シナリオ100点道徳0点の世界に料理人をぶち込んだお話 作:エヴォルヴ
ああ、のじゃロリ……あるいはソティス……我らの祈りが聞こえぬか……
転がる。転ぶ。転ばされる。
何度も何度も、何度やっても同じ結果。得意の弓、その得意距離から始まっているというのに、模擬戦用の矢は当たらない。焦るうちに距離を詰められて、足を払われて転倒してしまう。
「はい、また君は一回死んだね」
「……ああ、マジでやべぇな、先生」
フロム先生から与えられた課題は、領主としての役目もそうだったが、最も多かったのは弓使いとしての戦い方と指揮官としての在り方。俺の戦い方では、戦場では必ず死ぬと言われたら、やるしかないだろう。
だけど、なんで俺は一本も取れないどころか、攻撃を当てられないんだ? いや、もちろんフロム先生の技量ってのも分かるんだが────
「クロード君さ、本気の出し方知らないでしょ」
……なんだって?
「……俺が本気でやってないって?」
「やってないんじゃなくて、できてないんだよ?」
聞き捨てならない。俺は本気でやっているはずなのに、フロム先生は本気でやっていないと言っているのだから。
「クラスの話し合いだろうが和平だろうが、本気で向き合うからこそのベストアンサーが出る」
「そりゃそうだろ。俺だって最善を────」
「君はどこまでも疑い続ける。疑い深いって自称するくらい、君は自分も仲間を、実力を信用できない」
鋭い鏃が、俺の体を貫いたように感じた。
「猜疑心が悪いって言ってる訳じゃないよ? 大事だよ、猜疑心は。盟主になれば尚更。けど────疑うだけで、何かが変わった?」
……何も、言えなかった。言い返せない……俺は猜疑心の塊を自称するくらい疑い深い性格。心のどこかで、仲間を────学級のメンバーを疑う自分がいる。
「挙げ句の果てには自分ですら疑って、自分の道を見失う。野望があるって言っておきながら秘密にするのは、荒唐無稽だから?」
「……」
「違うね。君が夢を本気で信じていないから」
そんなことはない……はずなのに、フロム先生の言葉に納得してしまう部分がある。俺の夢……色んな人種が手を取り合って共存する世界。俺の野望であり、死んでも叶えたいもののはずなのだ。
「君の境遇なんか俺は知らない。けど……その猜疑心、もっといい方向に向けないと、いつか身を滅ぼすよ」
「……なら、どうすればいいんだ?」
「とにかく考えて、人と共有すること。他の道、さらにいい方向へと進める道はないか……協力を仰ぐ」
ディミトリ君とか、エーデルガルトさんなんかは話を聞いてくれるんじゃない? と簡単に言ってくれるフロム先生。それがどれだけ難しいことなのか分かっているのだろうか?
「もちろん、疑う心はなくさないようにね。悪い方向に向いてるだけで、それは強い武器だから」
「武器……?」
「改善のためには? もっと便利にするには? ……これだって疑うことから始まる」
前に先生が授業で言っていたことを思い出す。国境を越えただけで、文化が変わると。肌色が違うかもしれないし、地質が違うかもしれない。宗教への向き合い方が違えば、国民性も違ってくる。気候が変わると食文化も変わる……そんなことを言っていた。
「さて、ここで問題だ。ダスカー人とパルミラ人……文化が違うね。彼らと接する時、どうすればいいのかな?」
「…………文化の違いを認めること、か?」
「うん、それも正解。けど、まずは自分の当たり前と、相手の当たり前が同じなのかを疑ってみて」
「当たり前を、疑う……か」
「例えば食文化。例えば衣類、例えば言葉。例えば作法……場所が変われば全部違うよ」
……思えば、調べはするのに考えたことはなかった。参ったな……知識を得ていたと思っていたのに、自己満足になりかけていたような気がする。
俺の夢、俺の野望を成し遂げるためには、知識だけじゃ足りないんだ。色んな連中との交流が必要で、理解してくれるやつらを増やさないといけない。そのための第一歩は────金鹿の学級のメンバーに話すことから、か。
「……さて、課外授業の補講を始めようか」
俺が未来へのあれこれを考え始めた時、フロム先生が課外授業の延長を告げた。……願ってもない。先生は多くの文化について理解があるわけだし、その知識を吸収して、今後に繋げることができるのだから。
「いいぜ、どんな授業でも付き合ってやるよ」
「うん、じゃあついてきて」
どんな過酷なものが待っていても乗り越えてやる、という思いでフロム先生の後をついていき、辿り着いたのは────【レストラン・アリアドネ】だった。
レストランの中には何人かの客がおり、全員が何かを口にしている。……あれは……ケーキか?
