長編を書きたいけど飽き性に書けるわけないので、特にどの世界線とは言わないが……な短編を書きました。
メガテンにわかの新参者です! にわかです!!
(投稿したことあるけど無事エタって消したので)初投稿です。
白い布地に、青い刺繍。マントの下には、珍しく刀の鞘が吊られていた。中身は空っぽだ。何せ、当人が抜刀した抜身のそれを握っている。血の一滴もついていない鋭い刃が、月光を反射していた。切っ先を下ろしたままに、青年は口を開く。
「これで全員ですか? 貴方で、最後?」
青年の言葉に、明瞭な言語は返ってこない。ただ、呻くような声がした。青年はそれを見下ろす。足を裂かれて立つこともできずに地面に這いつくばる、今にも死にそうな男を。
這う男は、血だまりの中にいた。今も太ももの大きな傷口から、大量の血が溢れ出している。誰がどう見ても致命傷だ。これだけ血が零れていれば、命にかかわることは間違いないと素人目でも判断ができるほど。一般的には救急車でも呼ぶべきなのだろうが、残念ながら殺意を持ってつけられた傷だ。それを見下ろす青年に、男を助けようなんて気持ちは欠片も存在していない。
男は血をべったりと纏った掌で傷口を塞ぐでもなく、ただ伸ばしていた。自分の命を長らえることなんて望まずに、床に転がる何かを掴もうと懸命に腕を伸ばす。その先には、機械が転がっていた。携帯電話なのだろうか、それにしては形状が一般的ではない。飛び散った血で画面の半分が覆われて、ディスプレイに映ったものが何かすら判別できなかった。画面が明滅する光だけを、青年は確認する。
「悪魔召喚プログラム、でしたっけ。メシア教のものとは違うんですかね」
瀕死の人間が目の前に転がっているというのに、青年の言葉はあまりにも平坦だった。興味がないことを口にしているような、それほどの薄っぺらさ。会話でこんな声を聞けば、話を切り上げようと思うくらいに。
「ああ、そういえば。天使さまが別物だと仰せでした。天使さまが仰るならば、そうなのでしょう。愚かな僕には違いがさっぱりわかりませんけど」
そう言いながら、青年は靴を鳴らして数歩進む。命を燃やしてまで腕を懸命に伸ばす足元の男を通り過ぎて、明滅する機械を蹴り飛ばした。男が必死で進んだ一メートルの数倍の距離を転がって、壁にぶつかって止まる。ちかちかとディスプレイの光だけが、暗闇の中でぼんやりと浮かんでいた。
そうして、だから、男はその機械を手にすることを諦めたのだろう。べちゃり、と血だまりに掌が落ちる。呻き声の中に、ぼそぼそと言葉らしいものが混じったので、青年は少し身を屈める。地面に刀の切っ先が触れないようにか、どことなく奇妙な体勢になっていた。
「何です?」
ひゅうひゅうと喉が鳴る音の方が大きくて、よく聞こえない。青年はより低くしゃがみ込んで、ようやく掠れた言葉が聞こえた。
「くそったれの……めしあきょう……」
メシア教。青年はその教徒であるので、恨めし気にそう呼ぶのは間違いではなかった。青年は無表情で、男を見下ろす。血だまりの中で、今にも死にそうな男が、それでもぎらついた目で睨み上げているというのに。
「おまえらの、が……あくまめ……!」
もう言葉を発することすら限界だったのだろう、男は最後の力で呪いの言葉を吐き捨てたらしい。それっきり、弱々しい呼吸音だけしか聞こえなくなった。青年はそれ以上の言葉はないと判断したからか、身を起こす。そこまで近付いた青年に攻撃もできなかったから、せめてと男は口を動かしたのだろうが。青年は、困ったように首を傾げていた。
「罵倒でしたか? えっと、はぁ、悪魔は貴方の使役している化け物どものことですが……」
まるで、クレーマーに延々同じ説明を繰り返させられているような、そんな言い方だった。子供に諭すような、と表現できるほど穏やかで優しくはない。機械的で、ともすれば若干迷惑そうな言い方だ。そんな言葉を途中で切って、あっ、と青年は小さく声を漏らした。それから靴の先で、そうっと男の頭をつつく。
「死にました?」
返答はない。それが答えだった。
それを確認して、青年は辺りを見回す。純粋な人間なので、悪魔のように生体マグネタイトの気配を察知するだとか、魂を見るだとか、そういうことはできないが。ただただ戦闘だけを繰り返してきた兵士としての第六感なのか、生き物の気配には敏かった。だから、何となくでも、思う。まだ、生きた人間がいると。
青年は自分の直感に従って、歩き始めた。できるだけ飛び散った血を踏まないように避けつつも、月光しか光源がない暗がりの中ではちょくちょく失敗して足裏に血がつく羽目になる。それに溜め息を吐きながら、異教徒を探して彷徨っていた。
そうして、小さな物音を耳にする。
「あ、いた」
