シナリオ100点道徳0点の世界に料理人をぶち込んだお話 作:エヴォルヴ
イングリットの声優、石見舞菜香さん迫真の断末魔にやられた方、多いのではないでしょうか?
最近、殿下がよくフロム先生のところに足を運ぶようになりました。なんでも、王国では食べられていない料理について聞きに行っているそうです。たまに、フロム先生と作ったという料理────前回はたこ焼きという東の国の料理でした────を私達へのお土産として持ってきてくれて……昔の殿下が戻ってきたように思えてしまう。
しかも、凄く調子が良いそうです。フェリクスが手合わせをした時、「おい猪……なぜ馬鹿力がさらに上がっている!?」と言っていたり、ドゥドゥーが「近頃の殿下は俺の料理を美味いと言って食べてくれる。……こそばゆいな」と、味覚が戻る呪符を手に入れてから、さらに活動的になっている。喜ばしい。
……シルヴァンと一緒に街へ繰り出しているのを見た時は、ちょっとハラハラしましたが。
「静まりたまえ……! 静まりたまえ……! よーしよしよしよしよしよし! いい子だからねぇ! 静まろうねぇ!」
「……え? え? え? え? え? え? え? え? え? え?」
そんな考え事をして廊下を歩いていると、ベレス先生とフロム先生が廊下で揉みくちゃになっていたのを発見する。……どういう状況……?
「放して、フロム。ハンネマンを殴れない」
「やめなさい! そんな聞き分けのない子に育てた覚えはないぞ!?」
べ、ベレス先生が怒ってる……!? あの無表情で定評のあるベレス先生が!?
「こん、の……!」
「あ、あの……フロム先生、どうしたんですか?」
「あ、イングリットさん! いいところに……! よーしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし!」
座ったまま抱き締められ、頭を撫で回されながらジタバタしている大型犬のようなベレス先生と、踏ん張り続けるフロム先生。本当に、何があったんでしょうか……
「イングリットさん、ベレス止めるの手伝って!」
『ええい、聞き分けがないのう、おぬし! 止まらんか!』
「負けられない理由が、ここにある……!」
本当に、何があったんですか!?
「フロムを傷付けようとするやつ、絶許……!」
「ハンネマン教授も冗談って言ってただろ!? てか、また変な本読んだね!?」
ハンネマン先生……あなたフロム先生に何をしようとしたんですか……? ベレス先生がフロム先生のことを想っているのは、この学校では周知の事実だったでしょうに……
「お、落ち着いてください先生!」
「イングリット……私は今、すこぶる冷静だよ……I need more power……!」
「『落ち着け!!?』」
こんな攻防を数分間続け、やっと落ち着いたベレス先生から話を聞くと、フロム先生の血液をボトル一本分手に入れようとしたらしい。何してるんですかハンネマン先生。冗談だったとはいえ、人間がそれだけの血を抜かれて無事でいられるわけないでしょう……?
「ふぅ……助かったよ、イングリットさん。ありがとうね」
「い、いえ。私は別に何も────あの、ところで」
「ん?」
「ベレス先生を引き剥がさなくていいんですか?」
立ち上がったフロム先生に、四肢全てを使って抱きついているベレス先生。まるでセミのようですね。
「ベレス、降りてくれない?」
「……やだ」
「はぁ……まぁいいや」
まぁいいや……? いいんですかね、それ。
「動きにくくないんですか?」
「ん? ああ、うん。もう慣れた」
そういえば二人は同じ傭兵団にいたのでしたね。ベレス先生がこのように拗ねることもあったのでしょう。……エーデルガルトさんが見たら発狂しそうな絵面だ。
「それに、俺の装備にはこういったものもあってね」
「え────」
せ、先生の腕が増えた!? ……いえ……よく見ると、フロム先生の着ていた白衣が純白のガントレットとなり、腕の代わりを努めている。フロム先生の完全武装を見たことはありませんでしたが、見た目を耳にしたことはあった。だからこそ不思議だったんですよね。鎧はどこにあるのでしょう、と。
「これで腕が塞がっている問題はなんとかなった。……あ、イングリットさん、今日の昼は暇かな?」
「え? ────ああ、はい。今度の課題のために、今日から数日の間、自由時間となってますから」
「お、そうなんだ。なら、お昼にうちのお店においで。ご飯用意しておくから」
……フロム先生のご飯……調理実習でも披露してくれた、あの美味しい料理の数々を知っているからこそ、その提案は魅力的……魅力的なのですが、ここで了承してしまうと食い意地を張っているように見られてしまうのでは……!?
