ふたり・ざ・ろっく!   作:ふぁるねる

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小さな心

 

「ほんとに連れてくの、陽歌?」

「誘った手前断れないじゃん」

「絶対やばい子だよ」

「やばいほどロックなんだよ」

(ああ、悪口言われてるんだろうな……)

 

 ふたりは結局、陽歌と凛の後ろをトボトボと歩きながら下北沢の街を進んでいた。

 

 嘘がバレた以上、ギターがあまり上手ではないこともいずれバレるのだろう。

 ああ、胃が痛い。何も言わず突然逃げ出してしまおうか。

 

(逃げ出せるだけの勇気があればコミュ障やってないんだよなぁ)

 

 示されるがまま着いていくと、次第に知っている道を進んでいた。

 

(え〜、まさかあそこなの……?)

 

「着いたよ! 今日のライブのライブハウス! って知ってるか笑」

「結束バンドのホームだしね」

(やっぱりだぁぁぁ……)

 

 目の前には見慣れた扉があった。

 下北沢STARRY。

 見慣れたとは言っても、実際に見るのは3年ぶりくらいか。

 結束バンドはここからスタートした。

 ふたりも姉のライブを見に足を運んだことがある。

 下北沢でライブすると言ったら、ここの可能性があったことは当然だ。

 

「こんにちはー!」

「アアゥ……」

 

 バクバクと激しく鼓動する心臓を抑えようと深呼吸をしていたら、そんなことお構いなしに陽歌が扉を開けて入ってしまった。

 すぐに凛が続いて入っていったため、取り残されることの恐怖から(えいやっ)とふたりも続いた。

 

 踏み込んでみると、暗い室内と少しじめっとした雰囲気が身を包んだ。

 

(あの頃はあまり感じなかったけど、この空気は心地良いな……。実家のお姉ちゃんの部屋みたい)

 

「星歌さーん! 戻りましたー!」

「おせーよ陽歌。どこ行ってたんだよ」

 

 奥から金髪の女性が書類を眺めながら出てきた。若干イライラとした声色が怖い。

 

「ギター捕まえてきました! これならライブ出れるでしょ!」

「ああん? そんな簡単に見つかるかよ。ぼっちちゃんじゃあるまいし」

「良いツッコミ! なんと! そのぼっちさんの関係者です!」

「……はぁ?」

 

 そこまで聞いて、女性はようやく顔を上げた。

 品定めするようなジト目でこちらを見上げる彼女の視線に、ふたりはモジモジしながらぺこりと頭を下げる。

 

「……ふたりちゃんじゃん」

「ど、どうも。おお、お久しぶりです」

「あれ、会ったことあるんだ。まあそりゃそっか」

「そりゃあライブで何回か来てたし、虹夏からも話はよく聞いてたからな」

「へぇ〜、虹夏姉ちゃん私には話してくれなかったなぁ」

「そりゃお前、バンドメンバーの妹の話まで従姉妹にするもんじゃないだろ」

「……あ、あの、従姉妹っ、て……?」

 

 伊地知星歌・虹夏姉妹のことは知っていた。

 最近は疎遠だったが昔はよくお世話になったものだ。

 

「ん、ああ。こいつ、私の父親の妹の子でさ、私達の従姉妹なわけ」

「あ、そ、そういう……」

「うん。昔はよく結束バンドのライブ見に来てたんだよ。だから会ってたかもしれないね!」

「あ、あ、そ、そうですね……」

 

 昔の自分を知られていたとしたらすごく嫌だ。あの頃も陰キャになりかけていたはずだが、まだ陽キャの片鱗があったはずだ。自分とは全く違う他人のような気がして恥ずかしい。

 

「なに、ふたりちゃんがギターやんの?」

「せ、僭越ながら……」

「ふーん」

 

(ひいいい! 店長さんの冷ややかな目が怖い! 絶対お姉ちゃんと比較してる!)

 

 ここは結束バンドが幾度となくライブをした場所。当然、店長は姉の実力を間近で何度も見てきたはずだ。その妹となれば、同じような演奏力を期待しているに違いない。

 

(ああ、気持ち悪くなってきた。帰りたい。もはや消えたい。期待が怖いぃぃぃ)

 

「まあ頑張ってよ」

 

 ポンっと肩を叩かれて、店長さんはそのまま奥へと引っ込んでしまった。

 張り詰めていた息と力が抜けてヘナヘナと崩れ落ちてしまう。

 

「ほらほらふたりちゃん。行くよ」

 

 床でスライムのようにぐずぐずになっていると、陽歌がふたりのことを引っ張り上げてそのまま連れ去った。

 

 スタジオに入り、各々が楽器の調整を始める。

 

「そういえばふたりちゃんは何が弾けるのー?」

「私はなんでもいける」

「凛は黙ってて」

 

 仲睦まじい二人のやりとりを羨ましそうにぼーっと眺めていると、「ん?」と陽歌が首を傾げた。やっぱり普通のJKは可愛い。

 

「ええと、比較的なんでも……。お姉ちゃんの動画見て練習してたから、動画にあるやつなら……」

「ええ! じゃあさ! やっぱり結束バンドの曲もいけたりする?」

「はあ、まあ、だ、大丈夫です」

「凛! ほら!」

「じゃああれやろう」

 

 凛が提案した曲は、もちろんふたりも弾ける曲だった。

 これでも結束バンドの曲は、誰よりも聴いてきた自信がある。多少ギターが下手だとしても、聴けるレベルではあるはずだ。

 

(よ、よ〜し、ちょっとだけ驚かせちゃうぞ〜。あんま弾けないと思わせといて、ちょっとは弾けちゃう作戦!)