「……なんでここに?」
「食事には文化が詰まってるからね」
文化が詰まっている……? 食事に? 食文化が違うってのは分かるが……
「君が住んでる領地で、帝国の田舎料理は食べるかい?」
「? そりゃ食べな────ああ、そういうことか」
「うんうん、頭の回転が早いねぇ」
カウンター席に座り、フロム先生の話をまとめる。食事には、その場所の文化や特色が色濃く出る。内陸なのか、沿岸なのか、収穫物は穀類が多いのかなど……食文化には、その場所に住む人々の文化が詰まっているのだ。
「食文化から、その土地を知る────ってことで、はい」
「……魚、か?」
「うん」
フロム先生がテーブルに置いたのは、ルビーのように赤く煌めく生の魚が、握られた米に乗ったものだった。
「東の国────島国なんだけど、そこではよく食べられてる料理だよ」
「生で食べるのか、魚を?」
「海のやつはね。川魚は……あー……ごく一部を除いて食べないよ」
ごく一部を除いてって……川魚も生で食べることがあるのかよ。
「ま、そこはいいや。名前は寿司。元々はお米と魚を使った保存食だったんだけど……ほら、そこまで待ってられないじゃない?」
「そこは待とうぜ? 保存食なんだろ?」
「東の国の人達、食への執念凄いから。あ、これは手に取って食べるといい。そこの醤油も使ってね」
理由になってないぜ、先生……
そう思いながらも、出された寿司なるものを手に取り、黒い液体────醤油というらしい────を少しつけて一口に食べてみる。
────────瞬間、脳髄に響くような美味が、口の中で弾けた。
新鮮だからこそはっきりと伝わってくる赤身の旨味、まろやかな酸味のあるライス、そしてツンとくるハーブの辛味。口の中で素晴らしいハーモニーを奏でている。
「先生、この魚は?」
「マグロ。泳いでいないと死ぬ、なんて言われてる魚だね」
……それ、生物として正解なのか?
「久しぶりに市場にいてね。シルヴァン君に競り落としてもらったんだ」
「シルヴァン?」
「彼、話術と商談の天才だよ。女の子とよく接してるからかな?」
話題が出るわ出るわ、とフロム先生は楽しそうに笑う。確かにシルヴァンが女性と会話をしているのをよく見る。女性との会話ってのは、男同士で会話するよりも早く話題が移り変わっていく。話題となる話の引き出しが大量にあるのか、あいつには。
「まぁ、それは置いといて……次のネタね」
「ん? これもマグロ……だよな?」
「マグロだよ」
……凄い艶々してるな、このマグロ。さっき食べたのとは違って、ピンク色というか……まぁ、なんにせよ食べてみれば違いが分かるってもんだ。
「────────脂っこいな」
「大トロだからね」
フロム先生曰く、一番脂の乗った部位らしい。確かに脂の乗り方が尋常じゃなくて、一度にたくさんは食べられなさそうな感じがする。口の中でとろけていく甘みのある身は、赤身と違ってすぐに溶けてなくなってしまう。
「大将、たこわさ追加! あと、タコ玉ね!」
「こっちは酒とマヨコーン追加で!」
「フロムちゃん、炙ったシメサバ三つちょうだいな」
「はーい! あ、クロード君、他のネタも出しとくから食べちゃって」
そう言ってフロム先生は注文されたものをてきぱきと作り上げ、手早く配膳していく。……お、この朱色の粒々が乗った寿司も美味いな。プチプチした食感と、出汁? の旨味ってやつが爆弾みたいになっている。んで、この白いピクルスと緑色の茶で口直しをして、また新しい寿司を……ああ、まさに永久機関ってやつだ。
「大将、今度うちの娘が誕生日なんだけどよ、誕生日祝いのケーキ焼いてくれねぇか?」
「おや、いいんですか、そんな大役もらっちゃって」
「ったりめぇよ! 大将のケーキがいいって娘も言ってるんだ!」
「それなら腕によりをってやつですね」
「フロムちゃん、今度アタシ達のお店でバーテンダーやらない? フロムちゃんならきっと人気出るわよ?」
「あはは……妹分にバレたら怖いので、お気持ちだけ」
ん? あの男か女か分からない濃い人……訛り的にパルミラ人か? ダスカー人っぽいやつもいるし……フロム先生の周りでは、人種とか、肌の色とか関係なしに笑顔が溢れている。これが俺の目標……その一つの完成形、か。
「おい兄ちゃん、あんた白の大将の言ってた生徒さんかい?」
フロム先生の方を見ていると、突然ガタイのいい男性に声をかけられた。
「あ、ああ。そうだが……」
「そうかそうか! 白の大将! この兄ちゃんに紅白ワイン頼むぜ!」
「ん? お酒の支払いはそっち持ちになるけど、いいの?」
「おうよ。俺の奢りさ!」
このガタイのいい男性は傭兵か何か……なのだろう。士官学校の人間に奢りなんて、随分と気前がいい。何か裏がありそうなもんだが……
そう思っているうちに、赤と白のワインがグラスに注がれていた。ガタイのいい男性は木製のジョッキにワインを注いで、俺にジョッキを向ける。────いや待て、いつの間にか俺を囲むようにして客が集まってきているぞ!?