ぐるん、とそちらを向く。掃除用具でも入っているのだろう、横にバケツが置かれた、細長いロッカーがあった。寂れたそれに、青年は刀を握りしめたまま近付く。どこか跳ねるような軽やかな足音が近付いたからか、ロッカーの中からよりはっきりと物音がした。こつっ、と中で何かがぶつかるような小さな音だ。けれども、本来無音であるべきであれば、その小さな音すら致命的である。
青年は刀を持っているのと逆の手で、ロッカーの戸を掴む。次の瞬間、素早く引き開けた。ばんっ、とけたたましい音を立てて扉が壁にぶつかっている。
「……子供かぁ」
呟いた青年の視線の先には、ロッカーの中で小さく丸まって震える子供がいた。三角座りをして、頭を足の間に突っ込んでいるせいで、青年の姿は見えてもいないだろう。青年からも、その丸い頭しか見えない。爪が食い込むほど力を込めて、ぎゅっと体を小さくしていた。
「ねぇ、きみ、きみ。神を信じられますか?」
優しくはなかった。けれども、恐ろしい声色でもない。恐怖に震える子供に向けるそれにしては、不似合いなことだけは確かだ。そう問いかけるだけ問いかけて、数秒の沈黙が広がる。刀を握ったままの青年は、ただ子供の返答を待っていた。
何かに耐えるように身を固くしていた子供も、長い沈黙にそっと顔を上げた。涙の跡が残る顔を、青年はやっぱり気遣うでもなく見下ろしている。ぶるぶると震える子供に、青年は無表情で言葉を口にする。
「ノーって答えるならここで首を刎ねるだけなんですけど、どう? それでも無理そうです?」
持ち上げた刀を見せながら、そう告げる。傍から見れば脅しでしかないのに、少なくとも青年はその自覚があるとは到底思えない軽薄な声色をしていた。
「もうその子供の魂は悪魔に汚されています。悲しいことですが、もはや救いは神の下に魂を送り届けることしかあり得ません」
はぁ、と青年は溜め息なのか嘆息なのかよくわからない声を上げた。手入れの行き届いた美しい教会の前で、その中に入ることも許されないままに、天使を青年は見上げている。ところどころ血に汚れてしまった青年と違って、天使はその白い羽根を悠々と広げていた。彫刻のような美しい造形をした天使が、痛々しいとばかりに表情を歪めている。
「その身を我々天使の糧となるようにすることが、せめてもの慈悲でしょう」
要するに、マグネタイトをできるだけ搾り取って殺せ、ということだ。それを青年は理解していた。そうやって言葉を取り繕うことを、忌々しいだとかおぞましいだとか思うような感性は青年にはない。そもそも取り繕っているということを青年は理解していなかった。ただ、自分がこれまで手にかけた異教徒や悪魔がそう思っていることを延々と聞いていたので、ああこれか、と思い出してしまっただけだ。
天使が自分を見つめているので、それを行うのは自分なのだと青年は解釈した。わかりにくいから言ってくれればいいのに、と常々思っているのだが、一度怒られたので二度と口にしていない。それが賢しいことなのか、愚かなことなのかを青年は考えなかった。考えることは時に自分を危うくする、ということだけを学習していたので。
「えーっと、うーん……ねぇ、きみ。天使さまは君を救ってくださるようです」
幼い子供は、きっとあまりよくわかっていないのだろう。神を信じろ、と青年が口にして、それに了承を返さなければいけないのだと思っただけで。実際にどうやって信仰を証明するのかとか、そもそも信仰心を抱けるのかとか、何もわかっていないはずだった。死への恐怖は原始的で、子供でもそれだけは理解してしまっていただけのこと。
自分を見上げて、丸い目で瞬きする子供を青年は見下ろした。マグネタイトの搾り取り方なんて、青年は未だによくわかっていない。ただ、悪魔が人の恐怖を煽るように、天使は人の幸福を煽る。マグネタイトにも種類があるようで、そちらの方が好まれるということは経験則で理解していた。ただ、それだけだ。それ以上のことは何もわからないままに、青年は言葉を続ける。
「怖かったでしょう、恐ろしかったでしょう。でも、安心してください。それも今、この瞬間に終わるのですから」
これでいいのかなぁ、合ってるのかなぁ、間違ってないのかなぁ。そう思いながらも、経験則以外のことを知識がない青年は導き出せない。
「さぁ、目を閉じて。神に祈ってください、幸せになれるから」
にこり、と青年は微笑んだ。とんでもなくぎこちなくて、強張っていて、下手くそな笑みだった。それでも、子供から見れば無表情よりはよかったのだろうか。どこか安堵したように、子供は言われるがまま目を閉じた。
だから、青年は刀を抜く。今日はまだ一度も血に濡れていないそれは、鋭利な切れ味を保ったままだ。それを、よかった、と青年は思う。だって、切れ味の劣った刃物は痛い。痛いということは苦しいことだ。
「どうか幸せに」
そう呟いて、刀を振り抜いた。悪魔との戦闘で心身が鍛え上げられた青年のそれは、常人とは違う。すぱんっ、と子供の細い首なんて両断してしまえるくらいには速くて強い。青年はその知識を持たないが、まるでギロチンの如き所業だった。
