「いつかさ! 私たちもバンド組もうよ!」
「う、うん!」
「約束ね! ふたりちゃん!」
夢と記憶の彼方にあるその声は、どんどんと遠くなっていく。
声のトーン、顔、何もかもがぼやけてしまって思い出せない。
ただ、その約束はとても大事な約束だった気がして……。
ふたりはいつもその声の主を思い出せずに朝を迎えるのだった。
────────
高校入学から二週間が経った頃、いつものようにこれ見よがしにギターを背負い、リストバンドや缶バッチを大量に身に付けて登校した放課後のことだった。
「ねえねえ後藤さん!」
「後藤さんってギターやってるの? ね、それ!」
「え、あ、ああ、うん、……そうです」
「そうなんだ!」
「バンドとかやってるの?」
「ええっと、はい、まあ、一応……」
二人のクラスメイトからの質問に俯きがちに応える。
少し前までは人との話し方ももう少し上手くできていたはずだけど、今となってはどうやっていたのかもわからない。
「ライブとかしないのー? 文化祭とか!」
「あっ、ライブ……。これ、です」
懐から用意していたチラシをすかさず渡す。
「へー! ライブハウスって行ったことないから行ってみたいな!」
「ねー! 楽しそう!」
「たの、しい、です、よ……」
「あはは、後藤さんって面白い話し方するよね!」
「へへっ、光栄です……」
陰キャは面白いと言われただけで嬉しい生き物なのだ。こんなことで照れてしまう自分のゴミムシメンタルが悲しい。
「てか、やっぱり後藤さんも天才なのかな?」
「そりゃそうでしょ〜。なんてったって、あの後藤ひ」
バン!!!!!!
と、机を叩く大きな音で我に帰る。
目の前で突然のことに驚いた二人が固まっていた。
ジンジンと痛む右の手の平の感覚で、自分で机を叩いていたことに気がつく。
「あ──、なんかごめんね、後藤さん。またね」
「う、うん、またね、後藤さん」
「うっ、あっ、ご、ごめ……なさ、い」
わなわなと震えながら発した謝罪は誰にも聞こえていなかった。
スマホがピコンと光る。手に取ってみるとLOINのトップニュースが映し出されていた。
『ギターヒーローこと後藤ひとり(25)、米で有名アーティストと共演。五万人の観客を魅了した』
すぐに画面の明かりを消し、机に突っ伏す。
「はあ。嘘のライブのチラシ渡しちゃった」
バンドなんて組んでいない。組めていない。
チラシに書いた日付は存在しない4/31になっているし、架空のライブハウスが書いてある。
彼女は後藤ふたり、15歳。
蛙の子は蛙。
天才の妹は天才……ではなく。
陰キャの妹は陰キャ、だった。
それも架空のチラシを配るような、姉を上回る陰キャに成り果てていた。
──────────
「はぁ、今日も駄目だったな」
公園のブランコに揺られながらひとりごちる。
これだけバンド好きをアピールしても、積極的に話しかけてくれたのはあの二人だけ。それもドン引きさせてしまった。
(流石に嘘のライブチラシはやばいって分かるけどさ、目標は口に出せば叶うって言うし、やっぱ行動することが大事だもん。それに興味持ってくれる人いるかもしれないしね。そしていつかバンド組んで、本当のライブチラシを配るんだ!)
