先週末の台風がウソのような、カラッカラに乾いた火曜日のお昼。アタシは会社で昼メシに誘ってくるウザったい有象無象から逃げるため、出たくもない外に出てコンビニで買ったざる蕎麦をすすっていた。
今年初の猛暑日だ。見晴らしが良くて人気のある公園っつったって、こんな日に外で飯食ってるバカはそーはいないわ。そんな事を考えながら温くなった冷やしとろろ蕎麦をベンチに座ってすするスーツ姿のアタシ。
「あ゛〜〜〜〜暑い゛ぃ〜〜〜〜」
こんな日はさっさと帰ってシャワーを浴びて、抱き枕(ショタシンジ)を抱いて寝るに限る。
・・・それじゃあ暑くないのかって?そりゃあ、汗びっしょりになるでしょーね。アタシもシンジも。
で!
も!
それがいいんじゃないッ!!幼いシンジの汗と混ざり合うアタシの汗!つまり体液!お互いに「暑いわね」「気持ち悪い?」「ううん!ちっとも!」「アスカっ!(ガバッ)」「きゃーっ!」ってなもんよッッ!!
あ、ヤベ。鼻血出た。暑いからね。しょーがないわね。目の前の子供が心配そうに見てくるけど、だいじょーぶだからね!
笑顔で手を振ったら泣かれた。解せぬ。
うーん。やっぱりちょっとホラーだったかな。鼻血を垂らしながらとろろ蕎麦をすすり、笑いかけてくる女の人。・・・小学生が見たらそりゃ泣くわね。シンジも心配するわけだわ。
しかし、この暑さだけはどーにかなんないものかしら・・・・・・。アタシとしてはシンジと汗まみれのグチョグチョになるのは無問題なんだけど、単純に熱中症が怖い。エアコンをガンガンに効かすのもいいんだけど、電気代が勿体無いのよね・・・6月初めはちょっと節約したいってのが、アタシの心情。
とはいえ、何か暑さを紛らわしたいと思うのもしょーがないってほどの暑さなわけでして、はい。シンジの人肌がもたらす癒しだけでは足りなくなってきている。
何かこのショタ、じゃない暑気を紛らわす良い案はないものか──、
そう思案していたアタシの頭に電流が走る!
というか、さっきの泣いたちびっ子の顔がアタシの脳裏に煌めいた。
なるほど・・・なるほどなるほどな〜るほど?
これは、チャ〜〜〜ンスッッ!!
アタシは急いで鼻にティッシュを押し込むと、仕事を速攻で終わらせるために会社に急いだのだった。
◇
「き、肝試し・・・・・・?」
「そうよ!決行は今夜!思ったが吉日!つーことで、今から車出すから、シンジも準備して!」
時刻は19時を少し回ったところ。帰宅してシャワーを浴びて、ショタのシンジがアタシの濡れた頭をタオルで拭いてくれている間に、アタシは今日の昼間に思いついたことを話していた。
すなわち、こんの蒸し暑い中でお金をかけず大した労力も必要なく涼める最高の方法。それ即ち、肝試し!
まだ6月?いいえ!もう6月!つまりは夏!夏といえば肝試し!!
てーな具合には夏の定番なんでしょ?アタシ、フツーの子供として過ごした時間はほとんど無いからさ、わかんないんだけど。でもそれを28歳になったからやっちゃダメ、なんて決まりがあるハズもなく。
まぁ過ぎ去りし青春を取り戻そうとしてハメを外しても、バチは当たんないんじゃない?って思ったわけ。
さてさて、ところで小学生低学年ショタまで戻ってしまった元無敵のシンジ様ときたら──、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
アタシの髪を拭いていた手が完全に止まっていた。
「んん〜?どぉしたのかなぁ?シンジく〜ん??」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あら?あらあらあら?シンジってばもしかしてガチでビビってる?ウソでしょ?あの無敵のシンジ様がぁ〜!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あっははははははは!なぁーにビビってんのよバカシンジ!あんた、ニアサードインパクトだとかNERVとの決戦だとか、ユーレイなんて目じゃないくらいヤバい事にこれでもかって首突っ込んでんじゃない!今更こんな肝試しなんかでビビってるっつーわけぇ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぐす」
「マジですいまっせんでしたァァアアアアアアアア!!」
速攻で土下座!タオルを振り払い、シンジの涙が床に落ちる前に両手で掬い取り、フローリングの床に自分で起こした摩擦で煙が出るほどの焼き土下座!ここまで見事な土下座をやり遂げる女は未だかつていなかったでしょーね!!