「……ああ、ちなみになんだけど、これはお礼も兼ねてるから、遠慮されると困っちゃうな」
「お礼……ですか?」
「うん、お礼」
はて……フロム先生にお礼を言われるようなことをした覚えはないのですが……
「ディミトリ君を繋ぎ止めてくれたお礼と……シルヴァン君のナンパ? から助けてくれたお礼」
で、殿下を私が……? 繋ぎ止めていた覚えはない。……シルヴァンのナンパから先生を助けた────あれを助けたと言うべきなのかは疑問ですが────のは覚えています。
……ま、まぁ、お礼ということなら……しかも受け取ってもらわないと困るというのなら、受け取らざるをえないでしょう。
そんな言い訳をしたためながら、私が頷くと、フロム先生はベレス先生を抱えて動き出す。……ああ、本当に問題ないんですね、その状態で……
「……あ、フロム先せ────え゛っ!?」
「ぬ? ああ、エーデルガルトさん」
ああ……この状況を見られてはいけなさそうな方が来てしまった……
「フロム先生、その……師は、何を……?」
「うーん……拗ねてる? 拗ねてるんだけど……なんていうのかなぁ……この子、結構甘えたがりだから……甘えてる、のかな?」
「そ、そうなのね。……って、忘れるところだった。フロム先生、放課後の課外授業なのだけれど」
フロム先生は家庭科と保健の授業だけではなく、生徒個人に向けての課外授業も行っています。申請した人達限定で、かくいう私も先生からの課外授業を受けている。
殿下であれば鍛練というよりも、殿下の力についていける武具選びや、各地の地域性、伝統的な料理について。
フェリクスであれば、ひたすら打ち合うぶつかり稽古。
ドゥドゥーであれば修道院の子供達や街の人々との交流。
シルヴァンであれば、市場で毎日行われている競りに参加することで磨く交渉術。
そして私は、数々の戦場を渡り歩いた先生の経験から出題された問題を解く、戦略ゲーム。その内容を以前のお茶会で殿下達に話したら、皆苦い顔をしていましたね。
「現時点の私が考え出せる一番の方法よ」
「どれどれ……? ………………ふんふん。────イングリットさん、これどう見る?」
「へ?」
突然渡されたのは、エーデルガルトさんが書かれたであろう文章が記載された数枚の羊皮紙。────あ、これ、私と同じような課題……?
課題内容は防衛戦……兵力はこちらが千人で増援が来るまでに三日、相手が一万人……場所は近くに運河のある砦。防衛するものは? 砦? 人? ……本当にそうなの? これを出題している意図は……?
「…………私だったら、夜に逃走経路を作ります」
「おや? これは防衛戦だよ?」
「ええ。でも、砦を守れ、とは言ってませんよね?」
「あ……」
笑みを浮かべたフロム先生と、盲点だったのか目を見開くエーデルガルトさん。
「この砦、川を渡るためにはこの橋を渡るしかありません。なので、夜に逃走経路を作り、逃走。その後に橋を破壊して、時間を稼ぎます」
「……なるほど。それで、君は何を守ると仮定したのかな?」
「この砦のモデルになっているであろう場所にある領地を」
一万人の兵力を投入するほどの価値は、砦にではなく、その先の領地にあると私は考えた。鉱山か、肥沃な土壌かは分からないですが。
「……うん、正解! エーデルガルトさんの考えも間違いではないんだけど、視野をもっと広くすれば、この正解にたどり着けたと思うよ」
「確かに……盲点だったわ。砦を守ることに執着しすぎていた。……一点のみに目を向けてはいけない、そういうことね」
「それに気付いたのなら、君はさらに上に行けるよ。何事も、本当にそれだけが問題なのかを考える力ってのは必要になってくるからね」
経験則から来る言葉は、私達に重みを感じさせるものだった。
「俺はそれができなくて、周囲に迷惑かけたから」
あれは大変だったなぁ、と懐かしむ先生は、ベレス先生を落ち着かせるために色々やるから、と言ってシャカシャカと足を回転させながらこの場から去っていった。
「……イングリットさん、少し時間をもらえるかしら? あなたと話してみたいの」
「へ? え、ええ、構いませんよ、エーデルガルトさん」
「ふふ……実は前々からディミトリが信頼する実力者、ぜひお話したいと考えていたのよ。クロードもかもね」
……なんだか、殿下に感化されて、色んな人が活発になっているような……?