ふたりはギターを弾いている。
もちろん姉の影響だ。
それも姉よりも遥かに早く、7歳頃から。
それゆえか、ふたりは二つの勘違いをしてしまっていた。
まず一つに、姉の演奏が一般人レベルだと思っていたことだ。
初めて聞いた生演奏は姉で、全ての音楽の基準が姉だった。
それがふたりとっての不幸の始まりだった。
姉は……天才だった。
学生の頃、ネットにアップロードしていた動画を見ても分かる。明らかに上手い。学生のレベルを軽く凌駕している。
バンドで出演した文化祭のライブ映像が残っていたため、それも見たところ機材トラブルに対応するアドリブ力含め、圧巻の一言であった。
その後のダイブは失笑ものだったが……。
「パパ〜、私もお姉ちゃんみたいになりたい!」
そして、何気なくこの言葉を吐いた日が、ふたりの運の尽きだったのかもしれない。
どれだけ練習しても上手くなった気がしなかった。
小学校では社交的で友達も多かったふたりだったが、いつまで経っても見えてこない
そして二つ目に、「姉は陰キャではなかった」という勘違いを現在進行形でしていることだ。
姉は孤独ではなく、孤高だったのだろう。
あれだけ才能があれば、周りには自然と人が集まってくるはずだ。
それを疎ましく思い、付き合う人間は最低限に抑えていたのだ。絶対にそうだ。
思えば高校時代に仲良くしていたのも、結局は結束バンドの仲間だけだった。
姉は結束バンドでメジャーデビューした。
そこから目覚ましい活躍を遂げ……とはいかなかったようだが、着実に実力と人気をつけ、全国ツアーを敢行したりTV番組に出演したりと有名になりつつあった。
その最中でアメリカの某有名アーティストの目に止まり、この度アメリカでのデビューとなったわけだ。
まあ結束バンドを解散したわけではなく、一時的に招待されて渡米しているだけらしい。
ふたりとしては、姉と離れることができて嬉しかった。
孤高と孤独。
天才と凡人。
姉と妹。
覆すことが出来ないその絶対的な差は、よりふたりの人生に陰を落とす。
その積み重ねが、
「私の人生って……」
輝かしかった小学生低学年までの記憶は、もううっすらと忘れかけている。
あのポジティブさは生来のものではなかったのだろう。姉がネガティブすぎて、その反動でポジティブになっていただけだ。
なんとなくジミヘンも暗くなってきて、家の中で過ごすことが増えてきた。
お母さんにそのことを伝えたら「おじいちゃんになったのよ」って言ってたけど。
「お姉ちゃんみたいにバンド組みたいなぁ……。無理だなぁ。誘われないかなぁ。はぁ」
そんなこんなで、ふたりは姉のことをひどく勘違いしていた。
「あー!! ギター!!!!」
相も変わらずブランコに揺られていると、キーンと頭が痛くなるような甲高い声が耳を刺し、驚いて声の方を見る。
制服を着た女子高生2人がふたりのことを指差していた。
「ねえ! あなた! ギター弾けるの!?」
「え、あ、ええ、ああっ、と、い、いちおう?」
片方の女の子が目をキラキラさせながらこちらに走ってきて、突然ふたりの手を取った。あまりのコミュ力にたじろいでしまう。
(うう、圧倒的陽キャ感がする……。怖い……)
「私、瀬戸陽歌! 太陽の陽に歌って書くよ!」
「ちょっと陽歌、驚いて固まっちゃってるよ。すみません。私は秋澤凛です」
(名前にまで陽が入ってる! 絶対陽キャだ! 後ろに立ってる女の子も凛なんて名前でクールだし!)
「ひ、ひえ〜〜…………」
「…………ねえ凛、なんでこの子ジャンプしてるの?」
「分からない」
「お金っ、お金は見ての通り、も、持ってないです!」
(カツアゲだ! 絶対そうだ!)と思った瞬間にはすでに制服のポケットというポケットを裏返し、「飛んでみろ!」と言われる前に先手を打たせてもらったのだ。
「ギ、ギターは売らないでく、くださいぃ……」
見るからに一文無しの高校生に目をつける理由なんて、このギターを狙っているとしか思えない。
しかしこれだけは売れない。ギターが無くなったらふたりのアイデンティティが崩壊してしまう。
「いやいやカツアゲじゃないから」
「うん、ちがう。どちらかという恐喝」
「いやそれ一緒だから!」
二人のやりとりはこなれた感がある。気の知れた友達なのだろう。