吹き出る血を避けて、さっさと撤収する。とはいっても、血に濡れたまま協会の中には入れないので、庭の奥に入るだけだったが。マントを脱いで、その下に血がついていないか自分の体を見回した。マントだけなら、あとは靴を脱げば協会の中に入れるから楽だ。それを知っていたから、できるだけ血を被ることを回避している。マグネタイトになるだけの悪魔を積極的に切って、刀が汚れるような相手はできる限り天使に殺させているのはそのためだ。
靴とマントだけをよけておいて、協会の裏口から中に入る。刀だけは、どうしようもないので後で手入れしなければならない。こればっかりはあまり替えが利くものではないので。面倒だとは思いつつ、礼拝堂に入る。美しいステンドグラスからの光を浴びて、天使が浮かんでいた。どことなく機嫌が良さそうな顔に頭を下げる。
「ご苦労。神も貴方の献身をお喜びでしょう」
そんな天使の言葉を聞いてから、青年は顔を上げる。眩しそうに目を細めて、青年は問いかけた。
「今日も異教徒と悪魔を殺しました。今日も神に祈りました。天使さま、僕はいつ幸せになれますか?」
ぴしり、と空気が凍った。天使が冷めた目をしたことを、けれども青年は理解していないのか、ただじっと見上げ続けたままだ。そんな青年を見下ろして、天使は諭すように口を開く。
「何を言うのです。神を信仰する、貴方はすでに幸福を約束されています」
だから滅多なことを言うのではない、と言いたいのだろうか。少なくとも、天使は青年の言葉を否定していた。けれども、青年はゆるゆると首を横に振る。
「いいえ、天使さま。肉を断つ感覚が手にこびりついているんです。自分が殺した相手に呪われる夢を見続けているんです。異教徒といえども、悪魔といえども、言葉の通じる相手を殺すことは辛いのです」
天使の目線が、冷ややかさを増していく。それだけは何となく青年も理解していたが、もういいか、と思っていた。死ぬことが怖かったからメシア教徒になったが、その恐怖をとうとう別の恐怖が上回ってしまったからだ。じわじわと精神を蝕む毒のように蓄積してくそれが、もはや溢れてしまっただけのこと。
「死後、神の下での安寧が約束されているというのなら。もう僕をそこに送ってくれませんか?」
そう。死んだ後に幸福があるというのなら、こんな苦しい生に何の意味があるだろうか。誰よりも、とまでは言わないが、青年は自分の知る信者の中では最もよく働いた自信があった。周りの教徒よりも異教徒を殺し、悪魔を殺してきた自負がある。だから、もう許されてもいいのではないかと思ったのだ。
「僕の生体マグネタイトを捧げます。それでは許されませんか?」
こてん、と首を傾げた青年に、天使は溜め息を吐いた。失望されていることは察したが、青年は実のところ自分が幸福になりたいだけだったので、天使がどう思っていようがどうでもいい。
幸せになりたかった。死ぬのは怖かったし、痛いのは苦しいし、ひもじいのは寂しい。だからそれから逃げて、天使に言われるがままにメシア教徒になった。異教徒を殺し、悪魔を殺した。それだけだ。でも、きっと、これ以上幸せになることはできないのだろうと悟った。死んではいなくても、痛くはなくても、ひもじくはなくても。自分に齎される幸福はそこまでで、それ以上はないのだと気付いてしまった。ただ、それだけ。
「天使さま。憐れな僕を、どうかお救いください」
本当は、信仰心なんてものを青年は理解していない。望むように振る舞うことがいいことだと理解して、それ以上は何もわからなかったのだ。言葉遣いだとか、言い回しだとか、そういうものも天使が好むようなものを並べているだけである。自分が憐れなのかなんて知らないし、救ってくれと言えば天使が否定し辛いらしいから、そうやって言ってみた。
天使は深い息を吐いて、たぶん諦めたのだろう。天使が青年に伸ばした手は、きっとその命を終わらせるためのものだ。どれだけ言葉を取り繕っても、それは殺害でしかない。だから、天使と悪魔に大した違いがないことだって、青年はわかっている。自分だってそうだ。どれだけ殺したのかもわからなくて、その中の一つになるだけのこと。それがわかったから、もういいかと思った。
何か、大事なものが吸われる感覚がした。大事なものがなくなっていく。それは熱によく似ていて、だから寒さを感じた。そうして、たぶん、暗がりに落ちるような錯覚。死なんて、いざ訪れればそんなものだった。
これ以上不幸になることがないことを幸福と呼んでいいのなら、まあ、これも幸福なのかもしれない。青年は、最期にそんなことを思う。
――でも、薄々気付いていたけどやっぱり、天使さまって嘘つきだ。
マグネタイトが薄すぎるので生贄にすらならなくて戦闘要員にしていた、というどうでもいい設定。