「ごめん!シンジは小学生まで戻っちゃってるもんね!そこまで気が付かなくてゴメン!小学生だったら、オバケとか怖いもんね!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・もん」
「へ?」
「怖くなんか!ないもんッ!!」
久々に聞いたシンジの怒号。碇シンジ君、推定年齢6、7歳。ガチギレの怒号である。
アタシは恐る恐る土下座の姿勢のまま顔を上げる。そこには怒りと羞恥で顔を真っ赤にしながらも、あまりの恐怖に目一杯に涙を浮かべたショタシンジがいた。
「よし!ベッド行きましょ!なっ!!!」
「!?」
ちっがーーーーう!!バカかアタシは!バカだアタシは!いくら目の前の食べ頃ショタシンジの顔が無性にそそって下腹部が大変なことになってるからって、理性を吹っ飛ばすな第二のアタシ!!
「い、いや、ごめんねシンジ!怖いなら無理せずに寝ちゃおうよ〜ってアタシの提案で・・・」
うむむ、我ながらちょーっと無理のある言い訳だけど、今までコレで通じてたんだから、今日もコレで大丈夫なハズ。
そう思っていた時期がアタシにもありました。
今日のシンジの目は鋭い。というか、半ば血走っているようにも見える。そのあまりの視線の鋭さにアタシの胸がキュンと鳴った。
「大丈夫・・・。アシュカが今日肝試しをしようって言うのは、そーゆーコトなんだよね?」
「・・・・・・・・・・・・?」
「僕が今日誕生日だから、僕が本当の『男』になれてるか、試したいんだよね?」
「ッ!!?」
アタシはバッと壁にかけてあるカレンダーを振り返った。
6月6日。バッチリ花丸マークされている日付・・・・・・。
「きああああああああああああああッ!!」
思わず発した奇声に、シンジの肩がビクンと跳ね上がった。
でも、しょーがないじゃない!?ここまで念入りにチェックしておいて、なんたるアバウト!この!アタシが!シンジの誕生日を忘れてたっつーの!?何より愛しいショタシンジの誕生日を!!?
おのれ猛暑日。おのれ肝試し。よくもアタシの大事なプランをめちゃくちゃにしてくれたわね・・・・・・。まさかアタシの頭の中からシンジの誕生日を消し去るとは、侮れないわねゾマーインヤーパン!!