 

 ちなみにふたりは弾けないとは思われていない。

 むしろ、二人ともがひとり並みの演奏を期待している。

 心の中では何度も(私下手なんです)と繰り返したが、悲しいことに一度も口にしていないことに気が付いていなかった。

 

 じゃ〜ん、と音合わせが終わり、三分ぶりの静寂が訪れる。

 

「凛……ふたりちゃんって」

「陽歌……この子」

「「めっちゃ下手だ!」」

「ソ、ソンナア……」

 

 説明しよう! 

 下手くそなのはひとりちゃんの時と同じ理由だ! 

 説明以上! 

 

 二人にズバッと言われてしまい、またもグニャグニャと溶け始め人間の形を保てなくなった。

 

(何回も繰り返して練習した曲なのに! 割と自信あったのに! なんなら上手いまであるかなって! 「流石後藤ひとりの妹!」って言われるまで想像したのに!)

 

 ふたりは知らないが承認欲求の塊なところも姉に似ていた。

 

「でもでも! 即興だからこんなもんだよね! うん! 音楽は上手さじゃないから! 心だからさ!」

「下手じゃ心にも響かない」

「凛は黙っててー!」

 

 二人の優しさが心に痛い。いや、優しいのは陽歌の方だけだった。

 

「ゴ、ゴメンナサイ……」

「い、いいんだよぉふたりちゃん。がんばろーね!」

「あ、あの、できればなんですが……」

「う、うん?」

「あれ、被ってもいいですか?」

 

 ふたりが指差した先にあったのは、完熟マンゴーと書かれた段ボールだった。

 

「段ボール?」

「は、はい。顔が見えなければまだ……やれるかもしれ、ないです」

 

 ひとりとふたりはとても似ている。

 昔は顔の特徴は似ているものの、二人の出す雰囲気の違いやひとりの猫背などで別人のようだったが、歳を重ねるうちに姉とそっくりになっていったのだ。

 

 そして、この容姿でこの場所でライブするということは、下北沢に造詣の深い人間であればすぐに姉の血縁であることが分かるはずだ。

 

 そう()と知れれば、嫌でも比較されてしまう。

 

 ……………………それがたまらなく、怖い。

 

 だから顔さえ隠してしまえば、誰も後藤ふたり(天才の妹)だとは分からないはずだ。

 

 それだけで少しだけ、恐怖や緊張が和らぐ気がした。

 

 段ボールをがばっと掴み、持ち上げて頭から被る。

 段ボールの中はふたりの上半身まですっぽりと収まり、まるでこのために用意されているかのような不思議な居心地を感じた。

 

「あっ! とても落ち着きます! 私ここに棲みます!」

「なんだろう。棲息する方の棲むに聞こえた気がするよ……」

「ふたりは陰キャポケモン」

 

 その後は三人でジャカジャカと音を鳴らしたり、段取りについて話し合ったりしながら出番を待った。

 いやふたりはほとんど参加していなかったから、正しくは二人は、だ。

 

「そ、そういえばバンド名はなんて言うんですか?」

「げっ」

「……リストバンド。変な名前だよね」

「変じゃないってー! 結束バンドリスペクトなの!」

「パクリ」

「オマージュって言うの!」

「……陽歌ちゃんは、け、結束バンドが好きなんですか?」

「うん! なんたって私が最初に見たライブが結束バンドだったしね!」

「そ、そうですか」

 

 虹夏とはもう随分話していないが、やはり陽歌は虹夏にとてもよく似ている。

 いつも明るくて、バンドを引っ張っていくような、そんな雰囲気がある。

 

「私はね、結束バンドみたいなバンドになりたいんだ」

「………………」

 

 屈託のない笑顔でそう言った陽歌の言葉は、深くふたりの胸に突き刺さった。

 

 同じバンドの血縁者で、同じバンドのライブが初ライブだったのに、姉になりたいと思ったふたり自身と、バンドそのものを作りたいと思った陽歌とでは、全く違う存在だと思ったからだ。

 

 自分の目標があまりにも自分勝手なような気がしてきて嫌気が差す。

 

(自分のことしか考えずに生きてきたから、こんなんなっちゃったんだ。陽歌ちゃんみたいにみんなのことを考えられる人だったら、こんなコミュ障にならなかったのに)

 

「ほら、もうすぐ出番だよ、ふたりちゃん」

「いくよ、ふたり」

「えっ、あっ、は、はい」

 

 陽歌と凛の二人に声を掛けられ、急いで段ボールを被って視界を殺す。

 

 今はとにかくこのライブをやりきるしかない。

 初めてのライブ。

 夢にまで見たバンドでのライブ。

 こんなに陰鬱な気分で出るものだとは思っていなかったが、この中であれば乗り越えられるかもしれない。

 

 今はただ、この素敵な人たちのライブを成功させるために精一杯頑張るべきだ。

 

 段ボールの上からギターを担ぎ、後藤ふたりは初めてのステージへ上がった。

 

 

 

 

「ぷっ。やっぱ姉妹だなぁ」

 

後方で誰にも聞こえないような小さな声で、星歌は懐かしんだ。

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