(私にはこんな友達いないな)
そもそも友達すらいないのである。
「そういえば、名前は? なんていうの?」
「……とぅ……たり、です」
「え、トゥタリ? 外国人?」
「………………後藤ふたりです」
「後藤……?」
「…………もしかして!」
陽歌と凛は訝しんだ顔でその疑問を口にした。
「「ギターヒーローの……!?」」
「………………………………………………妹です」
(ああああああ!! だから名前言いたくなかったんだ! 下北近くでバンドやってるJKは絶対知ってるもん! 後藤なんて名前はよく聞くけど名前は似てるし、インタビューとかラジオに出るとお姉ちゃん友達あんまりいないから家族の話ばっかするし、それになにより)
「やっぱりー!! あのめちゃくちゃ陽キャでギターの才能も凄いっていう!! ギターヒーローの妹さん!!」
「まじ。実在してたんだ」
「あ、ぁう……、ぇぇあぅ」
そうなのだ。
姉は家族の話をする時、
前者は、姉が多忙なこともあり最近のふたりのことを知らずに思い出補正で語っているからだろう。
そして後者は、幼少期からギターを始めたことや身内に甘い評価をしているだけにすぎない。
今となっては、真反対の「陰キャ」で「凡才」に成り果ててしまっていた。
もはや嫌がらせだとすら思う。
(お姉ちゃんめええええ)
頭を抱えながらウゴゴと悩んでいると、陽歌と凛はコソコソと話をしていた。
「ねえね、凛!」
「うん、良いと思う」
(え、何だろ、怖い)
陰キャは内緒話をされていると分かると、絶対に自分の悪口を言われていると思うものなのだ。
(天才の妹にしては普通だねとか、別人かもよとか思われてるんだ。まあ別人だと思われた方がいいんだけど)
「うん! 決めた!」
「ひえっ!」
陽歌がぱちんと手を叩き、ふたりのこと見つめる。
「あのね、もし良かったらでいいんだけど、お願いがあってね。全然ダメだったら大丈夫なんだけど──────」
(全然大丈夫じゃなさそう……!)
何を言われるかと思わず身構えてしまう。
「今日だけ私たちのバンドでサポートギター、やってくれないかな!?」
「…………バンド?」
想定外の方向からのお願いに思わず聞き返してしまった。
ちなみに想定していたことはカツアゲかア○ウェイの二択に絞っていた。
「うん! 今日私たち初ライブなんだけどさ、ボーカルの子が逃げちゃってさ〜」
「うん。消息不明。死んじゃってたらどうしよう」
「いやいやそんな物騒なこと言わないで! それでね、ふたりちゃんなら実力も申し分ないだろうし、どうかなあ〜って!」
「いや、私は……」
(本当は上手くないんですぅ!)
そう言わなければいけないのになんとなく言えなかった。上手いと思われているのがなんとなく気持ち良いからに他ならず、そういったところは姉と変わらなかった。
ぶるぶると震えながら首を横にぶんぶん振っていると、その瞬間に突然風が強く吹いた。
「んっ、春一番だ」
「もう春真っ只中だけどね」
「ワッ」
「あ、ふたりちゃん、なんか飛んだよ」
強風が吹いた拍子に、ふたりのリュックの中身が飛び出す。
二、三枚、プリントがぱらぱらと風に煽られてしまう。
そのうちの一枚が凛の足元に落ちた。
「アッ、ゴメンナサイ」
凛がそれを拾い上げようとしたので、感謝を伝えようとしたのに、悲しいかな、陰キャはまず最初に手間をかけさせた謝罪をしてしまうのだ。
「…………陽歌。ダメだ、ふたりはもうバンド組んでる」
「エ"ッッッッッ!!!!!」
およそ女の子が発してはいけない濁った声が喉を通過した。
凛が握っているプリント。
「ええ〜、あ、ほんとだ。そりゃそうか〜。天才ギタリストの妹だもんね!」
横から覗いた陽歌も同じような反応を見せる。
「アッ……アッ……ソレ、アッ……カエ、カエ、シテ……」
ふたりの喉からは、信じられないほど細い声しか出なかった。
「あれ? でもこのライブハウス知らないね。この辺りっぽいけど。バンド名も聞いたことないや」
「うん。それにこの日付……」
「え? 4月……31日?」
「もしかしてこれって……」
2人はすぐにその結論に至った。
「「嘘?」」
「…………ヒャイ」
ふたりは死んだ魚の目をしながら頷いた。
今度はひゅーるると春の風が虚しく吹いた。