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「ふぅ……なんだかどっと疲れが来ましたね……」
あの後、エーデルガルトの他にクロード────お二人から呼び捨てでいいと言われました────に、ヒューベルト、フェリクスにドゥドゥー、シルヴァン、リシテア、ユーリスなどを交えての戦略ゲーム大会が始まりました。応用の応用まで教えられていた私がギリギリ一抜けできましたが、次はどうなることやら。
そんなことをしていれば、すぐにお昼がやってきました。……フロム先生は料理を用意してくれているそうですが……どんな料理なのでしょう。かなりの期待をしながら【レストラン・アリアドネ】に入ると────
「お、来たか、イングリット」
ディミトリ殿下がいらっしゃった。……フロム先生がたまに着ている割烹着、というものを着て。
「で、ででで、殿下!? そ、そのお召し物は……!?」
「まぁまぁ、俺のことはいいから座ってくれ」
混乱している間に殿下が私をカウンター席に座らせる。本当に、なぜ殿下がここに……?
「と、いうことでディミトリ君、お客様への挨拶は基本だぞ」
「ああ、分かってる」
「「いらっしゃいませー!」」
……意外と似合っている……!?
「さて、ディミトリ君。賄いを出そう。イングリットさんにも同じものを、ね」
「今日の賄いはなんなんだ、フロム先生?」
「牛丼」
牛丼。……牛丼? 牛丼とは、一体なんでしょう?
「トッピングはそこに書いてるからそこから選んでね」
「ああ。イングリット、どうする?」
気付いた時には隣に座っていた殿下に渡されたのは、牛丼? に乗せることができるトッピングのメニュー。……サラダ、チーズ、キムチ漬け、ネギ、卵……たくさんありますね。
「キムチ漬けは今切らしてるから、また今度ね」
「あ、はい。……うーん…………ではチーズをお願いします」
「先生、俺も同じものを」
「はいはい。……ま、もうトッピングをかけるだけなんだけど……ねっ!」
ドンッ、とテーブルに置かれた大きなチーズ。それを削って牛丼なるものにかけるのかと思いましたが、その期待は裏切られることになる。
「あ、これが牛丼ね」
「はわわ……」
熱々のライスに、食欲をそそらせる炒められた肉や玉ねぎがたっぷりかけられる。それと……いい香りがするソースがかけられた。
その上に、炎の熱によって溶かされたチーズが……!
「はい、おまちどおさま。牛丼大盛り、チーズ乗せ!」
「来たな。食べよう、イングリット」
「は、はい!」
殿下に続くように丼を手に取り、まずは肉と玉ねぎを口にする。……美味しい。じんわり広がる塩味と甘味。牛肉の力強い味わいと、玉ねぎの優しい甘さがソースと絡み合って素晴らしい味わいを生み出していた。
「うん、美味いな」
「ええ、本当に」
さて、こんな完成されたものにチーズは合うのでしょうか……? もしかしたら間違いだったのでは、と少々の不安を感じながら、熱々のチーズを具材に絡めて────トロンを受けたような衝撃が体に迸った。
「こ、これは……!」
「気に入ってくれたみたいだね」
焦げ目をつけたチーズとお肉、玉ねぎ、ライス、ソース────そしてこの赤くて細い生姜のピクルスによるアクセント。その全てにおいて調和を感じさせてくれる……! これはスプーンが止まりません!
殿下に倣う形で牛丼を掻き込んだ私は、空になった丼をテーブルに置いて息を吐いた。……あ、おかわりもあるんですね? ありがとうございます、いただきます。
「料理ってさ、面白いよね。一口目で美味しいと感じるもの、二口目で美味しいと感じさせるもの……一皿を食べ終えて美味しいと感じさせるものって、たくさんあるんだから」
「一口目から美味しいです。毎日食べても飽きませんよ!」
「あはは! それは良かった。………………まだまだ、か」
「「え!?」」
こんなに美味しいのに、まだまだって言ったんですか、この先生は!?