つーかマジでへこむ。本気でへこむ。せっかくのシンジの誕生日にくだらない肝試しなんか企てていた昼間のアタシをマジで恨む。何をくだらない事を考えてたんだろう。本当ならば今頃、アタシのベッドには〜♪じゃない!今頃はケーキのロウソクを吹き消して満面笑顔のシンジにプレゼントを渡していたはずなのにぃ・・・。
やべぇ。本気で涙出てきた。
「あ、アシュカ・・・・・・?」
そんなアタシに降り注ぐ、天使の声。
「なに・・・シンジ?このバカで哀れな女になんか用?」
もはや自暴自棄。下手したらベランダから飛び降りてやろうかと本気で考え始めたアタシに刺さるたった一言。
「ぼ、僕が肝試しをやり切ったら、僕を『男』として認めてくれる・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・へ?」
「だ、だから、そのぉ・・・・・・・・・」
両手を胸の前で合わせて指先をイジりながら、上目遣いのシンジが追い討ちをかける。
「ぷ、ぷれぜんとは、期待してもいいのかなぁって・・・・・・」
顔を真っ赤にしながら、アタシを見遣るシンジ。それの意味するところは単純明快で。
プレゼント。いこーる、アタシ。
目と耳と鼻と口から血が吹き出した。
「アシュカああああああああああああ!?」
だ、大丈夫。まだ致命傷だ。問題ない。これはただの比喩表現だ。大丈夫だ問題ない。
「ふ。ふふふふふふふふ。そ、そこまでハッキリ言い切るとは、あんたもやるじゃない」
「へ?」
「いいわよ!あんたがこの試練を乗り越えられたら!あんたの望むモンなんでも与えてあげるわ!!」
てゆーか無理矢理にでも差し出す。むしろ襲う!!
「ほ、ほんと!?」
「このアタシに二言はないわ!ただし、あくまでもあんたが肝試しを乗り越えられたら、だけどね」
ぱぁあっと明るくなるシンジの笑顔。明らかに期待しているのが見て取れる。かくいうアタシも、顔はヨユーぶってるけどすでに足腰がガクガクよ。もうダメ。身体中が期待しちゃっている。
「ありがとうアシュカ!アシュカをお嫁さんにもらうために、僕がんばるよ!!」
アタシの脳天から爪先まで電流が走る。煙を吐いてアタシが床にぶっ倒れるまであと5秒。
結局、家を出たのは夜の21時を回ってからになった。
◇
さぁーて!平常心Tシャツを纏ったアタシとシンジが向かう心霊スポットは〜?(某サ○エさん風)
山口県宇部新川駅から車で1時間ちょっと!ネットで「山口 心霊」でググればすぐに出てくる知る人ぞ知る名所!!
佐○川ダム〜〜〜〜!!(ドラ○もん風)
ガチの心霊スポットである。
※ちなみにこの場所は実在するらしいです。面白半分で行かない事をガチでオススメします。マジです。
トンネルの前で車から降りたシンジとアタシ。トンネルから漏れ出るあまりの不気味さに、冗談半分で来たことを少し後悔する。
横のシンジを見遣れば、血の気が失せたなんてもんじゃない顔面蒼白な顔。某有名ホラー映画の主演子役真っ青の顔色だ。
かく言うアタシも、さっきから悪寒が止まらない。アタシの危険察知能力が全力で「やめろ!早まるな!死ぬぞ!」と警鐘を鳴らしている。
えーと、なにこれ。目の前にある橋?その向こうにトンネルの入り口がうっすらと見える。辺りに灯りなんてないのでマジの暗闇。トンネルの入り口が見えるのは、トンネルの入り口に黄色い電灯が光ってるから。もうこの時点で、アタシは帰りたい気分になった。
「し、シンジ・・・もういいんじゃない?ここまで来たんだし、夜も遅いから、帰ろうか?」
震える声でアタシは隣のシンジに声をかけた。シンジの顔は相変わらず蒼白で。
でも、その目が瞬きもせず、トンネルの入り口に釘付けになっていた。
「いや・・・・・・・・・行くよ・・・・・・・・・」
