シナリオ100点道徳0点の世界に料理人をぶち込んだお話 作:エヴォルヴ
初恋は想いも伝えられず、実るか実らないかも知ることはできずに終わった。
フロムの初恋は全てを失ったあの日にいた村、そこに住んでいた二つ年上の少女だった。
ああ、だから今もフロムの心は壊れたまま、初恋を引きずり続けている。……あるいは(新たな恋を始めさせるのは)お前がそうなのかな?
と、いうわけで、フロム君は初恋を滅茶苦茶拗らせてます。……私の性癖です。既に亡くなっている人へ初恋拗らせてる人とか、両片想いのまま成長して、片方は結婚して片方は心の底から祝福しながらも、後悔し続けるって、なんか美しくないですか?
最近休日のみの営業となった、【レストラン・アリアドネ】のドアを開ける。今日は俺があらかじめ予約していたため、店の中には誰もいない。
「いらっしゃい、団長」
「よう、来たぜ、フロム」
いつもの清潔な店内の中で微かにする炭火の香り。……ああ、懐かしい香りだ。俺とシトリー、アルファルドを交えて食事をした時、この香りがあの店に漂っていたのを覚えている。あの日の飯は、酒は、どれも美味かったな。
あの時はアルファルドとシトリーを巡って決闘────と言っても意地が勝敗を決する殴り合いだが────を行って、シトリーとフロムのアリアドネ一家に大目玉を喰らったんだったか……
「今日は予約してくれてありがとう、団長」
「おいおい、礼を言うのはこっちだぜ。何せ────」
「すまない、遅れてしまったかな?」
「こいつと腹割って話せる機会を作ってくれたんだからな」
俺が席に座った直後に入店したのは、昔の俺が唯一負けかけた男であり、恋敵でもあった男アルファルドだった。
「いらっしゃいませ、アルファルドさん」
「……もしかして、フロム君、かい?」
「覚えていらっしゃいますか?」
「もちろん。アドとバティ、そして君のことを忘れたことはないさ」
アドとバティというのは、フロムの両親のことである。アンドラス・アリアドネと、バティン・アリアドネ……フォドラ一の医者と言えばアリアドネ夫妻、と言われるくらいの医者夫婦であり、本来であればシトリーの出産を────いや、過ぎたことだ。気にしちゃならねぇよな。……あの夫婦も、あの日は本当に荒れていたし。
「二人は元気ですか? 手紙が来なくなって心配していたんですが……」
「……ごめんなさい、アルファルドさん。父さんと母さんは……既に」
「なん、だって…………」
「知らなかったのか、アルファルド?」
「あ、ああ……手紙が来なくなったら、隠居したとでも考えていてくれ、と言われていましたから。それを鵜呑みにした結果が……これ、か」
まぁ、俺も最初に聞いた時は何かの間違いだと思ったが。両親にべったりだったフロムが、たった一人で野営地まで血だらけになりながら現れた時、目を疑ったくらいだ。傷だらけで、俺達を見つけた時の姿は、今でも鮮明に覚えている。
『ぅ……』
『アドの倅!? なんでこんな────てか傷だらけじゃねぇか!?』
『うう゛う゛う゛う゛ううううぁあ゛あ゛……!! 』
『団長! フロムが! アリアドネ夫妻の子供がなんかヤバい!』
『何で……何で俺だけ……俺だけ生きてるんだよ……皆……皆が死ぬ必要はなかったのに……俺だけ……何で俺だけ生きて……』
「団長、どうかした?」
「ん? ああ、いや、何でもねぇよ」
血を吐くまで泣き叫んで気絶して、目覚めたと思えば家族を探すために外に出て思い出して。流す涙もない状態で顔や首を掻き毟って、ついには自刃しようとするくらい思い詰めていたやつが、ここまで持ち直したもんだよ。回復するまで……いや、こうなるまでに色々あったけどな。
ベレスが懐いていたこともあって、俺達はフロムをベレスの世話役に任命したんだが……その際、気が狂った殺人鬼の討伐依頼が舞い込んだ。単独の犯行であり、アジトが分かっていたために俺達が油断しているところを見て、そいつはフロムを誘拐しやがったのである。
すぐに助けに向かった俺達だったが、フロムがそいつをぐちゃぐちゃになるまで殴り続けて殺す光景を見た。泣きそうな顔で、真っ白になってしまった髪を赤く染めて、殺人鬼が泣き叫んでも殴るのを止めず、最後には逃げようとしたそいつの得物で一刀両断するという誰が見てもトラウマになりかねない光景を生み出したあいつが……今、自分が一番好きなことをやっている。涙腺が緩みかねねぇ。
