シナリオ100点道徳0点の世界に料理人をぶち込んだお話 作:エヴォルヴ
音に聞こえし【白磁の要塞】、フロム・アリアドネ。白い髪、白い肌、白い盾を携えた一人の男の武勇は、王国でも噂になっていた。
「……さぁ、どこからでもかかっておいで」
そんな彼が今、俺の目の前に立って盾を構えている。フロム先生は毎日のように生徒への課外授業を行っており、個別でやることもあれば、集団でやることもある。
今回は俺個人のみの課外授業となっており、俺の課外授業をどう進めていくか、方針決めの日だ。
「音に聞こえし【白磁の要塞】の実力、見せてもらおうッ!」
「おっ、いい突きだ」
軽口を叩きながら、俺の槍を受け流す。小手調べとはいえ、力を込めた一撃を受け流されたことに、少しだけ驚く。
「ならば────」
「お?」
槍を捻るように動かし、穿つ。それだけでは終わらせず、勢いをそのままに薙ぎ払いを放った。
これで決まるか、と心の片隅で考えながらも、この程度で決定打を浴びせられたとしたら、彼はここにはいないという冷静な判断が浮かぶ。そして、その判断は正解だった。
「そーらよっと!」
突進には回るようにして受け流し、薙ぎ払いに対しては逆らうのではなく、まるで骨がないかのような動きで攻撃をないものにしてみせる。────なんて技量……!!
「はい、お返し」
「は? ────────っっ!?」
比較的ゆったりとしたモーションから放たれた軽い裏拳を籠手で受け止めた瞬間、俺の体が回転した。
「な、何が……!?」
「君の攻撃のエネルギー、それをそのまま返した。面白いだろ? これ、技術があれば誰でもできるんだぜ?」
「それは、奥義というやつなのでは……」
「うんや? 歴とした技術さ。俺なりにアレンジしてるけどね」
練度と反射速度が足りないんだよねぇ、とぼやいているフロム先生を尻目に、俺は今喰らった技について考察を重ねる。彼はそのまま力を返したと言っていたが、恐らく違う……俺の力を利用した、柔術の一種だろう。フロム先生は武器を使わないため、体術を極めたということか……
「皆に言えることだけどね……武器が無くなったらどうするつもりだい?」
「……」
「まぁ、ディミトリ君は力持ちだから、肉体での抵抗だってできるだろうけど……もし、物資が少ない中で戦うことになったら? 武器が壊れたら? そうなったら────」
死ぬのは君だよ、と真剣な表情で言う先生。分かっている。それだけシビアな世界なんだということは。
「そうなったら、君の大切な人はどうなるか……分かるよね?」
「……ああ、分かってる」
「うん、だろうね。君は、俺がよく知ってる目をしてるから」
それは、戦争を知っている……という意味で言ったのだろうか? それとも……
「まぁ、そこら辺は置いておこう! うーん、惜しむらくは君の全力に耐えられる武器じゃないことかなぁ……」
「……分かるのか?」
「うん。あれだね。今度、うちの傭兵団で贔屓にしてる鍛冶職人紹介したげるよ」
偏屈だけどいい腕だよ、と笑うフロム先生は両腕に装備した展開型の盾をかち合わせてみせる。彼の装備全てが特殊な機構を備えているらしく、盾もその一つだそうだ。
「君の力は凄い。凄いんだけど……それについてきてくれる武具がなければ宝の持ち腐れってやつさ」
「確かにそうだ。だが……」
「あとは、その隠してるものをなんとかできればねぇ……?」
「────!?」
なぜ、俺の内面を知っているんだ、彼は……!?
「隠したつもりだった? そりゃ残念。よく知ってるって言っただろ? ……何せ俺がそうだったから」
……先生が、そうだった……? 俺と同じことを……?
「何せ俺も目の前で家族が全員死んで天涯孤独。この髪だってストレスの証拠! ……ま、今は祝福って意味もあるけど」
「祝福」
「いつか、君達が結婚式をする時に料理を作らせてほしいと思ってるぞ!」
料理……か。俺には、味が分からないからな……あの日からずっと、何もかもが歪んでしまった。
「まぁ、そんなわけだから、君のそれ、なんとかできないかなぁ、と考えてみました」
「は……?」
「俺の知り合いに人体のあれこれに詳しいやつがいてね。一時的に味覚を復活させる呪符、もらってきました!」
はい、拍手! とケラケラ笑う先生の言葉が信じられなかった。一時的に味覚を復活させる? 俺が失ったものが、あの時から壊れてしまったものが、戻ってくる?