力無く、ボソボソと呟くようにシンジが言う。この時点で、アタシはかなりの嫌な予感を覚えていた。
シンジの様子が明らかにおかしい。なんていうか、魂が抜けたような、っていうの?そんな危うさを感じさせた。
そんな状態のまま、シンジは怖さからかアタシの手を握り、ゆっくりとトンネルに近付いていく。
「し、シンジ?危ないから、い、入り口までにしよ・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
無言でアタシの手を引いて歩くシンジ。アタシも観念して、黙ってシンジに付いていく。
橋を渡り切ると、そこはトンネルの入り口。トンネルの中はかなり明るくて、その事にアタシはホッとしていた。
「なぁんだ。思ったより明るいのね。ビビって損しちゃった!」
わざとらしく、明るい声を出してみる。でも横のシンジは無反応。背がアタシより小さいから、その表情も見ることができない。
「・・・・・・・・・・・・・・・でる」
「え?」
「行かなくちゃ。アスカとの約束を、守らないと・・・・・・」
「へ!?いや、もうここまででイイわよ!それより早く帰らないと明日起きられないし・・・」
「行かなくちゃ・・・・・・」
・・・シンジの様子が変だ。さっきからアタシの事を見向きもしない。アタシは本気で怖くなってきて、後ろを振り返る。アタシたちの乗ってきた車は橋の向こう、暗闇に飲まれて、ここからでは全く見ることができない。トンネルが明るいから、余計に見えないんだろう。
そうこうしているうちに、シンジがトンネルの中に向かって歩き始めた。
「ちょ、ちょっとシンジ・・・痛っ」
シンジに握られた手が痛い。よく見れば、シンジの手はガタガタと震えていた。怖いから、力が入ってるんだろうか。アタシの手を握りしめて、決して離さないという強い意志を感じた。
アタシはこの時点で、あろうことかシンジに恐怖を抱いてしまった。
・・・いま、アタシが手を繋いでいるのは、本当にシンジ、よね?
そんな思いが伝わったのかもしれない。シンジはアタシに振り返って笑顔を見せた。顔面蒼白は相変わらずで、でも、とても優しい笑みを浮かべて。
「大丈夫だよ、アスカ。ここに幽霊なんていない。僕には分かるんだ」
にっこりと、天使の笑顔を向けてきた。
それが、逆に怖い。
逆らってはいけない。そんな風に感じたアタシは、シンジに手を引かれてトンネルに入っていった。
中は素掘り、っていうの?自然にできた洞窟みたいな感じで、人の手が入ったように感じない。雰囲気びんびん。もうこの時点でアタシはビビりまくっていた。
アタシ達は無言で歩き続け、トンネル内の分かれ道にまで来た。
「こっち・・・・・・」
シンジが迷わずに右の道に進む。明るいからか、だんだんとアタシもこの雰囲気に慣れてきていた。進んだ先は、鉄格子のはめられた行き止まりだった。
『あぶないから入ってはいけません!』
そう書かれたチラシが鉄格子にくっ付いている。
「行き止まり、みたいね・・・」
シンジは無言で鉄格子を握って、ガシャン、ガシャンと2回ほど揺らすと、諦めたように呟いた。
「通れない・・・・・・」
「そ、そうね。もう帰ろうか?」
アタシの提案をのんでくれたのか、シンジはアタシの手を引いて来た道を戻っていく。
でも。
分かれ道にまで戻ってきたアタシを、シンジはトンネルの出口ではなく、もう一本の道へと連れていく。
流石にやばい、と思った。
事前に調べた情報だけど、確かこの先は人口の湖かなんかがあったハズだ。んでもって、ここが心霊スポットたる所以は、トンネル内にいる幽霊がトンネルを通った人間をダムの湖にまで引き摺り込む、というもの・・・。
「し、シンジ!もう帰ろう!」
アタシの声が上ずる。構うもんか。いくらなんでもコレは無理!