「そう? ならいいや。じゃあ、予約してた料理出してくから、ガンガン食べてくださいな!」
そう言ったフロムは、食べるのが勿体なく感じてしまうほど美しく盛り付けられた生肉の大皿を俺達のテーブルに置く。
「……焼き肉とは、懐かしいですね」
今日俺が予約したのは、焼き肉。アルファルドとシトリーと、取り合いとかをして騒ぎながら食べた思い出の品。肉を焼く……というだけの単純な料理だと勘違いしかねないが、焼き肉というのは奥が深い。焼き加減によって肉の美味さが全く違ってくるんだからな。
用意されているのは、脂の乗った肉だけではない。脂身の少ない赤身肉、薄くカットされたロース肉、牛タン、豚タン、小さめの壺に入った味付け肉のカルビ……そして────────
「「ホルモン」」
そう、たくさんのホルモンの盛り合わせ。これもまた、俺達の思い出の一つだ。
コリコリとしていて、あっさりとしていながらも旨味の強いハツ。心臓を意味するらしい。
純白に近い白色のミノ。一つ目の胃のホルモンで、中々の歯ごたえ。
肉のように見えて、実はホルモンらしいハラミ。実はベレスが好んで食べていたりする。
串に刺さっている柔らかいホルモンのマルチョウや、ホルモンの代名詞だというシマチョウ。
どれも酒の肴として優秀なものばかりだが、火の通りが悪く、生焼けは食えたもんじゃない特殊な部位。これを焼きながら、他の肉や野菜をかっ喰らうんだ。ライスと合わせてもいいんだが……
「はい、エールおまちどおさま!」
今回は好きなだけ酒を飲んで、肉を食べるって決めてるからな。ライスは不純物になる可能性が高い。
「じゃあ、乾杯すっか」
肉を焼いている途中で、届いたグラスを持ち、アルファルドに向ける。アルファルドもそれに続くようにしてグラスを持ち上げて微笑む。
「ええ。シトリーと我が友ジェラルト、そして導きの蜘蛛に」
「シトリーと我が友アルファルド、そして導きの蜘蛛に」
乾杯。
そう言ってグラスを打ち付けてエールを一気に飲む。よく冷えたエールの喉越しは最高で、この一杯だけでも来た甲斐があると思ってしまうほどだ。
「っかぁ、相変わらず旨いな!」
「ええ、本当に。……さて、肉も食べていきましょう」
「だな」
まずはこの赤身肉。アリアドネ家秘伝のタレにくぐらせて、口に運べば、旨味と肉肉しい食感が俺を襲う。続いてロース肉をタレにくぐらせてから、名脇役でありながら第二の主役と言えるサンチュに包んで一口。甘い脂と柔らかい肉、そして甘辛いタレだけでも酒が進むというのに、サンチュの食感が重なってさらに酒が進んでしまう。
「ふふ……シトリーもこの食べ方を好んでいましたね」
「そうだな。意外とカルビとか好きだったよなぁ」
「そうそう。私達が取り合いをしている間に食べ進んでいました」
意外と強かだったよなぁ、あいつは。ベレスを見ていると、あいつの片鱗を感じることがある。
「団長、シトリーさんっていうのは……ベレスのお母さん?」
「ん? ああ、言ってなかったな。シトリーはベレスの母親で間違いねぇよ」
肉を食べ、酒を飲みながら、もう一人の子供とも言えるフロムにシトリーの話をしてやる。俺とアルファルドがシトリーを巡って争ったり、アリアドネ夫妻に大目玉喰らったりした思い出もな。そうしたら、不意にフロムが泣いているような笑みを浮かべた。
「……そっかぁ……」
「フロム?」
「良かった……本当に……」
「何が良かったのですか?」
「ベレスにも、ちゃんと母親の愛情が注がれてたんだって分かって、安心した」
……ああ、本当にこいつはお人好しというか、何というか……
「お人好しですね、フロム君は」
「身内には、ですよ」
いや、身内だけではないだろう。困ってるやつがいたらすぐに助けようとするくらいには、フロムのお人好しは筋金入りだ。さらに家族の問題となれば、自分の命を擲ってでも助けようとするくらいには異常な精神も持っている。
「そのお人好しがいつか君を傷付けないことを願いますよ」
