貴族や王族という部分…………もしかして────
「食事による、懐柔や、士気の向上……かしら?」
「うん、正解。詳しく言うと、その人達の国の料理を作ってあげるといいね」
各国の貴族や王族は贅を尽くした料理を好む者が多く、進軍中であれば娯楽が少ない。そして、本来なら粗末な食事を出されることもある捕虜が、自国の料理を配膳されたとしたら。時間がかかるかもしれないけれど、ほぼ確実に懐柔できる。
「実は昔、料理によって無血開城を成し遂げた人がいるんだよね」
「そんな人物が……」
「あの人、凄いよ? 今度調べてみるといい」
レパートリーが凄いんだ、これが。そう言ったフロム先生は、何かを思い付いたように手を合わせた。
「そうだ、エーデルガルトさん。ちょっとお付き合いいただけるかな?」
「……まぁ、時間はあるわね」
私の答えを聞いた彼はニコリと笑い、口を開く。
「俺が尊敬する偉大な料理人、その一品、それをお作りしましょう!」
そこからの行動は早く、私が何か言う前に士官学校の隣に建っているレストラン、【レストラン・アリアドネ】に連れてこられてしまった。
訪れたことはなかったけど、噂以上ね。ぬくもりを感じさせるアンティーク調の、料理人のことが見えるカウンター席。埃一つなく、清潔に保たれた店内……帝国、王国、同盟国……どこを探してもここまでのお店は見つからないだろう。
「あ、お冷ね」
そう言って出されたのはキンキンに冷えた水。微かにレモンとミントの香りがするため、恐らくハーブ水の一種ね。
冷たい水で、西日で火照った体を冷やしていると、彼の動きに目が行った。────凄まじい手際……普通であれば数人でやるであろう作業を全部一人でやっている。
厚切りベーコンが焼ける音や、焼き立ての薄焼きマフィン、そして熱湯の中から現れた純白のポーチドエッグ……どれもこれも、私の好奇心や食欲、そして期待値を上昇させていた。
「────はい、おまちどおさま。エッグベネディクトだよ」
置かれた料理を見て、私は思わず息を飲んでしまった。ポーチドエッグの上にかけられたソースに至るまで、全てが調和した見た目。まるで宝石や黄金のような……そんなイメージが浮かぶ。
「……あ……」
ナイフを入れた瞬間、半熟の卵黄がソース、マフィン、ベーコン、に流れ込む。それらを合わせて口にすると、口の中で卵やバター、こんがりと焼き上がったベーコンの味などが爆発するかのように襲いかかってきた。
襲いかかってきたと言っても暴力的ではなく、上品でありながら苛烈、苛烈でありながら繊細という、不思議な……それでいてとても素晴らしい味わい。
「どう?」
「とても美味しいわ。……とくにこのソース……これが食材をまとめ上げているのね」
「正解。オランデーズソースって言ってね。卵黄やバターなどを使ったソースだよ」
まろやかさが顕著に出たソースが、主役級の食材達をまとめている……これがエッグベネディクト。フロム先生が尊敬する料理人の一人が作ったという料理……確かに、こんなにも美味な食事を出されたら、余程の精神力がない限り懐柔されてしまうでしょうね。
────────欲しい。師だけではなく、これ程の料理を作ることができて、戦略や武勇、政治などにも精通している目の前の人材は、下手な軍師や将軍よりも優れている。
「フロム先生、あなた帝国でその腕を振るわない?」
「えーと……スカウトかな? ベレスにもしてたような」
「ええ、そうよ。あなたや師のような輝く人材は、絶対に確保しておきたいもの」
それはきっと、ディミトリやクロードもそう。師だけではなく、フロム先生の有用性を分かっているのなら、勧誘を行っているはず。出会ったばかりのあの時は、のらりくらりと躱されたけれど、今度は逃がさない。
そんな思いを込めた私の勧誘に対し、彼は考える素振りを見せて────小さく笑った。
「俺の所属は一応ジェラルト傭兵団だからなぁ……ベレスもそうだけど、俺達を引き抜きたいってなら、団長から一本取ってみてよ」
「……ジェラルト殿から?」
「うん。これでも傭兵団の稼ぎ筆頭なんだ。引き抜くなら……それ相応の覚悟はあるんだろう?」
叩きつけられたのは、挑戦状。かの【壊刃】から一本取れたら、考えなくもないという答えを出され、私の闘争心に火が灯る。
「その条件は、他の二人には言ったのかしら」
「露骨な勧誘はされてないからね。また誘われたら言うつもりだよ」
つまり、情報という点においてはリードがあるということ。師が担任を務めている金鹿の学級の級長、クロードに遅れを取ったと思っていたけれど……これならまだ、チャンスがあるはず。師も、フロム先生にとても懐いているようだし。
「やれるかい?」
「ええ。私は、その程度では屈しないわ」
「団長をその程度……か。いいねぇ。そういうのは嫌いじゃないよ」
「ふふ、それは良かったわ」
私はエッグベネディクトの残りを食べ終え、立ち上がる。こうしてはいられない。かの英雄から一本を取るとすれば、時間はいくらあっても足りないのだから。
「ごちそうさま。美味しかったわ」
「それは良かった。────ああ、そうだエーデルガルトさん」
「何かしら?」
店を出ようとしたところで呼び止められ、足を止める。言い忘れたことでも────
「あまり、おいたしたらダメだよ?」
その時の私は、笑えていただろうか? ……あまり、覚えていない。
なお、フロムはエーデルガルトの正体とか諸々は知らないので、「ただ単に問題行動しないようにね」と言いたかっただけの模様。エーデルガルト的には忠告されたように聞こえたようだけどなぁ!?
次のご飯は?
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ディミトリとステーキ御膳
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クロードと握り寿司
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ジェラルトと焼き肉
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フロムとホットケーキ
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ベレス先生とチーズケーキ
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イングリットと牛丼大盛り
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ドゥドゥーとケバブ
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ベルナデッタとマカロンタワー
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リシテアと桃のパフェ