「リストバンドです! よろしくお願いします!」
「……」
「……ァ」
元気な陽歌と対照的に、無口な凛と(あ、何か言わなきゃいけないのかな)と思って出た言葉がそれだけなふたり。
「そ、それじゃ、いきます! 3、2、1」
陽歌のコールに合わせて演奏が始まる。
ふたりは曲が始まってすぐに分かった。
リストバンドはボーカルのいないインストバンドだが、それだけに一人一人の腕前が如実に現れる。
(こ、この二人、めっちゃ上手い! やばい! やばい!! 絶対に足引っ張ってる!)
陽歌のドラムは自信に満ち溢れている。練習量に裏打ちされたものなのだろう。一音一音に迷いが一切無い。凛とふたりがやりやすいように、かつふたりの実力を把握した上でどっしりと下から支えてくれるような安心感がある。
凛のベースはセンスに溢れている。
ギターがこんなポンコツなことを察してか、メロディラインもかなり弾いてくれている。そんな中でも凛が持つダウナーな雰囲気が、ボーカルが居ないにも関わらず見事に結束バンドの独特な歌詞を想起させる。
(せ、せめて迷惑掛けないようにしないと!)
脳内に流れる
何百回も、何千回も真似た動きだ。
できないわけがない。
(その、はずなのに……っ)
上手くいかない。
そんな焦る気持ちが、ただでさえ走り気味の指をさらに加速させてしまう。
本来であればバンドメンバーの音を聴いて、目を見て、意思疎通を図りながら演奏していくものだが、段ボールに包まれたふたりには何も見えないし、自分の音ですらくぐもって聞こえる。
(苦しい……。早く、早く終わって。どんどん音がズレてく。二人ともうんざりしてるんだろうな……)
夢にまで見たバンド演奏だというのに、どうしてこんなに苦しく感じるのだろう。
姉ならこんなことにはなっていないはずだ。
(……あれ、私なんでバンドに憧れてたんだっけ)
苦しさからか次第に周りの音が聞こえなくなってきて、ふと、その疑問が頭に思い浮かんだ。
学校でバンドを組んだり、学外でこうしてバンド活動をすることに漠然とした憧れがあったことは本当だ。
しかしそれがなぜ、と言われたら「なんとなく」としか思えない。
強いて言うならば、姉のようになりたいと思ったその姉が、バンドをしていたからだろうか。
姉が何のために、何を求めてバンドをしていたのか、ふたりには分からない。
しかしあれだけ有名になって、十年経っても結束バンドとして続いていることには、何か確たる目標や野望のような芯があったのだろう。
(私にだって、有名になってチヤホヤされたい……みたいな邪な気持ちはあるけど……)
あの姉がそんな低俗な願望を第一にバンドを始めたなどと、ふたりには到底思えなかった。
(わからない……わからないよ)
たった数分のステージのはずなのに、終わりの時が果てしなく遠いように思える。
ふたりはひたすらに自省していた。
ここに上がる人間は、こんな中途半端な人間ではいけなかったのだ。
(きっと逃げたギターの人はそれが分かったんだろうな……)
生半可なままステージに上がっていたのでは、陽歌と凛の足手纏いになると悟ったのだ。二人には悪いが、名前も知らないギタリストが羨ましいし懸命な判断だったと思う。
いや、その後に現れた助っ人ギタリストが天才の妹で、渡りに船かと期待したらこんな下手くそだったと判明したのでは、むしろ事態を悪化させているとも言えよう。
(ああ、やっと終わる……)
ひたすらに長い時間を耐え続け、ようやく終盤に差し掛かる。
(もうバンドはやめよう。迷惑かけちゃうし、今回だけのサポートギターだし。ていうかそもそも次もお願いなんて言われてないし)
こんな体たらくだ。
ピンチヒッターからバンドにスカウトされるなんて、漫画のような展開は起こり得るはずがない。
一瞬の静寂が訪れる。
そうしてハッと、演奏が終わった事に気がついた。
頭がぼーっとしている。段ボールの中で激しく動いたせいか、酸欠気味なようだ。
息が乱れ、前髪が汗で額に張り付いていた。
(つ、疲れた……。早く帰りたい)
「い、以上、リストバンドでした! ありがとうございました!」
久しぶりに聞いた気がする陽歌の声が耳に入り、慌てて会釈程度に頭を下げる。
そのまま疎らな拍手を受けながら、凛に押されて舞台袖に引っ込んだ。
深い悔恨と反省を残し、後藤ふたりの初ライブは幕を閉じたのだった。
「ごごご、ごめんなさい!」
ふたりはスタジオに戻るなり段ボールを脱ぎ、陽歌と凛が口を開く前にすぐにスライディング土下座をかました。
「なになに。なんで謝ってるの?」