「ははっ、大丈夫ですよ。……もう付けられるところは、残ってませんから」
ボソボソと何かを言った気がするが、とりあえず放っておくことにする。フロムのことだ。どうせ踏み込もうとすれば逃げられる。わりかし秘密主義なフロムから話を聞き出したいのなら、酔わせなくちゃならねぇ。
さてと……そうこうしているうちに、ホルモンが焼けたようだ。焦げかけているくらいガッツリ焼かれたホルモンを口に放り込み、火傷しかねない勢いで溢れる脂と独特の味、食感を楽しみながら酒を呷る。
ああ、旨い。この肉も、野菜も、酒も、全部旨い。久しぶりに会った友人との会話も、酒の肴として最高だ。最近の若い衆の成長ぶりが凄いだとか、仕事が結構面倒だとか……愚痴を言い合っていると、昔に戻ったような感覚を味わう。
…………何にせよ、フロムの────【レストラン・アリアドネ】の料理は今も昔も、全く変わっていないことを再確認できた、いい時間だ。今度は、うちの団員も連れてバーベキューなるものをやるってのもいいかもな。
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ジェラルトとアルファルドが帰った後、フロムは皿を洗いながら、過去の記憶を甦らせていた。
あの日、全てを失う絶望を知らなかった頃の、甘酸っぱい、色褪せぬ記憶。思い出すだけで心が踊り、そして苦しくなって泣きたくなり、自分を責めたくなるような思い出である。
「……」
フロムが訪れた村で出会った、美しい少女。年齢はそこまで離れていなかったと思うが、とても大人びていて、当時のフロムは話す度に顔を赤くしていた。
手を引いて村を案内してくれた時、食事を共にした時、一緒に料理をした時……どれもこれも、フロムにとって美しい思い出なのだ。フロムにとっての初恋……それが村で出会った美しい少女である。
「どうして、そうしなかったんだろうなぁ……」
あの日、全てを失ったあの日の夜……手を引いて村から逃がしてくれた少女に、抱えていた想いを伝えて、「一緒に逃げよう」と言えば、少女は助かったかもしれない。それなのに、フロムはそれをせず、少女の言う通りに逃げてしまった。
過去の後悔……家族としての愛でも、友人としての愛でもなく、ただ一人の女性を、異性として愛していたであろう少女を連れ出して逃げられなかった。それがずっと心残りになっているフロムは、結構なレベルで初恋を拗らせてしまっている。涙が出てしまうくらい、一途なのだ。
フロムは叶うことのない、実ることのない恋をしてしまった。それだけなら、機会を見て自分色に染め上げてしまえばいいのだろうが、フロムの場合、
(負い目×初恋)+(幼い頃の思い出補正×あの日から生きてきた時間)=あの日からずっと、報われない初恋を抱え続けている超純情拗らせ人間。
という方程式で成り立っている。そのため、フロムを狙う者は中々に苦労する……または泣き寝入りすることになるだろう。そう遠くない未来で、彼に惹かれた者がそうなるかもしれない。
「……ねぇ、お姉さん……あの日、あなたは────────」
何て、言ったの?
爆炎と己の無力を呪う叫び声によって聞こえなかった、初恋の人がフロムに贈った最期の言葉。少女はただ一言、こう言っただけだ。
『さようなら、私の、最初で最期の初恋の人』
言葉は届かず、フロムはずっと引きずり続けている。────仮に言葉が届いていたとしたら、フロムは今以上に引きずってしまうだろうが。
フロムの夢、というのもある意味で初恋を拗らせた影響による自己防衛の一種なのかもしれない。
初恋を拗らせた一途な青年は、あの日聞けなかった言葉に想いを馳せながら店内の掃除を終えた店の鍵を閉める。明日の授業は何をしようかを考えながら、風呂場に向かうのだった。
殺人鬼の件ですが、クウガです。クウガをイメージしてください。ゴ・ジャラジ・ダのやつです。
フロムのフィジカルで殴りまくってから、殺人鬼の大剣を使って切り裂きました。三十回は殴り、八回切り裂き、真っ二つです。
あの怒りに満ちた「ウォリャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」という叫び声は中々出ないでしょう。五代さんなら、尚更。