「ほれ、乾杯だ! 今日の出会いに!」
「兄ちゃんの夢に!」
「未来ある子供に!」
「この店に!」
「あー……えー……俺の野望に!」
「「「乾杯!!」」」
ガランッ! とグラスをぶつけ合い、注がれたワインと寿司を口にする。赤ワインには脂っこい赤身や、炙られたサーモンがよく合い、ホタテなる貝やあまり食べ慣れていないイカには白ワインがよく合った。
────こんなに食事を楽しんだのはいつぶりだ? 酒がこんなに美味しいと感じたのは、初めてかもしれない。
「んでよ、坊主の野望ってなんだ? やっぱり美人な奥さんとかか?」
「下世話ねぇ、あんた達……ま、アタシ達も気になるけど」
「大将は知ってるか?」
「んーん。知らないよ。夢があるって話は聞いてるけどね」
酔った勢いなのか、肩を組んでくる酒飲み達に問われた、俺の野望について。……こんな酒の席、酒やフロム先生の店で会ったばかりの連中に言うのも────────いや、もしかして、これはチャンスなんじゃないか? 俺の野望を叶える第一歩は、別に同志を学舎で見つけなければいけないわけでもない。
フロム先生からはディミトリとか、エーデルガルトに話してみろとか言われたけど、全部先生の言う通りにする必要もないのだから。
「荒唐無稽だぜ?」
「夢ってのはそれが始まりだろうよ!」
「俺達なんかも夢に生きてる連中だしな!!」
ガハハ! と笑う男達と、少し上品にそれでいて豪快に笑う肝っ玉のある漢女に毒気を抜かれ、俺はワインを飲み干し、口を開く。
「フォドラ中の民族が当たり前に手を取り合える社会。俺はそれを作りたい」
「ほお!」
「いいじゃねぇか! そうなりゃ色んな場所の酒が、色んな連中と共に飲めるってわけだ!」
「色んなお祭りもできるでしょうねぇ。いいわね、そういうの」
俺が語った野望に対して嘲笑はなく、否定もなく、ただ自身の欲望が満たせるかもしれない、という理由で肯定される。しかも下卑たものではなく、純粋な叶えたい夢として。
「ただ、それを実現するには何もかもが足りないんだよな……」
「金か?」
「何もかも、だよ。俺の野望には金も、人も使うからな」
そう、そうだった。何もかもが足りない。知識だけではく、人も資金も足りない。時間だって、腐らせるくらい多いわけじゃないのだ。本当に、一人じゃ何もできない。
「んなら、俺も一枚噛ませてくれや」
「は?」
「俺達は見ての通りでね。気楽に生きてる馬鹿ばっかりだけどよ、他の連中は違う」
ガタイのいい男性はよく手入れされたペンダントを少し寂しそうな表情で見た後、好戦的な笑みを浮かべた。
「そんな連中が、大手を振って外を歩けるようになるかもしれねぇ。そんなチャンスが転がってる。掴まねぇ手はねぇよ!」
「俺もやる! ガキ達に、嫁に、あんたの夢の果てってのを見せてやりてぇ!」
「私も! 夫が大手を振って外を歩けるようになるなら!」
「色んな場所の酒が飲めるようになるなら、やらねぇとな!」
「アタシも噛ませてもらうわ。多様性、アタシの一番好きな言葉よ」
フロム先生の店の中にいた全員が、俺の野望に一枚噛ませてくれと声を上げる。友人のため、同胞のため、愛する人のため、酒のためなど……様々な理由があったが、全員が俺の野望に賛同し、巻き込んでほしいと言ってくる。
「白の大将はどうするよ?」
「ん? ああ、生徒の夢が叶うなら、俺は力を尽くすよ」
俺のいた場所は多様性の塊だったしね、と笑うフロム先生。……はは……こんなに簡単だったのか。同志を集めるってのは……疑って、何も口にしない過去の自分に見せてやりたい。こんなにも単純なことをできなかったのか、って。
「よぉし! もう一度乾杯だ! グラス持てお前ら! 兄ちゃん、乾杯の音頭取れ!」
背中を叩かれ、ヒリヒリとした感覚に苛まれながらも、俺はグラスを掲げて笑った。
「俺の野望に!」
「「「乾杯!!」」」
この時の俺は、人生で一番の笑顔を浮かべていたと思う。
後で金鹿の学級の皆から聞いた話だが、俺はその日を境に胡散臭さが少なくなったらしい。
次のご飯は?
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ジェラルトと焼き肉
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フロムとホットケーキ
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ベレス先生とチーズケーキ
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ドゥドゥーとケバブ
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ベルナデッタとマカロンタワー
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マリアンヌと角煮
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シルヴァンとハンバーガー
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ドロテアとタコス
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ラファエルと天丼
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ペトラとアクアパッツァ
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教団とフルコース
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イエリッツァとシチュー
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メルセデスとビーフシチュー
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箸休め、盾を持った少年