「二口目で美味しい、がその牛丼の完成形だよ。……味が濃すぎたか」
「ふ、二口目……」
確かに、チーズと共に食べた時、少しだけ……本当に少しだけ、ちょっと濃いなぁ、とは思いましたけど……
「あくまでこれは丼。美味しくても、全部の主張が激しすぎると、丼としては不完全なんだ。これはたくさん食べて、満足してもらうための料理なんだから」
「確かに……濃い味付けはすぐに満足感が生まれるからな」
「そう。少し薄味にすることで、もう少し、あとちょっと食べよう、って食欲が生まれることもある」
例外はあるけどね、とお茶を私達に渡しながら微笑むフロム先生は、どこか楽しそうだ。まだ先がある、そのことが楽しくて仕方がないという表情を見て、私は少しだけベレス先生がフロム先生を好いているのかを理解する。
フロム先生はいつも輝いているのだ。成長するごとに見えてくる世界の歪み、貴族のしがらみ、情勢、社会の闇に左右されず、夢を叶えるために進んでいるから、輝いて見える。前を見て進んでいる、幼い頃に憧れたカッコいい大人。ベレス先生は、そんな彼に憧れている……のかもしれません。
「……私も」
「ん?」
「私も、前に進めるのでしょうか」
「……イングリット」
「先生は、怖くないんですか? 進むことが。上があることが」
グレンがいなくなって、私の時間は止まっているように感じていた。もし、グレンだったらどうするか、グレンならこうする、なんて自分の想像を押し付けていた。そんな私は、前に進めるのでしょうか。
「うーん……俺はさ、イングリットさんがどんな人生を送ってきたのか知らないけど……」
「……」
「少なくとも、ここまで歩いてきた道のりは、無駄じゃないと思うよ」
「……前に進めていないように感じても、ですか?」
「うん、まずね、その前提が間違ってるかな!」
バッサリと言い切りましたねこの先生!?
「イングリットさん、ディミトリ君。二人に聞こうか」
「はい」
「ああ」
「下を、自分の軌跡を振り返ったことはあるかい?」
────下を、見る……? 自分が辿ってきた道を、振り返る……?
「上を……自分の目標、目的を見据えるのは大事さ。……けど、君達が見据えるゴールまで、どのくらいある?」
「「……遠い」」
「そう、遠いんだよ。泣きたくなるくらい、絶望したくなるくらい遠いんだ」
これを楽しめるのはただの馬鹿か、狂人か、変態かだよ、と苦笑するフロム先生の話を、私達は黙って聞き続ける。……聞かなくてはいけないと思ったから。
「ゴールまで、恐ろしく遠い。何段進めばいいのかも、分からない。俺だって分からない。限界はどこなのか、料理人の道ってそういうもんだから」
「……」
「さて、そこで、だ。君達は、理想を目指すために果てしない階段を、道を歩き続けた。……さぁ、振り返ってみて。どうなってるのかな?」
階段……道…………先生の言うものをイメージして、振り返ってみる。幼い頃憧れた姿を目指すと決めたその時から、今に至るまでを。振り返ってみて、気付く。進んでいないと、勘違いしていただけだったのだ、と。
「どう? 進めてるでしょ? 進めないのは、死んで骨だけ死人だけ。君がどれだけスランプに陥っても、数歩だけ、一歩だけでも、前に進んでる」
「「……」」
「ではどうして君達は進めているのか。進まなければ、手に入らないものがあると知ってるから」
そう言って、フロム先生は屈託のない笑みを浮かべる。進まなければ、手に入らないものがあるのを知っているから、進んでいける……ですか。
「戦いを嫌う俺が盾を持ったのは、拳を握ったのは、二度と失いたくないから。家族を失いたくなかったから」
君達にも、あるんだろう? と問いかける先生に、私達は頷く。強く、気高い騎士……幼い頃憧れた、グレンのような騎士になりたいと思ったから……守られているだけではいけないと思ったから、私はここまで歩いてきたのです。忘れてはいけない、憧憬が、胸にあった。
「ま、俺の話をどう捉えるかは君達次第さ。……おっと、俺はそろそろ次の仕事をやらないと。……頑張れよ」
そう言って、先生は厨房の近くにあった扉の奥に消えていってしまった。……うん、私は立派な騎士になって、皆を、殿下を守りたい。だからここまで歩いてきたのだ。だから、頑張らなくてはいけませんね。
「殿下」
「ん?」
「私、頑張ります。いつか、グレンのような────いいえ、グレンよりも素晴らしい騎士になるために」
「……そうか。……なら、俺もさらに進まないとな」
私と殿下。身分が違う私達の中に、確かな誓いと友情が芽生えたように感じた。
フロム先生の鎧
魔術や呪術による流動的な形状変形を可能とする鎧。普段は服。魔力を流すことで鎧となる。
現代社会で例えるなら、ジャージが水(魔力)をかけられることでビジネススーツになる、みたいな感じ。伝わるかな?
次のご飯は?
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クロードと握り寿司
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ジェラルトと焼き肉
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フロムとホットケーキ
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ベレス先生とチーズケーキ
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ドゥドゥーとケバブ
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ベルナデッタとマカロンタワー
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マリアンヌと角煮
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シルヴァンとハンバーガー
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ドロテアとタコス
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箸休め、白磁の要塞
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箸休め、月末課題