「シンジ!聞こえてるの!?・・・・・・痛い!」
握られていた手に走る激痛。ぶるぶると震えるシンジの手に力が込められていく。
「い、痛い!痛いわよバカシンジ!ちょっと離して・・・・・・」
そこまで言いかけたアタシのセリフが虚空に消えていく。どこからか変な音がしたからだ。
ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ。
何かが削られるような、無理矢理擦り付けられるような、嫌な音。
そしてそれは、"シンジ"から聞こえてきた。
「し、しん、シンジ・・・・・・・・・・・・?」
笑っちゃうくらいに声が震える。てか、笑えない。この不気味な音が、アタシの手を握っているシンジから聞こえるなんて。
「〜〜ッ!いい加減にして!いくらアタシでも怒るわよッッ!!」
怒りと恐怖で、アタシは叫んだ。その声がトンネル内に響き渡る。その音が、だんだんと消えていくのと同時、シンジがゆっくりと振り返った。
「ひ・・・・・・・・・・・・ッ!?」
シンジが歯を剥き出しにしながら笑っている。シンジの両目が、別々の方向を向いてぐるぐると回っていた。
「ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ・・・」
この音は、シンジの歯軋りの音。力一杯、歯を噛み締めている音。噛み締めすぎて、歯茎から血を流し、それでも歯軋りをやめないシンジ。
シンジの腕がぶるぶると震え続ける。だんだんとアタシの手が握りつぶされていく。
シンジは、恐怖で震えてたんじゃない。
「き、きゃ・・・・・・」
声がうまく出ない。悲鳴すら上げられない。喉が締められたように空気が漏れ出る。シンジのぐるぐると回る両目が、ピタッと、アタシを捉えた。
「ああああああああああすすすすすすすすすすすかかかかかかかかかかかかか」
「い、嫌ぁっ!!」
アタシはシンジから逃げようと必死でもがいた。けれどシンジの手は決してアタシを離そうとしない。
これは本当にシンジなの!?シンジはアタシを見つめたまま、アタシをトンネルの奥へと引きずっていく。
その途端。突如としてトンネル中に声が響き渡った。
「こっちだよー」
「アスカー」
「おやすみなさい」
「いらっしゃいませー」
全部、"シンジ"の声だった。目の前のシンジはずっと歯を食いしばっているのに。声なんか出せるはずないのに。
「こっちだよー」
「アスカー」
「おやすみなさい」
「いらっしゃいませー」
複数のシンジの声がトンネル内に響き渡る。
「嫌アアアアア!!」
アタシは無我夢中で、幼いシンジの顔を思い切り張った。
パァン!と小気味良い音がトンネルに響きわたる。途端、複数のシンジの声も同時に消えた。
「え・・・、あ、あれ!?」
顔を張られたシンジが頬を抑えながら、辺りをキョロキョロと見回す。アタシはシンジの肩をがしっと掴むと、思い切り揺さぶった。
「シンジ!シンジ!!戻った!?戻ったわよね!?」
「へ、え、アシュカ!?ここどこ!?」
「逃げるわよシンジ!!」
もう無我夢中だった。とにかくこの場から一刻も早く離れなきゃ!そう思ってシンジの手を引くアタシだったけど──、
「う、うわあっ!」
「きゃっ!!」
シンジが転んだ。つられてアタシも床に転んでしまう。
「ちょっとバカシンジ!!こんな時に転んでんじゃないわよッ!!」
「あ、あ、あ、あ、アシュカ・・・・・・」
シンジの顔が真っ青になっていく。
「た、たしゅ、たしゅけて・・・・・・」
その言葉に、アタシは目を見開いた。
シンジの両足が、誰かに掴まれていた。
アタシはハッとしてシンジの背後を見た。するとトンネルの先に、真っ黒い人影が見える。
でも、10メートル以上は離れてるのよ?
アタシは再びシンジの足を見た。掴んでいた手は手首から先が見えない。いや、長すぎて、わからなかったんだ。
その手は、10メートル以上離れた人影に向かって伸びていた。
手が伸びていたのよ。絶対に、あり得ないくらいに。
アタシは再度シンジの背後の人影を見やった。トンネルの照明がジジジッと音を立てて明るく光る。その光に照らされて、人影の顔が映し出された。
「ひゅ・・・・・・ッ」
息が止まった。そこに照らし出された顔は青紫色でぶくぶくと膨れており、目があったと思われる箇所にはまるで抉り出されたような暗い空洞があるだけ。そしてその口は先ほどのシンジと同じようにギリギリと歯を食いしばりながら笑っている。
その目があったはずの空洞から、何かがずるりと這い出してきた。恐ろしいことに、アタシはそれに見覚えがあった。それは毎日アタシが見ている、とても見慣れたもの。
それは、アタシの手の指だった。
その指が、人影のくり抜かれた目の空洞にかけられると、力を込めて空洞を押し広げ始めた。
ナニカが、あの人影から這い出ようとしている。それを認識したアタシは、思わずシンジの手を離してしまった。
(しまった・・・・・・!!)