「な、なぜそんなものを?」
「ふっ……調理実習で君が美味しいって言ったところを見たことがないからさ」
美味しいと言ったことがない。ただ、それだけのことが気になって、伝手を使って貴重そうな呪符を貰ってきた先生の言葉に嘘偽り、下心や野心はない。俺を悩める一生徒として見ているのだ。
「とりあえず一ヶ月分ね。この呪符って鮮度があるからね」
懐から取り出されたのは、舌に乗せることができるくらいのサイズの薄っぺらい札だった。……これが呪符? ただの紙切れにしか見えないんだが……? いや、それよりも鮮度ってなんだ?
「先生、鮮度とは?」
「鮮度は鮮度だよ。一ヶ月、毎日くっつけること! 夜に歯磨きしたら効果が切れるよ」
呪いのことはあまり分からないが、とにかく渡された呪符が貴重なものであることは分かる。……本当に味覚が戻るのか……? 戻るのなら……もし、許されるのなら……フェリクスやイングリットと、シルヴァンと、ドゥドゥーと……青獅子の学級の皆と、食事を共にしたい。
そんな思いを胸に、恐る恐る呪符を口に含むと、不思議な────それこそレモンのような酸味が────? レモンの、よう……な酸、味……?
「あ、味が……する……?」
「よーし、発動したね! というわけで────お店に、出陣!!」
混乱している俺の手を引いて、フロム先生は士官学校の敷地を抜けて、すぐ横に建っているレストランへと入った。
「さて、作るぞぉ!」
「あの、先生……何を作るつもりなんだ?」
「いい肉が入ったからね……ステーキ御膳!」
ステーキ……ステーキの御膳……そもそも御膳、とはなんだろうか。メニューにも載っていないようだし……いや、だがフロム先生が作ってくれるというのだから、待つことにしよう。
「あ、ステーキの焼き加減はどうする?」
「あ、ああ……そうだな……」
どうしたものか……どれを食べても味がしないから、食べれればなんでも良かった時間が長過ぎて、好みの焼き加減を忘れている…………イングリットなら、どうするだろうな? 彼女は食に敏感だからな。フェリクスもあれで結構食へのこだわりがあったりするし…………そういえば、先程から頭痛がしない。呪符の効果か?
「……すまない、先生。先生のおすすめで頼みたい」
「お? いいよぉ。料理人としての腕、お見せしましょう」
先生がまず手を付けたのは、肉ではなく野菜。綺麗に洗われたニンジン、ナス、ヤングコーン、アスパラ、玉ねぎを食べやすいサイズにカットしていく。その中で、ニンジンを削ぐようにして整形していたのだが……あれは何度か見たことがあるな。
「グラッセ……?」
「お、よく知ってるね。ニンジンのグラッセはステーキによく合うんだこれが」
形を整えたニンジンを小鍋に入れ、水と砂糖、バターを投入し、じっくり煮詰めていくのがグラッセ……手間暇がかかる調理法だ。
そういえば幼い頃、ニンジンのグラッセをフェリクスと取り合ったことがあったな……あの時はグレンが自分の分を分けてくれて……ああ、なんで忘れていたんだろう。きっと、忘れてはいけない思い出だったはずなのにな。
「……ん? そういえば先生、その包丁は……」
「ああこれ? お目が高い。昔、俺に料理を教えてくれた人から受け継いだ包丁だよ。それがどうかした?」
「ああ、いや……幼い頃、家に奉仕してくれていた料理人の包丁によく似ていたから、気になったんだ」
「おや……なら、それは俺の家の人間だね。この包丁は、アリアドネの家しか持っていないから」
なんという偶然。まさか、フロム先生の祖父母と俺に接点があったとは。見惚れる程美しい刃紋、握りやすいように設計されているであろう握り手。
どこを取っても芸術品の領域にある先生の包丁は、下手をすれば英雄の遺産と同等の価値を持つかもしれない。俺が記憶している限り、あの老夫婦はあの包丁で猪を一撃で屠っていた。
「ま、俺も材料は知らないんだよねぇ……なんなんだろうね、これ」
「先生も分からないのか?」
「うん。俺がもっと大きくなったら教えてくれるって言ってくれた人は皆、死んじゃったから」
そう、か……先生も家族を失っていたと言っていたな。
「ま、こいつがどこでどう生まれたのかなんて別にいいんだ。今、俺がこうして料理をしている方が大事だしね」
「前向きだな、先生は」
「ふふふ……皆の孫を見るまでは死なないぞ俺は! ……あ、いや、お孫さんの結婚式で料理を作りたい!」