「許さないよ」
「凛! 適当に返事しない!」
「良いから見てみる。面白そう」
「からかわないの」
「ほら立って〜」と脇を抱えられ、椅子に座らせてもらう。
「ほら水飲んで〜」とペットボトルを差し出されたので、ストローでチュウチュウと吸う。
「ほら汗拭いて〜」とタオルを差し出さたので、タオルに顔を埋める。
ほとんど介護だ。
そのままなんだか顔を上げることができずに、うずくまってしまう。
「良いライブだったじゃん! また一緒にやろーよ!」
「……ふ、二人は、とても上手でした。私は走りすぎで、二人に合わせることもできなくて、めっちゃ下手なのに、お、お姉ちゃんみたいにはできないのに……」
「確かに私は上手い」
それがこの様である。
「も、もう、ライブは出ません。バンドも組みません。わ、私みたいな人間は、向いてないんです。人と、何かするのとか、しない方が皆幸せなんです」
バキッと目の前で何かが折れる音がした。
「え?」
タオルから顔を上げると、真っ二つに折れたドラムスティックを握った陽歌が、歪んだ笑顔で微笑んでいた。
「ふたりちゃんはさぁ、偉いんだね」
「へっ?」
「人がどんな事に幸せを感じるのか、それが分かるなんてすぅぅっごく偉いんだね」
「まずい。ふたり、これは謝ったほうがいい」
「え? え? な、なんですか」
陽歌の様子が今までと違うことはなんとなく分かったが、どうして変わったのが分からない。
「陽歌は他人に何かを決めつけられるが嫌いなんだ。特に、思ってることと正反対のことを言われることが一番嫌いなんだよ」
「えぇ? よ、よく分かりませんが、ご、ごめんなさい」
「私はね、ふたりちゃん?」
「は、はいぃぃ……」
「ふたりちゃんに会えて、こうして一緒にライブできてめちゃくちゃ嬉しいんだよ?」
分からない。
そう言ってくれる理由が同情以外に思い浮かばず、ひたすらに混乱してしまう。
「誘ったのが間違いだったって思われた方が楽なんだけどな……あっ」
心の中で思っていたことがそのまま口に出ていた事に気が付き、思わず口をタオルで塞いたががそれも遅く、目の前の陽歌は酷く傷ついた顔をしていた。
「いや、その、私がいたら、陽歌ちゃんが望むような結束バンドみたいなバンドにはなれ、ないと思います。だからその、私は……」
「もういいもん! ふたりちゃんのばーか!」
「ええええええ……!」
陽歌はうわあああんと泣き出し、ドラムスティックを投げ出してスタジオを出て行ってしまった。
(と、友達が居ないからこういう時どうすれば良いのか分からない……! お、追いかけた方が良いのかな。で、でもでも一人になりたいのかも……。ど、どうすれば!)
突然のことに驚いてしまいオロオロとすることしかできないことに見かねたのか、背後からポンと肩に手を置かれた。
「行くよ、ふたり」
「り、凛さん。は、はい」
ふぅ、とため息を吐いてベーシストは重い腰を上げた。
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リストバンドの出番が終わり、次のバンドの演奏が始まってからPAは他のバイトの子に照明を任せてタタタッと、星歌のもとへとかけていった。
「ど、どうするんですか。店長」
いつもはどこかマイペースな雰囲気を醸し出している彼女らしからぬ慌てようで、冷や汗を流しながら星歌に話を振る。
「……やばいな」
「ですよねぇ。流石はぼっちさんの妹と言ったところですかね?」
「ぼっちちゃんよりもやばいよ。それにあの二人も、とんでもないことしやがったな」
「出禁にします?」
「そうはいかないだろ。観客見てみてよ」
星歌はそう言って、目の前の観客達を顎で示した。
「さっきのバンド、やばかったね〜!」
「段ボールの人、匿名なのかな?」
「リストバンドっていうの? 絶対忘れないよな」
もうすでに次のバンドが演奏を始めているにも関わらず、観客達の関心はリストバンドばかりだった。
「あれだけ話題になったら、また呼ばないわけにはいかないでしょ」
「ま〜、一理ありますね」
「でも最初からああするってんなら出さないけどね。天秤にはかけさせてもらうよ」
「結局はそうなりますよね〜。でも今の段階じゃあ、絶対受かりませんね」
「ん。そだな」
星歌とPAの間で見解は一致した。
バンドとして、そして個々人の成長が必須であり、星歌達はそれを見守ることしかできない。
図らずもそれは十年前の彼女らのようで、星歌はまた何かが始まるような予感がして胸を高鳴らせていた。