その瞬間、シンジがトンネル内をものすごい勢いで引きずられていく。
「アシュカァァあああーーーーーっ!!!」
シンジの悲鳴。明らかにこの世ならざる者。それに連れていかれるシンジを見たアタシの全身を支配した感情は──、
「ぶっ殺すッッ!!!」
純粋な殺意だった。
「どぉおりゃああああああああああ!!」
雄叫びをあげ、アタシは幽霊に突進していった。引きずられるシンジを追い越し、幽霊の眼前まで一瞬で間を詰めたアタシは、幽霊の腹に蹴りを叩き込む。くの字に折れ曲がった幽霊の後頭部に肘鉄を振り下ろし、顎を膝でカチ上げる。跳ね上がってきた顔に何度も何度も拳を叩き込み──、
「地獄に帰れボケナスがァァアアアッ!!」
右手をクソ幽霊の顔に当てた。
途端、
ギュギィィイインッ!!
アタシの右手から、ATフィールドが展開される。
なぜ?とか、どうやって?とか、そんなの気にしている暇はない。アタシは展開されたATフィールドを強く強く幽霊に押し込んでいく。ATフィールドの向こうで、幽霊が苦悶の声を上げる。知ったことかッッ!!
「アタシのシンジに手ェ出して!ただで帰れると思うなぁぁあああああ!!!」
そのまま幽霊を地面に押し付け、ATフィールドと地面でサンドイッチ。礼はいらないわ、たっぷり味わんなさいっ!!
「こん、ちくしょーーーーッ!!!」
じゅうううううという何かが焼ける音と共に、幽霊は跡形もなく霧散した。
▼△▼△▼△▼△
そっから先のことは、あんまり覚えていない。泣きじゃくるシンジを抱えて車まで駆け戻り、無我夢中で家まで帰ってきた。たぶん、こんな感じだ。
家についてからも泣き続けてるシンジを、アタシはフローリングの床に座ってずっと抱きしめている。シンジもシンジで、アタシの膝に座って両腕両足でアタシにしがみついていた。
後悔、しかなかった。久しぶりに過ごすシンジの誕生日に、こんな恐怖の思い出をあげるなんて。最低だ、アタシ。
アタシはシンジの背中をポンポン叩きながら、泣きそうな声で謝った。
「・・・・・・ごめんね、シンジ。こんな、嫌な誕生日にしちゃって」
シンジはぐす、ぐすと泣きながら、アタシの胸に顔を埋めている。その頭をよしよしと撫でるしか、今のアタシにできることはない。そうすると少し落ち着いてきたのか、シンジがぽつり、ぽつりと話し始めた。
「こ、こわか、った・・・・・・」
「うん。そうだよね・・・」
「し、死んじゃう、と思った・・・」
「怖かったよね。ごめんね・・・」
「く・・・・・・」
「ん?」
「僕、誰かに呼ばれてた。あの時、何かに・・・」
「いいよ、無理に思い出さないで。今夜
アタシの腕の中で、シンジはいやいや、と首を振った。
「ひ、ひとりでねる・・・・・・」
「そんな、無理しなくても・・・」
「無理じゃないっ!ぼく、かっこ悪かったもん!」
シンジが顔を上げる。泣き腫らした目がアタシを睨みつけていた。
「ほ、本当はぼくがアシュカを守るつもり、だったの!でも、ぼくのせいでアシュカが怖い思いしたの!それが嫌なの!!」
「シンジ・・・・・・」
「ぼ、ぼくくやしいんだ!アシュカを守って、『男』になって!アシュカをお嫁さんにって思ってたのに!ぼく、カッコ悪くてぇ・・・!」
シンジの両目から大粒の涙が溢れる。