どれだけ生きるつもりなんだ、この人は。ここまで長生きすることに執着すると、醜く見えるはずなのに、先生は全くそうは見えないな。むしろ輝いているようにすら見える。
「んま、俺の話はここまでにして……主役のご登場です」
「…………おお……」
包みの中から姿を見せたのは、赤身と脂身のバランスが宮廷画家が描いた絵画のように美しい肉塊だ。
「肉の名前はシャトーブリアン。これに下味をつけて……焼く」
使い込まれた鉄フライパンの上でジュウウウウウウ……と静かに焼ける音を響かせる肉塊────シャトーブリアン。片面一分弱の火入れがされたそれは、久しく忘れていた食欲というものを劇的に刺激する。
「んで、これを少し休ませてる間に……」
ソースとソテーを作ってしまおう。
そう言ったフロム先生は、二つのフライパンを同時に使いこなし、野菜のソテーとステーキソースを作っていく。
肉汁が残っているフライパンにワインや塩、バターを入れてコクのあるソースを作りながら、もう片方のフライパンにバターを投下。溶けたところに野菜達を投入し、焼き目を付けてから皿に盛り付ける。艶が出たニンジンのグラッセも忘れず盛り付けられ、あとは主役を待つだけだ。
「────仕上げだ」
休ませていた肉を熱したフライパンに乗せて、全面にもう一度火を通してから、野菜の絨毯が敷かれた皿に盛り付けられた。
「さぁ、できたよ。ステーキ御膳! 召し上がれ」
目の前に置かれたステーキと野菜の盛り付けられた皿と、香り高いコンソメスープに、大盛りのライス。これ程の贅沢が他にあるのだろうか? ……いざ、実食だ。
ナイフが何の抵抗もなく入る。力は全く入れていないのにな……そして肉は美しい桃色……素晴らしい火入れ。
「────ああ……美味い」
口に入れると、甘い脂と赤身のガツンと来る力強い味が襲いかかる。深みのあるソースも絡み合い、讃美歌すら聞こえてくるようだ。
懐かしい思い出に浸れる甘いグラッセ、昔は少しだけ苦手意識があった野菜のソテー……口の中をリセットしてくれるコンソメスープや、どの食材にも合う大盛りのライス。どれを取っても俺の心を震わせてくれる。
「……美味しいとは、こういうこと、だったな……」
喋りながらも、食べる手は止まらない。忘れていたことを思い出すように、目頭が熱くなるのを感じながら食事を進めていると、先生が口を開く。
「そう、食事は人を豊かにしてくれる。食事は生活環境の一つさ」
確か、授業でも言っていたな。戦士としての強靭な肉体、人が美しいと思う肉体、優しい心……人を構築する重要なファクターであると。
「あの日……」
「ん?」
「あの日、先生がいたら、俺は何か変わっていただろうか?」
思わず聞いてしまった。ダメだな、今の俺は正しい判断とかができていない。
「さてね……何か変わったかもしれない。変わらなかったかもしれない。……ディミトリ君、少しだけアドバイス」
「……聞かせてくれ」
「見据えるものを、しっかりと固定しておきなよ。でないと、大切な人、大切だった人すら傷付けてしまうから」
俺もそうだったんだよ、と微笑んだフロム先生。家族を失い、その後ベレス先生やジェラルト殿に出会った時、恐らく傷付けてしまったのだろう。後悔の念が嫌という程伝わってくる。
「あの日、俺を拾い上げてくれた団長や、傭兵団の皆……ずっと傍にいてくれたベレスのおかげもあって、俺はこうして生きてる」
「……」
「だから、今一度考えてほしいんだ。失ったものだけじゃなくて、今自分の手の中にあるものを」
俺の手の中にあるもの…………ああ、たくさんある。
本人は隠してるつもりかもしれないが、食いしん坊なイングリット。
俺を猪だなんだと言いながら、忠告してくれたり、心配してくれるフェリクス。
おちゃらけているようで、実は誰よりも気遣いを忘れないシルヴァン。
俺の剣であり、盾であると消えない忠誠を誓ってくれたドゥドゥー。
他にもアッシュ、メルセデスにアネット……青獅子の学級の皆。いつか戦う日が来るかもしれないと思いながらも、そんな日が来なければいいと思う黒鷲や金鹿の学級など……俺の捨てたくないものは、思っていたよりも多いようだ。
「君がどんな道を行くつもりかは分からないけど……抱えたものを捨て去るような道は、選ばないでほしい」
「一応聞くが……それは、なぜだ?」
「だって、何もかも捨てた先で食べるご飯なんて、焦げた野菜くず以下だよ?」
「野菜くず以下……か」
「それにさ、帝国も王国も諸侯同盟も……皆で食卓を囲う……なんて大偉業成し遂げたらカッコよくない?」
それは……考えたこともなかった。
「俺は傭兵だけど、戦争が嫌いだ。ご飯は美味しくなくなるし、人は死ぬし、ご飯は美味しくなくなるし」
「食事が大事なんだな、先生は」
「もちろん! あと、可愛い生徒達が殺し合うのは見たくないなぁっていう教師心もあったり。結婚式で料理を振る舞いたい!」
もちろんディミトリ君にもね!
そう言った先生はとても楽しそうで……俺もつられて笑ってしまう。
「ははっ……凄いな、先生は」
「ふふふ……頑張れ、ディミトリ君。君の未来は祝福で満ちているはずだよ」
先生の祝福の言葉を聞きながら、俺は食事を進める。……今度、フェリクス達を連れて、先生の店に行こう。きっと喜んでくれるだろうからな。
……それよりも先に、腹を割って話す方が先決か……? フェリクスのことだから、きっと小言を言ってくる。イングリットとドゥドゥーも巻き込んで、茶菓子や紅茶を楽しみながら話をしよう。……うん、それがいい。エーデルガルトやクロードと話をしてみるのもいいかもしれない。
「…………ふぅ、ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様! お茶はどうする?」
「すまないが持ち帰らせてもらう。……四人分、頼めるか?」
「うん、いいよ。お菓子も持っていきな」
紅茶が入った水筒と、袋詰めにされたバタークッキーを受け取り、俺は士官学校へと戻る。その途中────
「おい猪。お前、今どこから出てきた?」
「ん? ああ、フェリクス。……イングリットとドゥドゥーも一緒なんて珍しいな?」
茶会に誘おうと思っていた三人と出会した。
(? 殿下の雰囲気が……)
(気のせいだろうか? 殿下の雰囲気が、いつもより明るいような……)
「別に好きで一緒にいるわけじゃない」
少しだけ拗れているが、フェリクスは悪いやつじゃない。それが分かっているからこそ、イングリットもドゥドゥーもなんだかんだ言いながらフェリクスの近くに行ったりするのだろう。
「そうか。……ところで、この後は暇か? 美味いクッキーを手に入れてな」
「何?」
「あ! それ、【レストラン・アリアドネ】のバタークッキーですよね?」
「ほう、フロム先生の……彼はダスカーの料理にも精通していたな」
そうだったのか。……なら、今度は王国では食べられない料理をリクエストしてみてもいいかもしれないな。
「おい猪、お前味覚が機能していないのだろう? なぜ味が分かる」
「ああ、それか? 夜に歯を磨くまでは味を感じるから大丈夫だ」
「「「は?」」」
呆けている三人の背中を押しながら、俺はいつもの張り付けた笑みではなく、本当の笑みを浮かべる。まずはこの三人と腹を割って話す。その次は青獅子の学級、その次は他の学級の級長や学級の人間と。そうすれば……先生が言っていた三国が食卓を囲む、という偉業に近付ける気がするのだ。
次のご飯は?
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クロードと握り寿司
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ジェラルトと焼き肉
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フロムとホットケーキ
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ベレス先生とチーズケーキ
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イングリットと牛丼大盛り
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ドゥドゥーとケバブ
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ベルナデッタとマカロンタワー
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シルヴァンとハンバーガー
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ドロテアとタコス