「アシュカを、お嫁さんにぃ、できなかった・・・」
そのまま、シンジはアタシの胸にまた顔を埋めてしまった。
怖い、のもあったんだろう。でもそれ以上に、シンジは悔しかったんだ。アタシとの約束をカッコよく守るはずだった、小さな小さな男の子。それが堪らなく可哀想で、愛しくて。
アタシはシンジの顔を両手で挟む。むにゅっと潰れて、唇がひょっとこみたいに突き出している。
「あはは!変な顔!」
「〜〜〜ッ!!」
あ、ヤバい。シンジがキレそうだ。
だから、その前に。
その突き出した唇に、軽くキスしてやった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
シンジの時間が止まって、目が点になる。そこからだんだんと汗が吹き出してきて、顔が徐々に赤くなっていく。
「な、ななな、ななななななななっ!?」
「ふふん。残念賞よ!次を期待してるわ、バカシンジ!」
顔を真っ赤にしたままのシンジは、目をぱちくりと瞬かせた。
「い、いいの?」
「もちろんよ。んで、これがアタシからのプレゼント!」
驚くシンジの顔に、今度はしっかりとキスをしてやる。シンジは顔を真っ赤にして、ズザザッと後ずさった。目の前には自信満々、余裕の表情のアタシ。
「ほら。元気出た?そしたらお風呂入ってきなさいよ。涙でぐしょぐしょよ?あんたの顔」
「う、うん」
シンジはまるで機械にでもなったように、ぎこちない動きで風呂場へ向かう。
こいつ、可愛いなぁ。わかりやすいっていうか、なんか行動全てが素直で。
アンタが中学生の時に、それをやってくれていたら、ねぇ。
まぁ、両思いだったんだからヨシとしてやるか。
そんな事を考えていたら、シンジが足を止めてアタシに振り返った。
「あ、アシュカ!!」
「んー?」
ニヤニヤ顔のアタシ。真剣な表情のシンジ。
「ぼ、ぼく!諦めないから!絶対、アスカをお嫁さんにするから!!」
・・・・・・やばい。泣きそう。嬉しい事言ってくれるじゃない。
「うん。待ってるわ。いつまでも」
アタシの返事を聞いて、シンジはようやくお風呂に向かった。
まぁ、最悪に近い誕生日プレゼントだったけど、少しは挽回できた、かな?
◇
シャワーを頭に被りながら、シンジは今日の事を振り返る。
まだまだ未熟だった。アスカを取り戻すために、自分はまだまだ足りてない。それを痛感した一日だった。
けど。
「絶対諦めない。僕は今度こそ、アスカと一緒になりたい。僕の記憶が、実はハッキリしているとしても。後で卑怯者って言われるとしても」
シャワーの栓を捻る。
「僕はアスカが好きだ。これだけは何度やり直しても、変わらない。だから・・・」
パァンと、両手で自分の頬を張る。
「アスカに認めてもらえるよう、がんばるよ。今度こそ、何度でも・・・・・・」
そう気合いを入れるシンジであったが、直前のアスカとの甘いキスを思い出し、思わず二ヘラと顔を崩してしまうのであった。
「ありがとう、アスカ。最高のプレゼントだったよ」
◇
その夜。二人は同じベッドで横になり、今日起きた恐怖の出来事を塗り潰すように抱きしめあって寝た。
怖いことなど一切なかったかのように、二人の寝顔は穏やかなものであった。
つづく!!・・・・・・多分